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たまにはこんな冒険物語  作者: 神玉
サヤカのその日暮らし冒険記
16/19

エリ

 今日も今日とてサヤカは森にいる。晴れた日の仕事は外へ行くのが良い。魔物を倒すためではない。木の実を集める為だ。背中に籠を背負ってもはや見慣れた景色を歩き回る。

 ただ今日はいつもと違う景色がそばにある。

「ほらサヤカ早く!」

 それは子どもをひとり連れている。活発で生意気な少女だ。以前妖精の出る森で、悪さを働いていたところをサヤカが懲らしめた少女は、どういうわけか妙に懐いてしまっている。

「エリ待ってってば」

 元気に前を歩くエリを諌めるサヤカ。エリは高い所になっている実を背伸びをしながら手に持っている箒でつついた。実が落ちたらサヤカの籠に放り込んでいく。

 徐々に重みを増していく背中に体制を崩しそうになりながらエリに続いて歩く。エリは次々に木の実をつついて落とす。もうひとつ落とそうとして背伸びをし、飛び跳ねる。実は揺れるされど落ちぬ。

「もう、高すぎ!」

 痺れを切らしたエリは箒の先を白く光らせた。それはエリが使うことの出来るただひとつの魔法だ。光は次第に球状になる。拳骨ほどの大きさになり、木の実に向かって放ろうとしたところで、

「エリ待って!」

 サヤカの静止が飛んできた。

 その声に肩が跳ね上がり、思わず魔法が霧散する。エリはサヤカに向けて睨みを効かせた。

「何よ」

「楽をしようとしない。何が落ちてくるかわからないし危ないでしょ」

「……はあい」

 そう返事をするが半ば納得のいっていない表情で森の奥へと足を進める。

「サヤカ見て!」

 足を止めてエリがはるか上を指差す。そこには両手では持ちきれないほどに実っていた。

「あれだけあれば今日の仕事もすぐおわるでしょ」

「それはそうだけどあれは届かないよ」

「だからこうするの!」

 今度は静止する声を待たずにエリは上に向かって魔法を放った。すると木の実が雨のように立て続けに降り注いだ。

「きゃあ!」

「ちょっと!」

 ふたりは頭を庇って離れた。木の実が止んだのを確認してから拾い集める。

「どんなもんよ」

 エリは得意げな顔で「ふふん」と鼻を鳴らした。両手に抱えた木の実を籠に投げ込む作業を繰り返す。

 すると上の方から木の葉を揺らす音が聞こえてきた。その音に釣られて上を見上げる。

「危ない!」

「え? きゃあああ!」

 木の実と共にへし折られた太い木の枝がエリの頭に落ちた。意識がゆっくりと遠ざかっていった。




「魔法もつかえないのにこの国で生きるなんて恥だわ!」

 夢。夢を見た。

 それは少し前までの日常の夢。

 生まれてからそれまで、魔術協会の重鎮である両親を尊敬しているエリにとって、魔法というものが世界の全てであった。魔法の使えないものはそれだけで見下していたし、自分がそうあるわけがないと疑いはしなかった。

「お父さま! お母さま! 見てください!」

 少女が帰宅してきた両親に駆け寄る。

 少女は魔法学校で検査を受けた初等部の学生である。初等部の中頃になると、学生に対して行われる適性検査により、少女は平均よりも大きく優れた魔力の持ち主であると伝えられた。

 魔力の大きさは魔法の威力に直結する。当然小さいよりも大きいにこしたことはない。制御の困難さは発生するが、魔力が無ければ魔法の素となる魔素が反応しないのだ。

 少女にとってその結果は、初めて自分が魔法使いであることを正式に認められた証とも言える。

 少女の両親は国を代表する魔法使いであり、魔術協会の重鎮を担っている。重い立場であるが故に、帰宅するのは夜遅くになってしまうことが多い。

 そんな両親の帰りを、今か今かと胸踊らせた少女は待ちわびた。そして家の扉が開き、飛びつくように駆けた。

 検査結果の書かれた紙を受け取った父は紙を瞥見する。少女はその間、何かを期待するように姿勢を正して待っていた。しかし父はその紙を興味なさげに母に渡した。

「こんなことのために起きていたのか?」

 そう言って少女の横を通り過ぎると部屋に入ってしまった。

「あっ……」

「話はそれだけ?」

「あ、えっと」

 母は検査結果が書かれた紙を少女に返して、「はぁ」と溜息を吐いた。

「忙しくてあなたにかまってられないの」

「……ごめんなさい」

 それだけ言うと少女をひとり残し、父とは別の部屋にこもった。扉の開閉音だけが響き、ぽつんと残された少女は、検査の紙を握りしめて肩を落としていた。


 教室内で魔法の基礎を学んでいるときのことだ。火、水、風、土、どれでもいいので魔法を発生させるようにとの指示を受けた初等部の子ども達は、各々が手のひらほどの魔法を出す。子どもの集中力ではほんの数瞬で霧散してしまうため、何度も繰り返し出して、持続時間を増やす。

 しかし、念じれど念じれど、エリの元に魔法は姿を現さない。火も、水も、風も、土も何ひとつ。周りの子ども達は少しずつ慣れていき、自分たちの魔法を見せ合っているというのに、エリはひとり取り残されてしまっていた。

「エリさん。どうして先生の言ったとおりにやらないの?」

 教師が腰に手を当て、呆れ顔でエリに問いかけた。それはまるでエリがふざけていて、わざと魔法を使わないのだと決めつけているようだった。

 エリの魔力が優秀であることは教師陣では既に周知の事実だ。魔術協会のお偉いさんの娘が素晴らしい才能を持っている。話題にならないはずもない。

 そんなエリが微塵も魔法を発さないのはやる気が無いからだと、教師は判断して詰め寄ってしまう。教師が怒り気味にそんなことを言うものだから、教室から子ども達の声が消え、皆が教師のいる方に注目してしまう。

 頑張っているのに責められたと感じてしまうエリはさらに縮こまって、より焦りと恥ずかしさが押し寄せてくる。次第に目頭が熱くなり、涙がこぼれ落ちてくる。

「エリさん。水の魔法は目から出すものではありませんよ」

 くすくす。

 誰かが笑った。教室の雰囲気を和ませようとした教師の冗談に。しかしそれは、エリにとっては冗談ではすまなかった。教師含め周りの子ども達が揃って自分を笑いものにしているのだから。

 ただただ情けなくて、消えてしまいたかった。

 放課後、他の子ども達はとっくに帰ってしまっているのに、エリひとり残って授業の続きを行う。教師は「頑張っていればいつか出来るようになるから」と言って部屋から消えた。魔法は感情に伴って起こると言われているからいろいろな事を考えた。ムカつくこと、悲しいこと、嬉しいこと、楽しいこと。

 しかし、魔法は出てこない。

 何も出ない。

 湧いてくるのは自分の内側に広がる、さみしい気持ちだけである。


 結局その日も、その日以降も、何度も何度も願い乞いても、魔法が出ることはなかった。空が暗くなり始めるまで学校で、それ以降は家に帰り自分の部屋に引きこもって魔法よ来いと念じる。

 父も母も、そんな娘に手を差し出すことはなかった。

 エリが初めの段階でつまずいている中でも授業は毎日、毎日進んでいく。座学の授業は問題なかった。むしろ優等生と呼ばれる成績だった。しかし実技は授業の度に周りから引き離されていく。

 知識を身につけても実践では何の役にも立っていない。それでも、ひたすらに学んだ。それしか出来なかった。

 もしかしたら自分は魔法使いになれないのかもしれない。そう思うことは不自然なことではなかった。

 そして、同級生の間では魔法を使うことの出来ないエリを嘲笑うようになっていった。優秀な魔法使いの両親から生まれた娘が、魔力だけのハリボテの魔法使いであることが子ども達にはおかしかったのだ。

 そして普段は高飛車な態度のエリが魔法が使えないことで、萎縮している姿を見下すことが痛快だと感じる子どももいた。

 休み時間になれば、からかいにくる。男子も女子も。エリも黙っているわけではない。バカにされれば手を出してでも対抗した。複数相手だろうと、それだけは譲らなかった。多勢に無勢で怪我をすることもあった。ケンカの騒ぎを聞きつけた教師が現れて、子ども達が団結してエリを悪者にしたて挙げることもあった。

 怪我をさせた相手の保護者に怒られたこともある。エリの両親はそんなときでさえ、学校に姿を見せることはなかった。怪我をして家に帰っても両親はそんなエリの姿を見て溜息を吐くだけだった。

 当然、友達も出来ず、エリは孤独だった。

 魔法の使えないエリは両親にとっては恥さらしの娘。部屋でひとり魔法の練習をしていたときに、両親の言い争いが聞こえてしまった。「最初から子どもなんて産むんじゃなかった」という言葉も。

 その日は声を押し殺して泣いた。胸が張り裂ける思いだった。どれほどの苦しみだったか。憧れの両親に存在を否定されてしまったのだから。

 しかし、そんなエリにとっての転機が訪れる。

 いつものように教室内で居残りをしていた。その日は帰る気にもなれず、夕焼けが沈んでいても、暗くなった教室にひとり残って練習をしていた。父も母も、自分なんて家に帰らなくても心配などしない。そう考えると、家にいても学校にいても同じだった。

 こぼれそうになる涙を袖で乱暴に拭い、集中して魔法が出るように念じる。

 すると、教室が包まれるように明るくなった。

 ついに魔法が使えるようになった。

 もしかしてと喜んだのも束の間。

「こんな遅くに何をしているんですか?」

 突如後ろから声をかけられた。まるで地面を這うような低い声にエリの体は大きく跳ね上がった。そして、恐る恐る振り返るとそこには、エリの倍ほどの大きさの真っ黒な服を着た男が立っていた。教室が明るくなったのはこの男が灯火の指輪で辺りを照らしていただけだった。

 ビクビクと恐れ、先ほど無理矢理止めた涙がまたジワリとあふれ出てきた。大柄な男に鋭い目で見つめられながら、低い声で問われれば、大人であっても恐怖に感じるだろう。エリはまだ幼い。もはや涙を流す以外に何も出来なかった。

 怯えるエリに向かって男はゆっくりと近づく。そして床に片膝をつくと、ちいさな手ぬぐいを取り出して涙を拭いた。

「怖がらせてしまい、すみません」

 目を強く瞑っていたエリが、少しずつ目を開いていく。大きな体格で分からなかったが、視線が合えばよく分かる。とても優しい表情をしていた。

 しゃくり上げて泣いていたエリも少しずつ、落ち着いてくる。男の話を聞ける程度には冷静になった。

 男はダンという名前で、この魔法学校の高等部の教師をしている人間だった。警備の為に学内の見回りをしているとのことだった。

 そしてエリに改めて、何をしていたのかと問いかける。

「まほうの、れんしゅう……」

 エリはうつむきながら、ぼそりと呟いた。エリの言葉に眉をひそめるダン。

「しかしこんなに遅くまで。お父様とお母様が心配してしまいますよ?」

 ダンの言葉にエリは首を横に振る。ダンの言葉を否定することで改めて自分は両親に大切にされていないことを思い知り、また涙がこぼれそうになる。

 そんなエリを見て、少し考え込むダン。そして優しい声でエリに言う。

「今日はもう帰りましょう。明日、私が練習に付き合いますから」

「……いいの?」

「もちろんです。出来るようになるまで」

 エリはまた泣いた。自分に向けられた、いつぶりかの優しい言葉だった。


 翌日、約束通りダンはエリが居残りしている教室へと訪れた。

「魔法を使う為には媒体を用いると比較的簡単になります」

「ばいたい?」

 ダンは簡単に説明をする。

 道具を使うことで魔素が反応をしやすくなること。初めは道具を頼りに魔法を使っていても、感覚を掴めばそのうち媒体がなくても魔法が使えるようになること。

「でも、そんなこと……」

 先生も両親も教えてくれはしなかった。

「ここで教える人たちは苦労もなく魔法が使えるようになった人ばかりですから。躓いてしまう人たちの気持ちを理解することが難しいのでしょうね」

 ダンは苦笑いをして言った。

 つられるように悲しげな表情になりそうなエリにダンはひとつの箒を手渡す。

「これは私が子どもの頃に使っていた物です。どうぞ持ってみてください」

 自分の背丈よりも大きな箒を手に持ってエリは集中する。全身に力を入れて頭に血が上る様なほどに。

「もっと楽にしてください。魔法とはもっと自然なものです」

 エリは首をひねった。自然なものと言われても力を抜いてただ立っているだけでは出てきやしない。エリが訝しげな表情をしていると、ダンはエリの後ろにまわって、自らの手をエリが箒を持っている手に重ねた。

 困惑しているエリに肩の力を抜くように促す。

 突如エリの皮膚にソワソワとした肌を撫でる感覚がやってくる。

 その感覚はエリの体の周りを流れ、やがて箒の先端に集まると優しい小さな火となった。

「わぁ……!」

 エリはその光景に思わず頬を紅くして、声を漏らした。まるで自分から魔法が生まれた様な感覚だったからだ。

 エリはその光景に希望を見た気がした。キラキラと輝く光だ。

 その後もダンは火の魔法だけでなく、多種多様な魔法を使って見せた。

「なんとなくでも、魔法を使う感覚がわかりましたか?」

 エリは今までとは違う感覚に胸を躍らせた。その後も先ほどの感覚を辿るように意識を向ける。

「先ほど感じたことをありのまま表してみてください」

 エリは言われた通りに想像する。魔法は希望、希望は光。無理はせずただその通りに自らも自然の中に溶け込むように意識を向ける。

 すると、髪の先端に何かが触れる感覚がエリに伝わった。

(このまま、このまま)

 そしてエリの周りを浮かぶ、目に見えない何かを箒の先端に流し込んでいく。ゆっくり、ゆっくりと。

 すると、箒の先端が僅かに白く光る。

 ポワリと優しい小さな光だ。

「できた!」

 エリが喜んだその瞬間に白い光は霧散した。

「あっ……」

 エリはダンの方を慌てて見た。

「できた、できた! 魔法が! 私の魔法! 見てた? センセー見てたよね?」

 ダンはエリの目をしっかりと見て頷く。その反応にエリは飛び跳ねて踊り出したくなるほど胸が高鳴った。

「これで私も……!」

 感覚を掴んだエリは立て続けに魔法を発して、箒の先端を白く光らせた。

 その魔法の様子をダンは見つめ続けた。そしてあることに気づく。

(見たことのない魔法だ)

 白い光が玉の様な形を織りなしている。そのような魔法はダンの記憶では存在していない。

「これで私もみんなといっしょに……」

「それは難しいかもしれませんね」

「え?」

 喜んでいるところに釘を刺され、エリは自分を否定されたように胸が苦しくなった。その様子を察したダンは間を開けずに理由を説明した。

「学校で教えられる魔法とかけ離れてしまっていますから。他の魔法はどうですか?」

 エリは言われた通りに火、水、風、土など魔法をおこそうと試みたが、箒の先に現れることはなかった。

「…………やはり」

 ダンは訳知り顔で呟いた。

「どうして……」

 エリの疑問に対してダンは伝えた。特別な魔法を扱うことが出来る場合は、他の魔法を使うことが出来ない可能性がある、と。

 それはダンの子どもの頃に親友が経験していたことだった。その親友もエリとは違うものではあるものの、他と違う魔法を扱い、それ以外の魔法を使えることはないままである。

「そっか……」

 その言葉を聞いてエリは黙り箒を両手で握り締めて俯いた。思い描いた期待がすぐに払われてしまった。そしてその言葉を信じるのであれば、他の人のように魔法を使うことは叶わないということになる。

 それでも、エリの心はそれ程には暗雲が立ちこめてはいなかった。何よりも魔法を使うということが出来たのだから。

 顔を上げてダンに感謝を告げて教室をあとにする。

 エリは浮かれ気分のまま学校を出た。飛び跳ねるような気持ちだった。体が、心が地に着いていないような。昨日までの、魔法の出来ないエリはもういないのだ。

 それはやっと父と母に認められるエリになれると、きっと自慢の娘であると褒めてくれるに違いないと、笑顔を向けてくれるだろうと。家路がこれほどに長く感じたことは今までにないほど、早く帰ってこの成果を見せたくて仕方がなかった。


 家の扉を勢いよく開く。大きく開いた扉が壁にぶつかり大きな音をたてた。それと同時にエリの元気な声が家中に響いた。

「ただいま戻りました!」

 相変わらず静かな家から返事が返ってくることはない。まるで時間が止まってしまったかと思うほどに寂しい空間で、両親の帰りを待ち続けた。

 心がはやり落ち着かない。広い家の中を歩き回る。階段を昇ったり、降りたり、じっとしてはいられない。心臓が高鳴り、表情が緩みそうになるのを手で抑える。

 どれだけ歩き回っただろうか家の中を。階段に腰をおろして、玄関の扉をジッと見つめていたその時、扉が大きく開いた。

 開いた扉から、足早にふたつの影が入ってきて、奥へと進もうとする。「ただいま」の言葉も無しに。

 そんなふたりに慌てて立ち上がり、駆け寄るエリは、真夜中とは思えないほど元気な声をあげた。

「おかえりなさい、お父さま! お母さま! あのね───」

「こんな時間に何をしてるんだ。早く寝なさい」

 と、父は言って部屋へと行ってしまった。後ろを歩いていた母の裾を摘む。

「あのね、あのねお母さま。わたしね、魔法が使えるようになったの」

「……そう」

「うん、見てて!」

 エリはダンから借りてきた箒を構えて、学校で習ったように集中した。箒の先端が白い光を帯びる。それを確認したエリはゆっくりと集中を解いた。

「ほら! ね?」

 得意げな表情を見せて母親の顔色を伺う。しばしの沈黙の後、母親はエリのことを両手で抱きしめて「さすが私の自慢の娘」だと───

「で?」

 することも言うこともなく、ただただ大きなため息をついた。エリはその音で心臓が締め付けられる。追い打ちをかけるように母親は言葉を吐き掛けた。

「……え?」

「それが何? 何になるの? ただ光るだけ? それなら火でいいじゃない。なんの為になるの?」

「え……え?」

「そんな役にたたないものがどうしたっていうの。私は忙しくてあなたに構う暇無いの」

 母親はそう言って虫でも払うように手を振ると部屋の中へと入っていってしまった。取り残されたエリは呆然としたまま、暗闇に捨てられたように視界が歪んだ。

 ふらつく足取りで歩き出す。俯いたまま足を動かして、扉のノブに手をかけた。自室の扉ではなく玄関の扉に。音もなく扉を開き家を後にした。どこに行くわけでもなく、足を進める。歩ける場所へゆっくりと。薄暗闇の中、遅い夜を出歩いている人かげは見えない。

 しばらく歩いたところで広場に辿り着いた。やはり誰もいない。設置されている椅子に力無く腰をかける。

「どうして……どうしてお父さまもお母さまもわたしを褒めてくれないの?」

 その疑問は闇の中に溶けて消えた。誰に向けたものでもなかった。ただただヒビの入った心が口から漏れただけだった。

 だけだったのだが。

「可哀想なエリ」

「っ!」

 不意に声が掛けられた、後方から。心臓が跳ね上がると同時に椅子から立ち上がり辺りを見渡す。

 しかし人の気配はどこにもない。不安定な鼓動を胸に感じながら箒を抱き抱えて問いかける。

「だれ? だれかいるの……?」

「僕はここだよ」

「ひっ」

 思わず肺から空気が漏れ出る。近くにある木の方から先程の声が聞こえた。そちらに目を向けても、やはり人はいなかった。代わりにいたのはヘビだった。腕を広げたエリと同じくらいの長さで、腕くらいの太さだ。暗いため色は分からない。

「ヘビが喋ってる……?」

「これは仮の姿なんだ。本当はもっと素敵なんだけどね。そんなことよりも……」

 ヘビは今までのエリの境遇をまるで全て見てきたかのように言ってみせた。初めは恐れていたエリも次第にその警戒を薄めていく。

「酷い話だよね。エリはこんなにも頑張っているのに見向きもしないなんて」

「……うん」

 手を膝に置いて座って話を聞いていたエリは、耳元で囁くように話すヘビの言葉に力無く頷く。

「ふたりに認めてもらいたい?」

「……うん」

「学校のみんなを見返したい?」

「……うん」

「だったら手伝ってあげる」

 優しく耳元に響くその言葉に、視線をヘビの方に移す。

「どうするの?」

「君のお母さまが言ったでしょ『なんの為になるの』って、だから為になる魔法を使えばいいのさ」

「どう、やって?」

「まずは人をひとり捕らえよう」

「……なんで?」

「協力してもらうためさ。多少手荒になるけどね」

「そんなこと、出来ない……それにお父さま達にバレたら……」

「大丈夫。少し離れた村の近くに妖精の暮らす森があるんだ。全部妖精のせいにしちゃえば気づかれることはないさ」

「でも……」

「きっとこの魔法を使えばお父さまもお母さまも驚かせることが出来るよ」

 父と母を引き合いに出され生唾を飲み込む。ヘビの言葉は何故だか信じてしまう。目が回って考えることを放り投げていいように。心臓が高鳴る今度こそと。

 エリはまるで自らの意思でそうすると決意したかのように頷いた。そして何をすればいいのかヘビに尋ねた。ヘビは舌を出して、笑って見せた。

 まずは移動について、荷運びする馬車に潜り込めばよいと指示を受ける。小柄なエリであれば荷物の中に紛れ込むのは難しいことではないのだと。

 次に捕らえる人間についてだ。その村には日頃から妖精と戯れている青年がいるという話だ。しかも超が付くほどのお人好し。警戒という言葉を知らずに育ったと言っていいほどだ。初めて会った人間の言葉はおろか、以前に嘘をついてきた人間でさえも信じてしまうのだ。

 その青年を縛り付けた後、教える通りに陣を描く。青年を中心に置いて、それ以降は言う通りにすれば良い。そうヘビは言った。

 言われるがままに頷いて、翌日の予定を確認してその日は家に帰った。夜遅く出歩き戻ってきたというのに、特に何を言われることはなかった。エリはそのまま自室へ向かい、布団に潜った。


 翌朝、誰よりも早く目覚めたエリは音も立てずに家を出た。昨夜言われた通りに荷を運ぶ馬車が街の出口の門の前に停まっていた。周りに人がいないことを確認し、忍び込む。

 しばらく荷物の下に潜り込んでいると馬車が動き出した。硬い床に伏して、上下に小刻みに震えることにより込み上げてくる嘔吐感を必死に我慢する。朝食をとっていたならば間違いなく戻していたであろう。

(降りなきゃ……!)

 御者が荷を降ろしに来る前に馬車から飛び降りる。そのまま躓きながら森の方へと走り去っていく。

 そこには既にヘビが待っていて、案内されるままについていくと、ボロボロの小屋がひとつ視界に入ってきた。

 ヘビに続いて中に入る。

「必要な物はここに揃えてあるよ」

 対象を縛る縄に、陣を描くための滑石。エリは置かれている物を確認した。その後滑石を床に擦り付けて指示通りの陣を描いた。

「これからどうするの?」

「この魔法で大事なのは強さなんだ。どんなに道具を準備してもそれが不完全なら成功しない。だから今から特訓をするんだ」

「……でも、わたしにできるのは」

「大丈夫。君の出来る魔法でいいんだ」

 その言葉はエリの心を軽くした。外に出て魔法を使う。持っていた箒の先端を白い光が照らす。

「そう、それでいいんだ。でもまだ弱い。もっともっと強くなきゃいけない」

 その後ヘビは森の中に、姿を溶かしていってしまった。ひとり残されたエリはただひたすらに魔法を繰り返した。

 初めは箒の先端が光るだけだったが、次第に持続時間が伸びた。更には箒を離れ、白い光が浮遊するようになる。

 そして、光が木の葉を落とすほどになった頃、ヘビが姿を現した。

「獲物が来た」

「え?」

 ここで言っている獲物とは捕らえるべき青年のことだ。これはヘビにとって想定外。本来であれば、エリの魔法がもっと成長をしてから捕らえる予定だった。

 しかしここで来るとなると次いつ来るかわからない。この機を逃すにはあまりにも惜しかった。

 さらにもうひとつ予定外があった。それはエリの凄まじい成長速度だ。この速さなら日を跨ぐ頃には満足のいく強さになっているはずだと踏んだ。

 ヘビは青年の来た方へとエリを誘う。

 森の中すぐのところで青年が来るのを待ち構えていると、これから何が起こるか全く知りもせずに暢気な顔で青年が歩いてきた。

 すかさず目の前に滑り込んだ。

「ねぇ、お兄さん。ちょっと手伝ってほしいことがあるの」


「どこまで行くの?」

 青年が問い掛けた。森に入り随分と歩いている。エリは目を合わせることもせず進行方向から顔を逸らさずに「もう少し」とだけ言った。

 青年は怪訝に思うことなく後ろを足並み揃えてついていく。その問いから間もなくエリが足を止めた。

「……ここ」

 そこにはボロボロの小屋がひとつ建っていた。エリの後ろでこんな小屋で何をするのかと眺めている青年。

 その後頭部に脳を揺さぶる強烈な痛みが走り、痛みに抵抗する間もなく、そのまま意識を手放した。

「だ、大丈夫なの……?」

「君が気にするようなことじゃないさ」

 木の中からヘビが姿を現した。倒れている青年の傍には握りこぶしほどの石が転がっていた。

「さあ、目を覚ます前に縛り上げてしまおう」

「う、うん……」

 恐る恐る縄で縛り上げて布を噛ませると、背中に担ぐ。自分と比べて大きな背丈の青年の足を引きずりながら小屋の中に運ぶ。

「よいしょ、と」

 背中から青年が陣の上に転がり落ちる。

「取り敢えずはここに置いておこう。目を覚ましても動くことは出来ないよ」

 エリはうなずき、床に転がっている青年に背を向けた。小屋から出るときに振り返り、何も言わずに出ていった。

 その後は先程と同じことの繰り返しだ。箒の先から光を飛ばす。しかし成長は遅くなっていた。木の葉を落として、次は小枝を折ろうとするものの揺れることはあってもそれ以上の威力がない。

 顔中に大粒の汗を流して息を切らす。膝に手をついているとヘビが声を掛けてきた。

「ほら、休んでる暇はないよ」

 あたりはすっかり暗くなっている。エリの魔法だけがこの世界の光のように。

「まだまだ!」

 ありったけの思いを込めて放った魔法は、枝に当たり、へし折った。

「やった……!」

 その様子を見届けたエリは気絶するように眠りについた。

 束の間の休息。辺りが薄明るくなり始めた頃。

「起きて。ほら早く」

 ヘビの声が聞こえてくる。エリが鬱陶しそうに寝返りを打つが、ヘビはその耳に粘りつくような不愉快な追撃をする。

「起きなさい。君に寝てる余裕はないんだよ?」

 半ば強引に体を起こされる。寝起きの目を擦って呟いた。

「……おなかすいた」

「そんなことを言っている暇は無いよ。ほらさっさと起きて」

 収縮してしまっている胃袋を感じながら、箒を杖代わりに立ち上がる。みぞおちの辺りをさすり気分を誤魔化す。

 立ち上がるだけで息が切れそうになる。深呼吸をして意識を集中し、箒の先を光らせる。

 放たれた魔法は近くの木の枝を根本から容易くへし折った。

「ハア……ハア……」

「……あと少しだな」

 休息が不十分だと思い知らされるほどに簡単に疲労感で体が包まれ、玉のような汗が顔中に浮かび上がる。

 前の日と同じようにこれをひたすら繰り返す。意識することはただひとつ。常に前の魔法よりも強く、もっと強くとしていくだけだ。

 体力が失われた状態であるため、ほんの数発で意識が離れていきそうになる。その度にヘビが横槍を入れて意識を保たせる。

 それでも限界が来て気を失えば、しばらくしてから叩き起こされる。

 そして、ボヤケた頭で魔法を放つ。

「ハア……ハア…………っ!」

 口元を抑えて近くの太い幹にもたれかかり、

「……ぉえ」

 口から液体が流れる。しばらく何も食べていないためただ胃液のみが吐き出された。目元が涙で濡れる。

「もう、イヤ」

「まだまだ」

「もう動けない」

「まだ足りない」

「ムリよ……」

「ダメだよ。もっともっと頑張らなきゃ」

「イヤだって……」

 箒の先が強く光る。次第にそれは大きくなり、子供くらいなら飲み込めてしまうほどの大きさになった。

「イヤだって言ってるでしょ!」

 その光の玉はヘビの声がする方へと向かい放出され、幹をなぎ倒し、霧散した。その威力に誰よりもその魔法を生み出したエリが驚愕し、そのまま倒れた。

「……材料は揃った」

 ヘビは笑った。新たな世界の幕開けを見るように。


 ヘビに叩き起こされた。空は雲で覆われていて、灰色に濁っているため薄暗い。眠い目を半開きに、移ろう意識を無理矢理に保たせて、立ち上がろうとする。しかし、

「あ、あれ?」

 足に力が入らず尻もちをついた。慌てて箒を杖に立ち上がる。なんだかそれだけで心臓の鼓動が激しくなった気がした。

「十分に休んだろう。さあ始めよう」

「……」

 エリはうなずきもしなかった。だが拒否もしなかった。ヘビは特に気にした様子も見せずに地面を這って動いた。何も言わずにただその背中をエリは追いかけた。

 そっと小屋の扉を開けると、陣の上に転がした青年がそのままの体制で目が合った。口には相変わらず布を噛んでいる。何か声を発しているが、その内容は当然聞き取れるものではなく、鳴き声でしかなかった。

 その目には覇気は籠もっていない。長い時間放置されていた為弱っていることと、青年はその性格から怒り方を知らないというのもあった。

 中に歩みを進めて青年を見下ろす。足元にいる青年の眉が歪み、酷く怯えた瞳で見上げてきた。

 エリの瞳が僅かに揺らぐ。その目に見つめられると、責められてきた時より、笑われてきた時より、なぜだかつらさが溢れてきた。

 箒を握りしめる。小さな両の手で。抱きしめるように。体は青年から半身避ける。しかし、その顔は青年の目からそらすことが出来ない。

「やりな」

 ヘビは瞳孔を細くし顔を近づけてエリを見つめた。その瞳と牙の鋭さにエリはたじろぐ。箒を握り締めた手が震える。

「何をしてるんだい? 早くやりなよ」

 冷たい声が胸を刺す。冷や汗がひと粒垂れて、続けてはいけない嫌な予感が付き纏ってきた。頭がだんどんと冴えてきた。酔いから醒めるようなそんな気分だ。

「早くしなよ。さあ、さあ、さあ!」

 尚もヘビが急かす。エリは再び箒を構える。青年は喉が裂けるほどに咆える。何かを訴えている。

 震えながら青年に魔法を───

「ダメ! やっぱり出来ない!」

 放つことが出来ず、振り返ることもなく小屋から立ち去った。少し離れたところに生えていた大きな木に手をついて視線を落とす。

 えもいえない恐怖が体に張り付いて剥がれなかった。呼吸がまともに出来ない気がして、心臓が飛び出しそうな気がして、目は見えてるのに暗闇の中にいる気がした。

 浅い呼吸を繰り返していると、後ろから木の葉を揺らす音が聞こえてきた。

「何をしてるんだい?」

 依然声が冷たい。エリはその声に振り返ることすら出来なかった。

「だ、だって……」

「まさかここまできて怖気付いたのかい?」

 返す言葉もなく声が出ない。音だけが漏れ出る。

「もう引き返せないんだよ」

 その言葉にさらに冷静さが失われる。さらに孤独に晒される。

「でも……」

「そうかい、そうかい、ならやらなくてもいいよ」

「え?」

 その言葉に思わず顔を上げて振り返る。しかしヘビの顔は決して優しさを宿っていなかった。ゆっくりと耳元まで伸びてきて、脳に直接語りかけるように話し始めた。

「君はこれから先もずっとおちこぼれのままだ」

「っ!」

「両親もさぞ残念だろうね。君みたいな使えない子どもで」

「……やめて」

「君は生まれるべきじゃなかったんだ。いないほうが皆の為だったんだ!」

「やめて、やめてよ!」

 目を閉じて、耳を塞ぎしゃがみ込むがヘビの言葉は頭の中に入り込んでくる。丸まり塞ぎ込んだエリの肩にヘビが乗った。首に巻き付いて声色を変えて語る。

「なんてね。君は天才だよ。誰にも出来ない魔法が使える。君にしか出来ない事があるんだ。だったらどうすればいいか、わかるよね?」

 その言葉に耳を塞いでいた手を下ろす。そのまま頷く。頷く以外どうすればいいか分からなかった。

「わかったなら戻ろう」

 そう言われ戻った先で視界に入ってきたものは、決意を固めたエリを嘲笑うような事態だった。

「ちょっと! あなたたち何をしてるの!」

 長い髪を後ろで結んだ女と、小さな妖精が青年を逃がそうとしている様子が見え、思わず叫ぶ。

 逃げようとする青年を追いかけようとした瞬間、長い髪を後ろで結んだ訳のわからない女が立ち塞がった。

 それから先は怒りのままに魔法を放った。


 しかしそのどれも当たることは叶わなかった。そのうえ腕を掴まれて、頭に拳骨を受けてしまった。

 もはや意味がわからなかった。なぜ自分ばかりがこんな目に遭わなければいけないのか。ヘビも気がつけばどこかに消えてしまっていた。

 混乱する頭で必死に掴む腕を振り払い、その場から駆け出した。息を切らして走り続けたが、その足が木の根に躓き地面に倒れてしまう。

 擦りむいた膝の痛みを受けながら、顔を上げると遠くに人影が。木の枝が脇の位置に見える。ひとつひとつ足をこちらへと運んでくる。決して早くない足取りである。だと言うのにあまりにも速い。それは人にしてはあまりにも大きすぎた。

近づいてきてその姿が鮮明になってくる。皮膚が赤い。髪が金色で筋骨隆々の肉体に鋭い目つき。

 目が合った。

 足の回転が速まる。こちらへ。

「きゃあああああぁぁっ!!!」

 手をついて地面をかきむしるように立ち上がる。バタバタと整わない姿勢のまま今にも崩れそうになりながら走る。雨が降り始めて地面が濡らされる。

 逃げて逃げて、逃げる。

 躓き転び、また倒れる。

 顔から地につき、慌てて振り返ると目の前を覆うようにその赤みがかった巨大な肉体が立ち塞がり、腕を振り上げていた。

 エリの体は全てが固まって縮こまって動けなくなっていた。血の気の引いた顔。目を逸らしたくなるほどの脅威に視線を奪われて離せなくなってしまった。

 小さな体が大きな恐怖で包まれきったその時。

「危ない!」

 体の横から何かがぶつかってきた。その衝撃に吹き飛ばされて、茂みの中に突っ込まれた。

 自分を包むようなそれは人だった。それも女。すなわちそれは先ほど自分の計画を邪魔して、頭に拳骨を叩き落とした、長い髪を後ろで結んだ意味のわからない若い女だった。

 女はエリの体の様子を確認した。腕、脚を見て触った。わずかな痛みが走るが我慢の出来るものだった。

「大丈夫!?」

「あんた、どうして!?」

 先ほどまで争っていたというのに、自分を庇った女に対して疑問を投げかけた。

「ワケなんてどうだっていい! 立てる? 立てるなら逃げなさい!」

 女はその大きな目で恐ろしいほどの剣幕で捲し立てた。

「で、でも……」

「さっさとしなさい!」

 言われるがままに擦れた膝の痛みに耐えながら立ち上がる。後ろも見ずに走り続けた。森の出口まで。

 死に物狂いで走り続けていると、目の前にまた人影が近づいてきた。頭に帽子をかぶっている若い男だった。

「おい……」

「助けて! 奥で女の人が! 大きなバケモノに!」

 来た道を指差して伝えると、男はわずかに目を見開いた。そしてエリの濡れた頭に手を置いた。

「あっちに馬車がある。それで村に帰るといい。あとは俺に任せておけ」

「……うん。お願い、お願いします」

 森の奥へと走る男を見送ってから、言われた方向に歩いていくとその通り馬車が停まっていた。御者に先ほど帽子をかぶった男に会ったことと言われたことを伝えると快く受け入れてくれた。

 馬車に入って腰を下ろすと、糸が途切れたように意識を失った。


 意識がゆっくりと戻る。目を開くと見覚えのない天井が視界に入ってきた。

「あ、起きた」

 覗き込むように見下ろしてきたのは長い髪を後ろで結んだ女、サヤカだった。上体をゆっくりとあげて尋ねた。

「ここは……?」

「宿屋のおばさんにひと部屋借りちゃった」

 サヤカは両手でエリの頬をつまむと両側にゆっくりと伸ばした。

「痛たたたた!」

「危ないことはするなって言ったでしょ」

 サヤカの手がエリから離れる。ジンジンと痛みの残る頬を抑える。

「うぅ、いたた………………えへへ」

 エリの顔には自然と笑みが浮かんだ。

「こおら、何笑ってんの? 反省してる? 心配させて」

 再び頬にサヤカの細長い指が伸びる。

「イタイイタイ、してる、してるから!」

「ならよろしい」

 頬から指が離れる。指が離れた頬をさする。

「…………えへ、えへへ」

「あ、また笑って……まったくもう」

 両手を頬に当ててにやけた顔のエリを見て、サヤカは腰に手を当てて、呆れたように笑った。ふたりは笑顔を見合わせた。

 頬が痛い。

 胸があったかい。


(エリ 終わり)

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