5 愛しいあなたと穏やかな日々
夜会(二話)の続きです
「はい、彼は奴隷でございます。ですので陛下にお認めいただきたいのです」
奴隷とそれ以外の身分の人が結婚するのはとても難しい。さらに相手が貴族ともなれば許可されることは殆どない。
その高い壁を突破する方法は意外と単純だ。陛下に認めさせるだけでいい。
「・・・わかった。認めよう。この場にいるすべてがこの結婚の承認者だ。ミモレ・アザリアノとウルシュの婚姻をここに認め、ウルシュにエディタ男爵の位を授けよう」
大盤振る舞いが追加され思わず口元が緩んでしまった。ウルシュに貴族の身分を与えてくれるとは思わなかった。どうやら陛下はレオナールが私にした仕打ちやそれに気づけなかったことに罪悪感を思った以上に感じているらしい。嬉しい意味での誤算に胸が躍った。
私の婿になっても爵位を持つことは出来ないので奴隷から平民にするのが精一杯かと思っていたのに。男爵位を持っていても何かが大きく変わるわけじゃない、だけどウルシュ自身の立場を固めるためには大事なものだ。本当に嬉しい。
「謹んでお受けいたします」
「ありがたき幸せにございます」
私たちは二人で頭を下げた。こうしてウルシュは奴隷から貴族になり、私たちは夫婦となった。
それから王宮は本当に大変だった、と何度か報告に来てくれた宰相の側近がこぼしていた。
レオナールは廃嫡されることに最後まで抵抗していたけれど、騙されていたとはいえ不正取引で取引が禁じられている他国の貴重な宝石を入手しフィオナに渡していたことが判明した。その為の資金を作るために離宮の備品を勝手に売り払っていたことも分かり、そのうち病気で儚くなることが決まった。時期は未定。恐らく全て終わった後になるだろう。
レオナールの母はすでに毒杯を飲んだ。ご自身の希望だったという。離宮に篭って無関心でいただけでなく、レオナールが備品を持ち出していることに気づいても止めなかったことで自らも罪があると仰っていたそう。弱い人だったんだろうなと改めて思う。
叔父夫妻は・・・余罪がもうこれでもかこれでもかと出てきた。父を事故に見せかけて殺した証拠も出てきた。証拠の多くは領地で家令たちが集めてくれた。私は知らなかったけれどやめていった使用人たちの多くが領地で働いていて、戻ってきた時は嬉しくて大泣きしてしまった。
皆を匿うなんてことが出来たのは領地の屋敷には叔父夫妻は来なかったからだった。田舎にいたくないし税を自分の懐に入れられさえすればいい、と家令に言っていたという。それで屋敷に辞めた使用人たちがいても気づかれることなく平和に過ごせていたのだからよかったと言えばよかったのかもしれない。
彼らのおかげで本当に山のように悪事の証拠が出てきたために、叔父夫妻はまだ生きている。取り調べが終わり次第処刑が決まっているけれど、それがいつになるかは全く予想が出来ないと側近の方はぼやいていた。
叔父たちの罪がこれほどあっても表沙汰になっていなかったのは様々な貴族たちが叔父とつながっていたからだった。叔父は父が死ぬまで貴族たちの汚れ仕事を請け負っていて、父や祖父に何度か止められていた。それを恨んで侯爵家を乗っ取ろうと画策していたという。その頃から犯罪にたくさん手を染めていたために余罪は多岐にわたっている。人身売買や未成年を娼館に入れたり、聞いているだけで腹の立つものがたくさん出てきた。
そんな叔父が領地屋敷だけでなく領地自体にやってくることもなく引っ搔き回したりもしかったのはアザリアノ領が豊かで何もしなくても十分な税収があったからだろう。そのままにしておけば永久に金が入る、と考えていたんだろう。一度でも代理にしてしまったせいで、正しく税が使われない時期が続いて領民にはいらない迷惑をかけた。これは今後の私が挽回しなくてはいけない。
従妹のフィオナはすでに処刑されている。彼女の投獄に対して異を唱えた貴族子息たちが思った以上にいた。彼らも私への傷害などで殆どが捕まっているけれど、フィオナを生かしておくと誰かが彼女を外に出そうとするのは明白だった。彼女自身が一人でやったことと言えば私への傷害罪や殺人未遂が主で、あとは彼らを篭絡してあっちこっちで性交渉してたくらい。状況証拠も十分あり、交渉相手が全部判明した後は”用済み”だった。
それ以外に学園で働いている人たちの多くが入れ替えになり、怪我を見過ごしたり魔法使用を止めなかった副学園長らは身分を失い十年以上の禁固刑を言い渡されたり、私への傷害・殺人未遂罪で牢獄行きになった方々以外にもたくさんの子息が放逐されたり、令嬢たちが修道院送りになって各地の修道院がパニックになったり、跡取りがいなくなったたくさんの家でベビーラッシュが起きそうだとか、人材が少なくなるので身分性別に関係なく優秀なら宮廷で雇うことになったりだとか、奴隷制度に対してさらに改良がされそうだとか、獣人国との国交回復に今まで以上に尽力すると陛下が発言したりだとか、王宮内にとどまらず王都全体が色々と騒がしいらしい。
加えて此度の件の責任を持つとして陛下は退位することになり、来年には王太子が即位することが決まっている。だいぶまともな第一王子が王太子になっているので、今後はそれなりに安心できそうだ。
「・・・というわけです。まだ余罪が残っている人たちがいるので全て終了したというわけではありませんが、時間の問題でしょう。また大きな進展があればこちらに参りますが、次で最後になればと思います」
「ありがとうございます。助けていただき感謝しています」
「いえ。あなたが告発してくださったおかげでパリス国の膿をあらかた出すことが出来ました。全てではありませんがね。それでこちらは陛下からでございます」
渡されたのは女性用と男性用の揃いのピアスだった。小さな宝石と細かな金属装飾が施された小さなピアスは上品で美しい輝きを放っていた。
「こちらはアザリアノ侯爵家に下賜されていた魔道具でございます」
「まぁ、こんなに美しいものだったなんて!売り払われたと聞いていましたが、見つかったんですか?」
「はい。不正取引をしていた商人たちを捕まえた際に取り戻せました。宮廷魔法使いたちが新しく魔法をかけ直しておりますのでぜひお使いくださいとのことです。壊れても修理可能ですので、何かあればいつでもご連絡を」
「嬉しいですわ」
側近さんは紅茶をお代わりした後名残惜しそうに帰っていった。アザリアノ領は平和そのもの。国を揺るがす大騒動の発端となったとは思えないくらい私も、ウルシュも、領地屋敷も穏やかに時間が過ぎている。忙しくしている文官たちにとってはオアシスのような場所だと前回報告に来た方が言っていた。報告役は奪い合いだそう。面白いことになっているなと思わず笑みがこぼれた。
コンコン、と応接間がノックされた。
「ウルシュ、おかえりなさい」
「ただいま、お客様はもうお帰りになった?」
「ええ。ちょうどさっきね。ねぇ、こっちきて」
ウルシュはシャツに厚手のパンツというラフな格好をしている。今日は獣人の師匠という方と稽古すると言っていたので、軽く汗だけ拭いて急いで戻ってきてくれたんだろう。
お客様に対してあんまり貴族らしい態度をとれないのがストレスらしく、同席しないことが殆どだけど、心配らしくお客様が帰ればすぐに顔を見に来てくれる。
「なに・・・?ピアス?」
「王家から以前うちに贈られていた魔道具よ。念話をするためのものね」
私はピアスに手をかざす。おかしな魔法がかけられていないがチェックしてから使わないと安心できない。また誰かに自由を奪われたら大変だ。
今回のものは大丈夫。前にも王妃様からネックレスを渡されたけれど居場所を感知されてしまう追跡魔法が掛かっていたのでクローゼットの奥に封印しておいた。
「つける?」
「そうねぇ・・・内緒話がしたくなった時に使いましょ」
隣に座ったウルシュに寄りかかろうとするとそれよりも先にウルシュの腕に引き寄せられた。太陽みたいないい匂いがする。
「俺が渡すアクセサリー以外はつけてほしくない」
「ふふ、嫉妬?可愛いのね」
「う・・・何とでも仰ってください」
「こら、口調」
ウルシュを見上げると困ったように眉をへの字にして笑ってる。
結婚してからは敬語を禁止した。私もウルシュも貴族に変わりがないけれど、そんなことよりも夫婦として家族として近い存在でいたかった。奴隷と主人ではなく。
なのであの夜会の後から敬語を禁止しているわけだけど、三か月経ってもまだ慣れないらしい。
そういうところがまた可愛くて、ますます好きになってしまう。
「まだ慣れないの?」
「何年主従関係にあったと思ってるんです・・・思ってるんだ?」
「ふふふ、そうね。でも私は最初からあなたのこと従者だなんて思ってなかったわよ」
「兄だと思ってた?」
私は首を横に振る。
「最初から、あなたのことが好きだったから旦那様になってほしいと思ってたわよ」
大好きよ、と言いながら頬にキスするとウルシュは真っ赤になり、隠していた耳も尻尾も出てきた。動揺してしまったらしい。腕だけじゃなくふわふわの大きなしっぽでも私を抱きしめてくれるウルシュの可愛らしさに、また恋をしてしまう。
私はようやく手にできた彼との幸せを毎日噛みしめている。