5 図書館の出会い
ビクトルから無茶振りされた翌日。私は厨房でハイになっていた。だってこの世界、豆の種類ごすごいのよ。小豆、大豆、ウグイス豆、ナタマメ・・・・。
「そういえば醤油も味噌もあるものね」
しかし、餡にするという発想はなかったらしい。
「なんで?」
さっそく小豆で餡を作りながらビクトルに聞くと、ビクトルも首を傾げる。
「さて、まあ料理なんて発想が大事っすからね。誰も思いつかなけりゃできないっすよ。特にこんな一般流通もしてないような豆じゃ、料理人の目に触れる機会もありやせんし」
実際、小豆は極一部地域でしか育てられていないらしい。確かにチョコレートだってカカオ見ただけじゃ、想像もできないしね。この世界はいわゆる魔物と呼ばれる危険な生き物もいるから、おちおち旅行も行けないのだ。
「そうなのですね」
あんこはできるまでに時間がかかるため、ビクトルには作り方のレシピを渡して図書室へ向かう。こまめに灰汁は取るようにいうのは忘れない。お餅も白玉も大好きな私は、よく小豆を買ってきて煮ていたものだ。毎回自分の口に入る前にほとんど欠食児たちの腹に消えてしまったのは。今ではいい思い出だ。
ビクトルにはなぜこんなに細かく知っているのかと不思議がられたが、笑顔でスルー。乙女には秘密がつきものですよ。
「ああ、やっぱり落ち着く」
図書室は素晴らしい。しかし、そろそろ読みたい本がなくなってきた。前回のミーナだったときにも結構図書室で読んでいたので、かなりの蔵書量を誇る公爵家の図書室といえど、限界である。
「むう、新規開拓したいですわ」
「それなら王立図書館はいかがでしょうか」
呟きを聞き付けたのか、エナが素晴らしい提案をしてくれます。図書館!いい響き。しかし、図書館と聞くとなんだかイヤな予感もする。たしか漫画では主人公と主人公に横恋慕する宮廷魔術師長の息子が出会う場所だ。ちなみに我が家の次兄も、図書館で主人公と出会っていたはず。本そっちのけで、いろいろイベント起こっていたわね。
王立図書館は無料で誰でも利用できるので、庶民でもそれなりに利用者がいる。漫画では王宮、学園とならんでイベント発生率が異常なまでに高かった。
図書館って静かに本を読む場所じゃないのかしら?なぜ、図書館なのに本を読む場面がほとんどなかったのだろう。解せぬ。
それはそれとして、図書館は純粋に楽しみだわ。さっそくお母さまの許可を得て、図書館に向かう。図書館は公爵家から馬車で5分程度のところにある。かなり近い。
専属メイドのエナと護衛兼従者のシリルを連れて行くことで、あっさり許可が出た。シリルはまだ15歳なのにとても強いらしい。エナも一通り護身術を修めているとかで、近場ならこの二人がいれば問題ない。
「図書館にはどんな本があるかしら?」
前回は王妃教育や学園などが忙しく、図書館にはあまり行けなかった。だから、とても楽しみだ。
※※※※※※
図書館は驚くほど大きく、蔵書も充実していた。読みたい本はたくさんあるが、ひとまず子供らしく絵本コーナーから巡ることにしよう。私は絵本も大好きだ。
ここの本は借りることはできないが、読むのは自由。とりあえず、お昼までは絵本コーナーにいることにした。別に魔法書コーナーに行こうとしたときに、司書さんに笑顔で圧をかけられたからではない。絵本が好きだからだ!
・・・・笑顔なのに怖いとかおかしくない?どうなってるの?ただひとつ、わかることがある。アレは怒らせてはダメな人種だ。間違いない。
「うん、でも精霊の絵本とか面白いかも」
さずがに40も過ぎて(見た目はともかく)絵本とかどうかと思ったが、案外いいかも。公爵家の図書室には、絵本は少ないので、なかなか楽しい。特に精霊や外国の冒険ものは。
「そういうの、好きなの?」
「ひゃっ」
本を選んでいたら、声をかけられてびっくりした。変な声が出てしまった。思わず司書をチラ見してしまう。・・・・うん、大丈夫そうだ。
「どうしたの?」
「え、いえ。なんでもありませんわ」
反射的に答えてから、誰に話しかけられているのだろうと疑問に思う。エナもシリルもガードはかたい。滅多なことでは外で知らない人が近寄ることはできないのだ。
しかし、目の前にいたのは私と同じくらいの年の少年だった。少年も従者らしき青年を二人、連れている。明らかにいいとこのお坊ちゃんだ。シリルと向こうの従者が目で挨拶をしているところを見ると、知り合いらしい。危害を加える心配がないから、止めなかったのだろう。
「わたくしはミーナ・レンドルフですわ」
「あ、えっと、スチュワート・リクロム」
スチュワート・リクロムときいて、思い出した。飴色の髪と緑の瞳。端正な顔立ちの小柄な青年。婚約破棄されたとき、王子の後ろにいて私を睨み付けていた。宮廷魔術師長の息子だ。リクロム家は伯爵家だが、代々優秀な魔術師を排出している。歴代リクロム家当主のなかでもスチュワートは類を見ないほどの魔術の天才だと聞いた。前回学園では、同じクラスだったけど話をしたことはなかった。
「ねえ、そういうの、好きなの?」
もう一度聞かれて、もっている本に目を向ける。精霊と人との禁断の恋を描いた絵本。
「ええ、そうね」
ハッピーエンドも好きだが、悲恋も好きだ。
「ふうん」
「貴方は・・・・変わった趣味ね」
なんとコメントすべきか、迷う。彼の手にしている本には『リアル!ウーパールーパーの生態の全て!』と書かれていた。
「そう?生き物好きなんだ」
「そ、そう」
生き物が好きなのはいいことよね?だが、なぜウーパールーパー。というか、いたんだ、この世界にウーパールーパー。
「それで、なんの用ですの?」
「え?」
なぜ不思議そうな顔をする。用があったから話しかけてきたのではないのか。
「えっと、同じくらいの年の子がここにいるのは珍しかったから」
もの珍しさに話しかけてみたというわけか。
「そうですか。それでは何かの縁ですし、一階でお昼をご一緒しませんか?」
趣味はともかく、せっかく出会った読み友を逃がす手はない。やっぱり本は語り合ってこそ、楽しさも倍増するというものだ。それに面白い本を紹介してもらえるかもしれないしね。
「え、いいの?」
「もちろん、貴方が嫌でなければですが」
「嫌なんかじゃないよ。よろしくね」
「ええ、よろしくお願いいたしますね、リクロム様」
「スチュワートでいいよ、レンドルフ嬢」
もちろん、呼び捨てでいいよ、と笑う少年に私も笑顔になる。可愛らしい少年、尊いわ。・・・・ショタじゃないわよ?
「わたくしもミーナでいいですわ」
やはり、図書館といえば、イベントなのか。私は今回の人生で初の友人を手に入れたのだった。