2 檻の馬車
そろそろ国境が近づいたのだろう。
地理は分からなくとも、護衛の緊張具合で分かる。
「ロウ君、落ち着いて聞くんだ」
「……殺されるんすかね」
「気付いていたのかね?」
気配などには疎そうだと思っていたので驚いて問いかけると、彼は困ったように中空を見やって。
「追放と言われた前の人が教えてくれました」
「つまり、死人が教えてくれたか」
スキルとか言う奴は便利と言えば便利なのかもしれないな。
そんな事を考えていると馬車が動きを止めた。
「出ろ」
「おや、檻の中で串刺しにでもされるのかと思っていたよ」
「……お前は何処へなりとも行くがよい」
扉をあけ私を見やって、兵士の一人が尊大に言った。
お前は?
彼はどうするのだとロウへ視線を向けると……。
「行ってください。セイさんはスキル無いから見逃されるんです。スキル持ちは危ないらしいから」
「そいつも死者が教えてくれたのかい」
「ええ」
私は扉から外へと出た。
私は腹が立っていた。勝手に呼びだし処断しようとする連中に、心底腹が立っていた。
ここまで怒りを覚えたのは久しぶりだ。
はらわたは煮えくり返っているが、頭は澄み切っている。
この数じゃ、死ぬかもな……。
私はおもむろに兵士の一人が持っていた槍を掴む。
驚き目を見開いた兵士の眼球に指を突っ込み、眼窩に指をかけて引き倒した。
「勝手に呼んで、勝手に殺す? 恥を知れ!」
兵士を束ねる隊長格が慌てて声をあげた。
「ええい、その男も殺せ!!」
その号令に合わせてに、兵士たちが武器を抜き放ってぞろぞろとやってくる。
槍を構えた兵士が付きだす槍の穂先を避けながら懐に飛び込み、石突でその腹を突く。
「うがっ!」
「貴様らも貴様らだ! 抗命権すら知らんのか!」
「っ!」
体勢を崩す兵士に、槍をくるりと回して穂先の一撃を食らわせ、今倒した兵士のやりを奪えば私は一喝した。
兵たちは僅かだが動揺を見せた。自分たちの行いがおかしいことに気付いているのだ。
だが、我が身可愛さに王に何も言いだせずにいる。
「早く出るんだ!」
少年ロウを素早く檻馬車から引っ張り出して、さらに兵士たちを睨みつけて私が槍を水平に振るえば、兵士たちは慌てて下がった。
「行くぞ!」
「は、はい」
ロウを先導しこの道の脇に広がるの腹へと駆けだすも、その前には三人の人影が現れた。
兵士よりも良い装備に身を固めた三人うち一人は、申し訳なさそうにしていた髪の長い騎士だった。
彼らはそれぞれが剣を抜くと、その所作で分かった。三人ともが一流の身のこなしだと。
「こいつは……」
こいつらは……強いな。
そんな予感を感じながら、私は三人の新たな敵に持っている槍を振るう。
まったく扱い慣れぬ武器を。
だが、鎧で身を固めているとはいえ幸いにも敵は剣を持っているだけ。
鎧の重さを考えれば、武器の長さ分は私に有利になるはずだ。
しかし、敵は鎧を着ているのにも関わらずその攻撃をすり抜けて、懐に飛び込んでくる。
一撃、脇腹を刃で貫かれる。
「悪く思うなとは言わん……許せともな」
「悪王でも、王か? そんな状態で振った剣が、私に効くか!」
虚勢を張って声を張り上げる。……そうだ、大砲の直撃を受けたと思えば、動けるだけマシか。
「うおおおおおっ!」
「なんとっ!」
近くにいるロウに当たらない高さで槍を振り回し吠えれば、三人の難敵はまだ私が動けることに驚き、一旦下がった。
その隙に痛む脇腹の傷を無視して、ロウを押しやり、私は敵へと立ち塞がる。
「行けっ!」
「で、でも!」
「死にたくなければ行け! ……死人と話ができるならば、それを頼って逃げろ……」
無責任な結果になってしまった。
何処とも知れぬ地に、ロウ一人放り出すのだから。
だが、ここで食い止めねば……確実な死が待っている。
下がった敵は体勢を整え、再び迫ろうとしている。
「私はここで死ぬだろう。だが、時間は稼ぐ……逃げ切ってくれ」
「……セイさん!」
「行くんだ、ロウっ!」
私の叱咤で漸く走り出し遠ざかる足音を背後に聞きながら、少しだけほっとして笑みを浮かべる。
私の半分ほどしか生きていない少年を生かすのも年長者の役目さ、と。
そして、眩み始めた視界を無視して槍の柄を床に突き立てて吠える。
「早々にここは通さんぞ!」