終わりははじまり?
ガチガチテンプレ?たぶん。よくある話。
「いまここに、ルドルフ・カルツォーネとミーナ・レンドルフの婚約破棄を宣言する」
ルドルフ第一王子がそう叫んだ途端、ミーナはパキンと何かが割れるような音を聞いた。
「何故!何故なのです!」
意識せず、口からこぼれ落ちた言葉。また、パキンと音がする。ふと王子の隣に佇む美しいプラチナブロンドの髪の少女を見た瞬間、憑き物が落ちたように何かに納得した。コレが噂の悪役令嬢か!
「何故だと?本当に分からないのか。貴女のしたことは公爵令嬢にあるまじき行いだというのに」
冷たく言い放たれたが、理解が追い付かない。頭の中で何かが割れる不甲斐な感じがする。そしてまたパキンとまたどこかで音がした。
「ヒドイです!私を殺そうとまでなさったのに・・・・」
瞳を潤ませて震える声で少女が告げると、王子の視線どころか周囲にいた人々の視線も一気に冷たくなった。
しかしミーナは一人、首を傾げる。
泡のように唐突に浮かんできた何か。先ほども浮かんできた悪役令嬢という言葉。そして彼女は呟いた。
「コレがいわゆる今噂の悪役令嬢転生ってやつ?でもミーナ・レンドルフってモブだよね」
その瞬間、彼女の意識は闇にのまれた。
※※※※※※※
ミーナ・レンドルフ。美しく賢い公爵令嬢であるが、一昔前に流行った恋愛漫画『君と七色の花』では完全なモブだった。今流行りの乙女ゲームとは違って漫画だったので、仕方ないのかもしれない。主人公は弟の第二王子と一般庶民から選ばれた『花の巫女』と呼ばれる少女だったし。第一王子の婚約者だったミーナにはそうそう出番はなかったのだ。
「あれ、でもミーナって確か中盤あたりで殺されてた気がする・・・・」
自分の呟いた声でミーナは目を覚ました。
「ここは・・・・」
やたら豪華なベッドに、彼女は寝ていた。
「わたくしのお部屋?」
幼い子供の声に、首を傾げる。これはいわゆる悪役令嬢に転生したけど、前世の記憶が戻って時間も戻ったという、あれか。
「なに、そのガチガチのテンプレ。ひねりもなにも無いじゃない」
前世で大好物だった乙女ゲーム転生小説や漫画にありきたりなよくある話である。しかしながら、残念なことに彼女の中身はごく普通のおばちゃんだ。3人の子供と旦那の世話をしながら、ストレス解消に趣味の読書に勤しむ40代の主婦である。こういう話にありがちな特技もなければ、チートもない。漫画の内容もほぼほぼ忘れている。さらに残念なことに、前世の記憶自体かなり曖昧だ。
「うーん、今は5歳くらいよね。とりあえずもう一回やり直せるってことでいいのかしら?」
公爵令嬢として16歳まで生きていた記憶はさすがに残っている。つい先ほど婚約破棄されたばかりだ。
「でもあの女の子、ヒロインよね?なんでルドルフ様といたのかしら?」
ヒーローは第二王子のマルクルではなかっただろうか?だいたいミーナがヒロインを殺そうとしたとか、誤解もいいところだ。だってミーナはヒロインの存在を知らなかったのだから。
花の巫女の存在は隠されていて、物語の終盤にならないと周囲には知られない。先ほどの場面は時期的にまだ序盤だろう。漫画が始まったばかりで、なんであんないかにもクライマックスっぽいの?
そもそもなんで漫画ではたいした出番のないミーナが死んだんだっけ?
「読んだの結婚したての頃だからなあ」
昔すぎて内容うろ覚えとか、どうなのか。登場人物の名前や顔から、あの漫画の世界なのは間違いないはずなのに。唯一のアドバンテージといえる漫画の内容がうろ覚えとか、どうよ。
「・・・・ま、いいか」
わりとどうでもいいことに気づいた。とりあえず、先ほどの婚約破棄はなんだか嵌められたっぽい。今度は気をつければ大丈夫だろう、多分。
だいたいこういう転生モノでは、破滅フラグ回避とかいって悪役令嬢頑張りすぎ。せっかく記憶が持って子供に戻ったんだから、もっとのんびりすればいいのに。
彼女は知らなかった。漫画『君と七色の花』には乙女ゲームバージョンもあったことを。漫画の登場人物と世界観そのままに、しかしまったく違ったシナリオを用意された乙女ゲーム『君と七色の花』。その乙女ゲームバージョンの悪役令嬢ミーナ・レンドルフは、ハッピーエンドでもバッドエンドでも死亡という結末しかないことを。