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第21話 自分が選んだ道


 新聞に載っているコンラッド様とマイシャの笑顔は、私に残酷な事実を突きつけてきました。


 私は――システィナは余計な事をせず、このまま死んでいた方が良いのだと、痛い位に分かりました。


 例えば未亡人が再婚した後に、死んだと思われていた伴侶が戻ってきたら。

 話がどう動いても、誰かが不幸になる結末が待っているでしょう。


 まして逃げだした身である私が、残してきた人達の心の傷を心配するなんて、傲慢な話なのです。

 そして自ら命を断とうとした人間が後の顛末を知って『こんなはずではなかった』と嘆く事ほど滑稽で救われない話もありません。


 ですが、いっそ、私など死んでいれば――などとは思いません。


 生き延びた結果も、この村で過ごした三節も、少なからず私に生きる気力をくれました。

 生きているからこそ、自分の罪や醜さと向き合う事が出来るのですから。


(……これが私が選んだ道。大切な人達が私の死を乗り越えて幸せになろうとしてるのならば、それでいいではありませんか……)


 頭ではそう分かっていても、心が納得してくれず。

 大切な人達にとって私はもう、心に刺さった小さな棘でしかない――そしていつしか、その棘すら溶けて消えていってしまうのでしょう。


 そんな傲慢な感情に苛まれて固いベッドの上、クタクタの布毛布で涙で濡らしていると遠くから青ペンギンの鳴き声が聞こえてきました。


(もう、明け方……このまま横になっていても寝付けそうにありません)


 自分自身、頭で出した答えが正しいと分かっているのです。

 このまま横になっていても、モヤモヤを抱え続けるだけだと。


 少し、風に当たれば気分が紛れるかもしれない――と外に出てみると、まだ薄暗い空の下、涼やかな風が吹き付けてきました。


 灯台の赤い光が周囲をほのかに赤く照らす中、ぼんやり周囲を見渡してみると岩場に立つリュカさんが見えました。


(あら……?)


 昨日会話した事で慣れたのでしょうか? いつものような緊張がありません。

 それなら――と重くない足取りでリュカさんの方に向かうと、空から鷹の鳴き声が響きました。


 鷹の鳴き声に反応したようにリュカさんがこっちに振り向きます。

 そして慌てた様子でこっちの方に駆け寄ってきて――昨日のように2メートルくらいの所で立ち止まりました。


「お……おはよう!」

「おはようございます、リュカさん。昨日は送ってくださってありがとうございました」


 リュカさんに挨拶と共に会釈をした後、顔をあげると、彼の向こうで小さな青い毛玉が魚をくわえて海の中に入っていくのが見えました。


「……青ペンギン、また来たんですか?」

「ああ。さっき魚を放り投げたらくわえて……あ、もう帰っちゃったか」

「何だか、不思議ですね。魚なら自分でも捕まえられそうなのに……」


 わざわざ人から強奪したりもらったりしなくても、自分で魚を獲る方がよっぽど安全なはずなのに。


「あのペンギン、多分足を怪我してるんだ。だから上手く魚を捕まえられないんだと思う」


 確かに、あのペンギンのひょこひょこした歩き方には違和感がありました。

 足を怪我しているなら納得できます。

 

「早く警戒解いてくれたらいいんだけどなぁ……まあ、怪我してる時って人間でもイライラするしな。とりあえず、あいつも俺が『餌を持ってる奴』って認識はしてるみたいだから、気長に見守るよ」


 何処までもペンギンファーストなリュカさんに感心していると、彼は私をじっと見つめてきました。


「……どうした? 元気ないみたいだけど」

「……昨日、ちょっと、眠れなくて」

「そっか。俺も昨日は殆ど眠れなかった」

「あら……父上は傷は完全に塞がってると言っていましたが、まだ頭が痛むのですか?」

「い、いや、大丈夫、頭はもう大丈夫。全然痛くないよ」


 頭を掻きながら笑うリュカさんを見る限り、心配はいらないようです。

 良かった、と思っていると、リュカさんの近くにいつの間にかリュルフが来ていました。

 口に何か、毛皮らしき物をくわえています。


「バフッ」

「リュルフ……そっか、ありがとな!」


 リュルフが吠えると、リュカさんはリュルフがくわえていた長い毛皮を地面に敷きだしました。


「す、ステラさん……立ち話もなんだし、良かったらここ座って」

「まあ……ですが、リュカさんは」

「俺は地べたでも大丈夫だから」


 敷かれた毛皮から少し離れた所でリュカさんがドッカリと座ります。

 ローゾフィアの民には貴族と平民という身分の差が無い、と本に書かれていましたが、紳士的な面もあるのですね。

 その紳士的な振る舞いを無下にしてはいけません。


「……では、お言葉に甘えて」


 フカフカの布はリュルフと同じ皮なのでしょうか? とても心地良いです。

 そしてリュルフが私の隣で横になって毛繕いを始めました。


「それ……リュルフの親の毛皮なんだ」

「えっ?」


 毛皮は装飾品や防寒具、絨毯など、あらゆる処で使われます。

 私もウェス・アドニスにいた頃は特に何の嫌悪感もなく身に着けていました。


 ですがよくよく考えてみれば毛皮というのは、獣の皮を剝いだものです。


 目の前の獣の親の毛皮を敷いて、その上に座っている――と考えると何だか物凄くいたたまれない気持ちになってきました。

 立ち上がろうとすると、リュカさんが慌てた様子で言葉を重ねてきます。


「あっ、その、死んだ後、寿命で死んだ後だから……!! 生きたまま剥いだ訳じゃないから、呪われてたりとかはないから……!」

「……そ、そうですか……」


 それでも、気分的に――と思ったのですが、リュルフが切ない目で見つめてきます。

 この毛皮を持ってきたのはリュルフです。なのに私がここで起き上がったらリュルフを傷つけてしまいそうです。


 それにしても、自分の親が毛皮にされているのにリュルフは全く気にした様子はありません。

 先ほどのペンギンファーストの思考といい、魔獣使いと魔獣の独特の価値観には驚かされるばかりです。

 私が座り直すとリュカさんもリュルフもホッとしたように息を付きました。


 涼やかな潮風が頬を撫でるなか、波の音が絶え間なく聞こえてきます。

 これまで、こうして外に出て海を眺める事なんてなかったから、何だか新鮮です。


「……リュルフの親は俺の父さんの相棒だったんだ。だからリュルフとは生まれた時からの付き合いでさ」

「お父様……そう言えばリュカさんは、旅に出る時に家族に止められたりしませんでしたか?」


 冒険者、傭兵、吟遊詩人、旅芸人――いつ命を落とすともしれない危機に身を晒しながら旅を続ける旅人達は、<流浪者>あるいは<渡り鳥>と呼ばれる、不安定な存在です。

 そんな旅人になる事を家族が受け入れるとは思い難くて尋ねてみたのですが、


「え、あ……えっと……」

「……もしかして、黙って家を出てきたのですか?」


 まさかと思って重ねた言葉は、図星だったようです。

 リュカさんは困ったように微笑んで黙り込んでしまいました。


「私が言えた事ではありませんが……ご家族はきっと心配しています」

「……ああ。心配してると思う。でももう、戻れないんだ」

「戻れない?」

「俺は、ローゾフィアにいない方がいいんだ」


 この場で正直に理由を言わないという事は、何かしら後ろめたい理由があるのでしょう。

 罪を犯してしまったとか、事件に巻き込まれてしまったとか――下手に追及するのはやめておいた方が良さ


「あ、あのさ、誤解されたくないからこれだけは言っとくけど、別に俺、悪い事して村を追い出されたとか、そういうのじゃないから! 安心して!」


 私の考えている事を見透かしたようにリュカさんが早口で補足してきました。

 先ほどの毛皮の一見と言い、私、感情が顔に出てしまっているのでしょうか?


 社交界で人に不快な思いをさせないよう、常に表情に気を付けていた頃とは違うとはいえ、気を付けなくては――と考えている間に、リュカさんが言葉を続けました。


「……それと、俺は旅に出た事後悔してないんだ。俺が選んだ道は確かに家族に心配かけてしまってるかも知れないけど……お陰でこの国の色んな所に行けたし、ペンギンにも、き、き……にも、会えたし……」


 自分が選んだ道――先ほどまで思い悩んでいた、言葉に何だか親近感を覚えました。

 私もリュカさんも、家族に心配や迷惑をかけてしまうような道を選んだ。

 でも――リュカさんはその道を全然後悔していない。


 最後の辺りが波の音と被って聞き取れませんでしたが、リュカさんは自分の選んだ道を心から楽しんでいるようです。


 私にも、そのように思える日が来るでしょうか?

 私は、再び幸せを感じる事が出来るでしょうか?


 彼から感じる温かい魔力のせいでしょうか?

 リュカさんを見ていると、いつか、自分もそんな風になれるかもしれない、と思ってしまいます。


「……旅と言えば、リュカさんは今まで何処まで行かれたのですか?」

「えっと……ローゾフィアを出て、まずはリアルガーに行って、そこから皇都って所に行って……そこからラリマーに行って……そこからアクアオーラの主都に行って、ここまで」

「まあ……皇都に行かれた事もあるのですか……!?」


 皇都はこの国の中心地――ウェス・アドニスの何倍もの大きさを誇る、レオンベルガー皇国の最大都市です。

 私は一度も行った事がなく、どんな都市なのか物凄く興味があったのでつい聞いてしまいました。


 そんな私にリュカさんは皇都について色々教えてくれました。

 とても大きなお城がいくつもあって、馬車がいくつも並びそうな広い石畳の通路を色々な魔力の色の人が行きかっていて――


 リュカさんがいた頃は丁度、年が変わる頃だったそうで漆黒と純白の色神祭が行われていた、とか――皇都の話に聞き入っているうちに空がすっかり明るくなってしまいました。


「リュカさんはお話がお上手ですね……すっかり聞き入ってしまいました」

「そ、そっか。そう言ってくれると嬉しいな」


 起き上がって礼を言うと、リュカさんは驚いた顔をした後顔を綻ばせていました。

 こちらとしても素直に出た賛辞を素直に受け止めて頂けて良かったです。

 貴族社会ではこんな言葉も嫌味として受け取られる事もありますから。


「あ……あの、さ。もし誰か話し相手が欲しいなって思った時は、俺、いつでも話し相手になるから。こういう話で良かったら、いくらでもできるし」

「まあ……ありがとうございます」


 恥ずかしそうに頬を掻きながら優しい言葉をかけてくれるリュカさんは、本当に優しい人なのでしょう。

 言葉の節々から私を励まそうとしてくれている事が伝わってきました。


 励まそうとするほど――私の表情は暗かったのだろうという事も。


 まだ夜も明けない内から外に出てる時点で、落ち込んでいると思われても仕方ありません。

 人の優しさに甘え過ぎないように、周りに心配かけないように気を付けなければ。


 まだ私自身、ステラとしての人生を受け入れきれた訳ではありません。

 システィナとしての人生に未練があるのも事実です。

 

 ですが――後ろを振り返らないように、リュカさんを見習わなければ。


 自分が選んだ道をこれ以上悔んだり、涙で濡らす事が無いように。

 


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