4話 図書室の霧山さん
「ズルいだろおおおおおおおおお!」
「うるさいなあ。ズルくないだろ別に」
面倒くさい。……今日の長谷村はずっとこの調子だ。
「ズルい! ズルいぞ里島! あんな可愛い妹がいるなんてよお! 俺もあんな可愛い妹と軽口叩き合いたいよお!」
「妹じゃなくて従妹だ。だいたい彼女いるお前の方がズルいだろ」
「俺はズルくねえよ! ズルいのはお前だ! 彼女は努力すれば出来るけど、妹はいくら努力してもできねえだろ!」
「ご両親に頼めばいいだろ。『ぼく妹が欲しいなあ』ってな」
「出来るかアホ!」
「じゃあ諦めろ。大体、お前は絵美さん一筋じゃなかったのかよ?」
「それとこれとは話が別だ。俺は妹として糸子ちゃんが好きなの!」
ええ……
「気持ち悪いな、お前」
「……頼むよお! 糸子ちゃんを妹にくれよお!」
「やらん! 人の従妹を勝手に妹にしようとするな」
「そこを何とか!」
しつこい長谷村に、俺は軽く目を細めてやる。
「糸子の気持ちにも気付いてるんだろ?」
「そりゃあ……まあ……」
糸子はまだ長谷村を諦めていないようだ。昨晩レインで「長谷村先輩が彼女と別れて傷心してる時を狙ってアタックする! ブラザーちゃんも協力してね」とかふざけた事ぬかしてやがったし。
……ややこしい事態が発生するのを防ぐ為にも、長谷村には「糸子妹化計画」をキッパリ諦めて貰おう。
俺は諭すように長谷村に肩ポンする。
「糸子の事大切に想ってるなら、糸子を妹的存在にするのは諦めろ」
「うう……糸子ちゃん……」
悔しそうに俯く長谷村。……少し可哀そうな気もしてくる。
「まあ、友達くらいならなれるだろ。同じ部活だし」
「そうだよな。よし……まずは友達からだな……」
呆れた。まだ諦めてないのか。
どうも、奇妙な恋と兄妹の三角関係が出来てしまった気がする。
苦笑を浮かべたりしていると、用事を思い出した。
そうだ。霧山さんに入部希望者が全員揃った事を連絡しておかないと。
「俺図書室行ってくるから」
言い残して、俺は昼休みの教室を出た。
◇
霧山さん。
あまり会話した事は無かったが、二人きりの図書室で重ねてきた時間はやはり大きい。
霧山さんが推理部の入部届にサインしてくれて……彼女がXガールである可能性が高まって来てからは、霧山さんと俺とはずっと友達だったような気すらしてくる。
昨日誘った時は急に会話が始まってついキョドってしまったが……今日は行ける気がする。
「霧山さん」
「――うおわっ! ごっ……ごめんなさい! ビックリしちゃって!」
「いや、こっちこそごめんね」
しまった、少し気軽に声を掛け過ぎたかも知れない。
「眼鏡ズレてるよ」
「あ、ありがとうございます!」
ちょっとドジっ子な所もあるんだろうか。そういう所も可愛いらしい。
霧山さんの黒ぶちメガネが整うのを見守ってから、俺は早速本題に入る。
「推理部の入部希望者、5人揃ったよ。さっそく今日部室に集まって立ち上げ会をやろうと思うんだけど、いいかな?」
「はい! お願いします!」
目が合った。相変わらず色素が薄い、灰色っぽい不思議な瞳をしている。
ずっと見つめていたくなる不思議な瞳だ。
……あ、俯いて逸らされてしまった。
「な……何ですか?」
怯えるような小さな声。霧山さんは口をすぼめて上目遣いに見上げて来る。
「ごめん。綺麗な瞳だな、と思って」
声に出してすぐ羞恥が襲ってくる。……今のはちょっとキザすぎたか。
「あ……ありがとうございます」
霧山さんは俯いたままだが、少し口元を綻ばせてくれた。
今の、セーフだったんだろうか?
二の句をつげないでいると、霧山さんがそっと口を開く。
「両親の地元が青森なんです。東北出身だと、青っぽい瞳の人がたまにいるみたいで……」
「へぇ」
そういや霧山さんは、顔の輪郭は丸っこくて日本人らしいが、鼻は少し高い。
改めて見ると、クラスで目立ちまくってもおかしくない風体だが……やはりどことなく地味な印象はぬぐえない。
オーラの発生源は黒縁メガネ? 癖の強いの黒髪? それとも眠そうなジト目?
分からないが……そういった複雑な要素の絡み合いが、霧山さんのミステリアスな魅力を引き立てているのかもしれない。
そんな風に思案を巡らせていると、
「――里島さんって趣味とかありますか?」
目は伏せたまま、霧山さんが小さな声で話しかけてくる。
「趣味か。読書以外だと護身術とかかな」
「護身術……すごいですね」
「家の近所に道場があってね。霧山さんは?」
「読書と……あとウクレレとか弾いてますね」
「ウクレレかあ……」
「本当はホームズさんが得意なバイオリンを弾きたかったんですが、お父さんに音が大きいからダメって言われてしまって。代わりに音が小さいウクレレを買ってもらったんです」
「……何か似合いそうだね」
霧山さんは割とぽっちゃり系でおっとりした感じもするし。
「ありがとうございます。里島さんも似合うと思いますよ」
「そうかな?」
「きっと似合います!」
いや、別に俺はぽっちゃり系ではないのだが。
でも何だか悪い気はしない。今度ウクレレ買ってみようかなあ。……とか思っていると、霧山さんがはにかむように微笑む。
「ついに始まるんですね……推理部の活動、すごく楽しみです!」
「霧山さんは、どうして推理部に入ってくれたの?」
鎌をかけるというより、純粋な興味からの質問だった。
「推理小説とか好きですし……推理で事件を解決して誰かの役に立てたら素敵かなって」
「霧山さんは優しいんだね」
「あ……ありがとうございます!」
霧山さんは頬をほのかに朱に染めて照れ臭そうだ。
……なんだか行けそうな気がしないでもない。
そう考えたら、勝手に心音が高鳴ってくる。
手汗をズボンで拭って平常心を装っていると、予鈴が鳴り響いた。
「霧山さん。放課後に文化部棟一階の一番奥の部屋で待ってるから」
「はい! 楽しみにしてます! でも……あの……」
「どうしたの?」
「ちょっと用事があって、少しだけ遅れるかも知れません」
「何の用事?」
「それは……秘密です!」
霧山さんは口元に指をクロスさせ、バツマークを作って見せた。
いや……もしやこの仕草、バツマークでは無くXマークだったりしないだろうか? この仕草は「私がXガールなんですよ」という霧山さんのメッセージ?
いや、それは流石に無いだろう。
霧山さんと軽く手を振り合い、開け放たれた図書室の扉を抜けていく。
振り返ってみると、霧山さんはセルフサービスで本のバーコードを読み取っていた。
待ってから一緒に教室に行こうかとも思ったが、いきなり距離を詰め過ぎても引かれるかも知れない。
いくらでもチャンスはある。ゆっくり近付いていければいい。
悠然と渡り廊下を進んで、階段を登りきった時、
『…………』
ラジオのノイズのような、乾いた音。何とも不気味な思念だった。
これはきっと、誰かが発した思念の成りそこないだろう。
具体的な思考までは聞くことが出来ないので、そこまで強い思念では無い筈だが……この小さな唸りのような響きは……。どうもネガティブな思念のようだ。
別段珍しい事でもないが、どうにも嫌な予感がする。
事件の切掛けにならなければいいのだが。