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5話 推理部結成

 放課後。俺は長谷村と立ち並んで職員室へと廊下を進んでいた。推理部結成に必要なピース……5枚の入部届が揃った事を鮫渕先生に報告する為だ。

 階段を降りると、長谷村が腕をつついてくる。


「知ってたか里島。井波が彼女にフラれたらしいぜ」


「ふーん」


 1年の時同じクラスだった井波。確か陸上部で、誰彼構わずイキるような嫌な奴だった。


「どうした里島。喜ばないのか? お前井波と仲悪かっただろ?」


「俺はXガールのお陰で余裕のある男になったんだよ」


 それに……俺には女性にフラれる哀しみは痛いほど分かるからな。

 井波の人生に幸あらん事を……とか柄にも無く祈ったりしながらも、職員室の扉を開く。


 開けた視界に、見知った先生達が寛いでいる。軽く緊張したりしながらも、コーヒーをチビチビ飲む鮫渕先生の机の前へと進む。


「鮫渕先生!」


「ん? ……里島か」


「推理部の件ですが……入部届5人分持ってきました!」


「本当か?」


 露骨に不審そうに眉を顰める鮫渕先生に、入部届5枚を差し出す。

 くらえっ!


「約束通り顧問になってくれますね?」


「……参ったなあ」


「大丈夫です。幽霊顧問でもいいですから」


「幽霊顧問か。ウケるなそれ! ガハハハハ! アハハハッハ!」


 何故かツボに入ったらしい。引く程笑いながら、文化部棟の鍵を差し出してくれた。


「里島、やったな!」


「おう!」


 長谷村と熱い友情のハイタッチを交わしてやった。


「アーッハッハッハ! 幽霊……顧問……ヒイイイハッハッハ!」


 鮫渕先生……まだ笑ってるよ。


 ◇


 職員室を出て、長谷村と文化部棟へと向かう。

 糸子と明日香と霧山さんは、まだ来ていない。

 鍵を開けてみると、安っぽい長机とパイプ椅子が並んでいる。奥の窓際には部長用の机。

 他は壁際にスチール棚があるだけの簡素な部屋だった。


「結構埃っぽいな」


「本当だなあ」


 長谷村に同調しながらも、俺は白いA4用紙を取り出す。中央にデカデカと「推理部」とプリントが施されている。鮫渕先生が爆笑しながら渡してくれた物だ。


「俺は入り口にこれ貼っておくから、長谷村は換気と掃除頼むわ」


「オッケー」


 俺は鞄をスチール棚の下の段に置くと、黒い手提げ袋に手を突っ込んだ。

 俺はこの探偵袋と名付けた袋を、いつも通学鞄と一緒に持ち運んでいる。

 中には、ハサミ、スティックのり、エチケット袋、胃薬、振出し警棒、防犯ブザー、ペンライト等の探偵アイテムが入っている。

 必要な物が無いときにそっと差し出せるような気が利く男はモテるかな、と思って。

 それに探偵っぽくてカッコいいし、何かと役立つ。

 ……ハサミと……あと透明テープ……あった。

 推理部と印字された用紙を、部室の扉に透明テープで丁寧に貼り付けていった。


「これでよし」


 太めの明朝体で刻まれた「推理部」の文字をまじまじ見つめていると、思わず胸が熱くなってくる。

 ……これで誰が何と言おうと、この部屋は推理部の部室だ。そしてこの部室で始まる。

 俺たちが作った、俺たちだけの部活が。


「里島! 掃除は大体終わったぞ」


「こっちも終わった」


 満を持して、長机に長谷村と向かい合って座る。


「よっ! 名探偵里島! 難事件を解決しまくってくれよ!」


「お任せあれ! 名助手、長谷村君! 君の働きにも期待しているよ!」


 変なテンションでダベっていると、部室の扉が開く。

 見慣れた小柄な姿。糸子だ。


「長谷村先輩! チワーッス!」


「こんにちは。糸子ちゃん」


 糸子はニコニコ顔で長谷村を見つめている一方、俺には一瞥もくれる気配がない。

 腹立つなあ。


「おい糸子。俺にも挨拶しろよ」


「兄貴はどーでもいい!」


「なんだとお?」


 適当に軽口を叩き合っていると、長谷村が羨ましそうにこっちを睨んでくる。

 ……俺にどうしろと。


「兄貴、カバンどこに置いたらいい?」


「ああ、スチール棚の一番下に置いとけば」


 俺も糸子に倣って皮カバンを抱え下ろした時、ふと思い出す。


「あ、そうだ。いいのを持って来たんだ」


 俺はカバンから黒いシルクハットを取り出し、颯爽と被ってみせた。


「おお! 似合うじゃねえか里島!」


「まあなー」


「……に……にあうと思うよ……兄貴」


 糸子はわざとらしい棒読みだ。

 ……長谷村に倣っただけなんだろう。まあいいけど。


 帽子を整えていると、ノックの音。

 返事すると、入って来たのは明日香だった。少し緊張したような面持ちだ。


「えと、鈴木明日香です。明日香って呼んでください。よろしくお願いします」


「1年の藤宮糸子です!」


「あー! 久々だね、糸子ちゃん!」


「明日香先輩! なつかしー!」


 軽く抱き合う二人に、なんだかドキドキしてしまう。そういや糸子と明日香は顔見知りだったな。小学生の頃は池公園で三人で遊んだ事もあったっけ。

 思い出に浸ったりしつつも、俺と長谷村も自己紹介を終えた。

 小さな部室に、拍手の音が温かく響いていく。

 ……いいなあこの感じ。青春って感じがする。

 感無量になっていると、明日香が怪訝そうに俺を見ていた。

 どうしたんだろう?


「悟君……その帽子似合わないよ」


「マジで!?」


 慌てて探偵袋から手鏡を取り出し確認する。

 ……むう。言われてみれば、似合わない気もする。

 帽子を脱いで棚に飾っておく。

 うん。インテリアっぽくていいな。


「ウケる! 明日香先輩の辛口ファッションセンス痺れるッス!」


「……ごめん、ちょっと言い過ぎたかも」


「いや、マジで似合わないですもん」


 ……そうなのかあ。


「俺は普通に似合うと思うけどなあ」


「長谷村……お前だけが俺の親友だ……」


「いや泣くなよ」


 冗談で目頭を押さえたりしていると、また部室の扉が開いた。


「名探偵、霧山愛華です! よろしくお願いします!」



 時が止まったかのように沈黙が流れて行く。

 霧山さんの姿を前にして、誰もが固まってしまった。

 チェックのハンチング帽と、茶色いコート。

 ご丁寧な事に、右手には虫メガネを、左手にはパイプまで握っている。

 そんな完璧なまでの探偵コスプレに着飾った霧山さんが、扉の前に立っていた。


「霧山さん……流石にガチりすぎじゃない?」


「そうですかね?」


 俺のツッコミにも、霧山さんは泰然としたままだった。


「推理部なんだから、この格好がユニフォームみたいなもんじゃないですか?」


 ……言われてみればそんな気もしてくる。


「あ、シルクハットあるじゃないですか! ほら、被ってみてください」


「う、うん」


 言われるままにシルクハットを再び被る。


「おお! 似合ってますよ!」


 似合っている3票、似合っていない2票か。

 多数決の原理に照らし合わせると、似合っているという事になるな。


「ありがとう! 今日からこのシルクハットは、俺のキャプテンマークとする!」


「おおー! すごいですー!」


 というか、今日の霧山さんいつもよりテンション高いな。

 それだけ推理部を楽しんでくれているのかも知れない。

 だとしたら誘った甲斐があったというものだ。


「という訳で、霧山愛華です。皆様どうぞよろしくお願いします」


 盛大に拍手した後、他のメンバーもそれぞれ自己紹介していく。

 最後に俺もしておこう。


「……里島悟。探偵だ」


 すかさず顎に手を当て、ビシッと決めポーズ。


「おお! すごく探偵っぽいです!」


 霧山さんが誉めてくれた……うーん何とも気分がいい。

 長谷村もサムズアップで俺の探偵っぷりを称えてくれている。

 糸子と明日香は少しポカンとしているが、まあいいだろう。


 それから、一応部長の立候補者を募ったが、誰もいなかったので、部を立ち上げた俺が部長になる運びとなった。


「それでは……皆が揃ったところで、推理部部長として宣言しておこう。北浦高校推理部! 今ここに誕生! さあ皆さん盛大な拍手を!」


 弾けるような音が、小さな部室に響き渡った。


「で、推理部って何するんだっけ?」


 拍手が鳴りやむと、明日香が尋ねてくる。

 正直、具体的な事はあまり決めていないんだが……


「まあ、とりあえず推理小説でも読もう。家にあるのいくつか持って来たぞ」


「里島も持って来たか」


 鞄から推理小説を取り出し、長谷村とスチール棚に並べて行く。


「えー? 私、小説とか読まないんだけどー」


「糸子。この本は長谷村も面白いって言ってたぞ」


「じゃあ読む!」


 分かり易い奴め。

 その後、なし崩し的に長谷村が副部長になったり、活動の日が毎週火曜日と金曜日に決まったりしつつも、パイプ椅子を広げてそれぞれ活動を開始する。


「この『点と線』とか面白いよ。明日香」


 俺と霧山さんは推理小説初心者の明日香に、本棚から良さそうな本を見繕ってやっていた。


「これも面白いですよ。明日香さん。トリックがすごくてですね! 実は……」


「――霧山さん! ネタバレになっちゃうって!」


「あっ……ごめんなさい!」


「いいよ、私ネタバレとか気にしないし」


「そうなんですか……私ネタバレすごく気にしちゃいます」


 霧山さんと明日香が楽しそうに会話している。俺は聞きに徹しながらも向かいに座る糸子と長谷村を伺う。

 糸子は長谷村に読めない漢字を教えてもらいながら、長谷村お気に入りの推理小説を頑張って読んでいるらしい。


「これなんて読むんですか? 愛……あいでる?」


「それは『めでる』って読むんだよ。糸子ちゃん」


「すごい! 頭いいですね! 長谷村先輩!」


 俺が集めた部員たちが、活動をしてくれている。

 俺も、活動をしている。

 何だろう。……すごくいいなあ。推理部を作って、本当に良かった。

 霧山さんの探偵コスプレにはちょっと驚いたけど、それもまた青春って感じがする。

 その上、霧山さんと明日香に関しては、俺の事を好きな可能性があるのだから猶のこと青春だ。


 しかし……そんな俺の青春は前触れもなく打ち砕かれた。


『――殺してやる』


 明確な殺意を伴った、煮えたぎるような唸り。

 恐らく、昼休みに感じた不気味な思念が形を成してしまったのだろう。

 全く。こんな時に事件か。緋色の糸のように舞い降りて、人の青春を邪魔しやがって。

 パイプ椅子から立ち上がり、探偵袋を手に取る。

 推理部部長として……誰かが傷つく事態を見過ごす訳にはいかない。

 そう覚悟を決めたはいいが、一つ問題があった。

 ……俺のサトリ能力が思念の発信源を特定できない以上、闇雲に突っ走っても犯人と真逆に向かってしまう恐れがある。


「どうしたんですか、里島さん」


「いや、何でもないよ」


 怪訝そうな霧山さんに口ごもっていると、


『――待ってろよ……すぐにギタギタに殺――』


 断続的に俺の脳を揺らしていた殺人思念が、唐突に途切れた。


 この情報は重大な手掛かりとなるはず。

 俺のサトリ能力の受信範囲は大体半径100メートル圏内。

 つまり思念が急に途切れるという事は……奴は俺の半径100メートル付近にいて、俺から離れるように移動しているという事だ。

 この事実から、奴の現在位置と向かう先はある程度絞る事が出来る。

 そして、その候補の中で奴が向かいそうな場所と言えば……


「霧山さん。その虫メガネちょっと借りていい?」


「……いいですけど」


 そして俺は部員たちを見渡す。


「すまんみんな。急用ができたからちょっと出掛けて来る。長谷村は文化部棟と部員たちを頼む。何かあったらすぐ行くから緊急通信してくれ」


「……分かった。気を付けろよ」


「おう」


 長谷村に予備の警棒を渡すと、


「……兄貴」


 糸子が少し心配そうに見上げて来る。


「糸子は部室に鍵を掛けてじっとしてろ。何かあったらすぐ行くから連絡してくれ」


「わかった」


 明日香と霧山さんは何が起こったか分かっていないようだった。

 事情を話した方がいい気もするが、そんな暇もない。

 探偵袋を手に部室を飛び出した。

 ……別に俺は正義の味方ぶりたい訳ではない。

 だが事件の匂いを嗅ぎつけて何もせず、被害者を出すような事になったら寝覚めが悪くなって困る。

 渡り廊下を抜け、校舎に戻って廊下を駆けていると、


『――アヤノ……許さねぇ……絶対殺す……』


 途切れていた思念で再び俺の脳が揺れた。

 進行方向から、耳をつんざくガラスの割れる音。続けて鈍い金属音。

 ……奴の向かっている方向は俺の推理通りと考えて間違いないだろう。

 探偵袋から防刃ベルトを取り出して腹に巻き付けながらも、恐怖を踏み潰すように廊下を駆けて行く。


 ◇


 家庭科室の前に辿り着くと、窓ガラスが割れ散らばり、椅子が転がっていた。

 室内は荒らされた形跡がある。

 やはり思念の送り主は家庭科室で包丁を入手したらしい。

 見回してみるが、近くに人影は無い。思念も途切れてしまった。

 ……出遅れたか。どうやら犯人は相当に足が速いらしい。

 仕方なく霧山さんに借りておいた虫メガネで足跡を調べていく。

 かのホームズも観察を重視しているように、観察は探偵の基本だ。

 入念に調べていくと、ガラス片が上履きで踏まれた痕跡があった。足の向きは……下駄箱の方だ。俺は再び駆け出した。


 ◇


 ビンゴだ。

 下駄箱の前には、明らかに挙動不審な男子生徒の姿がうろついていた。

 ギョロギョロと血走った目を、獲物を探す肉食獣のように泳がせ、紺のブレザーの懐に手を突っ込んでいる。包丁を隠し持っているのだろうか。

 顔には見覚えがある。1年の時同じクラスだった井波。陸上部。

 そういや井波が彼女にフラれたとか何とか長谷村が言っていた。……奴は痴情のもつれから、アヤノさんに復讐すべく追っているという事だろう。

 同情の余地はあるが……だからと言って人を傷つけていい道理は無い。何としても止めなければ。

 しかし……新たな不安材料が出てしまった。

 もし井波がアヤノさんを見つけて走り出したら、陸上部の井波に俺の足で追いつくのは難しい。


『――俺を裏切りやがって……殺してやる……絶対に』


 激しい憎悪を伴った思念。説得できるとも思えない。

 もう少しスマートに解決したかったが、手段を選んでいる場合では無いか。


「――井波!」


 下駄箱の前にいる井波を、大声で呼び止める。


「お前の魂胆は知っている。アヤノさんは俺が既に保護した!」


「てめぇ……!」


「勝負だ! 掛かって来い!」


「……ふざけやがって!」


 被害者を出さない為にも、今は挑発するしか手が無い。

 見開かれた殺意の瞳に竦みそうになりながらも、探偵袋から警棒を取る。

 手首のスナップを効かせて振り出し、10数メートル前方の井波と対峙する。


「ぶっ殺してやる……!」


 向かってくる。鈍く光る包丁。

 目を開け広げて眩暈のような恐怖を堪え、警棒を突き出して構える。

 じっと下がって距離を取ると、素早く追って来る。

 ――まだだ。

 後退して距離を取りながら、タイミングを計る。

 ――今だ!


「ガァッ! ウッ……グッ!」


 赤い霧が井波の顔面に吹きかかった。

 左手に隠しておいた催涙スプレー。その効果は絶大だった。

 倒れ込んだ井波が取り落とした包丁を、すかさず蹴飛ばしておく。


「あちいいいいい! がああああああ!」


 叫びながら顔を抑えて、井波は地べたを転がった。

 ベルトと透明テープでグルグルに縛り付け、警察に通報しておく。

 よし、これで一件落着だな。

 ついでに長谷村にレインしておこう。

《ブレイクミステリー、コンプリ―ティッド》……と。

 ついでに《多分署に連れていかれるから戻れそうにない。今日の活動は副部長のお前に任せる》とも送っておく。


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