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第19話 命の恩人・1


 バランスを崩したリュカさんは岩の下に消え――青ペンギンは彼が掴んでいた魚を口でくわえて海の中に消え。

 唖然としていた私は周囲に響き渡る鷹の鳴き声で正気に戻りました。


(あ、あの人、大丈夫かしら……!?)


 岩場であんな体制で倒れて――もし頭を打っていたら。

 打ち所が悪ければ死んでますし、悪くなくても怪我はしているでしょう。

 現に、リュカさんは起き上がって来ません。


 すぐに治癒術をかけにいかないと――


 そう思うのに、足が思うように動きません。

 何度となく私を苦しめるこの硬直が、今はとても腹ただしい。


(しっかり、しなさい……!! 人の命がかかってるのよ!?)


 そう。今は怯えて震えてやり過ごせるような状況ではないのです。


 今日は伯父様は近くの都市(ウェサ・クヴァレ)に出ていて、帰ってくるのは夜です。

 おばあ様も治癒術の心得があるそうですが、階段を上り下りしているうちに手遅れになってしまうかも知れません。


 今、この場で彼を助けられるのは、私だけ。


 冷静にならなくては。気持ちが焦っていては、この硬直は解けない――

 二回深呼吸した後、ゆっくり足を踏み出します。


(……大丈夫、あの人は……あの人は賊では、ないわ)


 そう。私を誘拐し、襲った男達とは、違う。


 まともに話した事はなくても、私はあの方が良い人だと知っています。

 私にも子ども達にも優しくしてくれる方を見殺しには、できません。


 震えが残る足を無理矢理引きずって、岩場に近づきます。


「だ、大丈夫ですかー……!?」


 声に反応してくれれば、近づかなくても――なんて、この期に及んで卑怯な思考に自己嫌悪しながら。

 他人が見ればまた酷く滑稽に見えるような歩き方で、途中何度か体勢を崩しかけながら何とか彼が立っていた岩場まで辿り着きました。


「リュ、リュカさん……?」


 足下で倒れている彼は意識を失っているようです。頭の辺りに血だまりができていました。

 ですが、呼吸はしています。まだ死んではいません。

 血だまりに吐き気と立ち眩みがする中、彼の傍で膝をつきます。


「し、しっかりしてくださいね、今、治癒術をかけますから……!」


 出血している辺りに手を添えて、自分の中にある魔力を手に集中させて陣を作ります。


(魔法陣の色調整……魔力を白に近づけるには……色相じゃなくて、明度を……)


 魔力の色が白に近ければ近い程、治癒術の力が増します。

 そして魔法陣の中に調整言語を組み込む事で、更に白に近づけてより治癒術の力を増す事が出来ます。

 

 とは言え、魔道士としての修練を積んでいる訳でもない私が色調整で変えられる範囲なんて、ほんの僅かです。

 ちょっと明るい青を、もうちょっと明るい青にする程度の。


 それでも、この僅かな差が命運を分けるかもしれない。

 今、自分の中にある知識を使わない理由はありません。


治癒ヒール


 魔法陣を組み上げつつ、頭の中で癒す事をイメージしながら詠唱も添える事で魔力の消費が一層強まる分、より治癒の効果を強める事が出来るはず。


 リュカさんの後頭部を淡い青の光が包んで、およそ3分ほどで私の魔力が尽きました。

 表面上の傷は微妙に塞がっていませんが、出血は止まりました。


「ふぅ……」


 ひとまずの峠を越えたのを感じると、安堵感で息がもれました。

 そして慣れない魔法を使った事や魔力が尽きかけている事が重なって、どっと疲労感が押し寄せてきます。


 私に出来る事はここまでです。伯父様が戻ってきたらちゃんと診てもらいましょう。


(ああ、その前に、こんな所で何も巻かずに寝ていたら傷口が悪化してしまうかもしれません……家から塗り薬と包帯も持ってこなくては)


 よろ、家の方を振り返ると、そこには家ではなく――大きな、赤黒い毛の狼のような獣の顔がありました。

 その後ろに、より一層大きい赤茶色の竜もいます。


「ヴォォォォォォン!!」

「グォォォォォォン!!」


 疲れ切った耳を、竜と獣のけたたましい鳴き声が貫いて――私の意識が遠ざかっていきました。




「んん……」


 うっすら目を開くと、私はすぐにそこが自分の部屋ではない事に気が付いて身を起こしました。


(ここ、何処……!?)


 星明かりが何かの隙間から微かに差し込む、狭く薄暗い空間――

 それが誘拐された時に閉じ込められていた部屋の雰囲気と重なった瞬間、私は無意識に声をあげていました。


「い……嫌!! 嫌!!」


 居ても立ってもいられず、四つん這いで外の景色が見える場所に飛び出すと、夜空と星明かりに照らされた海が一面に広がりました。


「ウォン!」

「ど、どうした!?」


 すぐ近くで発せられた獣の一鳴きに、聞き覚えのある声とバタバタした足音が返ってきます。 

 足音がする方を見れば、赤い光をチカチカと灯す灯台と、近づいてくるランプの光――


「あ、あ……」

「大丈夫か!?」


 小さなランプを片手に、リュカさんがこちらに駆け寄ってきました。


 生きてる――


 そこでようやく、自分が何故気を失ったのかを思い出しました。

 ゆっくり振り返れば、そこには見慣れたテント。


 今まで自分がいたのはリュカさんのテントの中だったと知り、一気に緊張が解けます。


「はぁー……」

「……大丈夫か?」


 魂が抜けんばかりの安堵の息を吐いた私に、リュカさんは2メートルほどの距離を取って改めて問いかけてきました。


「ええ……大丈夫、です……貴方は、もう大丈夫なのですか?」

「ああ、俺も大丈夫。よくある事だから」

「わ……笑い事ではありません! 死ぬかもしれなかったのですよ!?」

「ご、ごめん」


 よくある事――と笑いながら言うリュカさんが信じられなくて、つい声を荒げてしまいました。

 ですが、自ら身を投げた私が事故で頭をぶつけた人にお説教するなんて、おかしな話です。


「……いえ、こちらこそすみません。よく考えてみたら私、貴方を怒れる立場ではありませんでした」


 改めて自分がいかに愚かな事をしたのか痛感し、ため息を付いていると何故かリュカさんが頭を下げてきました。


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