4 新作スイーツを開発?
私はパティシエではありません。前世はただの主婦です。趣味は読書、特技はあえていうなら、染み抜きと節約料理。現在の公爵令嬢という地位には、まったく必要ない。
何が言いたいのかというと、プロのパティシエでも難しいお菓子の新作を、たかだか五日程度で作ろうというのが、間違っているわけで。
この前の抹茶スイーツだって、私は案だけだして頑張ったのはビクトルだ。思いつきから形になるまで結構かかった。
「わかりましたか?まだたった5歳の幼女になに無茶振りしてくれるのです」
そう、私は5歳。ムチャを言わないで欲しいわ。
「そんなこと言ってもですね、お嬢」
ビクトルが肩を竦めて苦笑いする。
「例の大ヒットした抹茶アイスや抹茶クッキー、抹茶ケーキを考えたのはお嬢じゃないすか」
そもそもあいつにそんな才能はない、と力強く断言された。
「ないんですか」
そこは断言するところなのか。
「あれば潰れる寸前になってませんぜ」
「・・・・まあそうですが」
ちょっとは企業努力してみてはどうだろう。しかし、まさか潰れる寸前の店で大当たりとは。抹茶、舐めてた。
「むう、抹茶スイーツは美味しいですからね」
どうしても食べたかったので。これは予想外である。というかこの世界、なんちゃって和食はあるし、抹茶もあるのにあんこはないのよ。何故かしら?日本人ほどムダに食事にこだわらないから?
ちなみに餅はあるけど、大福もない。洋菓子系はわりと充実しているけど、和菓子はすくないのよね。ただ、菓子作りなんて子供が小さい頃に少ししたくらい。子供たちは質より量だったし。あとはひたすらお菓子を作りまくるという、謎のゲームをやりこんでいたくらいだわ。つまり、あんまり詳しくない。
「んー、でも抹茶を使ったスイーツがいいのですよね?もう、抹茶パフェでも作ったら?」
見栄えを豪華にすれば、味は二の次でもいいのでは。あの王妃さまは派手好きだからもうそれでいける気がする。とにかく見た目にこだわる派だし。
「抹茶パフェ?」
しかし、ビクトルはポカンとした間抜けた顔で私を凝視してくる。やめて欲しいわ。そんなに見られたら穴があくじゃない。
「どうしたの?」
「いやいや、どうしたって・・・・パフェってなんすか?」
あれ?パフェなかったっけ。思い返してみれば、ミーナになってからこっち、前回の16年の人生でも今回の5年の人生でもパフェには出会ってない。・・・・おや?
「よし、新作スイーツはパフェに決まりね」
ばっちりだ。見た目豪華にして、とにかく派手にすればなんとかお茶会は乗りきれるだろう。
「ビクトル、今からできる限りの豆を集めなさい。料理長にはしばらく貴方を借りると伝えておきます」
「ま、豆?」
「早く!時間がないのでしょう?」
「は、はい!了解っす!」
なぜか敬礼をして走り去っていく。ともあれ、目処はついた。あとは小豆と白玉粉があればなんとか形にはなるんじゃないかと思う。
「はあ、参ったわね」
「大丈夫ですか?」
心配そうに訊ねてきたエナに小さくうなずいて、今日はもう部屋に帰ることにした。
しかし、よく考えてみると、これこそラノベ的展開ではないだろうか?そう、いわゆる憧れの知識チートというやつだ!
思わずガッツポーズをしかけたところで、ふと我にかえる。確かに抹茶で一大ブームをおこしつつある。チートなのは間違いないだろう。だがこれは喜ぶべきことだろうか?
そもそも知識チートで手に入るものは、お金。しかし、現在の私は公爵令嬢。ありあまる両親の愛情によって使い切れないほどのお小遣いが私名義の口座に入っている。更に孫娘を溺愛する祖父母たちからの次々届けられる大量の貢ぎ物・・・・ゲフン、贈り物。地位もある。なにせ3つしかない公爵家の筆頭、しかも母ももうひとつの公爵家の出身。しかも娘は私一人だけ。やりたい放題である。つまり権力もある。
・・・・おかしい。これってチートあっても必要なくない?むしろ王族から目をつけられそう?厄介事のにおいしかしない。
地味に!今からでも地味に生きないと!
「お嬢様?」
「決めたわ、わたくしはこれからは地味に生きますわ!」
私はエナに向かって宣言したのだった。
★★★★★★
【専属メイド・エナ】
私はエナと申します。もともとは貧乏な男爵家の出です。学園在籍中に公爵令嬢のリリア様にお誘いいただき、侍女となりました。現在はリリア様の嫁ぎ先である筆頭公爵家のご令嬢、ミーナ様にお仕えしています。
ミーナ様は公爵夫妻にも二人の兄君にもそれはそれは大切にされています。もう溺愛といっても過言ではありません。正直言って、引きます。ミーナ様の望むものはどの様なものでもすぐに与えられます。何をしても叱られることはなく、すべて肯定されます。これではどの様な子供も自分は特別だと、傲慢になるのではないでしょうか?
特にお嬢様は容姿も優れておいでです。美しい黒い髪と煌めくような金の瞳。小さな顔にバランスよく配置されたパーツ。まるで夜の女神様のようです。お嬢様が女王の如く傍若無人に振る舞っても、誰もとめられないでしょう。
しかし、ミーナ様は驚くほど聡明なお嬢様でした。
甘やかされることを良しとせず、ご自身で家庭教師の手配を望まれて意欲的に勉学に励んでおられます。また、毎日図書室へ通い、さまざまな本を読まれているのです。
けっして人を見下すこともなく、使用人に対してもなにかしてもらえぱ、感謝されます。そのお優しい天使のような笑顔は、あの常に無表情な執事兼家令のカール様でさえ、ミーナ様には笑顔を見せられます。
そんなミーナ様には、まだご婚約者様はいらっしゃいません。しかし、最近第一王子が接触してきています。王子なので無下にできませんが、できれば近づかせたくありません。初日の印象が最悪でした。使用人一同、そして公爵様も叩き出したいと思っておられるようです。
もちろんお嬢様を愛する使用人一同、お嬢様にバレないように3回に2回は追い返しています。仮にも王子。本当は一度もお嬢様に会わせたくないのですが、そういうわけにはいかないのが非常に残念です。
今日もまた性懲りもなくお嬢様に薔薇を届けています。はじめのアホな態度はどこへやら。殊勝な感じが気に入りません。
爆発すればいいのに。
王子は完全にお嬢様に惚れています。いますぐ記憶操作の魔法を覚えたいほど、イラッときます。お嬢様は明らかに気乗りしなさそうな、作った笑顔で対応しています。少し溜飲が下がったので、よしとしておきましょう。
ようやく王子が帰って、お嬢様が図書室でゆっくり過ごされているところに料理人のビクトルがきてしまいました。
お嬢様の憩いの時間を邪魔するなど、死にたいのでしょうか。しかも言葉使いがなっていません。お嬢様はお優しいためまったく気にされていませんが、公爵家の使用人として許されざる態度です。後で絞めておきましょう。
ビクトルが去ったあと、お嬢様はなにかを決心したように呟かれました。
「決めたわ、わたくしはこれからは地味に生きますわ!」
・・・・それは不可能だと思います、お嬢様。