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好きな訳ないじゃないですか



    ◆


「私のことが気になるのかい?」


 白い制服を身に纏うきらきらした貴公子が、わざわざ学院の廊下を歩く私を見て、わざわざ近づいてきて、わざわざ白い壁に片手をついて、わざわざ私に通せんぼしてきます。

 


「私に見惚れて声も出ないのかい? 可愛いね」

 いえいえ、呆れて物が言えないだけです。



 まぁ確かに綺麗なお方ではあるのですけれどね。


 そんな彼は、私を通せんぼしたまま、もう片方の手で髪をかきあげています。

 ふわっと、高貴そうな香りが漂いました。近いです。近すぎです。


 金髪碧眼、背は高く、すらっとしたバランスのいい体躯。

 そして溢れる自信が整いすぎた顔立ちの表情に現れていて……。


 ですけど、これ、迷惑行為ですよね? 


 お名前もお姿ももちろん知ってはいますが、関わりが一切なかったお方、今どう見ても私は絡まれているようにしか思えません。

 



 私は平々凡々なただの男爵令嬢です──とは言い難いかもしれません。実は、前世の記憶を持って生まれてきています。


 しかも、その記憶の中のある小説の世界に、ここが似ていることに幼少期から気付いていました。

 お話を読みながら、あまりにひどいなと当時から思っていたので、ある意味印象に残っていましたから。


 男爵令嬢のヒロインが高位貴族の男性達に愛されて、大変なお話だったかと思います。

 続きもので、最後まで読む前に前世の私は亡くなってしまったのか、途中までしかわかりません。


 どうも私はその小説のヒロイン役と名前や容姿が一緒でした。


 アレリーヌ・フィナン──ふんわり靡かせた淡い亜麻色の髪、長い睫毛に縁取られた形よい緑青の瞳。すっと通った鼻筋。薔薇色の小さな唇。印象的な細面の美少女です。


 流石ヒロインというべきでしょうか?



 そのせいでしょうね。訳がわからないくらいに、高位、美貌の主に絡まれます。


 私にとっては、初対面、もしくはそれに近い相手ばかりです。

 相手は私を知っていたり知らなかったりみたいですが、気になるようです。

 私も元々名前などは、お話を読んでいた以上は知っていますが、それだけです。



 ──私の容姿だけなのでしょうか? 

 一目惚れをよくされるのですよね。


 ただただ恐ろしい世界です。


 好きな方以外に想いを寄せられても、困りますし、高位令息相手なだけにただただ困惑するばかりです。

 ご自分のご身分を考えてくださいと、そもそも世界が違いますから。

 遊びとかなら論外ですし。

 


 本当のところ私、きらきらした美貌は、食傷気味です。

 きらきら恐怖症になっているかもしれません。


 そして、この目の前のこのお方です。きらきらしていますけれど、特に興味はありません。


 そう、ファシアート国、第三王子殿下と関わりたいとは思いません。


「どうか、お離し下さい殿下」

 丁重に低姿勢で。不敬ではないように、でもきっちり断らないと──


「お前には特別に、私をアンダリアスと呼ぶことを許す。光栄に思え」


 いりません。そんな栄誉の押し付け。周りの嫉妬も怖いです。

 一介の男爵令嬢に何をしてくれますか。



「これは運命。宿命。そうに違いない」

 勝手に運命認識してきました。


「愛しいお前、その美しい瞳を、私に捧げよ。私のみを映し出すがいい」

 きらきらしながら、私に向かっておっしゃいますが、殿下、私の目の玉が欲しいのですか? 無茶ぶりがひどいです。







 実は、私には意中の方がいます。


 レリアド伯爵第三令息、ラフィラス様。

 あっさりしたお顔。ひたむきに魔法に求道するお姿。


 少し困ったようなお顔。小説でも出てきていて、やはりひたむきに魔法を探求されておられたようにちらりと書かれていました。


 挿絵のきらきらした中、そっと小さくいらっしゃったそのお姿、あっさりしていました。

 私は元々何故か彼が気になって仕方がありませんでした。

 

 ──彼になら、しないでしょうけれど、こんなふうにされたとしても、むしろ喜んでしまうのに。


 想像して顔を赤くしてしまいました。


 



     ◆

 うっかりしていました。つい、私の中のラフィラス様に夢中になりすぎていて、殿下の存在を忘れてしまっていました。


 興味なさすぎて、抹消していたともいえますが──



「アレリーヌ……」


 一応、声もよく響く、低く甘い色気垂れ流し系の美声かと思うのですが、興味がないのです。

 そして、名を呼ばれたくもないですとは、内心思いましても口に出来ません。


 そんな私に対して、殿下は満更でもなさそうなお顔です。

 そんなつもりありませんからと口にしたところで、逆に照れていると思われそうですし、高貴なお方に否定の言葉は伝えにくいです。



 本当に、私の方面に、垂れ流される色気いりません。


 匂い立つような色香の掛け流し、望まない方からのものなんて、どうして欲しいでしょうか? 

 私はいりません。いるはずがないではありませんか。


「顔を赤らめて、可愛い奴め」

 ふっと鼻で笑っておっしゃいました。無駄にきらきらさせながらです。


 対外的なものとして、私は仮面のような微笑を顔に貼り付けております。


 学院内では、王族も貴族も垣根のないように、とか言われますが、もちろん高貴な方に逆らうことは許されません。


 おっしゃるお言葉も不遜ながら、気持ちが悪いです。


 殿下には、素晴らしい婚約者がいらっしゃることを私は知っています。

 もし、仮にいらっしゃらなかったといたしましても、論外です。あり得ません。


 急に道を塞がれ、しかも王族。


 学院内、身分差はないという建前はありましても、下手な言動があれば、無礼打ちにされてもおかしくはないと思うのです。


 こちらは一介の男爵令嬢なのです。恐ろしい限りです。


 更に、きらきら恐怖症と気持ちの悪いお言葉などで、内心鳥肌がたつ思いです。


 到底好ましいとは思えません。




 

 名を呼ぶ声──これが、彼の、これがラフィラス様のお声ならどんなにいいでしょう? 


 そう思います。彼のうっとりするほどの、私には好ましい美声。


 たまに掠れたり、くちごもられたり、声がひっくり返ったりとかされますが、私には好ましいのです。


 無駄に甘くもなく、無駄に色気もなく、無駄にきらきらしていないラフィラス様のお声が。


 まぁ痘痕もえくぼと言われましても、私は彼の彼の口から発せられるお声の方が好きなので、仕方ありません。

 


 しかし、何か洒落にもならない勘違いをされてしまっています。

 どうしたらいいものか……。


 うっかり現実逃避にひたってしまっていた私の失態です。こういうお方が、都合よく思い込む事実を失念していました。


 笑顔だからといって全て肯定な訳ではないですのに──






「殿下、そちらの方は?」

 涼やかなお声に、やっと殿下の腕が壁から離されました。

 そっとばれないように、間合いをとります。



 ネストレア・マイレシル公爵令嬢がいらっしゃいました。

 殿下の婚約者です。礼をされております。


 優雅です。美しいです。ついうっとり見惚れてしまいます。


 


 どなたかが呼んで来て下さったのでしょうか? 

 殿下についておられる方々の方でしょうか。ありがたいことです。内心礼を言いたくて仕方がありません。





 なんとも、艶やかな黒髪が美しいです。

 美しい色合いの茶色の瞳、白磁のように白く滑らかな肌、薔薇色の頬。口元を手に持たれた扇で隠されつつ、美しい所作と笑みをもってそこにいらっしゃいます。



 こんな美しい婚約者がいながら目移りするなんて、ありえません。


 女の敵です。


 



    

「来たのか、ネストレア」

 少し不服そうに、白い制服姿の麗しいネストレア様にお声をかける殿下。

 

 来たのかが、邪魔するなに聴こえる気がすることは気のせいでしょうか?


 そのことに、ネストレア様も気づいたのか、一瞬微かに眉を顰めたように見えました。


「わたくしがお聞きしていることは、そちらの令嬢についてです」


 ぱちりと扇を胸元で閉じて、殿下におっしゃいます。


 格好がいいです。


 美しくも凛々しく、麗しい。何故、こんな方が婚約者ですのに、何故殿下は目移りされるのか。理解が出来ません。


「アレリーヌ、アレリーヌ・フィナン男爵令嬢だ、どうだ? 愛らしく美しいだろう。私の運命だ」


 何をおっしゃるのでしょうか? 


 ご自分の婚約者の前ですのに。


 私は内心頭を抱えました。駄目です。このお方、駄目駄目です。


「殿下、軽々しく運命などというお言葉を使われることは、どうかと。殿下、殿下はこの国の第三王子なのです」


 婚約者に面と向かって、しかも王子殿下が、別の女性を運命と言われる。

 表情は崩してはいらっしゃいませんが、扇を持つ白く細い指に、幾ばくかの力が込められている様が、見えてしまいます。


 最早内心お悔やみしか申し上げる事が出来ません。


「今から殿下にお伝えしたいことがあるの。よろしいかしら?」

「承りました。私はこれにて失礼させていただきます」

 おふたりに礼をし、ゆっくりとおそばから離れていきます。


 わからないように気持ち、ネストレア様に目礼をと思ってましたら、気付かれてしまい、ほんの少し苦笑いをされ、目線で早く行くように促されました。



 逃がしてくださるありがたいお方。困っていることに気づいてくださったのでしょうか。

 

 あの殿下にはもったいないです。かなりもったいないです。

 



 小説では悪役令嬢とのことでしたが、その中身も、おっしゃることは至極当然で、ヒロインが王子様にお声をかけられたとはいえ、馴れ馴れしくお話をしていれば、もちろん苦言は当然かと思います。

 しかも婚約者がいる相手とわかっていて、近づくなんてあり得ません。


 ひどいことをなど書かれてましたが、無邪気に殿下と公爵令嬢との間に、亀裂をうもうとするヒロインの方がひどいと私は思います。


 悪意がないから許されるという訳でもありません。


 学院がどれだけ平等を謳っていたとしましても、学院内はであり、一歩出てしまえば階級社会、恐ろしいことになります。

 出なくても、察した方々の動きも恐ろしいですし。


 天上人、本人も、周りも恐ろしいです。


 周りの思い込みも、その噂も、悪意の種も意識無意識に芽生える前に、駆除が一番です。


 芽吹き、花開いている段階までいくと、事は大事ですし。


 危うきには近づかず。


 私は近づかずを徹底していましても、不意打ちにきらきらした方々が巻き込みにきます。巻き込み事故はどうかお許し願いたいですが──


 私は心の中では何を考えていても、気取られたりしないならいいかと自分に許しています。

 そうでなければ、ひたすら避けているにもかかわらず嫉妬されたりする我が身が、なんとも言えないですから。




 なるべくゆっくりと、制服のスカートの裾を揺らさない程度で、それでいて気持ちは早く早くと殿下達から離れていきます。


 待てとか聞こえる気もしますが、聞こえません。


 もう遠くて何も聞こえないです。殿下と思いながら、なるべく早く離れていきます。





 緑が見たかったのか、癒しが欲しかったのか、つい無意識に遠く離れた庭園へと足を進めていくと、

「……アレリーヌ嬢、だ、大丈夫か?」

 私の名を呼ぶ素敵なお声が聞こえました。

 

 ふっと目の前に現れたラフィラス様に、私の心は浮き足立ちました。

 私のことを気にかけてくださっているのでしょうか?


 



     ◆

 庭園の片隅、ラフィラス様は私のことを気遣ってくれるお言葉をかけて下さいました。 



「……君が、絡まれているのが…………見えたから」


 小鳥達がさえずる声の賑やかな、緑の庭園の中、言葉を選びながらゆっくりとお話して下さいます。


 つい、そのお声、お言葉に、私は頬を赤らめ、うっとりラフィラス様を見つめてしまいました。


 ああ、そよ風がラフィラス様の灰色の髪を揺らしています。


 聡明な灰色の瞳の素敵なこと。無駄にきらきらしていないですし、私は大好きです。

 あまり外出しないからか、青白いくらい白い肌。制服の中でおよぐ細い体躯。

 背丈も私より少し高いくらいで、威圧感もありません。



 

「気にかけてくださりありがとうございます」

 嬉しくて仕方ないです。


 心からの笑みがこぼれてしまいます。

 気持ちが急に上昇しすぎて、嬉しいのに、涙もこぼれそうになりますがこらえます。


「……大丈夫? あ、マイレシル公爵令嬢は、すぐにいらっしゃったかい?」

「いらっしゃいました」

「もっと早くに出来ていれば……」


 もしかして、まさか、ラフィラス様が? 嬉しすぎます。


 舞い上がって降りてこれません。


「ありがとうございます。ラフィラス様」

「いや……何も、出来ていないから……」


 ラフィラス様が私のことを考えてくださることが既に喜ばしいというのに、助けてくださったなんて……。


 天にも昇ってしまいそうです。


 素敵なラフィラス様、優しいラフィラス様。いつもひいていらっしゃるというのに、何かの時にはそっと手を差し伸べて下さるラフィラス様──




 少し頬をゆるめ、優しげな表情で少し視線を、そらしがちにそれでもちらりと私を見つめて下さるラフィラス様。私が近づきすぎると、顔を赤らめてしまわれるラフィラス様。


 初めは小説の挿絵で気になっていましたが、関わる間にどんどんもっとラフィラス様のことが好きになっていました。


 魔法に夢中になっているラフィラス様。置いてけぼりになっていることにふっと気づいて、向き直り、わかりにくいところなどを説明して下さるラフィラス様。

 


 好きな方の一番の興味。私もお話についていけるように、魔法も極めていきたいのです。


 ヒロインに魔法の素質があってよかったです。




 私は、ラフィラス様そのものが好きです。仕草や表情。お声。その存在自体が尊いのです。






 そんなふうに、ラフィラス様と共に過ごす幸せな時を過ごしてのですが──



「なんと美しくも可憐な……」

 どこから現れたのか、現れたるは、きらきらの銀と蒼の貴公子。


 ──もう許して下さい。またですか?


 すっと、跪かれ見上げられます。



 ラフィラス様ならいいですのに。


 近くにいらっしゃるラフィラス様も面食らった表情ですが、そんなお顔も素敵です。


「私は、レストラ家長子、セライハルと申します。美しい人…………」

 

 色々おっしゃっておられますが、私の中ではラフィラス様との素敵な時間が、台無しにされていることの方が重要です。

 ラフィラス様のことだけが気になります。



 もう、なんでこうなのでしょうか? 


 好きな人がいるのです。求愛されても困りますのに……。


 ──好きな方がいるのに、他の方を好きになる訳ないじゃないですか。





          end


誤字報告いただいたナルシシストとナルシスト、ナルシシスト自体間違いではないのですが、浸透しているのは後者とややこしい状態ですので、考えた結果、その部分を消しておきました。


文章読み直して、特になくても大丈夫なものでしたし、ならない方がよいかもで変更をかけさせていただいております。


読んでくださってありがとうございます。

いただいた評価とかブックマーク、いいねなどありがたく思っております。



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