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第24話 海の魔獣使い


 可愛いクシャミが聞こえた方に振り返ると、ニアが立っていました。


「ご、ごめんなさい師匠……良い所だったみたいなのに邪魔しちゃって……! あたしに気にせず続けて!」


 リュカさんの言葉を遮った事を気にしたニアが慌てた様子で言いますが、リュカさんは頭を掻きながら困ったように視線を逸らします。


「い、いや、今言おうとしたのは、別に、全然大した事じゃないから……」


 先ほどのリュカさんの真剣な眼差し――全然大した事じゃないようには見えませんでした。

 でも、ニアの前では言いたくない事のようです。


 魔法も使えて、学問も教えられて、俺は、そんな君が――何だと言おうとしたのでしょう?


(私が落ち込んだり、嘆いたり……後ろ向きな思考なのが心配とか、気に入らないとか……?)

 

「そ、それより、ニアちゃんはどうしてここに?」


 第三者の前で人を注意したくない気持ちはよく分かります。

 気まずくならないように言葉を濁して、話題を逸らすリュカさんは本当に優しい人です。


「えっと……あたし、先生に渡したい物があって……」


 ちょっと恥ずかしそうにニアが差し出したのは、貝殻で作られたネックレス。

 以前、ステラから貰ったネックレスとよく似ています。


 ここの村の女の子は綺麗な貝殻をビーズ代わりにして遊ぶそうで、たまにニアやヨヨが授業を受ける時につけていました。


「村長に教えられてた頃も楽しかったけど、先生に教えてもらえるようになってからは物凄く楽しかったから、お礼、したくて……」

「まあ……ありがとう、ニア」


 受け取ったネックレスを早速つけてみます。

 かつてステラから贈られてきた時と同じ喜び――そしてそれとはまた別の喜びが、溶け合ったように心に染み入ります。


「どうかしら?」

「うん、似合ってる! ねえ師匠もそう思うでしょ!?」

「あ、ああ。と、とても、似合ってる!」


 ニアの(似合ってるって言葉以外は認めない)という圧がかかったリュカさんが元気よく断言するのをちょっと申し訳なく思いながら、ネックレスを改めて見てみます。


「綺麗に形も揃えてるし、紐も丁寧に編み込まれてるし……ニアは本当に、色んな事が出来そうね」

「ありがと……! でも、ゴーカの方がもっと器用だよ。お姉ちゃん達がゴーカから貰ったアクセサリー、前の所が二重になってたり、ツヤツヤしてて凄く綺麗なの。私もその位綺麗なのあげたかったんだけど……」


 しょんぼりしているニアにこのネックレスも十分綺麗だと言おうとした、その時。

 

「バウッ!」

「お、来たか!」


 リュルフの一鳴きにリュカさんが振り向いたのにつられると、海の方から青い毛玉が上がってきました。


 距離にして、3メートル程でしょうか?


 指のない手、水かきのついた足、鋭く尖ったクチバシに、青と水色のフカフカの羽毛に覆われた、青ペンギン。


 ステラの手紙に書かれていた通りの、生き物、ですが――


(こうして近くで見るのは初めてですが……目つきが、何だか想像してたものとは違いますね……)


 ステラがぬいぐるみで例えていたからでしょうか?

 円の上半分を切り取られたような目はちょっと吊り上がっていて、怒ってるように見えて。

 水をはじくフカフカの毛並みは確かにぬいぐるみのようですが、ぬいぐるみのような可愛さは今いち感じられません。


 そんな不思議な生き物に向かって、リュカさんが鍋の近くに置いてあった魚を放り投げると、魚はまるで狙ったように青ペンギンの前に落ち、青ペンギンは早速くわえました。


 そして以前のようにヒョコヒョコと足を動かして海に戻ろうとするかと思ったのですが――今日は何だかジトッとした目でこっちを睨んでいます。


 しばらく見つめ合った後、青ペンギンはそっと魚を置き、一鳴きもする事なく海に潜ってしまいました。


「あれ……? いつもならくわえてくのに」

「……今日の魚は気に入らなかったかなぁ。あ、ニアちゃんも良かったら鍋食べてくか?」

「え、いいの?」

「さっきクシャミしてたし、体温めてから帰った方がいい……ス、ステラさんも良かったら二杯目、入れようか?」

「頂けるなら是非……でも、いいのですか? リュカさんの分が足りなくなるのでは……」

「俺は食い足りなかったら後であいつが食べなかった魚を焼いて食べるから気にしないでくれ」


 そう言ってリュカさんは私の手に持っていた器を手に取ると、鍋から再びスープを掬い上げて入れてくれました。

 ニアもスープを入れてもらい、3人とリュルフで僅かな汁だけになった鍋がかかった焚火を囲います。


「あのペンギン、冬はどう過ごすのかなぁ……」

「青ペンギンは本来、冬になる前に北の方に行くそうよ。でも今はフカワニサメがいるから、ここから出られないんじゃないかって父上が言っていたわ」

「あいつの足の怪我も良くなってる感じがしないし、冬になる前に怪我だけでも何とかしてやりたいなぁ……」

「以前から思っていたのですが……リュカさん、あのペンギンに嫌われてるのに何故何度も挑戦できるのですか?」

「最初から上手くいくはずないから。誰も挑戦した物がない事は何度も何度も失敗して手に入れるのが普通だ。ステラさんだって、失敗した事位あるだろ?」

「……そうですね」


 失敗が積み重なってここにいる私には痛い言葉です。

 ただ、世の中には取り返しのつかない失敗だってあるのです。

 私のように、ニアのように。


 取り返しのつかない失敗をしてしまえば、挑戦する事に恐くなります。

 リュカさんは取り返しのつかない失敗をした事がないから、そんな風に前向きになれるのでしょう――と考えてると、またリュカさんが心配そうな眼差しで見つめてきました。


「元気になったと思ったら、また危うい感じが出てる」

「……リュカさんは本当に人の感情に機敏なのですね」

「いや、感情に機敏って言うか……ステラさんは見てて放っておけない何かが出てるんだよなぁ……って、あれ?」


 リュカさんが疑問の声をあげた先を見ると、十数分ほど前に海に潜ったはずの青ペンギンがまた岩場に上がって来ました。


 そして、ひょこひょこと足を引きずりながら近寄ってきました。

 見れば、細いくちばしに何かくわえています。


 その何かは、私達の所まで――ではありませんが、大分近づいた所でポトリと地面に落ちました。


「ん? 何だ、それ」


 何か意図がある行動だろう、と思ったらしいリュカさんがその何か――艶のある小さな青い玉を拾い上げようと、手を伸ばすと――


「ギュイ!!!」

「うわっ、ごめんっ!!」


 青ペンギンに威嚇されたリュカさんはすぐに手を引っ込めました。

 風の音だけが広がる中、青ペンギンは無言でニアを見ています。


「……多分だけど、それ、ニアちゃんにじゃないか?」

「え……これ、くれるの?」


 ニアの問いかけに青ペンギンは反応しません。ですが、見つめるのもやめません。

 ニアが恐る恐るその青い球に手を伸ばしても、青ペンギンは全く威嚇しませんでした。


「……ありがとう、ペンギンさん」


 ニアが笑いかけると、青ペンギンの目つきがちょっと緩やかになり。

 そして背を向けて、さっき置きざりにした魚をくわえて海に潜っていきました。


「ニアちゃん、いつの間にあのペンギンと仲良く……!?」

「ううん、あたし、ペンギンとこんなに近づいたの、これが初めてだよ!?」

「リュカさんとは仲良くしたくないけど、ニアちゃんとは仲良くしてもいいって事かしら……? 魔力の相性で言えばニアちゃんの方が相性いいし……」

「それなら先生だって相性良いでしょ? 私と先生、何が違うんだろ……?」


「バウッ」

「……そういう事か!」


 三人して腕を組んで考える中、リュルフの一鳴きにリュカさんが大きな声をあげました。


「ニアちゃんの顔に着いてるそのシミから、ニアちゃんが辛い気持ちを抑えてる事が魔獣達に伝わったんだ」

「えっ、やだ……! このシミであたしの気持ち、皆にバレちゃうの!?」


 慌てて頬を抑えたニアに、リュカさんは大した事じゃないと言わんばかりに笑いかけます。


「大丈夫、俺みたいに自分で魔力を調整できるようになれば、魔獣達に感情を悟らせないようにも出来る」

「え……もしかして、師匠が魔獣と仲良くできるのって、その文様の力なの?」 

「んー……紋様の力だけで仲良くできてる訳じゃないけど、的確に意思を疎通させるには絶対必要だな」

「という事は……私も師匠みたいに顔に紋様書いて訓練したら、あのペンギンの気持ちが分かるようになるって事?」

「ああ。俺が水色ペンギンと全く意思疎通できず、ここでも青ペンギンと会話できない理由が魔力の相性のせいだとしたら……ニアちゃんなら上手くいくと思う。どうする? スミフラシのスミをもう少しつけて、海の魔獣使いになってみるか?」

「リュカさん……! ニアは女の子なんですよ!? 一生ものの刻印をそんな、お試し感覚で言わないでください!」


 信じられない提案に思わず声を荒げてしまいます。

 ただでさえもう消せない汚れがついている女の子の顔を、更に汚すだなんて、ありえない。


 ですが、そう思ったのは、この場で私だけだったようです。


「うん……あたし、海の魔獣使いになりたい! 師匠の紋様、カッコいいなって思ってたし! 変なシミより、意味のあるものの方が良い!」

「ニア……」 


 ニアの言葉は、眼差しは、希望に溢れていました。

 顔がこれ以上汚れる事もためらう事もなく、先ほどよりずっと、目を輝かせて。


「それにあのペンギン、ずっと怪我してるんでしょ……!? 可哀想だよ! 私が説得して、早く治してあげなきゃ!」


 強い決意を露にしたニアに、私はそれ以上言葉を紡げませんでした。


「よし、それじゃあスミフラシ探しだ!」

「スミフラシならあっちの方にいるよ!」


 私がニアの優しさと強さに心を打たれている間に、二人は立ち上がって灯台とは逆方向の岩場の方に走っていきました。



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