6話 二回目の活動
座り込んで井波を監視しつつも、ハンカチで目を拭ってやったりしていると、3人の警官がやってきた。
警官たちは慣れた手付きで井波に手錠を掛け、連行していく。
安心感から一息ついていると、長身の婦警さん、小森さんの立ち姿が俺を見下ろしていた。
「久しぶりね。里島君」
「小森さん。ご無沙汰してます」
彼女は俺の通っていた護身術道場の師範もやっているので、ちょっとした顔なじみだ。俺のサトリ能力の事も彼女は知っている。
「全く、また無茶しちゃって。護身術の本質は危険から逃げる事だって口を酸っぱくして教えた筈なんだけどねぇ」
「すみません……どうしても見過ごせなくて」
「まあ無事ならいいよ。ご協力感謝します」
ビシッと敬礼を決める小森さんに、見様見真似で敬礼を返しておく。
「……くれぐれも、俺がやった事はご内密にお願いします」
「いつも思っていたけど、なんで?」
「あまり目立ちたくないんです」
俺の目指す探偵は、目立たずスマートに事件を解決するクールな存在だ。
それに、懸念もある。下手に目立って俺のサトリ能力が周知されたら、都市伝説に出て来るような怪しい機関に拉致されて人体実験されたり、洗脳されて世界征服に加担させられてしまうかも知れない。……考えすぎかもしれないが。
「勿体ないねえ。みんなに自慢すればモテるのに」
「そういうのは自慢しない方がモテると思います」
「恥ずかしがり屋さんだね」
「奥ゆかしいと言ってください」
からかうような乾いた笑い声が響く。
この大人びた笑い方は何だか好きだ。……子ども扱いされてるみたいでちょっと腹立つけど。
「ところで里島君。その帽子どうしたの?」
「あっ……これは……」
しまった。うっかりシルクハットを被ったままだった。
「なんでもないです」
「まあいいけど」
そんな感じで一悶着ありながらも、俺はパトカーで署に連れていかれたのだった。
幸い井波がすぐ犯行を認めたので、三十分ほどで解放された。
◇
「お前、校長が言ってた事件どう思う?」
「絶対何か裏があるよなあ」
金曜日の事件から週を跨いだ月曜日。
臨時全校集会を終えて戻ると、教室は事件の噂で持ち切りだった。
「嘘に決まってるだろ。井波が階段でコケて自滅したとか」
「なー。嘘くさいよなあ」
……そう言えば、全校集会ではそういう事になっていた。
会話に参加したらボロが出そうだし、ここは寝たふりをしておこう。
「佐伯の話だと、異世界から召喚された大賢者が井波を倒したらしいぜ」
「絶対嘘だろそれ。悪のサイボーグが気まぐれで倒したって俺は聞いたぞ」
「俺は武術の達人のポニテ美少女裏番長が倒した説を推すぜ」
「それが一番現実的かなあ」
「んー」
……実際の顛末はもう少し地味なので、何だか申し訳ない。
そうやって根も葉もない噂を聞き流していると、
「里島さん!」
柔らかくも力強い、聞き覚えのある女子の声。
顔を上げると霧山さんが眼鏡を光らせては、俺の机の前に立っている。
「どうしたの?」
「昨日、急に活動を抜け出してどこに行ってたんですかぁ?」
柔らかな表情からは非難の色は見えないが、疑っている感じの語尾の伸ばし方……のような気がする。ここは何とかはぐらかそう。
「えっと……急用ができて。……廊下を歩いてて、犯人がコケるのを目撃したら署に連れていかれて……」
「私は、ちゃんと分かっていますから」
霧山さんの口元は不敵に吊り上がっている。訳知り顔と言った感じだ。
「里島さんが事件を解決してくれたんですよね?」
「な……何の事かな?」
「しらばっくれないでくださいよー」
「えっと……」
「何か言えない事情があるんですね。安心してください。もちろん誰にも言いませんから。でも……里島さんが事件を解決したって事、私は分かっていますからね」
それだけ言い残すと、霧山さんはドタバタと自分の席に戻っていった。
バレるのは色々とマズいのだが……見抜いてくれたのは、正直嬉しかった。
霧山さんと秘密の共有をしてしまったというのも、なんだかドキドキしていい感じだ。
◇
そして次の日の放課後。所は推理部部室。
俺は長谷村と二人でとあるミッションに興じていた。
スチール棚の上の棚に、家から持って来た探偵っぽいアイテムを乗せていく。
ダーツの的。ショットグラス。砂時計。トランプ。虫メガネ。方位磁石。
「おお、里島! いい感じに探偵っぽくなったな!」
「……どれも百均で買った奴だけどな」
ついでに動物の紙粘土人形も並べていく。小学生の頃ハマっていた『飼育員探偵』シリーズに影響されて夏休みの工作で作ったものだ。
「それにしても里島。昨日は災難だったなー」
「まあよくある事だけどな」
長谷村と糸子には、昨日の事件の真相は伝えてあった。
「でもやるじゃねえか、里島。井波の奴、喧嘩が強い事で有名だったんだぜ。ホームズみたいにバリツで何とかしたのか?」
「ちげーよ。普通に催涙スプレーで何とかしただけだ」
「へぇ……でもすげえなあ」
「なに。推理部長として当然の事をしたまでだよ」
「……いいなあ。銃刀法さえ無ければ、俺もワトスンみたいにリボルバーで大活躍してやったんだが」
「間違って俺に当てるなよ」
「うるせえ」
適当にダベりながら棚に動物コーナーを作り終えると、
「こんにちは! よろしくおねがいします!」
霧山さんがやって来た。
「よろしくね」
「あっ! この棚カッコいいですね! 動物も可愛いです!」
「そう? ありがとう」
俺と長谷村が仕上げた探偵棚を気に入ってくれたらしい。
それにしても……
「霧山さん、今日は探偵の服は着ないの?」
「えっと……ちょっと恥ずかしくなって」
俯いて顔を紅くしてしまった。
ノリで突っ走って後で後悔するタイプなんだろうか。
微笑ましく思ったりしていると、長谷村が肩を小突いて来る。
「そうだ里島。例のブツ持って来たぞ」
「何だよその言い方」
長谷村は乾いた笑いを上げながらも、ブツを紙袋から取り出して、部長用の机に設置してくれた。お古のノートパソコンだ。
「早速何かタイプしてみろよ」
「よっしゃ!」
電源を入れると、暫くしてデスクトップが表示された。
メモ帳を作成して高速ブレインドタッチを開始する。
まあ、入力されているのはデタラメな文字列なのだが。
「おお! 探偵っぽいです!」
霧山さんが目を輝かせて感激してくれているのが、何とも嬉しい。
「霧山さんもやる?」
「はい!」
それにしても……霧山さんは本当に楽しそうだ。
推理部に誘ってよかった。
「霧山さん! 俺もやる!」
「長谷村さん。どうぞー」
長谷村と入れ替わりに、長机のパイプ椅子に座り直した霧山さん。何の気なしに様子を伺ってみると、彼女は例の不思議なジト目でジーっと何かを見つめている。
その視線の先には、スチール棚の上から二段目。俺の作った紙粘土の動物人形があった。
結構自信作なのだが、霧山さんは気に入ってくれたのだろうか。
「これ、どなたが作ったんですか?」
「俺だけど」
「へぇ……本当にかわいいですねー。これ」
「ありがとう」
霧山さんはちょっと変わっているが、動物を可愛がるという普通の女の子らしい所もあるらしい。なんかいいな、こういう発見。
というか、本当に物欲しそうに見てるんだが。
「一つだったら、あげてもいいけど?」
「えっ……いいんですか?」
「もちろん」
「あっ……でも……やっぱりいいです」
遠慮されてしまったのだろうか。
もう少し距離を縮めてからの方が良かったか。
頭を軽く掻きながらも、気を取り直して推理小説に向かう。
やがて、明日香と糸子もやってきた。
「チワーッス! 兄貴、昨日は大変だったね」
「まあなー」
「悟君、大丈夫だった?」
「うん。事情聴取は面倒だったけどね」
そして、各々が黙々と推理小説を読み始める。
何の気なしに面々を見渡していると、焦燥に似た違和感が襲ってくる。
……みんな楽しそうなのはいい事だが、何なんだろうこの部活。
いや、立ち上げたのは俺なんだが。
仮にも推理部なのだから、何かしら推理した方がいいのではないだろうか。
「長谷村先輩……このおばさん怪しくないですか?」
「まだ出たばかりだし、何とも言えないなあ」
長谷村と糸子は一緒に同じ本を読んで推理しているが、俺が推理部でしたいのはそういう推理に留まらない。
山荘に合宿に行ったら猛吹雪で帰れなくなって、連続殺人事件が発生するとかは御免蒙るが、日常のちょっとしたミステリーとかを皆で解決する、とかのイベントはあってもいいのではないだろうか。
腕組みをして考えに耽っていると、
「里島さん。何か元気無さそうですが、どうしたんですか?」
じっと見上げるような霧山さんの灰色の視線に気づいた。
「いや、推理部なんだから、もうちょっと探偵っぽい活動も出来たらいいなって思ってね」
「探偵ですか……」
霧山さんも俺と同じように腕組みを作って、頭を捻りだした。
「あっ、いいアイディアが浮かんだかも知れません」
「本当? どんなアイディア?」
「まだ秘密です」
悪戯な微笑みに思わずドキッとしながらも、俺は思い出す。
取って置きの謎なら既にあった。Xガールの正体という、俺自身の運命を大きく左右しかけない重大な謎が。
そちらの推理も水面下で進めていかなければ。
◇
やがて、六時のチャイムが鳴る。
「そろそろ帰るか」
俺の号令に、部員たちがポツポツ気のない返事をする。
やがて、部員達は一人また一人と帰って行き、最後に俺と明日香だけが残った。
明日香。Xガール候補と二人きりになってしまった。
そう……明日香はXガール候補。俺の事を好きな可能性を50%近く内在してしまっているのだ。
そんな女の子と小さな部屋で二人きり……。
これは……何かとんでもない事が起こってしまってもおかしくないのかもしれない。
いや、駄目だ。いくら何でもいきなりそんな事は!
ちゃんとお互いの事を知り合ってからじゃないと。
いや……でも明日香がどうしてもって言うなら……俺は別に構わないんだが……。
「悟君」
「――うおわっ!」
「ごめん急に話しかけちゃって」
しまった。引かれたかも知れない。こういう時は……とりあえず、落ち着こう。
何か話した方がいいんだろうか。
何か、いい話題は……
「ねぇ、もし良かったら一緒に帰らない?」
えっ!?
「えっ!?」
「ほら、家近いし。私と一緒に帰ろ」
「う……うん! じゃあ一緒に帰ろう!」
マ……マジか!? 何と積極的な!
完全脈アリだろコレ! 行ける気がする!
……やはり明日香がXガールな可能性は相当に高い気がする。
明日香が推理小説初心者にも拘わらず推理部に入ってくれた事も、明日香がXガールだと考えたら合点がいく。
二人きりでも恋慕思念の類が皆無なのは懸念材料だが……明日香を盗み見てみると、少し恥ずかしそうに頬を赤く染めている気がしないでもない。
「ほら、帰ろうよ」
「うん……じゃあ、帰ろうか」
少し距離を取りながらも、明日香と下駄箱に向かう。
緊張で息が荒れそうになるのを必死で隠しながら、眩い校舎の外へ。
勢いあまって、明日香を追い抜いてしまう。
振り返ると、俺の後ろから確かに明日香の姿が近付いてくる。
何てことだ。……俺はついに……「女の子と一緒に帰る童貞」を卒業してしまった!
いや、糸子と一緒に帰った事あったか。
まあ糸子は妹みたいなもんだし、あれはセーフだろう。
「悟君。ありがとね。推理部に誘ってくれて」
「どういたしまして」
シンプルに整った顔立ちが、俺の方を向いている。……やはりとても可愛い。
再び歩き出すと、少しだけ緊張がほどけてくる。
「ところで明日香はさあ……」
「なに?」
この際だ。ずっと気になっていたことを聞いてみよう。
「明日香は、どうして推理部に入ってくれたの?」
聞いて良かったのだろうか。分からないが、どうしても気になった。
少し間を置いてから、明日香は答えてくれた。
「実は私、自分が普通過ぎる事にコンプレックスがあってね」
普通……。確かに明日香は昔から普通の女の子だった。
好きな食べ物はカレーだし、好きな動物は犬とか猫。嫌いな動物はクモとかヘビ。ゲームも歌もアニメも……明日香の好みは悉く普通だった。その上……
「成績も平均くらいだし、スポーツも普通くらい。見た目も性格も……まあ普通だよね」
見た目はかなり可愛いと思う。そう喉から出かけたが、告白みたいになりそうだ。
言葉を飲み込むと、明日香は少しだけ顔を落として続ける。
「私、普通過ぎる自分にちょっと嫌気が差しちゃって……変わりたいって思ってた所だったの」
「なるほど……だから推理部に入ってくれたんだね」
「流石探偵さん。察しがいいね」
「初歩的な事だよ、ワトスン君」
「何それ」
通じなかったが、それでも明日香はちょっとだけ微笑んでくれた。
思わずドキッとしてしまい、目を逸らす。
白い軽自動車が坂を降って、明日香が足を速めて俺に追いつく。横並びに歩いていく。
「悟君は、霧山さんの事どう思う?」
そんなこと急に言われても……。この場合、どう答えるのが正解なんだろう。言い淀んでいると、
「霧山さんって、いい意味でちょっと変わった子だよね。ミステリアスっていうか……」
「まあ、確かにな」
普段は大人しいのに好きな事にはテンション上がるし。不思議な雰囲気を纏っているし。ウクレレ弾けるらしいし。
つかみどころが無さそうで、しっかりしている所もある気がする。
「私、霧山さんともっと仲良くなりたい。もしかしたら、霧山さんにちょっと憧れてるのかも」
一瞬だけ霧山さんに嫉妬してしまったが、多分そう言う意味じゃないだろう。
「きっと仲良くなれるよ。霧山さんは動物が好きみたいだし、動物の話とかいいんじゃないかな」
「なるほど動物ね……今度話してみる。ありがと、悟君」
我ながらいいアドバイスだった気がする。
「そういえば悟君もちょっと変わってるよね」
「えっ……」
喜んでいいのだろうか。貶している口調ではないみたいだが。
「長谷村君も、糸子ちゃんも、推理部のみんなちょっと変わってて、面白くて……なんだか羨ましい」
俺がイケメンならここで「明日香も俺にとっては特別だぜ……」とかイケボで囁くんだが、生憎俺はイケメンではない。ここは無難にいこう。
「まあ、あまり気負わず頑張ってね」
「うん」
住宅街のT字路で、さよならを交わし合った。
夕暮れの中、影を伸ばして去っていく明日香。
茜色に揺れる後ろ髪に軽く見惚れたりしつつも、踵を返して家路についた。