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第26話 魔獣の治療


「……あんた、あの朱色の男と仲がいいのかい?」


 晴れ渡った空が赤みがかった頃、灯台の最上階に着くなりおばあ様に問いかけられました。


「今日の昼、美味しそうな匂いがすると思って見下ろしてみたら、あの赤い髪とあんたらしい子が焚火を囲んでるのが見えてね」


 おばあ様の目は大分悪くなっているはずなのに、ここから下を見下ろしても人なんて豆粒――いえ、蟻ほどの大きさにしか見えません。

 そんな中でもリュカさんの朱色の髪は相当目立つようです。


「ええ……体が温まる美味しいスープを頂いたの。リュカさんは私の事を色々気にかけてくれて、とても良い人だと思うけど……おばあ様が思ってるような感情は抱いてないわ」

「ならいいけどねぇ……本当に、旅人はやめておきな。こんな、気味の悪い寂れた村にずっと留まってくれる人間なんていやしないんだ。興味本位で近づいてくる奴はいても皆、流れ星みたいにあっさり消えちまうんだよ」

「おばあ様……」


 私に釘を刺す事が目的だったらしく、おばあ様はそれだけ言うと最上階の中央にある灯台灯の傍に寄り、赤く輝く半透明な球体をじっと見据えます。

 その背中が初めてお会いした時より一回り小さく見えて、何とも言えない寂しさを覚えながら階段を下りていきます。


 あっさり消える、流れ星――

 そう言えば色神祭の前、マイシャが星に何か願っていました。


 何を願っているのか聞くと『秘密』と困ったように微笑み。

 それでも真剣に願う姿を見て、私も(妹の願いが叶いますように)と願ったのですが――マイシャの願いは叶ったのでしょうか?

 

 家の為に嫁ぐ、と言っていましたが、新聞に載っていたコンラッド様との結婚式の写真――寄り添い合う2人の笑顔はけして張り付けたようなものではありませんでした。

 それを思う度にジクジクと心を蝕む、自業自得の痛み――ですが、その痛みは以前よりずっと軽くなっています。


(今は、私に出来る事を)


 それぞれが選んだ道――その道をどう歩くかは、本人次第。


 手鏡と薬と包帯を籠に入れて家を出ると、岩場にリュカさんとニアが見えました。


「先生ー! 早く早く!」


 二人の周りにはイチルとヨヨ、サンチェの姿もあります。

 早足で岩場に着くなり、イチルが目をキラキラさせながら興奮気味に話しだしました。


「ニアのやつ、すげーんだよ! さっき、何も言ってないのにリュグルがニアの所に来たんだ!」

「今はずっとジッとしてるの! 撫でても動かないの!」


 ニアの横で大人しくしているリュグルはヨヨに頭をナデナデされています。


「えへへ……『おいで』と『ジッとして』は伝わるようになったんだ! 後、ありがとうの伝え方も教えてもらった!」


 ニアは照れながら――だけど自信に満ちた顔で説明してくれた後、すぐにでもペンギンが来ないかとワクワクした様子で海を眺めています。


「ニアちゃんにペンギンをここまで呼んでもらって、ジッとさせてる間にステラさんに治療してもらおうと思ってるんだけど……」

「責任重大ですね……頑張ります」

「引き受けてくれて本当にありがとう。けど、無理だけはしないでほしい。何日かに分けて治療する事だって出来るんだ。俺を治してくれた時みたいに、魔力が尽きるまで治療しなくていい」

「あたし、ペンギンさんの足が治るまで毎日ここに来るよ! まだリュルフにはうまく伝わらないし、リュグルともっと会話できるようになりたいし!」


 リュカさんの優しさに感謝し、すっかり元気を取り戻したニアに元気を分けてもらっていると、突然イチルが海の方を指差しました。

 

「来たぞ……!!」

「皆、静かに、怖がらないでね……! 魔獣は感情に敏感だから……!」


 すっかり魔獣使いとして歩き出したニアの言葉に子ども達は静かになり。

 子ども達のキラキラとした視線を一身に受ける中、青ペンギンが岩場に上がって――固まりました。


「キュッ……!?」


 青ペンギンにとって予想外の状況だったのでしょう。明らかに動揺しています。


「ペンギンさん、さっきはありがとう!」

「キュ……キュイ……」

「あのね、お礼に、貴方の足の怪我を治してあげるから、こっちおいでよ! ステラ先生は治癒術使えるの!」

「ギュ……?」


 ペンギンがニアの言葉に目を細めて、戸惑っているのが何となく伝わってきます。


「ニアちゃん、情報量が多すぎる……もっと簡潔に、少しずつ伝えるんだ。大丈夫、あいつは多分……逃げない」

「分かった……こっちおいで! 足、治してあげる!」

「キュ……」

「大丈夫、先生、優しい!」

「……キュー」


 ニアの想いが伝わったのでしょうか? 青ペンギンは恐る恐るといった様子でこちらに近づいてきました。

 昼間以上に至近距離で見る青ペンギン――ギョロッと睨む目つきに体が竦みそうになります。


 リュカさんを突き飛ばした時の様に体当たりされるかもしれないと思ったら、かなり怖いのですが――ニアが頑張ってくれたのに大人の私が頑張らない訳にはいきません。

 膝をついてペンギンの足を確認すると、つま先の方に何かに噛まれたような傷があり、そこから血と膿みが溢れています。


「痛かったでしょう……? すぐ治療しますから、じっとしててね」

「……」


 ニアには鳴いて反応していましたが、私には無言――目も合わせようともしてくれません。

 やはり魔獣と仲良くなる為には紋様が必須のようです。


 ただ――いつ突き飛ばされるか恐れている私と、人間達の中で何をされるのか不安でいっぱいの青ペンギン。

 ギリギリのところで頑張っているのは、きっとこのペンギンも同じ。

 そう思うと、恐怖心が段々和らいでいきます。


 ただ、やはり魔獣は人間に比べて魔力の通りが悪く――リュカさんの時と同じように色調整や詠唱も添えてみたものの、少し傷を塞ぐ位までしかできませんでした。


「ふう……」

「先生、どう……?」

「怪我が酷くて、まだ何とも言えないけど……でも、これで痛みが少しは和らいでるはずよ。毎日治療に来てくれれば、そうね……一週間もあれば傷も塞がりそうね」

「ペンギンさん、明日も来てくれる?」

「キュ……」


 ニアの問いかけに青ペンギンは小さく鳴いた後、俯きます。

 痛みが和らいだ事を喜んでくれるかと思っていたのですが――疑問に思ったのはニアも同じだったようで。


「……どうしたの?」

「……キュイ、キュキュ、キュ!」


 ペンギンは必死に鳴きながら、指の無い手を灯台が立つ岬の方に向けています。


「あの辺に何かあるみたいだな……もうちょっと聞き出せるか?」

「……家族、家族がいるの?」

「キュイィ……!」


 ペンギンの助けを求めるような鳴き声に聞き入るニア。

 その表情は真剣そのものです。


「分かった……この子の家族があの岬の下にいるんだって!」

「リュグル! ちょっと岬の様子を見て来てくれるか!?」

「キィッ!」


 ニアの傍にいたリュグルが一鳴きして、灯台の方へ飛んでいくと同時に青ペンギンがまた不安そうに鳴き出しました。


「キュイ、キュキュ……!」

「……大丈夫、リュグルは仲間だよ。貴方の家族も、助けてあげるから」

「キュ……!」


 ペンギンの目つきが大分柔らかい物になっているのを見ると、ニアにだいぶ心を開いているようです。

 ペンギンを恐れずに優しく呼びかけるニアも、魔獣使いの才能を感じさせます。


「……いいなぁ。そうやって魔獣と話せるの、憧れるなぁ」

「イチルは駄目! あたしが都市に行けなくなった分、イチルが頑張らないと!」

「……おう」


 まだ10歳にも満たない子ども達がこの村の未来を見据えて頑張っている――この子達は私が10歳だった頃よりずっと大人びています。


「都市でいっぱい稼いでお金持ちになったら、村に帰って来てあたしと結婚してくれるんでしょ?」

「お、おい、皆の前で言うなよ、恥ずかしいな……!!」

「……あたし、ちゃんとこの村で待ってるから。だからイチルもちゃんとお金持ちになってくれないと困る」

「お……おう」

「あらあら……」

「キュイキュイ……」


 まさか、イチルがニアにそんな事を言っていたなんて――本当に大人びています。

 子どもだからと侮ってはいけませんね。

 そしてこの微笑ましい光景に横やりを入れないヨヨもサンチェにも感心します。


 願わくば、ニアとイチルには何の障害もなく結ばれてほしい――そんな事を願っているうちにリュグルが戻って来て、リュカさんの腕に止まりました。


「……分かった、ありがとう」


 リュカさんはしっかりリュグルの目を見ています。意思を疎通させるには互いに見つめ合う事が大事なようです。


「あの岬の下……小さな洞窟がある。そこにもう一匹……動けない青ペンギンがいたらしい」

「えっ……すぐ助けに行かなきゃ!」

「ですが……この村には船はおろか、小舟もありませんよ?」


 ここは海沿いの村でありながら一帯が起伏の激しい岩場が続いていて、船をつけられる場所が無いらしく。

 過去にフカワニサメが小舟を揺らして人を海に落とした事件もあり、更に素潜りだけでも十分生活していけるだけの魚が取れるという環境もあって、誰も小舟を作らないのだと伯父様が言っていました。


「俺とニアちゃんがリュゴンに乗って……いや、岬の下にいる青ペンギンは苦しんでるらしいから、俺より治癒師を乗せた方がいいな……」

「治癒師……私の魔力はもう大分消費していますから、力になれるかどうか……」


 それでも、私に出来る事はないか――思考を巡らせる中、波の音に混ざって微かに馬の足音が聞こえる事に気づきました。


 黒みを帯び始めた空の下、村と灯台を繋ぐ道に馬が歩いて来るのが見えます。

 乗っているのは、灰色のくたびれたコート――伯父様です。


「……父上! 緊急事態です!!」


 気づけば私は手を振るより先に、伯父様の元へと走り出していました。



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