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たまにはこんな冒険物語  作者: 神玉
サヤカのその日暮らし冒険記
6/19

吸血鬼の館

 山奥で仕事をしていると、不意に雨が降りだした。山の天気は変わりやすいとはよく言ったもので、雨はたちまち強くなってきた。


 私はどこか雨宿りが出来る場所はないかと、一心不乱に歩き続けた。

 

 しばらく歩くと、ぽつんと一軒の館が建っていた。運がよい。あそこで雨宿りをさせてもらおう。天気が悪いせいか周りも暗い。これ以上歩き回るのは危険だろう。


 扉を軽く叩く。しかし返事がない。強く叩いてみても反応はなかった。扉は鍵がかかっていないらしく引いてみたらギイ、という音とともに開いた。


「すみません。誰かいますか? ……すみませ〜ん!」


 館の中はしん、と静まり返っている。誰もいないのかもしれない。館に入って扉を閉める。中は明かりがついてなく、窓の外から入ってくる僅かな光しかない。


「ようこそいらっしゃいました」


「うわっ!」


 暗闇からひとり、長身の男性が現れた。病的に色白で、こちらに牙を見せつけるような表情をしている。よく見ると、男性の周りにはコウモリが飛んでいるのがわかる。


「あの……」


 正直なところ、怪しすぎる。明らかに普通のヒトとは違う雰囲気を醸し出している。あまり刺激をせずに、ここから立ち去ったほうがいいかもしれない。


「はじめまして、可愛らしいお嬢さん。このような天気で雨宿りする場所を探していたのでしょう」


 男性はこちらに近づいて来た。やはり牙を見せつけた表情のままで。


「さあさあ、お客人をこんなところに立たせるわけにはいかない。どうぞ、中へ。冷えてしまったでしょう? 温かいお食事でも用意いたしましょう」


「あ、いえ私は……」


 私が答える間もなく、背中をぐいぐいと押してくる。私は抗うことも出来ず、案内されるがままだった。


 案内された部屋はとても広く、部屋の真ん中に長机が置かれていた。男性は手前の席を引いて私に座るように促した。そして、男性は対面する場所に座った。


 この状況は大丈夫ではないような気がする。得体のしれない男性が理由もなく親切を働いてくれる。はっきり言って怖い。その男性が先ほどから牙を見せつけたままであるなら、なおさらだ。


 それでも、むりに抵抗して機嫌を損ねてしまったとしたらどうだろう。もしかしたら逆上して襲いかかってくるかもしれない。男性は不健康そうな色白の肌ではあるけれど、体格が良い。もしも争うことになったら力負けしてしまうのは目に見えている。あくまでも大人しく従う姿勢でいよう。他に切り抜ける手段が見つからない。


「久しぶりに人間のお客人だもので、私も嬉しく思います」


 男性はクククと笑うと、牙をちらりと見せつける。


「そ、そうですか。こんな山奥ではヒトが来ないのも仕方がありませんね」


 男性はやれやれという振る舞いをしながら言った。私はこの暗さが気に入っているのだが、ヒトが来ることが少なすぎて困っているのだ、と。


 話をしていると料理がコウモリたちによって運ばれてきた。豪華な肉料理に温かい飲み物。雨で濡れているこの体には嬉しい。しかし、この食事に手をつけていいのだろうか。


「さあ、どうぞ召し上がりください」


 どうしたものか。美味しそうな料理を目の前に、冷や汗が出てくる。この料理には何か入っているのではないか。


「あ、あの……私、お腹空いてないんです」


「召し上がってください」


 キラリと牙を見せながら表情を変えずにすすめてくる。


「……」


 このまま、食べないことを許してくれない雰囲気だ。もしも食べることを拒み続けるのも機嫌を損ねてしまうかもしれない。


 私は恐る恐る、料理を口に運んだ。


「……美味しいです。とても」


 嘘だ。味なんて、わかるわけがない。


 男性はそれは良かったと言い、クククと笑った。


 結局、私は料理を完食してしまった。


「……ごちそうさまでした」


「よろこんでもらえて、なによりです」


 食事を終えて、私はこの館から逃げ出したい一心で、自分にできる最大級の敵意のない表情を取り繕って出口へと歩いていく。


「ありがとうございました。雨宿りだけでなく、お食事まで。それでは、失礼いたします」


 男性は私の側まで来て、出口までお送りいたします、と言った。


「なにから、なにまでありがとうございます。でも私にはお礼できるものがありません」


「……そんなことはありませんよ。素晴らしいものをお持ちではありませんか」


 男性はズイと近づいてきて続けた。


「私は吸血鬼なのです。あなたの血でお礼をしてくれればよいのです」


 そういうと男性、吸血鬼は血を取るための道具を出してきた。

 私は吸血鬼に従い腕を捲り、差し出した。


「……どうぞ」


 吸血鬼は私にお礼を言うと、私の腕から血を吸い出した。道具は私の血でいっぱいだ。


「……もういいですか」


 私は先ほどまでの警戒はなくなっていた。安心してこの吸血鬼と話すことができる。


「吸血鬼は噛み付いて血を吸い出して、眷属?ってものにするんだと思ってたんですけど……」


「私は人間が大好きなんです。眷属にしてしまうなんてもったいない」


 吸血鬼はキラリと牙を光らせて続ける。


 はるか昔、吸血鬼たちは人間を眷属にしたあと、さらなる血を求めて人間を襲い続けてきた。そのため、人間は吸血鬼に対して敵対心を持ってしまったのだと。


 吸血鬼が、人間を襲わずに適量の血を人間たちから分けて貰うだけならば、共存することも可能なのであると。


 たしかに、身の危険さえ無ければ、血を分けてくれるヒトはたくさんいそうだ。


「そこで、私はどうすれば人間と友好な関係が築けるかということを考えておりました。ときには人間の街に紛れ込んだこともあります。そこでわかったのは、人間たちは笑顔で接するものに好意的であるということです。私はひたすらに笑顔の練習をし、このように見事な笑顔で人間と接することができるようになったのです」


 吸血鬼がくくくと笑い、牙を見せる。


「え、それ笑顔だったんですか?」


「…………え?」


「いや、その、てっきり獲物を見つけたときの威嚇行為かと思ってました」


「……ほんとですか?」


 吸血鬼は全く予想外であるという反応を示すと、しょんぼりと落ち込んでしまった。私は、もう少し笑顔の練習が必要だと思った。


 それにしても、と吸血鬼は気を取り直して話し始めた。


「それほどに怖いと感じておきながら、どうして素直に血を分けてくれたのですか? あなたが本当に怖がっていたのなら、抵抗のひとつやふたつしても、おかしくないと思うのですが」


「ああ、それはまあ、吸血鬼がその道具で血を吸い尽くすとは思えなかったので」


 私は、吸血鬼が持っている小型の採血用注射器を指さし答えた。


 館の外に出ると雨はすっかりとあがっていた。雨から避けるために、ひたすらに歩いてきたためにどちらから来たかわからなくなってしまった。


 とりあえず近くに見える、大きな木を目印に歩こう。


(吸血鬼の館 終わり)

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