置き土産、古代より
現代から遙か昔、世界には科学技術という力が使われていた。この科学技術を主としてきた時代を、「テクナルジック」という。省略して「テク」「テック」と呼ぶものもいる。この呼び名は「科学技術時代の人々」という意味を含めることもある。
テクナルジックは様々な物を作り上げた。科学の力とはすさまじく、数百トンの鉄の塊が人を乗せ、空を飛ぶことはテクナルジックの中でもかなり古い技術だ。建物から建物へ行きたいのならば、テクナルジックは「瞬間移動機」と呼ばれる移動装置を使用した。瞬間移動機はまばたきすらする間もなく、目的地へと運んでくれる。種類によっては国から国への移動すらも出来た。
そんなテクナルジックはとても貪欲であった。テクナルジックは自らが楽な暮らしをするために、また人々が豊かに発展を遂げる為にさまざまな発明を施した。
料理をすることが苦手な人の為に、レシピを登録するだけで一から料理を作ってくれる物を作った。家を空けている間に部屋の隅々まで掃除を行い、晴れたら洗濯物を干し、しっかり乾いたら取り込んで綺麗にたたみタンスにしまう。これらを自動で取り組んでくれる物まであった。これらは家庭内で使われるものであったが、もちろんそれ以外のものも作られていた。目の表面に装着することにより、視界に入れた物の情報が脳に流れてくる眼鏡。頭に思い浮かべた言葉をそのまま遠く離れた人に伝える装置等、まったく現代の人間からすれば余りに便利すぎて何のためにあるのかわからないものまで溢れていた。
あらゆることを科学技術、数値的にすることによる解決をする様は、まるで使用者そのものを、心ない鉄の人形にでも変えようとでもしたのかと考えてしまうほどだ。
さらに、科学には大きな弱点があった。それはテクナルジックであれば誰もがわかりきっていたことだ。それはあまりにも資源を必要とするということだ。科学が発展し、あらゆる物を作る為には、莫大な資源が必要なのである。そのためテクナルジックは資源を手に入れることに全力を注いだ。自分らの国で作った物を他国に売り払い、それと引き換えに資源を得る。はたまた自国民を売ることさえした。そして、最後に行き着いた先は殺し、奪い取った。
テクナルジックは人々を豊かにする為に、知識や知恵を溢れる程に蓄え、最後には心貧しく戦い、奪い続けたのだ。
そして、テクナルジックは奪う理由を忘れ、失うことに疲れ果てた末にやっと気がついたのだ。自分たちの愚かさに。あまりに科学技術が発展しすぎ、自らと自分を取り巻く科学技術が世界の全てに思えていた。
しかし、あらゆる人には心があり道具を使わずとも通じ合い、助け会うことが出来ると。
その時を境に、テクナルジックの全ての国が団結し、科学の発展それは人々を奈落に落とす悪魔の力であり、人々が利用することを許してはいけない技術である、という認識が広がった。
こうして人々は、科学が発展するよりもさらに昔、太陽が昇るとともに起床し、日没とともに眠る。自然とともに生きるあるべき姿に戻ったのだ。
そして、それから数百年が経ちレオが魔素を発見し、現代の魔法が中心の世界へとなるのだ。
(魔術協会発行:"テクナルジックから現代まで" 要約)
――――――――。
「エド教授、これから行く"テスレラ遺跡"について聞きたいんですけど……」
私は馬車に揺られながら訪ねた。
「あれ? まだ言ってなかったかのう? こりゃすまん。忘れておった。わっはっは!」
現在、馬車の手綱を引いているこの人は今回の仕事の依頼人、「科学技術研究家」のエド教授だ。名前を聞くと科学技術そのものをを専門に研究しているようだが、実際はテクナルジックの生活風景や発明品を掘り起こしたりする考古学だ。エド教授は私がお手伝いをさせてもらっている宿屋が、昼に行っている小さな食堂の常連さんだ。とっても気さくなおじいちゃんで、そんなにすごいことをしている人だなんて知らなかった。
「今日行く"テスレラ遺跡"についてじゃったな、まぁ遺跡だなんて大層な名前がつけられているが、その実態はテックの大発明家"テスレラ"の研究所の跡地にすぎん」
「テスレラ」の名前は聞いたことがある。多くの書物に取り上げられており、テクナルジック最後の発明家として有名だ。
そして、人類を滅亡へと導く災厄の象徴としても語られている。
「テスレラって人類を滅亡に導こうとした大悪党ですよね。そんな人の研究所なんてなんだか不安ですよね」
「そうかもな。しかし、そうでないかもしれん」
「どういうことですか?」
「そもそも、テスレラが人類を滅亡させようとした、などと言うこと事態があったかもわかってはおらんのだ。あらゆる文献を漁ってきたが、そんな一文はどこにもなかった。そもそも、テスレラの話そのものが、ワシが生まれた時はそれほど話題にすらなっていなかった。それがここ数十年でそこら中で噂されるようになった。どうにもおかしな話だ。ワシは魔術協会の連中が絡んでるんじゃないかと思ってるよ」
「どうして、魔術協会の人がそんなことをするんですか?」
「決まっておる。魔法の立場を完全なものするためじゃよ」
「魔法の立場?」
「今の世の中には、魔法が欠かせんだろう? しかし、魔法に対して否定的な者がおらんわけでもない。魔法に対しては否定的だが、生活に役立つ便利な道具が欲しいとなったらどうする?」
「どうするって……魔法に対する否定的な考え方を止めるか、それとも……」
「魔法を使っていない時代の人々、つまりテックを参考にするんじゃよ」
「でも、科学技術の使用は国に禁止されているんじゃ……?」
「確かに国は科学技術に対して冷たいのう、しかし国が行っておるのは、禁止ではなく、規制じゃよ。つまり余りに道に外れた物で無ければいいんじゃよ」
「へぇ、じゃあ科学技術そのものを取り締まってるわけじゃないんですね。でも、それならもっと科学技術を使う人や科学技術で作られた道具があってもいいと思うんですけど」
「それは、おそらくテクナルジックの遺産が少なすぎることも影響しているだろう。遙か昔にどれだけ発展をしていようとも、何も残っていないのであれば、現代の人間は初めから調べ直す必要が出てくる。これは余りに途方もないことじゃ」
「だったら、なおさら魔術協会の人が科学技術を悪く言うような必要すら無いような気がしますが……」
「いや、研究家としての意見じゃが、どれだけ興味のある分野であろうとも世間からの目が冷たければどうしても行える研究に制限がかかる。金銭面での援助も考えられん。そうなると研究はなかなか前に進むことができんのじゃ。そうやって科学技術の復活を押さえ込みながら、人々の生活の奥、根深いところまで魔法を浸透させようと企んでおるのじゃろう」
「権力争いがあるんですね」
「そうじゃ。まぁつまり、言いたいのは魔術協会の発行する科学技術に関する文献は正しいかどうか怪しいということじゃ」
どうやらエド教授は魔術協会があまり好きではなく、信頼していないらしい。とはいえ、テクナルジックに関する文献があまりにも少なく、正しい歴史を知っているものはこの国にはいないだろう。
「そういえば、もうひとつ聞いていいですか?」
「ん? なんじゃ、ひとつとは言わずいくらでもいいぞ」
「あっはい。ただまぁ今はひとつです」
私はこの依頼を受ける前から思っていた疑問を投げかけることにした。
「どうしてこの依頼に私を指名してくれたんですか? 大抵の依頼は酒場に張り出されてると思うんですけど」
「いやぁ実はな、ワシの助手がしばらく故郷に帰ると言ってなワシひとりになってしまったんじゃよ。だからと言って研究を怠るわけにもいかんじゃろ?」
「そういうものですかね? 少しくらいなら骨休めをしても……」
「いかんのじゃよ。研究は、たまゆら休まずに行っても時間が足らん程にやるべきことがある。そこで、王都にテスレラ遺跡の調査の許可を申請したわけじゃ。許可が下りたのはよかったのじゃが、ひとりで遺跡の調査はさすがに骨が折れる。そこで誰かの助けが必要になったわけじゃ」
「そういうことだったんですか……でもそれなら私じゃなくて、もっと他に腕利きの冒険者の方がいたんじゃないですか? もっと言うなら冒険者じゃなくたっていいと思いますけど」
「それがな、ワシの研究している科学技術があまりにも世間体が良くなくてな、誰も協力したがらなかったのじゃ。その辺、冒険者なら報酬さえ払えばやってくれるじゃろ? それと、サヤカちゃんを指名した理由は結構簡単じゃ」
「なんですか?」
「サヤカちゃんなら例え暴れだしたとしてもワシの力でも抑えられそうじゃろ? わっはっは!」
「ええ!?」
「冗談じゃよ冗談。……実際のところな、冒険者って言うのは人柄がわからんものが多い。どれだけ腕が立っていようとも心ないものもおるわけじゃ。そういう意味ではサヤカちゃんの人となりはある程度はわかっておるつもりじゃ。それにの、ここだけの話……テスレラ遺跡の調査は国から認められた者にしか下りん。つまりサヤカちゃんの人柄は国から認められておるということじゃ」
「えっ!? 国からって……」
「つまり、それだけの権限のあるものがサヤカちゃんのことを知っておるということでもある。だからこそ許可が下りた」
「な、何でですか!? 私、どうして……?」
「さぁな、どこで知られたかは知らん。いつもの食堂にもしかしたらいたのかもな。大物が」
「…………これからいつも通り働けるか不安になってきました」
――――――――。
そうして話をしているうちに、私たちはテスレラ遺跡の入り口に着いた。石造りの壁にひとつの大きな空洞があるだけだ。
「テクナルジックってとっても発達した文明を持っていたんですよね? それにしては、何というか随分と古風というか……」
「原始的じゃろ?」
「この洞窟のようなところが本当にテスレラ遺跡なんですか? もっと大きな建物を想像してました」
「わっはっは! がっかりしたか? テック後期の跡地は大抵こんなもんじゃ。でもな、上には伸びておらんが、下に伸びているものが結構ある」
「下って……地下ですか? 地下に研究所を作るんですか?」
「科学技術の研究を行っているということは大きな力を生み出す可能性がある。大きな力というのは、それを使われる側からしたら恐怖でしかないのじゃよ。だから何があっても止めようとする。つまり研究家たちは自らの姿を隠すために地下に研究所を作ったんじゃないかと言われておる。本当の理由は分かっておらんがな」
「なるほど……なんだか殺伐としてますね」
「科学技術が栄えても人類皆が手を取り合える幸せは訪れなかったということじゃな」
「……今の魔法がもっと発達したらどうなるんでしょうか?」
「さぁな、願わくばテクナルジックと同じ未来を進まないことじゃな……さてと、湿っぽい話は終わりじゃ。中へ入ろうか」
「はい」
私たちはテスレラ遺跡へと足を踏み入れた。
テスレラ遺跡は入り口からすぐに真っ暗であったが、エド教授の持っている魔道具「灯りの指輪」に照らされている。それでも灯りが届かない程長い廊下の突き当たりまで、ようやくたどり着いたら、かなり下まで続く階段があった。
「エド教授の言ったとおりですね」
「そうじゃな。足下に気をつけるんじゃぞ」
階段を一段一段ゆっくりと下りていく。先導は灯りの指輪を持っているエド教授で、私はその後ろを一段空けて付いていく。最後の段をエド教授が下りた瞬間――――――――
視界が真っ白になる。
「うわっ!」
思わず目をつぶった。一体何が起きたのだろう。真っ白になった視界が慣れていくのを確認するようにゆっくりと目を開けるとそこにはまた廊下だった。しかし階段を下りる前とは違い、壁は真っ白で短く、そして灯りがともっているのである。エド教授の灯りの指輪の灯りがほとんど見えないほどに。そして、その廊下には3つの扉が付いている。右手側にひとつ、左手側にもうひとつそして突き当たりにもうひとつ。
「ここはいったい? それに、地下なのにこんなに明るいのは……?」
「この灯りはテクナルジックの作った「疑似日光」じゃな。日の光が入ってこない場所でもまるで晴天の下にいるかのような明るさじゃろ? 電気の力を使って発光しておるのじゃ」
「こんなに強い灯りなら電気の力も相当に使ってそうですね」
「案外そうでもないらしい。電気の持つあらゆる力を光に変換させているんだそうじゃ。よく分からんがな」
「灯りの指輪もいつかは、これくらいの明るさになるんですかね」
「そうなってくれたら、遺跡調査が捗るわい」
「そうなると嬉しいですね。それはそうと、ここの扉、開けたら何が入っているんですかね?」
「ワシとしてはテックの手がかりが何か残っておれば何でもいいわい」
「私としては危険な物でなければ……」
そう言いながら、右手側の扉を開けた。
そこにはベッドがあった。おそらくテスレラの寝床なのだろう。他にもいろいろとあった。しかし、あれもこれも、うんともすんとも言わない。私にはベッドの他は何が何やら分からない。
「これは、自動洗浄機じゃな。これもまた電気の力で動く。これを使っておけば部屋、衣服そして体を常に清潔な状態が保てるんじゃぞ。こっちは、完全通信機じゃなこの通信機を使ってテックたちはあらゆる物のやりとりをしていた」
「やりとりって、お話が出来るってことですか?」
「会話は言わずもがな、物資のやりとりでさえも行えるんじゃよ。それこそ本当にあらゆるものじゃな。……とはいえ大きさに限度があるがな。手で持てる位の大きさが限度じゃろう」
「それでもすごいですね……。科学技術ってなんだか不思議な力ですね」
「そうじゃな。魔法よりもよっぽど摩訶不思議じゃよ」
テスレラの寝床を後にして、次は正面に見える、階段を下りたときの左手側の扉を開ける。
そこにあるのはたったひとつだけ、部屋の真ん中においてあった。床に大きな土台のような物があり、天井にはその対になるようなものが吊らされている。
「これは瞬間移動機じゃな」
瞬間移動機。これは書籍にもよく記されている有名な物だ。テクナルジックたちはこれを使っていろいろな場所を行き来していたらしい。
「これが瞬間移動機なんですねぇ。こんなものでどこへでも行けるなんて想像出来ませんよ」
「正しくはどこへでも、ではないがな」
「あれ? そうなんですか?」
「こいつは他の瞬間移動機の位置を登録して始めて意味をなすのじゃ。つまり、瞬間移動機が移動出来るのは、登録されている瞬間移動機のある場所だけじゃ」
「そうだったんですね。そういうところは使いどころが難しいですね。……そういえば魔法使いたちも"瞬間移動の魔法"は確立してなかったような」
「そうじゃな。瞬間移動とは移動先を決めて、今いる場所から瞬く間に移動するものじゃが……魔素を浸かって瞬間移動をすること自体、可能かもわからんしな。瞬間移動機は登録しておけば、海さえも越えることが出来る」
「そう言われると科学技術って魔法よりもすごいですね……」
「一長一短じゃよ。どんなものも優れている面と劣っている面があるもんじゃ」
この部屋は、テスレラが外に行くための部屋だったのだ。瞬間移動機があるということは、あの真っ暗な階段をテスレラが上り下りした回数はそんなに多くないんだな、とか小さなことを思ってみたりした。
そして、最後に残った扉だ。なんだか緊張してきた。ここに来て変な物が出てきませんように。
「じゃあ、最後行くかの」
「はい」
扉を開けた。そこには、私より少し年上くらいのとても美しい女性が眠っていた。髪は暗い青色で、色白な肌をしていた。
「…………………………え?」
「こ、これは、いったいどういうことじゃ…………!?」
エド教授もこれには驚いたらしい。それも当然である。長い間誰にも使われていないはずの遺跡に若い女性が眠っているのだから。
私とエド教授は部屋に入り、恐る恐るその女性に近づいた。すると、女性は目を覚まし、私たちの方を見てこう言った。
「初めまして。お名前を教えてください」
「うわっ!」
「な、なんじゃ……?」
急に話し出す女性に驚いてしまった。
「"うわ"様と"なんじゃ"様でよろしいでしょうか?」
なんだか変な勘違いをされてしまった。訂正しなくては……!
「よろしくないです! サヤカです!」
「わ、ワシはエドじゃ」
「"サヤカ"様と"エド"様でよろしいでしょうか?」
よかった。分かってくれたみたいだ。
「はい、そうです」
「サヤカ様、エド様よろしくおねがいします」
「え、えぇ、よろしくお願いします……?」
「と、ところで、その、君は何者なんじゃ?」
私もエド教授もまだまだ混乱が収まっていない。
「私はレイラと申します。テスレラ様により手がけられた、万能型アンドロイドでございます」
「ア、アンドロイドじゃと……!?」
「…………アンドロイドって何ですか? 人間じゃないんですか?」
私はエド教授に尋ねたが、エド教授の答えが来る前にレイラさんが答えた。
「肯定します。アンドロイドとは人間を模して作られた機械。人間ではありません」
「へぇ~。自動で動くお人形さんって感じですね」
「…………しかし、ふぅむ。機械と言うことは電気で動いているんじゃろ? いったいどこから電気を供給しているというのじゃ?」
「回答します。私の体の中にある発電機によるものです。空気を私の体内に取り込むことにより、電気を発生させております」
「…………驚きじゃ。テック達は魔素を発見していなかったはず。それなのに、空気が電気に姿を変えることに気づいていたんじゃな」
「肯定します。テスレラ様は空気から電気を発生させることを可能としていました。そのため、この地下の電灯もその技術により作られております」
「それで、レイラさんはここで何をしていたの?」
「回答します。私は省電力状態になり待機していました。最後にテスレラ様とお話をしてからずっと」
テスレラが生きていたのは、もうずうっと昔の話だ。つまり、レイラはその長い時間を眠り続けていたのだ。
「なんだか、少し可哀想」
「否定します。私たちアンドロイドに感情はありません。同情をする必要はありません」
受け答えはとっても事務的だが、それでも見た目は誰がどう見たって人間だ。そう考えると何も思わないなんて無理だろう。
「ところで、レイラとやら」
エド教授がレイラさんに問いかける。混乱も収まったようで、今のエド教授はこの上ないほど極上な研究対象を見つけたとばかりに目を輝かせている。
「もし良かったら、うちに来てくれんかのう?」
なんとも素直なお願いを素直に頼んでいる。それも当然だろう。エド教授からしたらレイラさんはテクナルジックの時代の生き証人のようなものだ。……アンドロイドだけど。このままサヨナラとはいかないだろう。でもそんな簡単に来てくれるだろうか? 今はいないとしても主人の元を離れてくれるのだろうか。
「肯定します。あなたに付いていきます」
あれ? ものすっごく素直だ。
「ここを離れてもいいの?」
ちょっと気になるので聞いてみた。ここは主人との大切な場所であり、離れる理由など無いはずだ。
「回答します。前回のテスレラ様との会話にて、次回起動時に認識した人物が新たな主人であると命令を受けました。つまり、現在の主人はサヤカ様とエド様でございます」
テスレラは最後の別れの時に自らが主人でなくなることを告げていた。
つまり、レイラさんに最期のお別れをしていたのだ。アンドロイドにお別れを告げる悪人の姿が、私には想像出来なかった。
「よ、よし、それじゃあ、帰るとするかの! サヤカちゃん! レイラはうちに置かせて貰っていいかの!?」
エド教授はご機嫌だ。
「えぇ、もちろんですよ。そもそも私はエド教授の遺跡調査のお手伝いをするのが仕事ですから」
「そうじゃったの! ありがとうサヤカちゃん。さぁ帰ろう!」
私たちはレイラさんを連れてテスレラ遺跡を後にした。
――――――――。
「そういえば、レイラさんって万能型アンドロイドなんですよね?」
帰りの馬車で時間を持て余しているのでレイラさんとお話しすることにした。
「肯定します」
「万能型って何が出来るんですか?」
「回答します。万能型アンドロイドは身の回りのお世話、つまり炊事、洗濯、掃除等家事全般。さらに歌唱、演奏、絵画、その他芸術に関すること。また、護衛や見張り等を行えます」
「……なんだかすごいですね。何でも出来るって感じですね」
「否定します。科学技術の力が及ばない物に関しては出来ません」
「そっか……テクナルジックに作られたもんね」
「ワシにとってはそれこそが大事なんじゃ。テックのやってきたことを少しでも知ることが出来るのであれば万々歳じゃ」
手綱を引いているエド教授が嬉しそうに話す。
「それにしてもエド教授、どうして今までテスレラ遺跡の調査をしてこなかったんですか? テスレラほどの有名人の遺跡なら、いの一番に調べようとすると思うんですけど」
「いや、テスレラ遺跡への調査申請は随分前からしていたんじゃよ。それこそ、サヤカちゃんが王都に来るずっと前からな。しかしな、テスレラ遺跡ともなれば実績が無ければ国も許可してくれんのじゃ。それで他の遺跡調査を繰り返し、実績を積んでやっとこさ許可が下りたんじゃよ」
「なんだか、その話を聞くとなんの苦労もなく同行させて貰ってるのが申し訳ないです。今回、私は一緒にいただけで結局役に立ってないですし」
「それはどうかの? サヤカちゃんがいてくれたから調査の許可が下りたのかもしれんぞ。わっはっは!」
「あはは、まさか」
「しかし、テスレラ遺跡で得たものは大きいぞ。研究のしがいがある」
「レイラさんを研究するってどうするんですか? ……まさか分解して中身を……?」
「うぅむ、それも考えてはいたんじゃがな……なにせこの見た目じゃ。これほど人間に近いとな、解剖するには勇気がいる。そっくりすぎて、なんとも気味が悪いわい」
「否定します。私はテスレラ様により、親しみやすくなるよう設計されております。気味悪くはありません」
「それはテスレラの趣味じゃろ…………」
――――――――。
テスレラ遺跡調査の翌日、私は調査の報酬金を受け取りに、エド教授の研究室に来た。そこには……
「何ですか? ……この料理の山は」
そこにあったのは見たこともない絢爛豪華な料理の数々だった。
「いや、それがの……遺跡調査のお礼も含めてレイラの料理を一緒にどうかと思っての……万能型アンドロイドの作る料理、気になるじゃろ? それでレイラに料理を頼んでみたら食材の調達とか言って贅沢な物ばかりを買い始めたのじゃ。」
「それでこんなことに……でも、レイラさんはお金を持っていないはずだからエド教授が出したんですよね? 止めればよかったんじゃ……」
「ワシも浮かれておってな、多少高くてもよいとタカをくくっていたんじゃがこんなことに」
「すごい料理の数ですねぇ」
「それでな、非常に言いにくいんじゃがな……その……」
エド教授は申し訳無さそうな表情てこちらを伺っている。
「はい? 何ですか?」
正直この後何を言われるかは、予想がついてる。
「実は、その食材調達で金が尽きてしまってな。つまり……」
「報酬……払えないんですね?」
「すまん! 本当にすまん! まさかこんなことになるとは思っておらんかったんじゃ! 許してくれ!」
エド教授が床に手をついて謝ってきた。
「わっ! そんな、頭を上げてくださいよ。仕方ないことじゃないですか! レイラさんがこんなすごい料理を作るなんて」
「し、しかし……」
「それにほら、こんなに豪華な食事、依頼書の報酬じゃこれだけの食事は食べられませんよ! ね?」
「ほ、本当によいのか?」
「いいんです! さぁ食べましょう! お腹すいちゃいましたよ」
「うぅ……ありがとうサヤカちゃん。今度金が入ったら必ず今回の分の支払いをさせてもらうよ」
席に着き、料理に手を伸ばす。そのきらびやかな料理を口に運ぶ。
「美味しい! これすごく美味しいですね! ほら、エド教授も食べてみてくださいよ!」
「あぁ、ん。っ! これは……すごいな。これほどの料理は食べたことがないかもしれん。うまい、本当にうまいのう!」
私とエド教授は料理の山を次々にたいらげていった。
「ふぅ……お腹いっぱいです……。美味しすぎて、つい食べ過ぎちゃいましたよ」
「本当にのう。……しかしなぁ、ワシが大金持ちであるならばいつもレイラに任せられるが、いつもこれほどの料理を作らせていたら破産してしまう」
「そうですね。毎日の食事を頼むのでしたら。もう少しお財布に優しい料理にして欲しいですね」
「あぁ、料理の腕は文句ないどころか大満足じゃった。惜しむらくは値の張る料理しか作れんことじゃな」
料理は美味しいけれども豪華すぎてお金がかかる。そんなところが少し残念だとエド教授と話し合っていると、エド教授の側に立っていたレイラさんが口を開き
「否定します。私はテスレラ様のお口に合う料理を作るように設定されております。設定を変更していただければ、様々な国や文化に対応した庶民料理をお出しすることも可能です」
そう呟いた。テスレラの好みの料理を作ると、こんな豪華料理になることを考えると……テスレラは随分とお金持ちだったようだ。というよりも……。
「出来たんじゃな……庶民料理」
「……テクナルジックってすごいですねぇ、そんなところまで科学技術で作っちゃうんだから」
エド教授はすぐさま庶民料理を作る設定に変更した。
――――――――。
テクナルジックは強欲で常に科学の発展を追求し、最終的には人類が滅亡するほどの争いを繰り返している。そんなテクナルジックは冷徹で、金属のように感情がないのだと現代では言い伝えられている。しかし、心持たぬアンドロイドに別れを告げたテスレラ。語り継がれていることが真実なのか、もはや誰にもわからないのだ。
(置き土産、古代より 終わり)