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夏の日

或る夏の日の夕暮れ。



じわじわと、外より受けて内より染み出る熱を上手く払えずに、苛立ちながら歩く帰り道。



あの、後ろ姿を見た。



照りつけ、また照り返す熱線は彼女の姿を寧ろ際立たせる。少し汗に濡れた後ろ髪は、ぱらぱらと凪いでは繊細に通った風の在り方を示していた。



その、触れたら壊れてしまいそうな繊細さに勝手に恐れおののくぼくは、



今日も彼女の後ろ姿だけを眺めて歩く。



思考すら揺する



感覚すら希薄にするこの暑さに身を任せて、



せめてきみに一度でも、形にした思いを届けられたらいいのにな。



アナログ。



ラブレター、とか。下駄箱に、手紙?



頭上の蝉にからかわれた気がした。



そう。



こんな声なぞ、等しくかき消されてはぼやかされていくのが常だ。



蝉時雨の常とは即ち、蝉時雨であることに尽きる。



そうしてやはり彼女の後ろ、この場所からは動けていない。



かりそめの、独りよがりな愉悦は僕の中をぐるぐる回るだけ。



外に出たってどこにも繋がる事は無い。真っ白なコードの不毛な排出行為。

駅に着いた。



ここで彼女、もとい彼女の後ろ姿とはしばしのお別れ。



彼女は相変わらずひとりでいる。



思えば変だった。



ぼくみたいな蝉の大群が、もっともっと彼女をこっそり見ていたとしてもおかしくはない。



彼女はそんな存在だ。誰にとってもそうなのだと、溶けた頭でも確信できる程には。



ではどうしてなのだろう。



片側の頭でぼんやり考察し、片側の頭でホームに立つ彼女をぼんやり見る。



西日は先刻より一層赤みがかって、より一層繊細に髪をなびかせる彼女を照らす。



目に映る景色すべてで一枚のキャンバスができそうだ。描ける気はしないけど。



刹那、思考が完全に停止した。



ぼくの眼に映る補正されまくりのキャンパスに、描かれて欲しくなかったものまで立ち現れたのだ。



生物学的に言うと男ってやつで。



あえて別の動物に例えるならば蝉とは呼ばれないであろう存在で。



なけなしの妄想の辞書からとっさに引っ張り出した言葉によると、彼女の―――――。



なんだかむず痒いような気持ちに襲われて、慌てて目を逸らした。



あんなに執念深く気にしていた後ろ姿が、全くもって見られなくなったのだ。



根性無しだと。



早とちりだと、笑うだろうか。



けれども、ぼくなんかの膝を折るにはでっち上げでも十分なくらいの威力を有した一撃。



学校の机とは、ある意味でこうして戦わずして剣を折った戦士たちの無縁墓地と言える。



少なくともぼくは、誰がどこに座っているかなんてのを覚える事は出来ないし、興味無い。



声が聞こえる。



外の蝉時雨に負けないほどの、内なるぼくの、ぼくへのブーイング。



人の心の何が怖いって、感情が昂ってても幾らかの割合で冷静なままの自分が居る事だ。



ぼくはこの通り強くない。しかしそこまで弱くもないらしい。



外気温を内から相殺せんとばかりに、僕の昂りは急速に冷めだした。



これは防衛本能?それとも取り返しのつかないほどの歪みだったりして?



わからない。



わからない。けど、



せめて忘れないように、唯一覚めなかった、使わなくなった絵の具だらけのパーツからは沢山水を落としてから帰ることにした。



ああ、暑い。



芯までサッパリ覚ますには、今日は、今は、暑すぎる。


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