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3話 従妹の糸子

 今の所、事は順調に運んでいる。……Xガール候補と会話中に恋慕思念を受信するという裏技推理こそ叶わなかったが、Xガール候補二人を推理部に引き入れる事に成功したのだから大きな前進だ。

 意気揚々と教室へ向かい、引き戸を滑らせると、


「どうだった?」


 駆け寄って来る長谷村に微笑みとサムズアップで答えてやった。


「よっしゃ! あと一人集まれば推理部結成だな!」


「誰に頼むかなあ。長谷村は誰かアテいないのか?」


「絵美は美術部だし、佐伯は情報部だし。……ないな。里島はどうなんだよ?」


「……あるにはあるが」


「あるなら頼めばいいだろ」


 うーん。少し癪だが……ここは背に腹は代えられないか。


「仕方ない。糸子に頼んでみるか」


「……女か? お前も隅に置けないじゃんか」


 露骨に意外そうに目を見張って来やがるのが腹立つ。


「そういうんじゃないって。糸子は妹みたいなもんだから」


「お前妹いたのか!?」


「母方の従妹だ。従妹の糸子だよ。ウケるだろ?」


「仲いいのか?」


「仲いいって言うか家近いし、とにかく妹みたいなもんだよ。俺のサトリ体質の事もあいつには教えてある」


「妹……みたいなもん……だと!?」


 何でそんな真剣な目に。


「もしかして長谷村お前、妹に萌え萌えキュンしちゃうタイプか?」


「俺一人っ子だから、ずっと妹が欲しくて堪らなかったんだよぉ……」


 そういや以前、長谷村の奴が抜かしていた。「絵美に『お兄ちゃんって呼んで欲しい』って頼んだらスゲー引かれたんだが、これって俺が悪いのか?」とかふざけた事を。

 でもなあ……


「言っとくけどあいつ、性格最悪だからな」


「うるせえ! 糸子ちゃんを悪く言うな!」


 ほんと何なんだよこいつ。ちょっと怖いぞ。


「とにかく糸子を誘っとくから」


「俺も行く! 糸子ちゃんを一緒に誘うぞ!」


「まあいいけど」


 レインで糸子に連絡すると、放課後に裏庭で会う事になった。


「糸子ちゃん……どんな子かなあ?」


 長谷村は相変わらずニヤニヤと気持ち悪い。

 何か凄く面倒な事になりそうな予感がしてきた。気のせいであってくれ。


 ◇


 錆の浮いた中庭のベンチ。『シャーロック・ホームズの事件簿』を読みふけりながら、緊張した面持ちの長谷村としばし待つ。やがて、二つ結びにした髪と短いスカートをヒラヒラと揺らしながら、糸子の小柄な姿が駆け寄ってくる。

 本を閉じると、聞きなれた小生意気な声が響く。


「兄上! ただいま見参致しました!」


「その変な呼び方止めろ!」


「えーダメ? じゃあ兄者って呼んでいい?」


「普通に兄貴でいいから!」


「はーい」


 こいつ、いつも無駄にテンション高いから話してて疲れる。

 ため息交じりに苦笑していると、長谷村が口を開け広げたまま固まってしまっているのに気付く。

 何だろう。もしかして、羨ましがっているのだろうか。


「ところで……こちらのお方は……?」


 糸子は含み笑いのような表情でチラチラと長谷村を盗み見ている。

 どうやらもう惚れたらしい。相変わらず面食いな奴だ。

 呆れ返っていると長谷村がイケメンスマイルを浮かべ、


「長谷村海斗っていいます。俺も推理部に入ろうと思ってます。よろしくね糸子ちゃん」


「藤宮糸子です! よろしくおねがいします!」


 糸子は元気にそう言ったかと思うと、今度は顔を赤らめてもじもじしだす。


「あの……長谷村先輩……彼女は?」


「いるぞ」


 俺の冷たい宣告に、糸子は一瞬だけ絶望を絵にしたような顔になったが、


「長谷村先輩! 私も推理部に興味があって絶対入りたいって思ってたんです。もしよかったら、レイン交換して貰っていいですか?」


 気を取り直したのか、微笑みながらスマホを取り出す。

 ……糸子のやつ。

 散々《イチゴパフェ奢ってくれないなら絶対入らん。もちろん入っても速攻で幽霊部員になるから!》とかレイン送ってきた癖に。イケメンを見つけた途端こうだよ。

 俺が苦笑を浮かべている間に、二人は友達登録を済ませたようだった。


「よろしくおねがいします! キャーどうしよ……兄貴! ヤバい嬉しすぎて死んじゃう……どうしよ……」


「落ち着けよ、糸子」


 腕をペシペシ叩いて来る糸子に、俺の心中は穏やかでなかった。

 糸子はこのままだと、悪いイケメンに遊ばれて捨てられるかも知れない。

 そうなる前に、こいつにはイケメンの恐ろしさをしっかりと言って聞かせてやらないと。

 俺は糸子のカッターシャツの袖を軽く引っ張ってやる。


「糸子。今日は一緒に帰るぞ」


「えーやだー。長谷村先輩と一緒がいいー!」


「長谷村はいつも彼女と帰ってんだよ」


「……そんなあ」


 そして長谷村が立ち上がり、


「俺そろそろ行くから。じゃあね糸子ちゃん」


「さようならー! また会いましょう長谷村先輩!」


 去っていく長谷村の背中は、心なしか寂しげだった。

 そんなに妹が欲しいんだろうか。知らんけど。


「ほら糸子、サインしてくれ」


「おっけー」


 さっそく入部届を渡してサインして貰った。

 色々あったが、これで推理部立ち上げに必要な5人の入部希望者が揃った事になる。

 ……よっしゃ。なんか燃えて来た!

 待っててくれXガール! 必ず君を見つけ出して、君の愛に答えて見せるから!


「何ニヤニヤしてんの?」


「何でもない。帰るぞ糸子」


「はーい。にぃに」


「にぃにはマジで止めろ!」


「はいはーい」


 校門を抜け家路につく。糸子は3メートル程間隔を保ってついて来る。

 高校に入ってからも三回程一緒に帰った事があったが、いつもこんな感じだ。

 お互いあらぬ誤解を掛けられたら困るからな。

 ……糸子と俺とは断じてそういう関係ではないのだ。

 学校前の坂を降っていると、


「はあー。長谷村先輩。カッコよかったなあ……」


 糸子の感極まったような声。振り向いて顰め面を向けてやった。


「そうやって見た目ばかりに囚われるのはよせ」


「うるさい! イケメンは性格もイケメンなの!」


 何だと?


「な訳あるか! 適当な事言うんじゃねえぞ! 今日はお前にたっぷりと言い聞かせてやる。……イケメンの末恐ろしさをな!」


「なにそれ? 僻みでしょ絶対」


「僻みとかじゃないの! 長谷村は例外だが、女にモテる男は基本的にクズなの!」


「完全なる僻みでしょそれ。なっさけないなあ」


 言われたら僻みな気もして来た。

 しかし、糸子のイケメン贔屓がこのままでは危険なのは事実。


「イケメンは壁ドンとかしてくるんだぞ? そんな暴力的な事をする男、俺は許せねえ!」


「そりゃ兄ちゃんに壁ドンなんて似合わないし」


「うるせえ! 俺だって頑張って壁ドンの練習してるんだぞ!」


「自分もする気満々じゃん!」


「無論、女性から求められた時の為だ」


「兄貴に壁ドンされたい女の子とか、この地球上にいる訳ないでしょ」


「それはどうかな?」


 不敵な笑みを皮切りに、俺はXガールが送ってくれている恋慕思念の件を糸子に打ち明けてやった。


「意外だねえ。なんとか食う虫も何とやらって奴かあ」


「俺のXガールを虫扱いするな!」


「はいはい」


 コンビニの傍を抜けていく。買い食いしようか迷ったりしていると、糸子が背中をつついてくる。


「そういやさー、推理部って何するんだっけ?」


「普段は推理小説とか読んでるけど、時には難事件を推理して、困っている人の助けになったりするんだ。どうだ? 性格イケメンだろ?」


「何か下心ありそうでキモーい」


「うるさい! 俺に下心など欠片も無い!」


「どうせ推理部を作ったのも、Xガールを見つけ出す為でしょ?」


「まあ……それもあるが」


「うわー最悪」


 ……やっぱこいつ可愛くねえなあ。


「そんなにXガールが誰か気になるなら、私が『手の力』で調べてあげよっか? 10万円でいいよ」


 俺と同じ家系の血を引く糸子もまた、ちょっとしたサトリ能力を持っている。

 俺の力とは少し違って、触れて念じれば相手の心を読む事が出来る能力だ。

 しかし……糸子の力には重大な制約がある。


「お前の力は男にしか使えないだろ」


「バレたかー」


 どういう理屈かは知らないが、糸子の力が有効なのは心を許せる男性のみ。糸子の力を借りてXガールを見つけ出す事は不可能だ。


「結局は、地道に推理していくしかないな……」


「片っ端から告白してけばいいんじゃない?」


「……出来るかそんな事」


 青信号が点滅する。早歩きで横断歩道を渡り切ると、糸子がまた遠い目になっていた。


「はあー。長谷村先輩に壁ドンされたい……そしてそのまま押し倒されたい」


「お前なあ。俺はマジに心配してるんだぞ。長谷村はいい奴だが、世の中には悪い男も沢山いるんだからな」


「……ありがと。心配してくれて」


「急にデレるな。びっくりするだろ」


「デレてないし」


 糸子が不貞腐れたように言ったきり、会話は途切れた。

 時折車の流れる県道を、二人歩いていく。……何となく気まずくなってしまった。

 気まずいまま歩いていると、ふと気づいた。

 糸子の教室である1年2組は、俺の教室である2年2組の真上だ。

 俺が思念を感じ取る事ができる、半径100メートル圏内に位置する。

 つまり……糸子がXガールである可能性も完全にゼロではないという事だ。

 急に糸子の事が気になって振り向く。目が合った。


「なに? ジロジロ見ないでよ兄貴」


「何でもない」


 ……いやねえな。キモいとか散々言われてるし。親戚だし。妹みたいなもんだし。

 そもそもあいつは長谷村にゾッコンだし、絶対ねえわ。

 カラスが全部白くなっても、地球が無限回周ってもねえわ。


「じゃあねー。お兄ちゃん」


 もう分かれ道か。


「じゃあな」


 糸子と俺がどうこうなるなんて事は絶対に無い。

 それでも手を振ってくれた糸子の無邪気な笑みは、ちょっとだけ可愛いと思ってしまった。


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