1 俺様王子登場
王子、登場したとたん退場
ミーナ・レンドルフ5歳。
レンドルフ公爵家は、代々の当主が宰相職に就いている、名門中の名門公爵家。3つしかない公爵家の中でも、もっとも権力と財力と格式と歴史のある家だ。
そんなレンドルフ公爵家には、3人の子供がいる。長男アルフレッド10歳、次男スレイン7歳。そして長女ミーナ5歳だ。
ミーナが産まれる10日前に王家に第一王子が誕生したこともあって、ミーナは産まれた時から将来の王子妃として期待されていた・・・・わけではない。
そもそもすでに権力も財力もありあまるほど持っているうえ、これ以上の無駄な野心とは縁遠い万年ラブラブな公爵夫妻である。そんなわけで、ミーナにも自分たちのように幸せな結婚をして欲しいと思っているのだ。
ちなみに巻き戻る前のミーナが王子と婚約していたのは、側室腹の第一王子に強力な後ろ盾の欲しかった王家にどうしてもと望まれたからだ。
ミーナ自身はほとんど会いにきたこともない婚約者には、特に思うところはなかった。ミーナもまた、あえて会いに行くこともなかった。だからこそ、巻き戻る直前の出来事は不可解極まりない。ミーナと結婚出来なければ、第一王子は間違いなく王にはなれないのだから。さらに公爵夫妻の溺愛するミーナにあのようなことをしでかしたら、王子のお先は真っ暗である。だから「何故」と問うた時のミーナも困惑しかなかった。
「うーん、わからない」
正直、もっと穏便に婚約破棄すれば良かったのでは?とミーナは思うのだが、まあ、今となってはどうでもいいことだ。さすがに今度は婚約はおことわりだ。
「お嬢様、朝食のお時間です」
「分かったわ」
寝起きでぼんやりしている間に、朝の準備が整っていた。プロの技が光る!さすがは公爵家自慢のメイドである。
「ねぇエナ、今日は何か予定があったかしら?」
今が正確にいつなのかを知りたかったのだが、専属メイドのエナには首をふられてしまった。まだ小さいミーナには、勉強の時間もほとんどない。もちろんお茶会やパーティーもないため、今がいつなのかわからない。ぶっちゃけわからなくても困りはしないが、なんとなく気持ち悪いのだ。5歳のときに何かがあった気がする。とても大事なことだった気がするのに、なんだったか思い出せない。・・・・年かしら?
「特にはございません。何かなさりたいことがございますか?」
逆に聞かれて困ってしまった。父母はミーナがなにをしていても何も言わないが、それは関心がないわけではない。むしろ父母も二人の兄もミーナのことを可愛がりすぎている。彼女が望んで手に入らないものはないほどに。
「そうね・・・・」
正直、まったく違うおばちゃんだった前世もミーナとして生きていた16年間も読書くらいしか趣味はない。本はいい。図書室はいるだけで落ち着ける。しかし、せっかくやり直せるチャンスなのだから、読書以外になにかないだろうか?
「図書室へ行きたいわ」
「かしこまりました」
まあ、人間そう簡単には変われない。しかも、こう見えてすでに60年近い時間を過ごしてきたのだ。たとえその大半を忘れているとしても。人間、年取ってから性格矯正はほぼ不可能よね。
というわけで、新しくやりたいことが直ぐに思い浮かぶわけではなく、朝食後は結局いつもと変わらず図書室へ行くことにしたのだった。
※※※※※※
公爵家では、家にいるときは家族一緒に食事をとることになっている。ちなみにこの世界の食事はそれなりに美味しく、南の半島からやんちゃって和食も入ってくる。そのため、かつて読んだ転生モノの小説のような食事改革は必要ないのだ。残念。さらに生活水準も魔法と魔法道具のおかげでお風呂や水洗トイレもバッチリだ。現代日本とまではいかないが、不自由なく生活できる。期待していた知識チートは無意味である。正直極普通の主婦に知識チートはムリだがな!
そんなわけで、今日も公爵夫妻と三人の子供たちは優雅に、朝食を食べている。子供とはいえ、さすがは公爵家の息子と娘であり、食事のマナーは完璧でまるで、映画のワンシーンのようだ。ミーナはかつての息子たちの食事風景を思い出して、思わず遠い目になってしまった。
「あら、なにか騒がしいわね」
公爵夫人であるリリアが、ふとなにかに気づいたように食事の手を止めた。すでに3人もの子供がいるとは思えないほど、美しい人である。彼女は3つの公爵家のひとつ、リストマイア家の次女だった。かつて現国王にも王妃にと望まれていたのを、父公爵が勝ち取ったらしい。当時を知るものは皆一様に顔を青くして口を閉ざしてしまうため、詳しくはわからないが。
「そうだね、なにかあったのかな?」
一見すると穏やかな草食系イケメンの父には、触れてはいけない過去があようだ。一度訊ねたセバスチャンと呼びたい渋いおじ様執事のカールが、真っ青になって脂汗を流しながら口を閉じていた。うん、お父様のやんちゃ話は二度と聞くのはやめとこう。
「お待ち下さい!」
父の昔に思いをはせてまたもや遠い目になっていると、バン、と扉が開いて闖入者が判明した。ミーナと同い年のルドルフ第一王子だ。執事のカールも強引に止めるわけにはいかなかったのだろう。
つかつかとミーナのもとに歩いてきて、じろじろ見てくる。
「お前が俺の婚約者か?」
さすがに王族というべきか、若冠5歳にしてはっきりと話す。だが、この相手を見下した風な言い方は気に入らない。
「違います」
というわけではっきりきっぱり言うと、あとは何か喚いている王子は完全スルーで食事を再開した。
40年ちょっと培ったおばちゃんのスルースキルなめんなよ!
あまりの出来事に唖然としていた父公爵も、王子お付きの青年とカールに指示して別室へ連れて行かせる。
「ミーナ、今の子供はこの国の王子様だよ。ミーナは王子様と結婚したいかい?」
微妙な雰囲気で食事が再開されるなか、父が苦笑いしながら聞いてきた。そういえば前回はここでなにも考えることなく、ただ頷いたのだ。まったく中身のない王子の話にもちゃんと付き合ったのだったと思い出した。
「いやです」
ミーナは食い気味に断った。今度結婚するなら、優しくていざというときにはちゃんと守ってくれる人がいい。間違ってもルドルフみたいな、普段は見下して威張り散らしておいて、いざというときには一人だけ逃げそうな男は願い下げだ。ましてや将来浮気決定な男なのだ。何が悲しくて結婚しなければならない。冗談ではない。
「そ、そうか。分かった」
ミーナの勢いに公爵は直ぐに頷いた。
「良いのですか、父上」
王家の要請を断って不利益はないのか、と問うアルフレッドお兄さまにお父さまも頷く。
「ふむ、我が家は力を持ちすぎているからな。これ以上は火種を増やすだけだからそもそも私もお断りしていたのだよ」
それでもミーナが望むなら、と視線を向けらてブンブンと首を振る。それにしても齢10歳にして家の事情まで気にするとは、さすが公爵家嫡男。出来る男は違う。
「わたくしは結婚するなら、お父さまかお兄さまのような殿方がいいですわ」
本心からそう言ってにっこり微笑めば、二人は一瞬驚いた顔をして、色気溢れる蕩けるような笑顔になった。メイドたちが余波をくらってバタバタ倒れる音がする。
・・・・他の婦女子の前でその顔をしてはダメですわ、お父さま、お兄さま。
妹は兄の将来が心配です。