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たまにはこんな冒険物語  作者: 神玉
サヤカのその日暮らし冒険記
12/19

新婚さんよろしく

 この国の魔法が発達してまもなく、結婚に対して1つの儀式が生まれた。それは「契りの指輪」と呼ばれる物であった。

 魔法が発達するよりも少し前は、結婚とは厳正なものであり、生涯にひとりの相手とのみ行われることが当たり前であった。


 しかし、時代が進むにつれて、夫婦でいる間に愛が冷めてしまった場合、夫婦でいることが本当に幸せであるのか、ひとりではない本当に求めるべき相手をもう一度探すことは許されないのかという声が多く上がった。


 そういった声が広がる前には結婚する際には永遠の愛を誓い「死がふたりを別つまで」というお決まりの言葉があったのだ。

 声が上がり始めてからはまるで「今日は愛しているけど、明日はどうかわからない」とでも言わんばかりに永遠を誓うことを避けだしたのだ。それが原因か分からないが、国の離婚率は爆発的に増え、結婚しては少し気に入らないから離婚するということがそこかしこで行われていた。


 こういったお手軽な離婚が流行してしまっては子を授かる夫婦が減ってしまうのは当然ともいえる。いつ別れるのか分からないのだから。しかし結局のところ、子供を授かってからの離婚もある。そうなると子供を育てる財力が無い場合は孤児院に渡すしかないのである。我慢することを忘れ、自分のことしか考えられない幼い大人が増えてしまった結果であると言えるだろう。


 この現状を嘆いた魔術師協会の一員が開発した物が「契りの指輪」である。

 これは夫婦を一心同体にすることを思想として作られており、一度付けたら外すことは出来ない。さらに互いの想いを共有するという力がある。それは肉体的痛み、さらには心の痛みさえも共有するのだ。

 相手を愛せば自らも幸せを感じ、相手を傷つければ自分も辛い。こうして契りの指輪により奇妙ではあるが互いを思い合う夫婦となりて、手軽な離婚はなくなった。

 しかし、安心も束の間、契りの指輪による心中自殺が起こった。契りの指輪は痛みをも共有するため、死ぬほどの痛みを受けた場合、脳が耐えきれず死に至るのだ。


 この事件は複数あったものではない。この一件のみだ。しかし、元々契りの指輪は人間の自由を侵害するとして反発の声もあったのだ。

 そして、この事件後にそれ見たことかと言わんばかりに反発の声を大きくし、契りの指輪は結婚における儀式としての義務を失った。


 ただ、契りの指輪自体は現代でも残っている。任意で付けること、自由に外せることという多少の変化はあるが、感覚の共有は残っている。この感覚の共有のために指輪を付けたがる夫婦はかなり稀である。

 しかし、それでもいることにはいるのである。愛故か、自分が幸せであることを見せつけたいのかはたまた他の理由か。それはきっと本人達もよく分かってないのだろう。




「それじゃあ、この度はよろしくお願いします」


 眼の前にいる男性と女性に向けて挨拶をする。男性は細身で長身、涼し気な目をしている。女性は小柄で赤い三角巾を頭にかぶっている。ニコニコという言葉がぴったり当てはまるだろうという表情をしている。


「こちらこそよろしく頼むよ」


「よろしくね」


 今日の依頼人である「ロウ」さんと「ユリエ」さんだ。仕事の内容は「百本のナズナの花束作りの手伝い」だ。優しい爽やかな声のロウさんと語尾が伸ばしておっとり話すユリエさん。

 

「それでは早速今日の依頼内容についてなんですが……」


「あぁ、サヤカさんにはユリエの手伝いをしてもらいたくてね」


 ロウさんは隣にいるユリエさんに視線を送りながら言った。


「それはいいのですが……どうしてナズナの花束を……?」


「それはね、昔から夫となる男性は"瑠璃"を女性に渡して永遠の愛を誓い、妻となる女性は"ナズナ"の花束を渡して全てを捧げますって答えてきたらしいんだ。まぁ願掛けみたいな物だよね」


「へぇ、そうなんですか」


「わりと一般的な話なんだけど、聞いたことないかい?」


「……すみません。そういった話には疎くて」


 私がそう言うとロウさんは気にした様子もなく話を続けた。


「まぁいっか、それでここまでは儀式のような物なんだけど、瑠璃とナズナの花は"契りの指輪"を作るための素材としても使われているんだ。だから───」


「えぇ!? 契りの指輪ですか!?」


 契りの指輪といえば、付けたらあらゆる感覚が共有される恐ろしい指輪だったはず。自分の体が自分の物ではないかのようになることを考えたら恐怖でしかない。


「……こっちは知ってるんだね」


「契りの指輪ということは……」


「そう、僕たち結婚するんだ」


 ふたりの姿を見れば仲が良いのは一目瞭然だ。ここで顔を会わせたときからユリエさんはロウさんの腕に抱きついてニコニコしている。そんなふたりだからこそ契りの指輪を作りたいと思ったんだろう。


 別に四六時中はめている必要は無いわけだし、結婚の記念として作る夫婦だって別に珍しくはないか。初めは驚きはしたものの、そう考えるとそれほどおかしなことではないのかもしれない。


「それはそれは、おめでとうございます」


「ありがとう。そういうわけでユリエの手伝いをお願いしたいんだ」


 ロウさんは左側に立っているユリエさんに優しい眼差しを向けながら言った。目があったユリエさんは頭をロウさんの方へとくっつける。


「わかりました。ただ、私はナズナがどこに咲いているか心当たりがありませんよ?」


 花を綺麗だと思うことはあっても特別に気にかけているわけではなく詳しいことなど知らない。そうなるとナズナを探すことが大変だと思っていた。すると、先ほどからロウさんの腕に抱きついたままのユリエさんが口を開いた。


「咲いている場所も数も心配ないわよ。街の隅に大きなナズナ畑があるから」


 ゆったりとした口調でそう言った。なるほど、そうだったのか。てっきり外に採りに行くから護衛をするものだと思っていたけど、それなら安心だ。


「ところでロウさんはユリエさんのお手伝いはされないのですか?」


 今の話を聞く限りだとロウさんはナズナの花を摘むつもりがなさそうだ。


「本当は手伝いたいんだけど、僕は瑠璃を採ってこなくちゃいけないからね……」


 ロウさんは残念そうに言った。それなら日付をずらせばいいのではないかと提案してみたけれど、ロウさんがお仕事をお休みするのは難しいようだ。今日くらいしか日にちが合わなかったらしい。


 それほど忙しいのかと驚く。聞けばロウさんは王国騎士団の一員で日夜訓練をしているらしい。正直な話、見た目はほっそりしていて優男といった雰囲気だ。とても強そうには見えないがユリエさん曰く───。


「ロウったらとっても強いのよ。役職があるわけではないからあまり目立たないけれど、強さは騎士団の中でも指折りなの」


 ───だそうだ。人は見かけによらないみたい。しかし……。


「ユリエが側にいてくれれば僕はいくらでも強くなれるよ」


「嬉しい……。じゃあロウのためにもっと素敵にならなくちゃね」


「ユリエ……。これ以上素敵になって僕をどうするつもりだい?」


「そんな、どうするつもりもないわ。ただロウにふさわしい女になりたいだけよ」


 ………………ふたりの仲の良さは見た目通りのようだ。




「いってらっしゃ~い」


「あぁ、行ってくるよユリエ。サヤカさん、ユリエをお願いするよ」


「はい、お気をつけて」


 軽装で歩いて行くロウさんと手を振ってそれを見送るユリエさん。


「お、ロウじゃねぇか。ん? 珍しくユリエさんがいねえな。喧嘩でもしたか?」


 ロウさんが歩き出してすぐのところで、知り合いらしき人に呼び止められている。


「そんな訳がないだろう。これから瑠璃を採ってくるところさ」


「おぉ! ってことは遂にってことか!?」


「あぁ、帰ってきたらユリエと結婚するのさ」


「やっとかよこいつめ! いつになったらするのかと思ってたんだ。めでてぇな!」


男性はロウさんの背中をバシバシ叩きながら笑っている。


「ありがとう。じゃあ、行ってくるよ」


「おう! ……でも気をつけろよ。最近あの山には飛龍が暴れてるって話だぜ?」


「そうなのか。見つからないことを祈るよ」


「まぁ、お前なら飛龍の一頭や二頭、問題ねぇか! 行ってこい」


「ああ行ってくる」


 ………………………………。


「………………ユリエさん。止めなくて大丈夫ですか?」


「どうして?」


 首をかしげて心底不思議だといった様子だ。もしかしてさっきのロウさん達の話を聞いていなかったのかも。


「え、だって飛龍が……」


「大丈夫よ。ロウは強いもの」


 どうやらユリエさんは知ったうえで止めないらしい。ロウさんは強いからの一点張りだ。


 ………………なんか不安な言葉ばっかり。


「じゃあサヤカちゃん。行きましょうか」


 ユリエさんは振り返ることもなく歩きだした。私はユリエさんの後をついていくだけだ。




 一面に咲くナズナの花、決して派手なわけではないが、しっとり綺麗な花畑だ。


 私たちの他にもちらほらとナズナを摘んでいる人達がいる。きっとあの人達もおめでたいことなのだろう。


「さてと、サヤカちゃん。私たちも摘みましょうか」


 ユリエさんはそう言って袖を捲くると屈み、ナズナを摘み始めた。


 私も近くに腰を下ろし、一本一本を丁寧に摘んでいく。


「それにしてもどうして手摘みするんですか? 花屋なら街にあったと思うのですが…………」


「あら、知らないの?」


 ユリエさんは少し不思議そうな顔を浮かべてこちらを見た。


「何をですか?」


「街の花屋にはナズナは売られないのよ」


「そうなんですか?」


 …………そんなことがあるのだろうか。先ほどのロウさん話によれば、この国では伝統的にナズナを用いている。必要としてる人は常にいるはず。


「伝統だからこそ、お金に換えるようなことはしたくないのでしょうねぇ」


「そういうものしょうか? 特産品とかになりそうですけど……」


「あら? 確かにそうね。うふふ」


 そんな取り留めのない話をしながらナズナを一本、また一本と摘んでいく。ふたりがかりでもあるし、それ程時間もかからなそうだ。


「ふたりはどうやって出会ったんですか?」


「え?」


 ユリエさんは手を止めてこちらを見た。


「あぁいえ、ロウさんとユリエさんはどうやって出会ったのかなと、ずいぶんと仲がイイようですし」


「あら、気になるの? じゃあちょっと語っちゃおうかしら。あれは、どれくらい前だったかしらねえ」


 そう言うと目を瞑り頬に人差し指をあて、ゆっくりと語り始めた。


「私パン屋をしてるんだけどね? あ、"ユリエのパン工房"サヤカちゃんも来てねっ」


「あ、はい」


「それでね……」


 ユリエさんは揚々と続けた。


 ロウさんはユリエさんのパン屋で毎日のように朝食を買う常連さんだったらしい。その頃のユリエさんはロウさんに対して気の良い常連さんくらいの認識で、どんな仕事をしているかは知らなかったそうだ。


 毎朝お店に来るロウさんと少しずつ、初めはおすすめのパンの話から仲良くなっていき、その温厚な人柄に惹かれていったという。


 そんなある時、お店にユリエさん目当てでくる男性客が現れて、いくら断ってもしつこく迫ってきてとても困っていたのだが、そこを助けてくれたのがロウさんなんだと。


「あの時のロウは格好良かったわぁ。あ、もちろん今も素敵だけどね」


「それでお付き合いをすることに……?」


「そう! 彼のおうちに招待されたときは驚いたわ。とっても立派なお屋敷なんだもの。でも、私はただのパン屋。彼は王国騎士でしょ? 彼のご両親からはすごく反対されちゃってねぇ」


 ロウさんの家系は代々国に仕える騎士だそうで、ご両親としては良い家柄、つまり貴族のご令嬢と結婚をしてもらいたかったのだそうだ。


「彼の両親はすごく反対してたんだけどね。彼が私との結婚を認めてくれなければ勘当するって言い切っちゃってね。彼の両親もその本気が伝わったのか少しずつ認めてくれるようになったのよ。…………あの時のロウの横顔……凜々しくて……ほんと……すき……」


 …………その時の状況を思い出してるのだろうか。うっとりとした表情で頬に手を当てている。


「……………………それは、カッコイイですね」


 ――と言うしかない雰囲気だ。


「ええ、そうなの!! それにね、ロウはカッコイイだけじゃなくて──────!!!」




「……でね!! ロウったらこの前もね!」


「……へぇ……そうなんですか」


 八十八、八十九、九十、九十一…………。


「それにね、このお仕事を依頼するときだって、私は男手の方がいいんじゃないの? って言ったんだけどね。そしたらなんて言ったと思う?」


「……………………さぁ、なんでしょう?」


 九十二、九十三…………。


「ユリエの側にあまり男性がいてほしくないんだ。なんてヤキモチ焼きなカワイイ一面もあってね!」


「…………………………そうですか」


 九十四、九十五、九十六…………。


「もう、私の瞳はロウ以外の男の人には興味を示さないっていうのにねっ」


「………………………………そうですね」


 九十七、九十八、九十九…………。


「そうそう、それからね……」


「終わりましたよ」


 私はナズナを百本集めたことをユリエさんに告げた。


「…………ってあら? ……あっ!! ご、ごめんなさいね。私ったらつい。お喋りに夢中になっちゃって……」


 ユリエさんは申し訳なさそうな顔をして両手を合わせて謝っている。が、話題を振っておいて後半の話をほとんど聞いていなかったので、私にも後ろめたい気持ちがある。


「ごめんなさいねサヤカちゃん。私の役目なのに話してばかりで」


「いえいえ、私も仕事ですから…………。出来るだけのことをするのは当然ですよ。…………では戻りましょうか」


「えぇ、そうね。ホントにありがとう」


 百本あるナズナをふたりで半分こにして持ち帰った。…………さすがに重かった、というより大きくて持ちにくかった。




「すごい大きさになったわねぇ」


 ユリエさんたちの家にお邪魔させてもらい、持ち帰ったナズナを花束にした。百本あるのだから、それはもう大きい花束だ。


「これで後はロウさんの帰りを待つだけですね」


「えぇそうね。…………でもロウったら少し帰りがような気がするわ」


 …………何かあったのだろうか。そういえば出かける前に飛龍がどうとか言っていたはず。まさか飛龍に…………? 不吉な考えが私の脳裏によぎる。


 私とユリエさんは互いに窓の外を眺める。もうすぐ日が暮れるころだ。


 そこへ──────。


 ドン!ドン!ドン!!!


 ──────と扉を叩く音がした。


「あら、こんな時間に誰かしら? ロウならそのまま入ってくるだろうし………。はぁ~い」


 ユリエさんは椅子から立ち上がり間延びした声で、大きな音を鳴らす扉の方へと向かっていった。


「はぁい。どなたでしょうか?」


 扉を開けるとそこには出かけるロウさんに声をかけていた男性がいた。


「ユリエさん…………! はぁ……よかった家にいて……。ぜぇ……はぁ……」


 男性はかなり大慌てでここまで来たようだ。膝に手を置いて肩で息をしている。


「あ、あら、どうしたのかしら? 大丈夫ですか?」


「い、急いで街の入り口の方まで来てくれ!! ロ、ロウの奴がち、血まみれで! と、とにかく来てくれ!!」


 話を聞くと、全身血まみれのロウさんが街の入り口で、ユリエさんのことを呼んで欲しい言っているのだそうだ。そのことを伝えると男性は走って行ってしまった。


「大変ですよユリエさん! 急いでロウさんの元へ向かわないと!!」


 話を聞いて私も慌てて椅子から立ち上がった。


「えぇそうねぇ。じゃあ、ちょっと待っててね準備するから」


 そう言うとユリエさんは気にした様子もなく、先程までと変わらないゆったりさのまま別室に入ってしまった。


「ちょっと……!?」


 あっけに取られた。あまりにも自然に部屋へと入っていくものだから、私はその後ろ姿を見送ることしか出来なかった。


「ユリエさん……! ちょっと何をしてるんですか!? すぐ行かないとロウさんが……!」


 扉を叩きながら問いただす。しかし、一方のユリエさんは全くのお構いなしに……。


「はいはい、ちょっと待ってね。すぐ準備するから……。えぇっと……これと、これでいいかしら」


 部屋の中からゴソゴソという音がして、あいもかわらずおっとりとした声で返事をするユリエさん。呑気にも程がある……!


「お待たせ。捜し物でちょっと時間がかかっちゃったわね。じゃあ行きましょうか」


 ユリエさんが手提げ袋を片手に部屋から出てきた。まるでこれからお夕飯の買い物にでも行くかのような雰囲気だ。


「何をしてたんですか!? 早く行きますよ!」


 私はユリエさんの手首を掴んで大急ぎで走り出した。


「え、ええ?」


 戸惑うユリエさんを尻目に全速力で駆け抜ける。この家からそんなに近くないから急がなければ。


「ちょ……ちょっと……はぁ、はぁ……、サ、サヤカちゃん。もっと……ゆ、ゆっくり……! はぁ……はぁ……。私、そ……そんなに……は、速く……はし、走……れない……はぁ」


 何を悠長なことを言ってるんだこの人は……! 少しでも早く恋人の元へと行こうという心はないのか……! 


 私は訴えてくるユリエさんを無視して走り続けた。


 結婚をするというのにこの程度の思いやりしかないの!? 全く理解できない。大切な人に何かあったら心配する物じゃないの……!?


 少しの苛立ちを感じながらロウさんのいる場所に向かった。そこには……。


「ロ……ロウさん……!」


「あ、サヤカさん。お疲れさま。ユリエを連れてきてくれたんだね。…………ユリエ大丈夫かい? そんなに急がなくてもよかったのに……」


 ロウさんが息を切らしているユリエさんを心配そうに見ている。


「はぁ……はぁ……。こ……これは、はぁ……サヤカ……ちゃんが……はぁ。……ちょっ……ちょっとま、待ってね……」


 ゆっくりと深呼吸をして呼吸を整えるユリエさんを待つ。


「はぁ……ふぅ……。サヤカちゃんがね、なんだかすごい勢いで私を引っ張るものだから……ふぅ」


「そう! そうです! ロウさんが血まみれで大変って聞いたので! だ、大丈夫なんですか!? 頭から足まで真っ赤なんですけど!?」


 今のロウさんは体中から値を滴らせている。……が、なんだかいつも通りだし、どういうことなんだろうか……? 


「サヤカちゃんったら、ロウが血まみれって聞いて勘違いしちゃったみたいね」


 そう言うとユリエさんは手提げ袋から指輪を取り出し、左手の人差し指に付けた。


「目を瞑っててねぇ。水を出すから」


「うん。よろしく頼むよ……」


 ユリエさんが付けたのは水の指輪で、魔素を水に変えることの出来る魔道具だ。その水で血まみれのロウさんを洗った。


 ……。


 さきほどまで血まみれだったロウさんは、瞬く間にキレイになり、傷一つないことがわかった。


「ふぅ……。さっぱりしたよ。ありがとう、ユリエ」


「どういたしまして。……じゃあ拭いていくから少し屈んでね」


「……これくらいでいいかな?」


「もうちょっとだけ……うん、それくらい。じっとしててね」


 キレイになったロウさんをユリエさんは優しく、丁寧に拭いていく。


「あの、えぇっと……? あれ? その、つまり?」


 理解が追いつかない。血まみれのロウさんはなんだったのか。


「あはは。僕は見ての通りピンピンしてるよ」


 拭いてもらいながら答えるロウさん。なんだか子供のようだ。


「じゃあ、さっきの血は……?」


「あぁ、あれは途中で遭遇した飛龍の返り血だよ」


「か、返り血……?」


 つまりロウさんに付いていた血は全て、ロウさんが討ち取った飛龍が流したものだったというわけだ。


「心配して損した……」


「ははは、なんだか悪いことをしちゃったかな? ……と、ありがとうもう大丈夫だよ」


「はぁい」


 ユリエさんはロウさんを拭く手を止め、手ぬぐいを手提げ袋の中に戻した。


「それで……その飛龍はどうしたんですか?」


「あぁそれなら精肉店でおろしてもらってるよ」


 街に入る時に血まみれのロウさんは門番の人に呼び止められたらしい。血まみれの人がロウさんであることに気づいた門番は、慌てた様子で血まみれの原因を聞き、飛龍の返り血であることに納得し、急いで精肉店の主人を呼んできたのだとか。ロウさんってどれほど強いんだろう……? まともな武器は無くて採掘道具くらいしか持っていっていないはずなのに。


「そうでしたか。……それで、ユリエさんを呼んでたっていうのは……?」


「頭から血を浴びちゃったからね。目を開けることも一苦労で、街まで来るのも大変だったんだ。それで、街に入った時にはすぐにユリエに助けてもらおうかなって」


「……それだけですか? それだけだったらユリエさんを呼ぶ必要はありませんよね? その辺の人に頼めば良かったんじゃないですか? 王国騎士のロウさんなら顔も知られてますし、協力してくれる人はたくさんいますよね?」


 私は湧き出してきた疑問をロウさんにひとつ、またひとつとあげていく。焦ってきた自分が少し恥ずかしくてなんとなく正当化したかった。


「あぁそれはね……」


「それは……?」


「ユリエに拭いてもらいたかったからね」


 真面目な顔してそう答える。


「…………………………………………はい?」


「やっぱりユリエに拭いてもらうと、より一層キレイになる気がするし、何よりその方が幸せを感じられるからね」


「もう! ロウったらぁ。うふふ」


 ユリエさんは頬を手で押さえながら緩みきった表情だ。


「…………はぁ」


 なんというかすでに真面目に話す気も起きなくなってきた。自分とはかけ離れた世界にいるんだなと思い始めてきているから。


「それじゃあ、ユリエさんが全く焦る様子が無かったのって……?」


「ロウが飛龍程度で怪我するわけないもの。それなのにサヤカちゃんったらあんなに焦ったりして、うふふ。ロウのこと分かってないんだから。まったくもう」


 ………………当たり前でしょ!? 何故さも知っていることが当然かのように言われなければならないのか。なんだこの夫婦は。夫の方は拭いてもらう為だけに妻を呼ぶし、妻の方は夫が血まみれだと聞いても一切動揺無し。


 …………この夫婦、ちょっと苦手かも。


「そうだ! 迷惑をかけたお詫びにご飯をごちそうするよ! 飛龍の肉を僕たち2人で食べるのも無理があるしね。いいだろ? ユリエ」


「ええ、それはいい考えね! ナズナを摘んでもらったお礼もしたいわ。焼きたてのパンをごちそうするわ」


「ほんとですか!?」


 …………やっぱり好きかも。




 後日、ロウさんとユリエさんは結婚式を挙げたらしい。らしいというのは私は誘われていないからだ。まぁただの冒険者が王国騎士の結婚式に呼ばれるとは思っていないけれど。あまり大きくするつもりが無かったらしく、身内だけで執り行われたようだ。……王国騎士の1人の結婚だというのにそれでいいのだろうか。


「結婚かぁ……」


 朝食をもらうためにいつもどおりの席について窓の外を眺めながら、誰に言うでもなくつぶやく。


「あら、サヤカちゃん。素敵な相手でも見つかったのかい?」


 宿屋のおばさんが朝食を持ってきてくれた。その表情は少しニヤニヤして、まるでからかうかの様だ。


「ち、違います! そうじゃなくて、ただ結婚ってどんな気持ちなんだろうって思っただけで……」


 なんとなく恥ずかしくて両手を胸の前で交差させて必死に否定する。


「なんだ、そういうことかい……」


 私に浮いた話があるのかと楽しみにしていたのだろうか。いや、おばさんはきっと他人の恋愛を演劇のような感覚で楽しんでるんだろうな。あからさまにつまらなそうな顔をしている。


「そうだねぇ。結局は本人たち次第だからねぇ。自分が相手をどう思っていて、相手が自分をどう思っているか。これが全てでしょうね」


「やっぱり、そんなもんですかね……」


「見た目の華やかさだけに舞い上がれば失敗するだろうね……」


「…………なんかあったんですか?」


「……さぁてね」


 ………………………………深くは聞かないでおこう。


(新婚さんよろしく おわり)


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