表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たまにはこんな冒険物語  作者: 神玉
サヤカのその日暮らし冒険記
14/19

笑う妖精

 口角を上げる。歯が見えるくらいを意識する。頬を引き上げて目尻を下げる。出来ることなら声も出す。頭の中に楽しいことを思い浮かべる。そうやって笑う。


 ───海沿いの崖にポツリと一軒の家が建っている。


 その家には人間の女の子が住んでいた。もちろん家族と一緒に。初めてその子と会った時、その子はとても小さかった。私も小さいのであまり差は無かったかもしれないけれど、とにかく小さかった。私とその子はよく一緒に遊んだ。大人がいないのに海に近づいて怒られたりもした。私はその子よりもお姉さんだ。私の方が先に生まれてるし、私の方が大きかった。

 けれど、気づけばその子は私よりも大きくなっていて、初めて会った頃の面影が少し残る程度に変わっていた。これは外見だけの話で、中身はあまり変わってない気がする。おてんばで、優しかった。

 小さい頃から一緒に遊んで、一緒に泣いて、まるで本当の姉妹の様だったんじゃないかなと思う。彼女が大きくなってからも関係は変わったりしなかった。彼女が結婚をするのだと聞いたら自分の事のように嬉しかったし、彼女が怒ったときは私も腹が立っていた。彼女が泣いている時は私も胸を痛めた。

 彼女の両親もとてもイイ人だった。仕事のためかあまり家にはいなかったのでそんなに仲良くはなかったけれど。イイ人は早死にすると言うように例に漏れず彼女の両親もあまり長生きではなかった気がする。彼女の両親が亡くなるときは私も泣いた。

 早くに両親をなくしても彼女は前向きに生き、立派に成長した。これは私の存在のおかげでもあると自負してる。

 彼女が大きかった時は話をするときに頑張って見上げる必要があった。彼女が私に目線の高さを合わせてくれたりもした。しかし彼女の目線は少しずつ下がっていった。腰が曲がっていったためだ。

 そんな彼女は今、布団で寝込んでいる。医者が定期的に様子を見に来て診察をしたり、長い髪を後ろで結んだ少女が薬を届けに来る状態だ。

 この少女とは何度か会話をしたことがある。正確には向こうから話しかけられたくらいだけれど。少女は家の前で座っている幼い人間の女の子のような姿をした私を不思議に思ったに違いない。

「ねえ、ここのお婆さんって悪い人なの?」

 ある日こんなことを聞いてきた。少女は薬を届けたらすぐに帰る。今の彼女と話をしたら一言二言交わすだけでもそれなりの時間かかかるはずだ。少女はそんなに長く家に留まっていないから、たぶん会話のひとつもしてないんだと思う。だから少女は彼女と話すことなく私に尋ねてきたことになる。

 彼女が悪人かという質問の答えとしては「多分違うと思う」といったところ。私は彼女とこの家の周りでしか接したことはない。外ではどんな人間だったかは知らない。それでも彼女の性格に余程ウラオモテがなければ悪い人ではないと言える。むしろイイ人だと言ってもいい、少なくとも私にとっては。

 更に言えば彼女の顔つきは穏やかなものだ。生まれてから眉間にシワを寄せたことがない……ということは決してないが、怒った顔よりも笑った顔ばかりが思い浮かぶくらいには平和な顔だ。

「じゃあ恨んでるとか?」

 先ほどの問いかけを否定した私に続けて尋ねてきた。もちろんこれにも首を横に振る。彼女と出会うまではひとりで生きてきた。彼女は初めての、そして唯一の友達だ。

「ふうん。だったらどうしていつも笑ってるの? 家の中でお婆さんが苦しそうにしてるのに」

 少女は私が笑っていることが不思議なだけだった。その口調は責めるようではなくただ気になっただけという感じだ。少女の問いかけに私は黙って笑うしかなかった。

「……どんな人だったの?」

 少女は質問を変えた。これくらいなら答えても大丈夫だと思う。彼女はとても真っ直ぐな性格をしていた。優しくはあったけど間違っていると感じたことには本気で反対の声をあげるような人間だった。そういう意味では周りからはイイ人ではないと思われることもあったと思う。

 私もいちどだけ怒られたことがある。それは彼女の夫が死んだ時の話だ。彼女の夫は間違いなくイイ人だった。誰彼構わず優しくし自分のことは後回しにするような。

 そんな彼はイイ人に相応しいくらいの寿命の短さであっさりとこの世を去った。この彼の亡骸の処分の仕方で怒られた。

 このごろは遺体を聖なる炎で燃やすことで魂が天国へ向かうのだという迷信が人間たちに伝わっている。私が生まれた頃には無かったし、彼女が子供の頃にも無かったと思う。聖なる炎というのも彼女の話を聞く限りでは、魔法で起こした火でしかない。特別な火であるわけではないようだ。それでも多額の費用が必要らしい。

 そもそも魂は人間が永遠の眠りについた時には既に行き先が決まっている。すぐに迎えが来るものだ。上からか下からかどちらかから。残った体にどうしようとなんの価値も無い。

 聖なる炎で燃やそうと、崖から落として海の藻屑にしようと同じこと。そんなことに無駄遣いをする必要はないと私は言った。この言葉を聞いて彼女は「最後のお別れだからちゃんとしたいの」と返してきた。

 別れは済んでる、彼に意識は無い。簡単に済ませればいいんだと言ったら彼女は「あなたにはわからないわ」と泣きながら言った。大切な人との相応しい別れ方だそうだ。意味がわからなかった。死んでいる人間の肉体を燃やすだけのことに大金をはたいて、生きている人間が割を食うなんてどうかしてる。

 私がなんと言っても彼女は考えを変えることはなかった。こういう頑固なところが嫌いだったんだ。そうだ私は彼女のことが嫌いだから笑ってる。彼女が苦しんでいるこの家の前で。

 そういえば初めてあったときから気にくわなかった。私がひとりでいたいときでさえしつこく遊びに誘ってきた。私がどれだけ拒否しても手をとっては連れ出した。あの時だってそうだ。無理矢理海に連れてこられたかと思うとふたりして波に拐われかけたし、不用心に海に近付くなと私まで怒られる羽目になった。

 初めて恋焦がれる人ができた時もうるさかった。その相手がどんな人で、どんな物が好きだと口を開けば話していた。どうやったらその人の好みになれるかとか相談もされた。私はその人を知らないのだからなにも言いようが無いというのに。そしてその初恋が片想いで終わったときは、朝から晩まで慰める必要があった。正しく言えば、泣き止んでから立ち直るまでもっとかかったから、朝から晩では済んでいない。最終的に立ち直ったのは彼女の夫と出会った時だ。

 初恋の頃とは違ってかなり落ち着いているように見えたが、彼と会うときの落ち着きのなさは隠しきれなかったと思う。実際に彼と結ばれた時は頬の緩みを誤魔化すことは出来てなかった。

 結婚してからも面倒だった。彼のここが嫌だとあんなところが頼りないだのと愚痴の相手に付き合わされた。そんなに嫌いならば別れればいいのにと私が言ったら、「でも」と言って別れたくない口実をつらつらとあげ続けた。彼はこんな良いところがあるのと自慢をする彼女は、このために私に愚痴を吐いたのではないかと思うくらい生き生きしていた。一通り自慢が終わったら彼女は満足するようで、スッキリとした表情で帰っていく。こんなことに度々付き合わされたので彼女がそろそろ愚痴を吐きに来るぞと予測すらできるようになってしまった。

 そんな彼が亡くなってからも大変だった。若くに夫をなくして子どももいない彼女はひとりで生きていくと言って聞かなかった。彼の葬儀でかなりの負担があったにも関わらずだ。私は再婚のひとつでもすれば生活も楽になると言ったのだが、彼女が提案に乗って来ることはなかった。

 年老いて歩くのもつらくなってきた頃に、こんなところでは生活が困難だろうと街なかに引っ越すことを提案した。彼女はこれも頑として認めなかった。家族と一緒に暮らした家と別れたくないと言っていた。私から離れたくないとも。私は彼女のためを思って引っ越してほしいと言ったというのに。やはり気に入らない。

 やっぱり私は───。

 すると先程まで黙って話を聞いていた少女が不意に近づいて、寄り添うように私の隣に座ってきた。そして少女は私の背中に手をまわして優しくさすりながら言った。

「さっきからずっと泣いてるよ?」

 少女の言葉を聞いてハッとした。指先で目元に触れるとたしかに濡れてしまっている。ああダメだ。泣いてはダメなのにどうやっても止められない。彼女との思い出といっしょにひとつひとつ溢れだしてくる。


 ───私は「バンシー」


 私が涙を流す時、その家には死が訪れる。


(笑う妖精 おわり)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ