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6 虐げられるだけで終わるわけないでしょ?

ミモレの回想2

「ウルシュと結婚したい・・・?」

「はい、お父様。第四王子とは結婚したくない、ウルシュが良いんです」


 六歳の誕生日が過ぎたころ、私に縁談が舞い込んだ。第四王子のレオナールを私の婿に、という話だ。

 父は渋ったらしいけれど、陛下と王妃殿下がそろって頭を下げたので引き受けるしかなかったという。


(前々から思ってたけど陛下たちってケチよね)


 レオナールを婿にしても我が家には一切の利益がない。六歳児でもわかるくらいにない。傲慢で怠惰、我がままを言うことしかできない王子をなぜわざわざ婿にしなくてはいけないのかがわからない。


 それでも人目に付く場所で頭を下げられてしまっては父が断れなかったのもわかる。殆ど脅しに近い。


 せめてもう少しこちらに利益があるようにしてくれたらいいのに。この婚約には損しかない。


 私はダメだと言われるとわかっていても正直に自分の思いを父に話した。


 物心ついたときにはすでに一緒にいたウルシュ。気づいたときにはもう大好きだった彼と結婚したいと思っていた。

 絵本を読んで出てくる王子様よりもずっとずっとかっこいいのに、泣き虫で優しすぎるウルシュ。

 兄のようなものだと父は言ったけど、そんなの嫌だ。私はウルシュのお嫁さんになりたい。


 だけど彼は奴隷で、獣人だった。

 獣人に対する差別は無くなったんだと国は言っているけれど、現状貴族にはまだ差別的な思いが根強く残っている。平民はそうではないらしいので、一度はウルシュと駆け落ちというものをしようかなと考えたこともあるけど、この家の子は私ひとり。そんな私がいなくなったらお父様も使用人の人たちも、領地の人たちもみんな困ってしまうので、駆け落ちはやめることにした。


「・・・本気か?」

「もちろんです」

「ウルシュはなんて言ってる?」

「まだ言ってません。でも、私のこと絶対好きだから大丈夫です」


 父ははぁ、とため息をついて額に手を当てた。


「いやまぁ、ウルシュはそうだろうけどね。それでもちゃんと聞かないとダメだよ。本人の意志がないのに結婚を押し付けちゃいけないよ」

「私は第四王子を押し付けられてますけど」

「う・・・父さんが弱くて本当にすまないね」

「いえ。軽々しく頭を下げれば何でも思い通りになると思っているどこかの誰かさんたちのせいですよ」

「ミモレ、外で言っちゃだめだよそれは」

「わかっています」


 父はもう一度大きくため息をついてから、真剣な眼差しで話し始めた。


「いいか、ウルシュは奴隷だ。私が申請し本人が受け入れれば奴隷ではなくなり平民か、うちの養子に入れることは出来ると思う。ただ、ミモレとの結婚まで認められるかと言ったら恐らく無理だろう。奴隷であり獣人であることは思っているよりも大きな障害になるからね」


 私は頷いた。


「まず奴隷をやめることをウルシュ自身に納得させることが必要になる。彼が奴隷をやめなかったのはミモレの身を案じてのことだ。どれだけミモレが頑張ったとしても、ウルシュを安心させるのは難しいかもしれない。奴隷ではなく伴侶のほうがお前の身を守れるとウルシュが思わないと難しいだろう」


 奴隷をやめるには主人と奴隷本人の双方の了解がないといけない。私が勝手にやめろと言ってもウルシュが嫌がればそれまで。


(旦那様になったほうがいいと思わせるにはどうしたらいいんだろう・・・)


 難しい、ということはわかったので私はもう一度頷いた。


「次に獣人ということだが・・・パリス国は獣人を含む亜人種を人として認めている。が、それが表向きだけだということはわかっているな。長い時間をかけて獣人国との関係も少しずつ改善してきたが、未だ差別感情が根深い。もし二人の結婚が認められたとしても、アザリアノ侯爵となるお前の夫が獣人であることは弱点になるだろう。ウルシュもお前も、家も守る方法は・・・少ないだろうな」


「少ない、ということは何かあるんですか?」


 全くない、と言われるかと思ったけれど、少ないというのなら父は何か案があるのかも、とワクワクしながら聞き返す。でも、父の顔は厳しいままだった。


「まず、陛下を味方につけなくてはいけない。貴族の婚姻は全て陛下の許可を取る必要があるからね。レオナール殿下を受け入れず獣人を夫とすることを陛下に認めさせなくてはいけないんだ。ただ、簡単には陛下も、ほかの貴族たちも認めないだろう。・・・でも、平民たちはどうだろうね。かれらの声は馬鹿にできないよ。世間を味方に付ければ道は開けるかもしれない。二人を結婚させることを認めたほうが王家として都合がいいと思わせれば、もしかしたらね」


「・・・なるほど。わかりました」


 世間を味方につける、平民たちの大きな支持を受けることが出来れば、うまくいくかもしれない。


 そのための方法なんて全然思いつかないけれど、まだ六歳だし結婚できるようになるまで十年ある。


「ゆっくり考えてみるといい。ただ・・・レオナール殿下との婚約についてももう少し考えてみてほしい。まだ数回しか会ったことがないからな、何度か話すうちに変わるかもしれん。陛下の顔も立てたいというのが本音だがな」


 父は私の頭を大きな手で撫でながら、ニカっと少年のように笑った。

 ウルシュ以外と結婚するつもりはなかったし、一度会っただけでもありえないと思ったレオナールと結婚するつもりはさらさらなかったけど、父の言うことにも一理ある。


 もしかしたらレオナールと仲良くなることで、国王陛下を味方につけるという難題に協力を得られるかもしれない。


 と、その時の私は思った。



 まさかその一年後、父が死ぬとは思わなかった。





(思った以上に大変だったけど、予想よりも格段にいい結果が得られたわね)


 私はハーブティを飲みながら王都から取り寄せた新聞を読む。

 あの夜会の日から半年経ってもあの日のことが取り上げられている。


 獣人奴隷と虐げられた令嬢の純愛物語はそれはそれはたくさんの人たちの心に響いた。特に第四王子がかかわっていたことで王家の信頼はだいぶ下がり、代わりに王家ですら手をこまねいていた巨悪から愛する少女を守り続けていた獣人奴隷=ウルシュの株はうなぎのぼり。私とウルシュをモデルにした劇や小説が大流行り。


 これを見越していたわけじゃないとは思うけれど、あの時陛下が私とウルシュの結婚を認めたことで、王家の人気はなんとか命拾いしているといった状態。


(お父様が言っていた通り、世間の声というのは思った以上に力がありましたね)


 領地に引っ込み王宮からは離れて生活しているけれど、遠くから聞こえてくる貴族たちからの声は最初のうちは厳しいものが多かった。

 それでも半年も経てば手のひらをくるっと返して皆が祝ってくれている。

 それどころかこの人気にあやかろうと獣人国とのパイプを作ろうとしたり、獣人たちを本当の意味で差別せず平等に扱おうとする動きが高まっている。

 宰務省に獣人が採用されたことが今回の新聞では大きく取り上げられていた。驕り高ぶっていただけの子息令嬢たちの多くが今回のことでだいぶ処理出来たので、今後有用な人材はどんどん出世していくはず。そうなればなるほど一過性ではなく長期的にウルシュが過ごしやすい環境が作られるだろう。ウルシュだけじゃなくて、今後増えるだろう獣人の血を引く子どもたちも。


 アザリアノ領ではウルシュが来る前からほかで住み辛くなっていた獣人たちを進んで受け入れていたので王都と違ってやや冷静ではあるけれど、それでも町でウルシュと買い物をしていればたくさん声をかけてもらえるし、獣人との結婚を考えている人たちからは希望になったと感謝されている。



 結果的にウルシュは奴隷でいるよりも私の伴侶として隣に立つことで今までとは違う面で私を支えてくれているし、それに納得しているようで安心してる。



 吹き飛ばされた足は時間がかかったけれど綺麗に治った。失った体を治すのには元の体を強くイメージすることが大事なのだけど、私自身自分の体に無頓着だったので最初のうちは骨と肉がくっついていれば大体でいいか、と思っていた。

 だけどウルシュがイメージの部分を担ってくれたおかげできれいに元通りになった。歩いていても違和感はないし、痛みもない。


(そんなに見られていたなんてわからなかったわ・・・)


 自分よりも詳細にイメージして、言われてみれば確かにあったような記憶がある位のほくろとかを見ると、何とも言えず恥ずかしくなり、顔の熱を感じて頬を押さえた。




「ミモレ?体調悪いの?」

「きゃ!」


 急に声をかけられて驚いて振り返るとウルシュが立っていた。

 気配を全く感じなかった・・・奴隷でなくなった今でも私を守るためにと日々訓練を欠かさない。半年前よりもさらに体つきが締まったように見える。


「驚かせてごめん。風邪?」

「ううん、違うの。大丈夫よ」

「ほんと?無理しちゃだめだからね・・・その、一人じゃない、から」


 言いながらあっという間にウルシュの顔が真っ赤になった。


 そう、今私のお腹には新しい命が宿ってる。少し前に気づいたばかり。

 つまりそういう行為をたっぷりしてきているわけだけど、ウルシュは未だに恥ずかしいらしい。最中はいいんだけどね、冷静になると恥ずかしくなってしまうみたい。

 子どもが出来たとわかった時も大喜びした後に妙に恥ずかしがっていた。


 使用人たちが「お二人が仲良しだからすぐに授かられると思っていましたわ」と喜んで言ってたことが恥ずかしさに拍車をかけてしまったみたい。


 どんな乙女だ!と言いたくなるくらい純情なウルシュを見てると、可愛くて可愛くてたまらない気持ちになる。


 父が死んだりしないまま過ごしていたら、叔父に家を乗っ取られなかったら、こんな結果は得られなかったかもしれない。

 あの国王陛下からこれほどいい結果を引き出せる案は、今の私にもないから。


「ウルシュ、傍にいてくれてありがとう。大好きよ」

「うっ・・・うれしい、俺も、大好き・・・だよ」


 真っ赤になりながらもウルシュは私を抱きしめてそっと頬にキスしてくれる。

 こうやって二人で抱き合っていても責められない環境を作り出すのに一役買ってくれたことだけは、あの人たちに感謝したいと思う。


(虐げられるだけで終わるわけないでしょ・・・ね?)


 愛しい人にキスを返して、私は今日も幸せを満喫する。





お読みいただきありがとうございました。

お楽しみいただけたら幸いです。

二部などを考えていたり、契約印についていろいろ細かい設定を作っていたのですがキリがいいので終わりといたします。

番外編を一話投稿予定です。(明日投稿します)


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