暴れ馬
「誰か! その暴れ馬を捕まえて!」
街の一帯に女性の叫び声が響き渡る。
声のする方へ向かうと、1頭の白い馬が大暴れをしていて、ひとりの女性が必死に声をあげている。
暴れる馬に誰も彼も戸惑っていると、ひとりの男性がやって来た。
「ねえちゃん、俺に任せな!」
その男性は腕っぷしに自信があるのかもしれない。きっと女性にいいところを見せたいんだ。その女性は胸元が大きく開いており、足もちらりとのぞき露出が多かった。このさわぎを静めてあわよくば、なんて考えているのかも。
「さあ、大人しくしやがれってんだ!」
男性は精一杯に馬を押さえつけようとする。男性が力を込めれば込めるほど、馬の抵抗は強くなっている。
結局、男性がその暴れ馬を静めることは出来なかった。すると、今度は女性がひとり名乗り出た。
「私は生まれてこのかた、馬の世話をし続けてきたんだ。暴れ馬くらいどうってことないよ」
女性は馬に近づくと、食べ物を見せてみたり、鞭を振るったりとしている。それでも馬が静まる気配はないみたい。
その後もいろんな人が馬を静めようと挑んでみるけど、どうにもこうにも馬はいっこうに大人しくならない。
私はあまり近づかないでいた。正直な話、近づきたくなかった。しかし、どうもこの時間には冒険者の人たちがいないようだ。
馬を押さえようとしている人の周りで噂話が聞こえてくる。
「おい、あの馬を連れてきたのは誰だ?」
「ああ、それならあの商人ところのバカ息子さ」
「あいつか、また金にものを言わせて変なものを持ってきたようだな」
「珍しい馬を見つけったってんで、力自慢を山ほど雇って、あの馬を縛り付けて連れて来たらしいぜ」
「なるほどな、それでその馬をお気に入りの娼婦にでも贈ったんだな」
「そうだ。しかし、縛りが外された瞬間に馬は大暴れ、こうなりゃどうしようもないかもな」
馬は暴れ続けている。誰も止めることが出来ない。私がいくしかないのかもしれない。この中であの馬を止められる人はいないみたい。あまり気が進まないけれど、これ以上暴れたらもっと被害が大きくなるかもしれない。
みんなが諦め、馬に近づかなくなったころに私は馬に近き、ゆっくりと座った。
すると先程まで暴れていた馬はとたんに大人しくなり、私の膝の上に頭をのせて、眠り始めた。
おおっという歓声が広がる。先程まで馬を捕まえようとしていた人たちも、周りからその様子を眺めていた人たちも私と寝静まった馬に注目している。それがとても居心地が悪い。
遠巻きからは「あんなお嬢ちゃんがすげえもんだ」なんて称賛する声が聞こえてきたり、「ねえ、あれってサヤカちゃんじゃない? 宿屋のとこの」なんて、私を知っている人もいるみたい。
出来ることなら早くこの場を去りたいけれど、馬が眠っているものだから立とうにも立てない。馬を静めた私に対して、みんなが口々にお礼を言う。私は気恥ずかしさが収まらない。
騒ぎを聞きつけて、遅れて来た人たちも私を見ている。
自分に対して心の中では言い続けている。「みんなが私に感謝している。誇らしいことじゃないか」と。「恥ずかしいことなんて何もないじゃないか」と。
それでも、私の決まりを悪くするんだ。
この馬のひたいに生えている角が。
(暴れ馬 終わり)