食堂手伝いの一幕
「───暇だなぁ……」
私が普段、手伝いをしている食堂には偶にお客さんがとんといなくなる日がある。そんな日には食堂の中は静かで、遠くで演奏している音楽さえ届く。
そして、こんなにも静かな日には決まって現れる人がいる。
──────ガラガラッ
「やぁサヤカ、相変わらず退屈してるね」
彼女は「エル」見た感じでは私と同い年くらいだろう。小洒落た格好で、仕草のひとつひとつに育ちの良さが漂っている。
どうしてかはわからないけれどエルが来る日は決まってお店に人がいない。エルはひとり用の席に腰をかけて、一息をついた。
「エルが来る日はいないだけ。普段は結構忙しいんだから」
「そうなの? その光景を今まで一度も見たことがないから、いつもこんな感じだと思ってた」
いたずらっぽく笑うエル。エルは笑うときは口元に手を当てたりしない。口角をキレイに上げてとっても上品な笑顔を作る。
「いつもこんな調子だったら、お店としてやっていけないと思う……」
小さくため息をつく、このお店には村から出てきたときからお世話になっているのだから、繁盛していてほしいと切に願っている。
「手伝わせてもらってる立場なのに、そんな言い方していいの?」
「そんなことよりもご飯、食べに来たんでしょ? 何にするの?」
「そうだね……それじゃあ、オススメをお願いしようかな」
「オススメって……ここにはそんな注文の仕方はないのだけれど」
「いいじゃない、サヤカのオススメ。出来ればサヤカに作ってもらいたいな」
「私にって……どうしてよ。おばさんが作ったほうが絶対に美味しいのに」
「なんとなく。食べてみたいの、サヤカの手料理」
エルは不思議な子だ。決して強く言うわけではないけれど逆らうことが出来ない。いや、この笑顔に応えたくなってしまうと言ったほうがいいかもしれない。
「わかったよ……残したりしたら、許さないから」
「それは、料理次第かな」
私はおばさんにことの顛末を説明し、厨房を借りることを許してもらった。
「エルは普段、どんなことをしてるの?」
料理の準備をしながら問いかけた。私はエルがどんな人間なのか全く知らない。時々、食堂にやってきてはこうして他愛のない話をして帰っていくから。
「そうだねぇ。いろいろかな」
エルは少し上を向いて考えたかと思うと、何ひとつ会話が前に進まない返事をした。
「曖昧な返事。例えばどんなコト?」
「勉強とかかな」
「なんの?」
「それこそ、いろいろ。歴史についてとか、芸術とか」
「エルは学生なの?」
「ううん。違うよ」
首を横に振るエル。サラサラな髪が釣られて揺れている。
「じゃあ、何?」
「う〜ん……内緒」
「なによそれ」
するとエルは、突然思いついたかのように、こう言った。
「そうだ。当ててみてよ」
「私が?」
「うん、そう。私何をしてると思う?」
「……魔法使いとか?」
「あぁ、残念はずれ。魔法は使えるけどね」
「え、魔法が使えるの!? すごいじゃない」
「子供の頃から教え込まれたからね。魔法の腕なら魔術協会の人にも引けを取らないよ」
「すごいなぁ。でも魔法使いじゃないんでしょ? それじゃあ、なんだろう? 吟遊詩人かな? なんだか浮世離れしてるし」
「あはは。それもいいね。ら〜らら〜ってね。でも違うよ」
「……降参。それで、結局何をやってるの?」
「やっぱり、内緒」
「どうしてよ」
「いろいろ悩んでるサヤカが面白かったから」
「やな感じ……まったく、何を考えているのかわからないわ」
「考えてることかぁ……この国の将来についてとかかな?」
「嘘っぽいなあ…………似合わないし」
「ほらほら、そんなことよりも料理はまだかな?」
「もう少し」
「楽しみだなぁ。サヤカのオススメ料理」
「期待しすぎないでね」
「おやおや。お客さまには最高の料理を振舞おうとするものじゃない?」
「そりゃあ手を抜いたりはしないよ。でも普段はおばさんが作ってるから……」
「大丈夫だよ。サヤカのことを信じてるから」
「まったくもう……」
調子の良いことばかりを言ってくる。それでもエルが言えばなんだか大丈夫な気がしてくる。私は出来上がった料理をエルの元へと運んだ。
「はい。お待ちどうさま」
「わぁ、これはすご……い。…………これはなんだい?」
私が持ってきた料理を見ると、エルの顔が一瞬にして困惑した表情に変わる。
「鳥の唐揚げと揚げ芋」
「……………………女の子が女の子に振る舞う料理とは思えないね」
エルがやれやれといったような仕草をしている。
「美味しいよ?」
「…………そういえば、君は冒険者だったね。つい忘れそうになるけど、荒くれたちと同じなんだった。それならこの食事もなんとなく納得……かな?」
困惑しながらも運ばれてきた料理を口に運んでいく。揚げたてだから熱いのだろう、涙目になりながらゆっくりと噛みすすめていく。
「……ふぅ」
「…………どう?」
熱々の唐揚げを飲み込み、ひとくち水を飲む。そしてゆっくりと、ひと呼吸おいて言った。
「体に悪そうで美味しいね」
「――喧嘩売ってるの?」
「あはは、そう怒らないで。普段はこういうのは食べる機会がなくてね。でも美味しいのは本当だよ」
「それはどうも」
エルはゆっくりと食べすすめていき、料理を食べきった。
「…………ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
「……今度来たときは、もっと胃に優しい料理をオススメしてほしいな」
「……考えとく」
「それじゃあ、そろそろ帰らなきゃ」
「そう。それじゃ、またね」
「またね。サヤカ」
エルが扉を開けて食堂から出ていく。
──────ガラガラッ
「よぉ、やってるかい?」
「あ、いらっしゃいませ」
その後、食堂の席はまたたく間に満席になった。
やっぱり、エルがいるときだけお店が閑散とするみたいだ。
(食堂手伝いの一幕 終わり)