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4 俺だけのお嬢様

ウルシュの回想になります

「さあ、この子がうちの娘のミモレだ。かわいいだろ?」

「はい・・・小さいですね」


 目の前にいるのはすやすやと昼寝をしている小さな子、まだ産まれて一年しか経ってないんだってご主人様は言った。

 このおうちのお嬢様は小さな手をぎゅっと握りしめて、なにかむにゃむにゃ口を動かしてる。


「ちょっと食いしん坊な子でね、いつも寝ているときは何か食べる夢を見てるみたいなんだ」


 ははは、と笑うご主人様は俺を買った時の悲しそうな顔とは全然違って、嬉しそうに笑っている。


「仲良くしてくれるかい?いずれはこの子の兄になってほしいんだ」

「え・・・俺は奴隷ですよ?」


 ぽんぽん、と大きな手が俺の頭に乗せられた。


「今は、ね。一年経ったら君を養子・・・うちの子どもとして迎え入れたいと思ってる。だからこれからの一年も奴隷じゃなくてこの子と同じように我が子として接したいと思ってるんだ」

「・・・いいんですか?」


 俺は少し泣きそうになった。物心ついたらすでに奴隷だった俺は初めて自分を見てくれる大人と出会った。胸があったかくてあったかくて我慢しても涙がいっぱい出てしまった。


「いっぱい泣いていいんだよ」

「うっく・・・は、はい・・・うう」


 俺がいっぱい泣いてもご主人様は叱りも嫌がりもしなかった。どんどん涙が出てきてぐちゃぐちゃになってると、服の裾が引っ張られた。


「よちよち、よ」

「・・・え?」

「ははは、ミモレが泣いたときに私や使用人たちがよしよしと声をかけるから覚えたんだな。偉いなぁ賢いなぁ」


 ご主人様はそう言ってお嬢様を抱き上げ、俺の顔の前に持ってきた。

 そうするとお嬢様は俺の頭をぺちぺちと叩いた。


「よち、よち」

「撫でてるつもりなんだろうなぁ」

「ぐすっ・・・うう、ちょっと痛いです」


 あっはっは、と大きな声でご主人様は笑い、お嬢様は相変わらずよちよちと俺の頭を叩いた。涙はいつの間にか引っ込んでいて、周りにいた使用人の人たちもみんな笑顔だった。



 それから六年間、俺はずっと幸せだった。

 ただ、一つだけご主人様に意見をした。俺を奴隷のままにしてほしいと。


 この家に引き取られてから半年くらい経った頃、お嬢様が誘拐されそうになった。未遂だったので何事もなかったと言えばなかったけれど、ご主人様は酷く落ち込んでいた。


 あまり詳しくは聞けなかったけど、どうやらご主人様は命を狙われている。そのせいでお嬢様も狙われてしまっているらしい。


 俺が売られていた店は奴隷市場の中でもとびきり高級志向の店だった。俺にかけられている隷属魔法も一流で、契約者と念話が出来るし大体の位置や健康状態なんかを把握することもできた。奴隷だけど執事や侍女としても働けるような美しい見目のものだけを扱っているので、そういう機能があるとより喜ばれるのだと店の主人は言っていた。


 買われた時に契約者はご主人様になっていた。それをご主人様とお嬢様の二人にすれば、万が一お嬢様が攫われたりしてもすぐに居場所を見つられる。魔道具を持たせるよりもその身一つで俺と念話が出来るほうが安全だと主張した。


 一か月くらい粘って、ようやく渋々ご主人様が折れてくれた。俺を大事にしてくれるのはすごく嬉しい。可愛いお嬢様と優しいご主人様、それに俺を大事にしてくれてる使用人の人たちがいる温かなお屋敷の中で過ごせるのは夢みたいに幸せだ。


 本当の家族になったら、もっと幸せなのかもと何度も思った。それでもやっぱりお嬢様を守れる力を失いたくはない。奴隷のままでもここにいたらきっと幸せだ。これまでもこれからも。そう思っていた。



 誘拐未遂事件以降、危険なことは殆ど起きなかった。安心していた矢先に、ご主人様が殺された。事故に見せかけて、ご主人様の弟に雇われたごろつきによって馬車は谷底に落とされた。


 遠すぎてほんのかすかにしか聞こえなかったけど、ご主人様から『ミモレを頼む』と言われた。


 だけど十一歳になったばっかりだった俺には、お嬢様を守り家を守る力はなかった。

 あっという間にご主人の弟のマーカスにアザリアノ侯爵家は乗っ取られてしまった。あのマーカスはご主人様を殺した奴でもある。使用人たちも命を脅され、時にはごろつきに襲われ、自ら命を絶つことを考えたメイドもいた。家令のレオさんはマーカスに従うふりをして使用人たちを辞めさせ、アザリアノ領にこっそりと向かわせた。俺は残るつもりだったけれど領地に向かうようにお嬢様にも言われた。命令だった。奴隷の俺はそれに反発できなくて、最後にはレオさんと一緒に領地に行くしかなかった。


 その時お嬢様は俺と同じ隷属魔法をかけられた、いわば奴隷になっていた。そんな状態でもお嬢様は気高く美しかった。力強く俺を励まし、絶対に生き残ってほしいと念話で何度も伝えてくれた。


 離れるのは怖かったけど、あれだけ万能だと言われているレオさんですら太刀打ちできずにあっという間に家を乗っ取られてしまったのに、力のない俺があそこにいてもできることは無い。

 領地に行って力をつけて、あのマーカスに復讐できるくらい強くなる必要がある。


 お嬢様が泣いていなかったから、俺も絶対に泣かないと決めて、レオさんと一緒に領地に行った。



 それから使用人の人たちとレオさんを手伝いながらひっそりとマーカスを追い詰めるための証拠を集め続けた。

 同時にアザリアノ領にいた俺と同じ黒狼族の人間に戦い方を学んだ。人と獣人は体の機能が違う。より獣の姿に近いまま行動すれば身体能力は上がるけれど、精神力を鍛えておかないと獣の本能が優先されてしまう。それに鍛え続ければ人間の姿のままでも獣の力を操れるようにもなる。

 修行し、証拠を集め、また修行した。そして七年くらい経った頃にレオさんの指示により王都にある学園で働くことになった。お嬢様が通われるから、遠くから見守るようにと。


 嬉しくて嬉しくてどうにかなりそうだった。遠目から見るお嬢様は不健康そうで・・・顔色も悪くて、髪もぼさぼさで生気がなかった。だけど気高さは増していたように感じて、思わず跪いてしまいそうになった。冷静を装いつつ、関連性を見つけられないようにも気を使いつつ念話すると嬉しそうな声がたくさん聞こえてきた。俺たちはたくさん話をした。

 もちろん清掃員として雇われたので仕事はきっちりやった。完全に人間の見た目に変化できるようになっていたので誰も俺を疑わないし、瞳に入っている契約印は瞳の見た目を変えているので奴隷だとばれることもない。

 清掃のため学園中を歩き回ることが出来たのでお嬢様を守るための避難路や隠れ場所に目星をつけることもできた。


 そのおかげで太ももから先が破裂して身動きが取れないお嬢様を最速で外に連れ出せたけど・・・もっと止めていればよかった。王子が失言をしたことでお嬢様の隷属魔法が一時的に解除された時、どんなに説得されても安全な場所で匿ってしまえばよかった。不安の芽はすべて摘み取ると決めていたお嬢様は頑として譲らなかったし、俺だって命令されてしまったら断れない。だけどそれでも、もっともっと説得したらよかったんだ。


 細くて折れそうなほど栄養状態の悪かったお嬢様の足が肉塊に変わったとき、俺は自分のしたことを後悔した。

 一番守るべきお嬢様を、大切なお嬢様を、俺の女神のような人を危険に晒したのは・・・俺だ。




 お嬢様が足を吹き飛ばされる事件が起こる数か月前、証拠が欲しい、とお嬢様は言った。たくさんの学生や教師らがお嬢様を甚振っているのがもっともっとはっきりわかるようにと。

 お嬢様は学生たちも許す気はないらしい。今後の国を担っていくだろう貴族たちがコレでは安心して暮らせないから、と今なら間に合うから全部摘み取りましょう、とほの暗い笑みを浮かべて、だから証拠が欲しいのと俺に願った。


 お嬢様の望みならばと、ほんの少しだけ欲望のタガが外れるような香を清掃用の道具が入っている場所に炊いた。学生たちはその場所に入ることは無いけれど、廊下はどこまでも通じている。空気の流れが魔法で作られているので、その始点に近い場所で炊かれた香は、学園中に蔓延した。本当に時々、やりすぎない程度、調べられても証拠が出ないくらいの濃度で。

 普通の人間なら、食後のデザートに甘いものを一つ余分に食べようかな、という気持ちになるくらいのもの。行動に移さないという選択ができるくらいには冷静なままで、気分よく買い物を楽しんでもらえるようにと高級店などでも使用されている安全性の高いものだ。


 その程度のものをさらに薄めていたにもかかわらず、お嬢様の従妹のあの女や王子、あの女を好いている男たちは香が思った以上に効いた。そうなるだろうと思っていたけれど、予想以上に彼らは理性を持たない猿だった。お嬢様を甚振り、最初は爪を、次は指を、二の腕を、わき腹を、ほんの少しだけ血液を操作して吹き飛ばす遊びをし始めた。一歩間違えれば心臓や頭を吹き飛ばしてしまう、危険な遊びに彼らはハマり、それにつられる人たちが増えた。


 香を炊かなくなっても彼らの遊びはエスカレートし続けて、そしてお嬢様の足を吹き飛ばすまでになった。



「これ以上はダメです。お嬢様」


 何とか足が元の形に近づいてお嬢様が少し落ち着いたころに、俺は必死に説得した。


「そうね・・・だいぶ調べもついているらしいし、明日の夜会が最後かしら。そこで締めにいたしましょう」

「夜会に出るのをおやめいただきたい、と言っているのです」

「だめよウルシュ。亡き親友の娘が甚振られているのを気づけなかった上に、その原因の一端が自分の息子だったと思えば陛下も私の望みを断ったりしないもの。私は最善の状態にしたいのよ」

「お嬢様の言う最善とはいったい何ですか・・・それはお嬢様が体を張ってまでしなければならないことですか?」


 怪我が原因で少し熱っぽいお嬢様が潤んだ瞳で俺を見つめる。


「ええ。だって私、あなたが欲しいんだもの」

「!!・・・俺はもうお嬢様のものです。アザリアノ家に引き取られてからずっとずっと、あなたのものです」


 お嬢様はぼんやりとしたまま笑った。熱で少し朦朧としているらしい。欲しいと言われたのもぐっときたし、何かを言いたげに俺を見つめてくるのも可愛らしくて、鼓動が早くなってしまう。


「お嬢様?」


 何か言いたいのなら、と促すようにお嬢様を呼ぶ。


「ねえウルシュ・・・私の奴隷をやめる気はある?」

『私の旦那様になる気はあるかしら?』


 戦力外通告か、と恐ろしくなった後に、重なるように聞こえてきた念話の声が体中を駆け巡った。


「お、俺は・・・」


 白く細い腕が伸びてきて、俺の頬に触れた。

 そのまま導かれるようにお嬢様へと近づいて、彼女の熱が伝わるくらいの距離になって、潤んだ瞳に誘われるようにして初めて触れた唇はしっとりとして柔らかかった。


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