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たまにはこんな冒険物語  作者: 神玉
サヤカのその日暮らし冒険記
2/19

ハーピーの羽根

 ──────魔法。

 この世界における魔法というのは空気中に含まれる「魔素」と呼ばれる物質を制御することである。魔素は生き物の感情に反応し、様々な形に姿を変える。それは火や水であったり、はたまた細胞の代わりにさえなれる。ただし魔素を制御するには訓練を要する。特に感受性が豊かな子供の時に訓練をしなければ、魔素を制御するという感覚は理解出来ない。訓練を積んでいないものがいくら魔素を制御しようとしても、魔素は反応を示さないだろう。


 この国には三歳から十八歳くらいの子供を対象に魔法の使い方を習う「魔法学校」という施設が存在する。学校に通う子供たちの半分くらいは才能が開花し、魔法を身につける。しかし、残りの半分は魔法が使えるようにならずに学校を去っていく。


 魔法とは感情の業、故にこの世界において、魔法を用いて生計を立てている「魔法使い」は、女性が多数だ。男性でも魔法が使える者も決して少なくはないが、あくまでもそれは必要最低限のことが多い。


 そんな中この国における魔法使いの最高権威は「レオ」という男性の老人である。レオは「魔術協会」という魔法の研究および魔法学校の運営を行っている協会の長を務めている。この国では新しい魔法の開発に全てレオが監修をしている。


 レオの魔法の腕前は間違いなく一級品であった。しかし、レオを超える魔法使いは魔術協会の中にはそれなりにいた。


 それでも彼が魔術協会を収めているのは、その功績によるものだ。レオはとても研究熱心で、何故魔法が使えるのか。何故女性は魔法を使えるものが多いのか。その仕組みを探求した。そして、空気中に含まれる魔素を発見した。さらに、魔素が感情に反応して様々な姿に形を変えることも分かった。


 そこでレオは、誰でも魔法を扱えるようにならないだろうかと考えた。そして感情を受け、魔素の制御を手助けする「魔道具」を発明した。


 魔道具の発明によりこの国での魔法というものの立場が大きく変わった。以前は、魔法を使うということは悪魔の使いあるいは魔女の証ということで、当時、権力のあった宗教団体が、魔法使いに差別的な行いをしていた。そのため、例え魔法が使える者であっても、おおっぴらに知られることははばかれていた。


 しかし、魔道具が開発されてからというもの、人々が便利さ、優雅さに魅了され瞬く間に魔法というものの権威が広まったのである。魔法の普及が広まり、この国で魔法を発展させようと、国は魔術協会を作り、魔法学校を設立したのだ。


 この国において魔法とは既に生活の一部として、なくてはならないものとなりつつあるのである。


──────。


「んふふ、ついに買った。買っちゃった」


 酒場へ向かう私の足取りはとても軽い。私は上機嫌で持っている物を見つめた。


 癒やしの指輪。鉄製で出来た指輪に小さな緑色の宝石がちりばめられている。これがあれば、多少の切り傷であれば塞ぐことが出来る魔法が使える魔道具である。魔法という憧れ。私のいたノンビリ村では学校教育なんてものはなかった。

 

 子供は親の手伝いをするか、年の近い子と遊ぶのが普通だった。本なんかで読んではいたけど、自分が使えるようになるとは思ってなかった。だから私は、魔法が使えないまま大人になってしまった。


 魔道具にもいろいろな種類がある。火の魔法を使える炎の指輪、水の魔法が使える水の指輪、私としては一つの指輪で全部の魔法が使えたらいいなと思っていたけど、あらゆる感情に反応する魔道具の開発はまだ出来ていないらしい。


 そんな訳で私は怪我をしても安心な癒やしの指輪を選んだ。火や水が必要になることはまだなさそうだし。


 そんなことを考えていたら酒場に着いた。今日はどんな依頼を受けようかな。


「やぁ、サヤカちゃんいらっしゃい。あれ? 随分と機嫌が良さそうだなぁ。何か良いことでもあった?」


「ふふ、分かりますか? 実は、買っちゃったんです。魔道具」


「おぉついに、サヤカちゃん魔道具は高くて手が出ないって言ってたのに」


「それはもう、毎日コツコツ働いてちょっとずつ貯めたんですよ」


「おめでとう。良かったら私にも見せてくれるかい?」


「えぇ、どうぞどうぞ」


「ありがとう。………………ほぉ癒やしの指輪か。なんだかサヤカちゃんらしいな」


「そうですか?」


「うん、なんだか争いに使う魔法よりも、怪我を癒やす魔法を優先しているところがなんとなくね」


「あはは、まぁ一番使う機会が多そうでしたから」


「まぁそうかもね。ところで、この指輪どうするの?」


「えっ? どうするって指にはめて使いますけど……?」


「まぁ普通はそうかもね。でも、サヤカちゃんの武器って剣……っていうか木剣でしょ? 指にはめたら剣を握るときに邪魔にならない?」


「う~ん、そうかもしれないですけど。指輪ですし、指にはめる以外に方法はなんて……」


「あるよ。要は魔道具っていうのは利用者が身につけていればいいわけだから」 

 

 そう言うとマスターさんは、紐を指輪に通し結んだ。


「ほら、こうすれば首からぶら下げることも出来るでしょ?」


「………………………………お洒落じゃないから嫌です」


「あ……そう」


 マスターさんから指輪を返してもらい、紐を解いてポケットにしまい、指輪を左手の人差し指にはめる。


「とりあえず、これで。邪魔に感じるようだったら、さっきのやり方でいきます」


「まぁ、それもありだね。魔道具ってお洒落として身につけてもいいくらいに見た目が良いしね」


「とっても綺麗ですよね。なんだか魔法を使わなくても身につけていたいくらい。……と、それじゃあ今日受ける依頼はこれでお願いします」


「はいはい、えぇっと、木の実採集? サヤカちゃん、またこういった依頼ばかり受けて。この前の蜘蛛女の時言ったでしょ。もっと上を目指さなきゃだめだって」


「そうですけど……でも蜘蛛女の話は別です! なんて言うか、その、あっけなかったし、成長を感じられないというか」


「う~ん、まぁ無理は言わないけどね。冒険者の意思を無視するのも本意ではないし。……それじゃあ依頼の手続きをしてくるから、今回は馬車の手配はしなくていいよね」


「はい、この木の実ならここからそんなに離れていない森でとれますから。歩きで大丈夫ですよ」


「うん、そっか。このまま森へ行くかいそれとも準備してくる? 準備が必要なら出発前にここに顔を出して欲しいけど」


「いえ、このまま行ってきます」


「それじゃあ、行ってらっしゃい」


「行ってきます」


──────。


 森へ来て木の実を集める。少しずつ奥へ進んで木の実を集める。これをひたすら繰り返す。ある程度カゴがいっぱいになったら、今回の依頼分は採れている。


「さてと、こんなもんかな」


 木の実採集を切り上げて王都に帰ろうかと思ったその時、木の側で何かが動いているような気がした。警戒して、木剣を手にする。そして、ゆっくりと近づき動いたものの招待を確認する。


 大きな翼を持っている。その毛は鮮やかな桃色をしていた。そして足は人間と違い逆関節の足、しかし、人間の女性の体をしている。ハーピーだ。しかし、そのハーピーは傷だらけ、特に翼を怪我してしまっている。大空を駆け回り、大空から獲物を狙うハーピーにとって、翼の怪我は致命的だ。それは死を意味すると言っても過言ではない。


 いつもであれば、気の毒だけれども、どうすることもなかった。けど今日は違う。


 癒やしの指輪。これがあれば、このハーピーを助けることが出来る。私は傷だらけのハーピーに近寄り、とりあえず声を掛けた。


「大丈夫?」


 大丈夫には見えないが、何も言わずに近づけば、警戒するだろう。敵意がないことを分かってもらう必要がある。


「──────っ! 誰ダ!?」


「安心して。私はあなたの怪我を治したいの」


「近寄るナ! ニンゲン!」


「大丈夫、痛くしないから、あなたの怪我を治すだけ」


「嘘を吐くナ! ニンゲンなんか信じられナイ!」


 ハーピーはジタバタと力なく抵抗している。私はハーピーの抵抗を無視して、怪我が治るようにと念じながら、左手を傷口にかざした。するとかざした手からほのかな明かりがともり、ハーピーの傷口を塞いでいった。これが魔法の力か。初めて使ったけどすごいものだなと関心した。


「……」


 傷の癒えたハーピーは立ち上がり、体が動くのを確認すると、何も言わず飛び去っていった。


「……お礼くらい言ってくれてもいいのになぁ」


 勝手に焼いたお節介とはいえ、ちょっと不満。でも、あのハーピーが無事ならそれでいいか。私は今日の依頼を終えるために王都への帰路についた。


──────。


 今日は山菜集めとキノコ狩り。どうも木々に囲まれる依頼ばかりを受けているような気がする。田舎育ちだから性に合うのだろうか。それにしても怪我をするような依頼って全然受けてないような、癒やしの指輪って私じゃ特に使い道なかったのかも。なんて考えていた矢先──────


 ガシッ! 


「──────痛っ! 何なにッ! って……うわぁぁぁぁぁぁ!」


 いきなり両肩を何かに捕まれたと思った瞬間、上空に引き上げられた。


「わぁっ! ちょっと何!? 下ろして!」


 どんどん地面が遠ざかっていく。


「暴れるナ、落ちル」


「ッ! あなたは昨日の! ちょっとこれはどういうつもり!?」


「頼みがアル。お前の力が欲シイ」


「私の力……?」


「来ればわかル。抵抗するト、落ちル。落ちルとお前死ヌ」


「くぅっ、分かったよこのままおとなしく連れていかれればいいんでしょ。うぅ……」


「そうしロ」


 私は両肩をハーピーに捕まれたまま、生きた心地のしない空の旅をした。

 私が連れて行かれたのは昨日ハーピーを助けた森の少し奥深くに進んだところにある、洞穴だった。


「来イ」


「ちょっと、どうしてこんなところに?」


「早ク」


「分かった分かった、まったく随分とわがままなんだから」


 私がハーピーの後に続いて洞穴を進んでいくと、そこには水色の翼を持ったもう一回り小さなハーピーが眠っていた。いや、眠っていたというよりは横たわっていたというべきだろうか。このハーピーも傷だらけだった。


「うぅ……」


 傷だらけのハーピーが小さな声で呻いている。


「妹を治して欲シイ」


「妹?」


「妹も怪我してル。昨日私にシタ、同じことして欲シイ」


「うん、分かった」


 私は、弱っているハーピーに手をかざし、傷が治るように念じた。妹のハーピーの傷はみるみるうちに治っていった。


「ありがとうございます」


 怪我が治り妹のハーピーが静かに言う。妹さんの方が言葉を話すのが得意なようだ。


「どういたしまして。それにしてもあなたたち、どうしてこんなに傷だらけなの?」


「ゴブリン達ダ。ゴブリン、私たちの宝物奪っタ。私たち取り戻す為に戦っタ。ゴブリンたくさんいる。私たち負けタ」


「……とても私たちだけの力ではかないそうにありませんでした」


「宝物って?」


「母さんの形見ダ」


「私たちは小さな袋にそれを入れて、身につけていたのですが、ゴブリン達が襲ってきたときにとられてしまいました」


「……なんてこと。……………………う~ん」


「どうしタ?」


「よし、決めた! 私も取り返すのを手伝うよ」


「……どうシテ?」


「どうしてって、なんだかツレナイ返事ね……ここまで来たら、見捨ててはおけないって言うか、なんだか縁みたいなものを感じたからかな?」


「……? よく分からないケド、お前も手伝ってくれるんだナ?」


「えぇ、それと私の名前はサヤカ。お前じゃないから」


「分かっタ。それで、お前はどうやってゴブリンと戦うつもりダ?」


「本当に分かったの? まぁいいや、私にあるのはこの木剣くらいだけど……」


「サヤカさん……それではいくら何でも厳しいと思います」


「ゴブリンも木を使って殴ってくル。お前の戦い方、ゴブリンと同ジ」


「なっ……ゴブリンと一緒だなんてひどい。私のはゴブリンと違って、技術があるの。ただ殴るだけじゃないの」


「でも、ゴブリンは一人じゃナイ。たくさんイル。殴ってくるやつだけじゃナクテ、遠くから石を投げてくるやつもイル」


「それに、弓を持っているゴブリンもいました」


「その武器じゃ勝てナイ。あと、多分お前そんなに強くナイ」


「ぐッ! ……協力してもらっておきながらなんて失礼な言い草……分かったよ、分かった。私一人が増えたところでゴブリンにも勝てないことは分かったよ。でも、あなた達の目的はお母さんの形見を取り返すことなんでしょ? 取り返せるなら勝つ必要はないでしょう?」


「……? ゴブリンが持っているカラ、勝たなきゃ取り返せナイ」


「ゴブリンは自分たちの仲間以外を見つけたら襲いかかってきますから話し合いも難しいと思います……」


「勝つって言い方が悪かったね。つまり倒す必要はないってこと。私に考えがあるの」


「?」


 二人のハーピーが顔を合わせている。


──────。


 ノンビリ村にて


「ほーら、捕まえた!」


「わぁ、クモの姉ちゃん足速すぎだよぉ。」


「うふふ、捕まえるのが私の得意分野だもの。さぁ次はリキ君が鬼をやる番よ」


「分かってるよ。まてー!」


「あの二人楽しそうだね」


「アリサちゃん……うん、そうだね」


「サエちゃんは一緒にやらなくてもいいの?」


「私は見てるだけで楽しいし」


「ふぅん。でもそんなこと言ってられないかもね!」


「え……ちょっとどういう……!」


「サエ姉ちゃん捕まえた! 次はサエ姉ちゃんの番な!」


「……私はやってないのに、もう」


「ほらほらサエちゃん、捕まえてごらんなさい」


「クモちゃんまで……ってあれ? あれは何? 空を飛んでるあの大きな……鳥? いやそれにしては大きすぎるし」


「サエ姉ちゃんどうしたんだよ? やらないのか?」


「ちょっとあれ見て。何か大きな物がこっちに向かってきてる」


「……あれって、ん? あの鳥なんか人が足にくっついてるような……あれサヤカ姉ちゃん!?」


「えっ!?」


「あっ、降りてきた。本当にサヤカお姉ちゃんだったんだ」


「……いたいた、さてと妹さん!」


「はい、分かりました。……ちょっと失礼しますね」


「ちょ、ちょっと何なに!? 痛ッ、サヤカ、これどういうこと!? 説明しなさい!」


「ちょっとねぇ、蜘蛛女さんに手伝って欲しいことがあるんですよねぇ」


「気味の悪い話し方してないで説明しなさいっ!!」


「まぁまぁ、向こうに着いたら説明するから。あっ皆、蜘蛛女はちょっと借りるけど、今日中には返すから。じゃぁ、行くよ」


「ちょちょちょっとぉぉ! いやああああぁぁぁぁぁぁ……」


「クモの姉ちゃん……連れてかれちゃった」


「何だったんだろう? 嵐のようだったね……タッチ、アリサお姉ちゃんが鬼ね」


「あっずるい」


──────。


「──────それで……こんなところにまで連れてきた理由を説明してもらおうかしら?」


 蜘蛛女は明らかに不機嫌だ。それもそのはず、子供達と鬼ごっこで遊んでいるところに私たちがいきなり現れて、蜘蛛女を妹ハーピーが寝ていた洞穴まで連れてきたんだから。子供達との団らんを邪魔されて不機嫌なのだろう。


 ただこちらとしても、面白半分で連れてきたわけではない。蜘蛛女の協力が必要なのだ。子供達と遊び足りないからと駄々をこねられても面倒だったので有無を言わさず連れてきたのだ。


「実はね、ここのハーピー姉妹の宝物がどうやらゴブリン達に盗まれちゃったらしいの」


「ふぅん、それで?」


 なんとも興味なさげな返事だ仕方がないことではある。まるっきりの他人事なのだから。


「それで、蜘蛛女に宝物を取り返すお手伝いをしてもらおうかと」


「えぇ!? 私が? ……ちょっとあなた、私が喧嘩がメッポウ弱いことを知っているでしょう!? ゴブリンという種族が弱いことを差し引いても、私ひとりじゃ1体を倒せるかどうか……」


 確かに、ゴブリンは弱い魔物として有名だ。冒険者達はゴブリン討伐から始めて、自分の腕がどこまで通用するかを確かめる。


 ……そして私たちはそのゴブリンにすら勝てない者達だ。それでも私には蜘蛛女の力があれば宝物を取り返せる自信があったのだ。


「いいえ、蜘蛛女一人でどうとでも出来る。ゴブリンを倒す必要は無いんだから。今回の目的はあくまでも宝物の奪還。……であるなら、倒す必要は無い。宝物さえ取り返したら、ゴブリン達に用はないんだもの」


「──────! …………なるほど、そういうことね。うふふ。そういうことなら私でも役に立てそうね」


「手伝ってくれる?」


「断ったらここに置き去りにされそうだし」


「……そんなことしないよ」


「…………………………まぁ、いいわ。任せなさい。捕まえるのは私の得意分野だから」


「ありがとう……それじゃあハーピー達、ゴブリンのいる場所に案内してくれる? 近くに集落でもあるんでしょ」


「あ、あァ。でもゴブリン達が帰ってくるのはもう少し遅イ。太陽は落ちる頃ダ」


「ゴブリン達は昼から夕方頃まで獲物を探しに外に出てるんです。今ゴブリン達の集落に行っても、何もないと思います」


「だからいいの。さ、連れてって」


「?」


──────。


 難しいことは必要ない。ゴブリン達は知能が低い。獲物を捕らえて集落に戻るゴブリンは上機嫌で周りへの警戒心が薄くなる。例え夕方、周りが多少明るくても、集落に着く頃には安心しきっている。油断しきったゴブリン達は集落である洞窟の入り口に入ろうとした。


 ──────今だ! 


「蜘蛛女!」


「はぁい」


 洞窟入り口近くの木の上で待機していた蜘蛛女からゴブリン達に網状の蜘蛛の巣を被せる。ゴブリン達がいない間に準備していたものだ。蜘蛛の糸は暴れるゴブリン達に絡まり、ゴブリン達はたちまち動けなくなり、地面に転がり込んでる。


「ふぅ、他愛ない」


「やったの私だけどね」


「さぁてと、持ってるかな?」


「──────!」


 ゴブリン達は奇声を上げて暴れ回っている。しかし、蜘蛛の糸はそう簡単には破れはしない。暴れるゴブリン達の武器は私が木剣でたたき落とす。そして、遠くに蹴飛ばす。これで脅威は減る。


「ん~、見た感じもってなさそうだけど……」


「もしかしたら中にあるのかモ……」


「そうかもしれない……行ってみよっか。あっ蜘蛛女はゴブリン達が抜け出さないか見張ってて」


「はいはい。まったく、なんでもかんでも命令するんだから」


「文句言わない。じゃあ行ってくるから」


 洞窟の中に入って行く。洞窟の中には何かの骨がそこら中に転がっていた。きっとゴブリン達が食べ散らかした跡なのだろう。ゆっくりと進んで行くと奥は明かりで照らされていた。どうやら火がともっているようだ。


 奥に何かいる。そんな気がする。


「気をつけて、もしかしたらゴブリンの親玉かもしれない」


「大丈夫、ゴブリンはたくさんいるから強イ」


「そうですよ。それに、ゴブリンの親玉がどんな相手だろうと引き下がるわけにはいきません」


「そうだね。じゃあ慎重に行くよ」

 

 ゆっくりと慎重に奥へと足を踏み入れていく。そこにいたのは、大きな一体のゴブリンだった。間違いない。あいつが親玉だ。しかし、なんとも大きな体をしている。あいつは子分達に狩りに行かせて獲物を貢がせ、自分はふんぞり返っていたのだろうと容易に想像できる。その体格は、なんというか、圧倒的な肥満体型だった。ゴブリンは私たちに気づいてはいない。というよりも、居眠りしていた。口は半開きで、よだれを垂らしながら。なんとも情けない姿だった。


「あっあれ、見てください」


 妹ハーピーが小さな声でそう言った。言われたとおり隅っこの方を見てみる。そこには小さな袋が落ちていた。


「あれです。母の形見の入った袋は」


「あれね。じゃあ、親玉を起こさないように静かに行きましょう」


「はい」


「分かっタ」


 足音を立てないようにゆっくりと歩く。いびきをかいて眠っているゴブリンの近くを通り過ぎ、袋に向かって歩いて行く。


 足下にある袋を持ち上げる。それをハーピー達の方に向けて中身を確認してもらう。


 ハーピー達は中身を確認すると、こちらを見て頷いた。どうやらお母さんの形見だったようだ。


 ハーピー達の母の形見というものはなんてことはない。緑色のハーピーの羽根が1枚入っていた。きっとゴブリン達は食べ物でないこれの扱いに困り、床に捨てていたに違いない。音を立てないようにゆっくりと歩き出す。このまま親玉に見つからずに戻れればいいと思いながら慎重に出口を目指すが。


 カランカラン


 大きな音がした。まずい。何かの骨を蹴飛ばしてしまった。何の骨かはさして重要ではない。音を立ててしまったのが問題なのだ。


「ッ! ────────────!!!!」


 親玉が目を覚まし、こちらに向かって大声を上げる。


「まずい! 走るよ!」

 

 起こしてしまった以上、ゆっくり歩く必要は無い。ひたすら全速力だ!


 しかし、親玉の足は見かけによらず速い。足場が悪いことを差し引いても速すぎる。肥満体だと侮っていたが、さすが魔物。筋力が人間とは桁違いだ。このままでは追いつかれる。あの大きさのゴブリンに殴られたらひとたまりもないだろう。悪い足場を必死で走る。出口が見えてきた。


 しかし、このままでは追いつかれてしまう。親玉の棍棒が私に対して振り下ろされた次の瞬間。


 ──────ガシッ! 


 間一髪、ハーピーが私の肩をつかみ全速力で出口に向かって飛び出した。


「ありがとう助かったわ。………………でも、出来るのなら初めからそうしてよ」


 ハーピーに肩をつかまれながらお礼と不満を言う。


「暗いところで飛ぶの危ナイ。よく見えナイ」


「私たちハーピーは鳥目と言って、暗いところが特に見えづらいんです。すみません……」


 何にせよ洞窟から無事に出ることが出来たことに感謝だ。


「ちょっと、そんなに慌ててど……! いっ! またこれぇ! ……いやあぁぁぁぁ……!」


 洞窟から出た瞬間に、出口付近にいた蜘蛛女を妹ハーピーが捕まえて空へと飛び立つ。


 こうして、ゴブリンより弱い、貧弱娘達の宝物奪還作戦は成功に終わった。


──────。


「ありがとう。送ってくれて」


 私はハーピーに連れられて王都の入り口に戻ってきた。ちなみに蜘蛛女は妹ハーピーに連れられてノンビリ村に送って貰っている。


「これ、貰っていいのカ?」


 ハーピーは首から下げているものを見ながら言った。


「いいよ、あげる。助けて貰ったからね。……それにあなた達が怪我する度に連れ去られたらたまらないもの」


「……すまなイ」


「まぁ、もういいけど……ところでこれからどうするの?」


「私達ハーピーは世界中を飛び回って生きてル。だから、また別の場所へ行くダケ」


「そっか。…………またいつか会えるといいね」


「そうだナ……じゃあ、またナ」


 そう言うとハーピーは大空へと飛び立った。


「また、いつか」


 桃色の翼が真っ赤な夕日に向かって行く姿にそう呟いた。


──────。


「すぅすぅ……くぅー……う~ん」


「サヤカちゃん! ちょっといい?」


「ん? ……んー、ふぁぁあ……」


 おばさんの声で目が覚める。

 

 ゆっくり、ゆっくりとベッドから体を起こし、声のする方へ向かい、扉を開ける。


「はぁい、何ですか?」


「ちょっと来てくれる!?」


 何だろう。何かあったのかな? 階段を降りるとおばさんの足下に大きな風呂敷がおいてあった。中にいろいろと入っているのだろう。パンパンに膨れ上がっていた。


「あっ、おはようサヤカちゃん」


「おはようございます。どうしたんですか? それ」


「それがよく分からないのよ。朝、外に出てみたら扉の前に置いてあって……その様子だとサヤカちゃんも知らないみたいね」


「すみません。……中身は確認したんですか?」


「まだだけど……なんだか人の荷物を見るのは気が引けちゃって……」


「中を見ないことには誰の物かを考えることも出来ませんよ。失礼して開けてみましょう」


 風呂敷を広げると中には、私のお財布事情では少し手の届かない、食料として人気の魔物が数匹。それと色とりどりの野菜や果物たち。あとは折りたたまれた紙が一枚入っていた。入っていた紙を手に取り、開いて中を確認する。


「……おばさん、これ私宛の荷物です」


「あらそうなの? それにしてもこれ、すごいわねぇ。うちのお店ではこういう高級食材は使わないからねぇ………………ねぇサヤカちゃん?」


「……何でしょうか?」


「この食材、うちのお店で出していいかしら。数量限定の特別料理として」


「いやその、これはちょっと……私が貰った物ですし、何というか貰った物を人にあげるのはちょっと気が引けるというか……」


「いいでしょいいでしょ。もちろんサヤカちゃんにもうちの特製料理は食べさせてあげるし、それに……」


「それに?」


「これを譲ってくれたら、宿泊代少しまけてあげるよ?」


「……………………その話、のった!」


 紙に書かれていた内容は簡単だった。


 アリガトウ、サヤカ。


 この一文と桃色の羽根が一枚挟んであるだけだった。名前は分からないけれど誰からかわかりきったことだ。


──────。


 大空を飛ぶハーピーの姉妹。その姉妹は桃色と水色の翼をしている。世界中を飛び回り、怪我をした人間を見つけたら癒やしてあげているらしい。

 

サヤカがハーピーにあげた物が人間とハーピーの和となる日もそう、遠くはないのかもしれない。


(ハーピーの羽根 終わり)

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