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たまにはこんな冒険物語  作者: 神玉
サヤカのその日暮らし冒険記
18/19

ウラシマとカメと玉手箱

 サヤカが海辺を歩いているとひとりの青年が座り込んでいるのが見えた。

 近づいてみると、その青年は黒光りする高級感のある箱を開けようと奮闘している様子だった。

「何してるんですか?」

 そう尋ねると、青年はサヤカの方に視線を移し、少し表情を落ち込ませて言った。

「ああ、また知らねえ人だ」

「……えっと」

 事情もわからずそんなことを言われても戸惑いしか生まれない。頬を掻いてなんと声をかければよいのかと迷っていると、申し訳無さげに続けて口を開いた。

「おっと、すまねぇな。おいら今ちょっと参っててよ。随分と失礼な態度を取っちまった」

 頭を下げたそんな姿を放って置くことも出来ず、サヤカは何があったのかと聞くことにした。

「実はな、話すと長いんだが……」

 青年は語りだした。この海辺で子どもたちにいじめられているカメを助けたこと。そのカメに連れられて海の底にある、それはもう幻想的な城で時間を忘れるほどに素晴らしい体験をしたことを。

「今のところ何も参ってしまうことなんて無いと思いますけど」

 口を挟むと、青年は顔をうつむかせて首を横に振った。

「ここからが問題なんだ……」

 その城から帰って来た後、そもそも城から帰ろうとするときにも悶着があったらしいが、本題は帰ってきてから。

 その青年が生活していた時と、まったく街の装いが変わってしまっているらしい。それだけでなく、知り合いも家族も誰ひとりとして残っていないのだと言う。

「そんな、それは寂しいですね」

「ああ、そんでこのやるせない気持ちを少しでも紛らわしたくてこの箱を……」

「その箱はなんなんですか?」

「こいつはな、その海底のお城にいたオトヒメっていう、それはもうベッピンなお姫様がくれたもんでよ」

「中に何が入ってるんですか?」

「それがわからねえんだよな」

「ええ?」

「渡されたときも『決して開けないでくださいね』って言われただけでな。あとなんかいろいろ言ってた気がするけど忘れちまった」

「それならなんで開けようとしてるんですか?」

「それを言うなら開けちゃ駄目な箱をなんでおいらに渡すんだって話よ。箱を開けないのなら、そんなんただの立方体じゃねえか。この中にはきっといいもんが入ってるさ」

「はあ、それで開けようと」

「……なんだけどよ。全然、全く、驚くほどにこの箱開きそうもねえんだ。見てみろよこれ」

 青年はサヤカに箱と蓋との境目を見せつけた。

「これは……見事に接着されてますね。絶対に開けさせないという強い意志を感じます」

「そうなんだよ。精一杯力を込めても、踏んづけても、道行く人に斧を借りて叩き割ろうとしても、うんともすんとも言わねぇ。はぁ……おいらにはもうこれしか頼れる物はねえのに」

 肩を落としてうなだれている姿に、どう声を掛けるか迷っていると、そこに海の方から何者かが上がってきた。ふたりしてそちらに目を向けると青年が口を開いた。

「お前は、あの時のカメか?」

「はい左様でございます。どうでしょう、そろそろ私達のお城、竜宮城に戻られる気になりましたでしょうかウラシマ様」

「すごい、カメが喋ってる」

 サヤカが感心してるとカメが尋ねた。

「あの、ウラシマ様……こちらのお嬢さんはどなたでしょうか? もしや親しい方で……?」

「ん? いいや、この娘はついさっき会ったばかりさ」

「そ、そうでしたか……ああ、よかった。ところでその、竜宮城へは……」

「確かにあそこは楽しかった。最高の場所だったさ。でもな……やっぱり海の中ってのはどうにも慣れなくてな」

「そうですか……」

 ふう、と呼吸を整えたカメはサヤカに向き合い口を開いた。

「お嬢さん。少しお話出来ませんか」

「私と? 別にいいけど何を?」

「少しこちらへ」


 サヤカとカメはウラシマと言われた青年から距離を取り、話を聞かれないところまで移動した。その間ウラシマは箱と遊んでいる。

「それで話って?」

「お願いですお嬢さん。ウラシマ様が竜宮城へ戻るように説得の手助けをしてくださいませんか?」

「それは……ちょっと難しいと思うな。本人が戻りたくないって言ってる以上私にはどうしようもないし」

「お願いします、お願いします。何としても連れ帰らなければならないのです」

「随分と必死だね。どうして?」

「オトヒメ様からのご命令でして、もしもウラシマ様を連れ帰って来なければ、私をカメ鍋にすると……!」

 カメは涙目になりながら訴えた。

「へえ。それじゃあ代わりに私を連れてってよ」

「何故です。それでどうなると言うんですか?」

「いやカメ鍋をご馳走になろうかなって」

「駄目に決まってるじゃないですか!」

「あはは、冗談だって……失礼、お腹が鳴っちゃった」

「随分と正直なお体ですね……絶対に連れて行きませんからね!」

「わかってるって。それにしても随分とご執心みたいね、そのオトヒメサマって」

「そうなんですよ。オトヒメ様の思いの強さにどれほど苦労させられたことか……」

 カメは聞いてもいないのに涙ながらにグチグチと喋りだした。

「ある日、オトヒメ様が勝手に竜宮城を抜け出して陸へと上がってしまったんです。その日はもう城内で大騒ぎでした。しばらくして帰ってきたかと思うとずっと上の空。たまに海面を見上げたかと思えばため息をついてばかり。見かねて理由を尋ねれば、頬を染めてウラシマ様のお話を延々と。そしてどうにかして連れてこいという命令を下されました。それからは本当に大変の連続でした。まずウラシマ様を見つける情報集めから始まり、海辺で遊んでいる子どもたちへの演技指導。お礼という体で自然な形で竜宮城に拉致する計画を完遂するまでは眠れぬ夜も続きました。……特に私をいじめる練習をしている最中の泣きながら謝る子どもたちの顔は今でも夢に出ます」

「そう、大変だったんだね……」

「だと言うのに! ウラシマ様は『なんか帰りたい気分になってきた』のひと言で私の努力を水の泡にしてしまった……! それでオトヒメ様は泣きじゃくり癇癪を。更には『ウラシマ様に捨てられるならこの命に価値などない』とまで……なんとか説得しましたが、その時は城中が阿鼻叫喚でした。今はウラシマ様への思いを綴った恋文を山のように量産して持ちこたえている状態です。でもこれもいつまでもつか……次こそはもう絶対に、竜宮城に連れて帰って生涯を終えてもらいます」

「すごい気迫……うん、手伝ってみるよ」

「ありがとうございます! 本当に、本当に!」

「そういえばあの箱って何が入ってるの?」

「あれですか。あれにはウラシマ様が竜宮城で過ごした『時間』が入っております」

「時間?」

「ええ、ざっと考えても、世代をいくつも跨ぐ程でしょう。ですのでもしも、ありえないことですが、あの箱を開けたら……」

「どうなるの……?」

「粉になります」

「粉!?」

「年老いるとか、そんな話ではなく骨を通り越して粉になるでしょう。何せ随分と長い間を竜宮城でお過ごしでしたから。そしてその事実はオトヒメ様に伝わり、後を追おうとなさるでしょう」

「怖っ! 今そんな危険な物をいじってるの?」

「大丈夫です。あの箱は絶対に開かないように、オトヒメ様に内緒で溶接致しました」

「なるほどね」


 話を終え、箱と戦っているウラシマの元へと戻ったサヤカとカメ。

「お、終わったか。こっちは相変わらず開きそうにねえぞ」

「あの、ウラシマさん。竜宮城にはもう行く気はないんですか?」

「ん、そうだなあ。たしかにメシも酒もこの世のものとは思えないほど美味かったし、音楽も踊りもとてつもなく楽しかったさ。オトヒメ様も綺麗だったしな。でもな……」

「でも……?」

「なんつうか……オトヒメ様の圧が強いんだよなあ。なんかおいらの隣に常にいて、片時も離れそうにないし、初めて会ったはずなのにおいらの好みを全部知ってたし、他の女性がおいらに酒を注ごうものなら射殺さんばかりだったし」

「な、なるほど。でもそれもきっと、多分あれじゃないですか? 初めてのお客様で出来るだけおもてなしをしようとして頑張りすぎちゃったとか……もう少しウラシマさんが竜宮城にいたら落ち着きますよ」

「そうかなあ」

「そうです」

「でも竜宮城って海の中でどうしても居心地がなあ。慣れない場所で誰も知り合いもいねえしよ」

「そんなことを言ったら今だってウラシマさんの住んでた時とは全然違うんですよね? だったら陸だって海だって同じようなもんですよ」

「そうかなあ」

「そうです」

「でもやっぱりなあ……」

「ウラシマさん、これは親切心で言いますけど……今ウラシマさんの居場所はここには無いも同然です。家族もいない、友達もいない、仕事もない。そんな孤独な状況、寂しいひとりぼっちの状態で、どうやってこれからここで生きていくんですか? ウラシマさんの常識はもうすべて通用しないんですよ?」

 言い切った後でサヤカはウラシマに聞こえないような小さな声で「多分」と付け足した。

「うっ……それはたしかにそうだ」

「そんな寂しい陸で暮らすのに比べて、自分を愛してくれる人の傍で暮らすことのなんて素晴らしいこと。ああっ! とても素敵ではないですか!」

「そうかなあ」

「そうです。そうですよ。ねっ!」

 カメに向かって目配せを送る。その意図を察知して追撃をかける。

「そうですとも! オトヒメ様のご寵愛を受けられるのはこの世で唯ひとり。ウラシマ様をおいて他におりません!」

「う~ん、そうは言ってもなあ」

「それに、極上の海の幸にお酒、ここでは味わえない最高の料理の数々がウラシマ様に振る舞われることでしょう!」

「でもなあ、おいら魚料理苦手なんだよなあ。骨を取るのが面倒で」

「それでしたらオトヒメ様がしてくださるでしょう! 何と言ってもウラシマ様に『ホネヌキ』なのですから。ねえ、お嬢さん!」

「……アハハハハ!」

 つまらない冗談。そして見苦しい愛想笑い。なんとかしてウラシマの気を盛り上げようとする。カメの目配せでサヤカが更に畳み掛けた。

「それにほら! オトヒメサマならもしかしたら箱の開け方知ってるかもしれませんし!」

「たしかに……そうか、何か開け方にコツがあるのかもしれねえな」

「きっとそうですよ! 私も気になるから聞いてきてください。そうだよねカメさん!」

「ええ、そうですとも!」

「……そっか、うん」

「今なら特別に洗濯用洗剤もお付け───」

「行くか竜宮城」

「───いたしま……本当ですか!?」

 ウラシマは箱を開けるのを諦めて立ち上がった。カメは嬉しそうに海の方へと向きを変えた。

「よかった、よかった! お嬢さんありがとうございます! ささ、気が変わらないうちに私の背中に乗ってください!」

「ああ、なんだそんなに急かすなって。じゃあな、お嬢ちゃん、またいつか会え……」

 言い終わる前にブクブクと泡を立てながら沈んでいく姿を、手を振りながら見送った。

「………………よし、良いことしたな!」

 そう言ってサヤカは満足気な顔をして海に背を向けた。


(ウラシマとカメと玉手箱 終わり)

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