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最終話 それぞれの想い

 小さな病院の二階の、少し広い個室。

 窓に映る景色を見上げる。立ち並ぶ家々を包み込む様に、彼方には青々とした山が連なっている。

 そんなありふれた景色に向かって、俺は一人ごちる。


「生きてて、良かった」


 事件から一週間。俺の怪我は順調に快方に向かっていた。

 まだまだ退院とはいかないが、軽い運動なら出来るくらいだ。

 霧山さんも大した怪我では無かったようで、すぐに学校に復帰したらしい。


 ……そして鶴永さん。

 逮捕された鶴永さんは、反省しているとの事だ。

 俺は、半身を起こして鶴永さん……Xガールに手紙を書いていた。


『鶴永さん。いかがお過ごしでしょうか。

 俺は、大分元気になったので大丈夫です。

 でも、あなたのやった事は一生許せないと思います。

 あなたと恋人になる事もできません。

 それでも、感謝している事もあります。

 俺の事を好きになってくれた事です。

 あなたが俺の事を好きになってくれたお陰で、俺はとても救われました。

 人を好きになる事は、素晴らしい事だと思います。

 ただ自分勝手に人を傷つけるのは良くないので、もうしないでください。

 それと、勝手に心を読んでしまってごめんなさい』


 俺はこの手紙を送る気は無かった。

 鶴永さんは俺の特殊体質を知らないから「勝手に心を読んでごめんなさい」とか書いてあっても意味不明だろうし。

 それに「俺の事を好きになってくれてありがとうございます」とか伝えたら、また狂暴化してしまうかも知れない。

 この手紙は、しっかり封をして机の奥底にでも仕舞いこんでおこう。

 まあ一種のケジメというか、自己満足みたいなもんだ。


「よお里島。推理小説持って来たぜ」


 病室に入って来た長谷村の声に、少し顔を起こす。

 紙袋には青い表紙の本。ミステリー短編集が入っていた。


「ありがとな、長谷村」


 長谷村は、軽く息を吐いたりしながら窓の外を見つめている。


「里島ってさ」


「なんだよ」


「結局霧山さんの事が好きなわけ?」


 答える代わりに、サムズアップしておく。


「そっか。……やっと謎が解けたんだな」


 長谷村の言葉にハッとさせられた。その通りかもしれない。


「……俺が探し求めていた謎の答えは、最初から俺自身の中にあったって事だな」


「おっ! 今のセリフ推理小説のラストみたいでかっけーな!」


「だろぉ?」


 そんな中身の無さ過ぎる会話が、不思議と心地よかった。


 ◇


 長谷村のくれたミステリー短編集を読み終えたころ、糸子がやってくる。


「兄貴、生きてるかー?」


「不謹慎な事をいうな」


「ほら、ガムあげよっか」


 キシリトールガムのボトルだった。


「おお、ありがとな」


「兄ちゃん、もう無茶はしないでよ。マジで心配したんだから……」


「ああ。すまんな」


 糸子の珍しく真剣な表情に大きく頷いておいた。

 軽く伸びをしていると、糸子が肩をツンツンしてくる。


「ところで兄貴、ずっと気になってたんだけど」


「なんだ?」


「兄貴ってなんで推理小説好きなの?」


 暫くの沈黙の後、俺はそっと答える。


「物事には、本来あるべき自然の姿という物がある。氷が融けていくように、太陽が西へと落ちていくように、謎は解き明かされるのがあるべき姿なんだ。謎が解けていくその変遷の美しさに、俺は感動を覚えるんだ」


「おー、なんかカッコいいっぽいじゃん!」


「『っぽい』ってなんだよ」


「でもちょっと分かるかもー」


「しかし、糸子に推理小説の良さが分かる時が来るとは夢にも思わなかったぞ」


「何その言い方! ムカつく!」


「ごめんごめん」


 頬を膨らませる糸子に苦笑を返しながらも、俺は感無量だった。



「……じゃあ私、そろそろ行くから。……霧山さんと末永くお幸せにね」


「冷やかすのはやめろ!」


 霧山さん……そういや今日来てくれるとレインが届いている。

 ケガは大したことないそうだが、精神的には大丈夫だろうか。


 ◇



「悟君……」


「明日香。来てくれてありがとう」


「霧山さんじゃなくてガッカリした?」


「別にそんなことは……」


「はい、ぶどうグミあげる」


「ありがとう」


 受け取ると、明日香は少し心配そうにじっと見つめてくる。


「怪我はもう大丈夫?」


「ああ。来週には学校にも復帰できると思う」


 それきり沈黙が流れていく。

 ……何か、明日香と二人きりになると少し気まずい。

 告白してはいないけど、Xガールの件を打ち明けたという事は実質告白したようなもんだし。その上、面と向かって「恋人としては無い」みたいな事いわれてしまったし。

 実質フラれたようなもんだ。


「何か、気まずいね」


「明日香もか。俺もだよ」


 声を抑えて笑い合った。

 


「私……普通じゃない女の子になれたかな」

 少し間を置いて言葉を選びながらも、俺はそっと答える。


「客観的に見ても、推理部員って時点で普通じゃないんじゃないかな。まあどのみち、俺にとって明日香は特別な存在だよ」


 あ……また告白みたいになってしまった。


「いや、そういう意味じゃないけど」


「……ありがと」


 また少し気まずくなって、ぼーっと窓の向こうに連なる山々を眺める。


「悟君は男女の友情って、あると思う?」


 横目で伺うと、明日香も俺と同じように窓の外を眺めているようだった。

 男女の友情か……


「あるかはわからないが、なかったとしても俺達が開拓していけばいい!」

 ドヤ顔でキメたつもりだったが、明日香が返したのは呆れたような苦笑いだった。


「そんな気取った事言ってたら、霧山さんに嫌われちゃうよ」


「そうかな……」


「いや、案外喜ぶかもね」


「どっちなんだよ」


「うーん……分かんない」


 どうなんだろう……霧山さんなら喜んでくれる気もする。



「そういえば、糸子ちゃんはもう来た?」


「さっき来たよ」


「糸子ちゃんと悟君って仲いいよね」


「あいつは妹みたいなもんだけどな」


「じゃあ、私がお姉ちゃんになってあげよっか」


「からかうのは止めてくれよ」


 軽く笑い合った。胸に心地よさが広がって行く。

 ……色々あったけど、明日香とは友達としてうまくやっていけそうな気がする。


「じゃあね。応援してるから。霧山さんとの事」


 そう言い残して、明日香は去って行った。


 ◇


 そして……


「里島さん」


 白いフリル付きのブラウスと、紺のロングスカート。

 そんな落ち着いたコーディネートに身を固めた霧山さんが、俺の前に立っている。清楚な雰囲気が、どこかおっとりした霧山さんと良く似合っている。

 俺は半身を起こして出迎える。


「霧山さん。ありがとう。ケガとかは大丈夫だった?」


「大丈夫です。もう治りましたし」


 良かった……。しかし、それでも申し訳なくて堪らない。


「……ごめん。俺のせいで巻き込んじゃって」


「気にしないでください。里島さんは被害者ですから」


 霧山さんはえくぼを作って、柔らかく微笑み掛けてくれた。

 そして……


「霧山さん。俺はもう一つ謝らないといけない事があるんだ」


「えっ……?」


「まず、俺の持っている特殊体質について話させてほしい」


「特殊体質?」


 俺は明日香にそうしたように、正直に話した。

 生まれつき、周囲の人の強い思念を感じ取る事が出来る事。

 その力でXガールから恋の思念を受け取った事。

 霧山さんと明日香を誘ったのも、半分はXガールの候補を絞り込む為だった事。

 霧山さんは、黙って聞いてくれていた。


「ごめん。霧山さんの気持ちを勝手に覗くような事をして。俺は……自分勝手だった」


「ええと……その……いえ」


 霧山さんは返答に窮しつつも、納得したように何度も頷いている。


「ああ……でも……そういう事でしたか。おかしいとは思っていたんです。最初の活動の時の包丁事件も不自然でしたし……」


 そうだった。あの時、霧山さんは俺が事件を解決した事を見抜いてくれた。


「……あの……じゃあちょっと……あの、待ってください」


「どうしたの?」


「えっと、じゃあ私がXガールだったら里島さんは……」


 霧山さんは目が泳いでしまっている。どうやら気が動転しているようだ。

 ここは何と返せばいいんだろう。

 ……下手に答えたら、自分の事を好きな人なら誰でも良いんだ、と思われてしまうかも知れない。

 そんな誤解を与えてしまうのは嫌だった。

 当時はともかく、今は違う。俺は霧山さんが好きだ。

 この気持ちがずっと続くかどうかは分からない。それでも自信を持って言える。

 俺が今好きなのは他の誰でもない。霧山さんだけだ。


「えっと……里島さんは……その……」


「霧山さん。助けてくれてありがとう」


 話を逸らした。でも感謝しているのは本当だ。


「霧山さんがいなかったら、今頃俺は死んでいたかもしれない。霧山さんは俺の命の恩人だ」


「命の恩人……どういたしまして!」


 誇らしそうに微笑む霧山さんが愛おしくて、温かい気持ちになる。

 そして、沈黙が流れた。

 意味も無く見つめ合い、恥ずかしくなって目を逸らして、また俯く。

 ……もどかしい。

 もどかしいままに、胸の鼓動が高鳴って行く。



「……結局あの女……鶴永さんがXガールだったんですね……」


 霧山さんが、俯いたまま沈黙を破った。俺は小さく頷き返す。


「多分、そうだと思う」


「その……私の心とかは……」


「霧山さんが犬に怯えてるのは伝わって来たよ」


「そう……ですか」


 真っすぐに、顔を落とす霧山さんを見つめる。


「Xガールが誰かとかは、もういいんだ。俺は好きな人がいるから」


「好きな人って……明日香さんですか?」


「違うよ。友達としては好きだけど」


「…………」


「ごめん。ちょっと深呼吸していい?」


「どうぞ」


 病室の空気を吸い込んで、肺をいっぱいにする。微かな薬品の匂いが鼻腔をくすぐる。

 ゆっくり、想いを吐き出すように息を吹き出して行く。

 肩をすぼめて椅子に座る霧山さんも、心なしか緊張しているようだ。

 ……そして三巡目の深呼吸を終えた俺は、霧山さんをそっと見つめる。


「霧山さん」


「……はい」


 霧山さんの灰色の瞳が、見つめ返してくれた。

 霧山さんへの想いが、胸の奥底から湧き上がってくる。

 そして、驚く程自然に声になった。


「霧山さんが好きだ」


「『……私も、好きです』」


 言葉と一緒に、優しく、温かく、力強い霧山さんの思念が俺の胸を満たして行く。

 舞い上がりそうな程嬉しい。それと同時に、申し訳なさもあった。


「ごめん。さっき、霧山さんの心読んじゃったかも……」


「いいんです。伝えたかったんです。心でも」

 霧山さんの落ち着いた声に、温かく胸が高鳴って行く。


「……ありがとう」


「里島さんに、私の気持ちが伝わってよかったです」


「なんか……俺ってズルいね……」


 しかし、霧山さんはそっと首を振る。


「いいんです。先に里島さんが伝えてくれたから、おあいこです。それに、里島さんはその力で、誰かの為に頑張ってくれていたんですよね?」


 柔らかな手が、俺の手をそっと包み込んでくれた。


「だから里島さんも、たまには得してもいいんです。その代わり……私が好きって言ったら、二倍好きって言ってください」


 頬を朱に染めながらも、上目遣いでじっと見つめてくる。


「分かった。……大好きだよ、霧山さん」


「……ありがとうございます」


『――里島さん……私も大好きです』


 また、声が胸を満たしていく。

 霧山さんの思念を感じながら、霧山さんと見つめ合いながら、俺は今までの全てが肯定されていくような気がした。

 薄暗かった病室も、今はこんなに華やいで見える。


「里島さんの事……ずっと気になってました。図書室で一緒にいる時、すごく落ち着くなって思って。……それで最初に話しかけてくれた時……好きになっちゃったんです……」


「霧山さんが『大家族探偵』シリーズ読んでた時?」


「はい……嬉しかったです。あの時うまく返せなくてごめんなさい」


「いや、いいよ。……俺も女の子と話すのに慣れてなかったし」


「里島さんは……いつ私を……好きになってくれたんですか?」


 いつからだろう……


「わからないけど、自分の気持ちに気付いていなかっただけで、ずっと霧山さんの事が好きだったのかもしれない。少なくとも霧山さんの事がずっと気になっていたのは間違いないよ。だから勇気出して話しかけたんだ」


「そうだったんですか……嬉しいです」


「自分の気持ちにはっきり気付いたのは、霧山さんの家にお邪魔してからかもしれない」


「私も、あの頃から里島さんがもっと大好きになりました」


 俺の手にそっと重ねられた霧山さんの手が、小さく揺れた。


「……でも、ちょっと悔しいです。鶴永さんの気持ちだけ感じ取れたって事は……鶴永さんの方が里島さんへの想いが強かったんですね」


「強ければいいってもんでもないんだよ。きっと」


 霧山さんは諦めたように、そっと頷いてくれた。

 また見つめ合う。

 灰色の潤んだ瞳が、潤んでは揺れている。見つめていると、そっと俯き逸らされてしまった。

 霧山さんは、どこか寂し気に顔を落としていた。


「……私って変じゃないですか?」


「ちょっと変わってる所もあるかもしれないけど、そこも好きなんだ」


「……ありがとうございます」


「それに霧山さんも、普通の女の子らしい所もあると思うよ」


「ほんとですか?」


「ほんとだよ」


 俺もきっと、少し特殊体質を生まれ持っているだけで、普通に恋愛する普通の人間なんだろう。


 ふと、霧山さんがベッドに身を乗り出してくる。

 見つめ合い、俺も少しだけ体を傾がせる。


「普通の事……しましょう」


「……うん」


 また、霧山さんの瞳が近付く。そっと閉じていく。

 まつ毛を伏せた……霧山さんの火照った顔。

 もう手が届きそうだ。

 俺も瞼を閉じていく。

 どこからともなく、とろけるような甘い香り。心まで満たされていく。

 そして……

 そっと、唇に柔らかな感触があった。軽く、それでも確かに触れた。

 ……離れていく。甘温い吐息の残り香に、思考がぼやけていく。


 恥ずかしくて、顔を合わせられなかった。

 多分、俺も霧山さんも真っ赤になっている。


 そっとベッドに倒れ込む。

 ぼんやり天井を眺めながら、明け方の夢のように、あまりにも柔らかすぎたキスの感触を反芻する。

 そうして、顔の火照りが収まるのを待った。

 何とか顔を上げると、霧山さんはまだ真っ赤だった。


「ちょっと、眼鏡がずり落ちそうになってるよ」


「あ、ごめんなさい」


「俺が直してあげる」


「あ……ありがとうございます」


 霧山さんは、照れ臭そうに笑っていた。

 やがて、霧山さんは気を取り直した様に俺を見つめてくる。



「あの、良かったらこれどうぞ」


 霧山さんが差し出してくれたのは、ウクレレのコード表だった。随所にハワイアンな挿絵が描かれている。


「ありがとう。気に入ったよ。ヤシの木がオシャレだね」


「……良かったです」


「そうだ、お礼と言っては何だけどこれあげるよ」


「これは……!」


「レプリカだけどね」


 俺が入院中に紙粘土で作った、タヌキ人形のレプリカだった。


「ありがとうございます! 今度はすごいトリック考えて、本物も頂いちゃいますから!」


「楽しみにしてるよ」


 ◇


 一人の病室。天井の薄暗さを見つめながらも、霧山さんの姿を思い描く。

 ――霧山さんが、好きだ。

 想いを胸に抱えながら、俺はぼんやりと満たされていた。


 イヤホンを耳に差し込むと、霧山さんの部屋で聴いたシティポップが流れ出す。

 そんな浮遊感の中で、俺はずっと彼女を想い続けた。


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