表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たまにはこんな冒険物語  作者: 神玉
サヤカのその日暮らし冒険記
10/19

聖女ミカ

 怪我をした体をおさえて、街を歩く。


「いたた…………」


 魔物との戦いで怪我をしてしまった。幸いにも擦り傷、切り傷と命に関わるようなものはない。


 こういった場合は、教会で癒やしの魔法をうけて治してもらう。


「すみません。怪我を治してもらいたいのですが」


「かしこまりました。聖女様はこちらでございます」


 神父様に案内されて、個室に入る。


 その部屋には、長い髪が特徴的な女性がひとり、ぽつんと座っているだけだ。背格好は細身で、衣服も一切の装飾がない。中には何もない。窓から外の光が入ってくるくらいだ。


「ようこそ、いらっしゃいました。サヤカさん」


 聖女の「ミカ」さんは、1日のうちのほとんどの時間、この部屋から出ることはない。そして更にいうと、教会から外に行くことは許されない。


 どうしました。とミカさんが私に問いかける。私は服を捲り、怪我をしている足と腕をミカさんに見せる。


 ミカさんは傷に手を添えると、目を閉じた。


「じっとしていてくださいね」


 淡い光がともり、ゆっくりと傷がふさがっていく。


「はい、治りましたよ。あまり、無理はなさらないでくださいね」


 ふさがった傷から手を離してにこやかに微笑むミカさん。


 私は冒険者だから無理をしないことこそ無理な話だと言った。


「わかっております」


 これは聖女が傷を癒やしたときの決まり文句なのだと笑っている。


 聖女として選ばれる条件は非常に単純だ。癒やしの魔法の才能があること、だと言われている。癒やしの魔法を魔道具無しで出来るものは希少な存在だ。


 もしも聖女という立場をやめたくなったらどうするのか。


 この部屋から出るためには聖女をやめる必要がある。特別な条件はなく、ただやめればいいのだ。ただし聖女をやめたものは二度と教会に足を踏み入れることは出来ない。


 私が聖女だったとしたら、こんな生活は耐えられないだろう。


「どうして、聖女はこの狭い部屋に入れられるんですか?」


 窓がひとつあるだけの、独房のような部屋を見渡しながら言った。


「それはですね。外の世界には多くの暴力が存在しているから、だと言われています」


「……? つまり、どういうことですか?」


 ミカさんの話によると聖女であるものは人々の怪我を癒やす存在。傷付けるようなことは知る必要がない。むしろ知ってはいけない、ということらしい。


「そんな理由で閉じ込められてるんですか?」


「そうです。そんな理由です」


 ミカさんは静かに、ふふふと笑った。


「ミカさんはどうして聖女を続けているんですか?」


「どうして、と言われましても……」


 こんなに狭い部屋で1日を過ごすのはどう考えても苦痛であるはずだ。実際にミカさんの他にもいたであろう聖女たちは見ることがなかった。きっと辞めてしまったんだ。


 今の時代であれば魔道具がある。決して教会に来なければ怪我を治すすべが無い、ということもない。だからミカさんがこの部屋に閉じ込められる理由はないじゃないか。


「そうかもしれませんね。私も時々思います。……もしも私に魔法が使えなくて、普通の女の子に生まれてきていたらどうなってただろうって」


 窓の外を見つめる視線は少し物憂げだった。それでもミカさんは聖女であって良かったと続けた。


「ここにはいろいろな人が来るんです。転んじゃった子供や包丁で指を切ってしまった主婦のかた。玄人の冒険者さんだって来るんです」


 楽しそうに話す姿は一切この場に文句がないとでも言いたげだった。


「怪我を治しているときにいろんな話をしてくれるんです」


 様々な外の話をここでは聞くことが出来るのだと続ける。例えば子供たちからはどんなところに行ったのか、女性からはどんな料理を作ったということを。冒険者からはどんな魔物と戦ったとか。


 それがとても楽しいのだと言う。


「そして、最後にはありがとうと言って笑顔で帰っていくのです。それで私は幸せです」


 私には少し理解の出来ない感覚かもしれない。たしかにお礼を言われて嬉しいのはわかる。人のために何かをしたいという気持ちもわかる。


 それでもどこか理解できなかった。


「サヤカさん。楽な生き方ならいくらでもあると思います。でも自分のしたいように生きる、と思うことはサヤカさんもわかるでしょう?」


「そうかもしれません。楽な生き方を選ぶなら冒険者はやってませんね」


 ミカさんはそういうことですよ。と言って、ふふふと笑った。


「まあ、私には冒険者が性に合ってるので」


「……ほんとにそうでしょうか?」


「……どういうことですか?」


「私いろんな人の怪我を治しているうちにある特技を身に着けたんです」


「へえ、どんなのですか?」


「その傷がどうやって付いたかがわかるんです」


 …………すごいことはすごいけれど、とっても地味な特技だ。


「サヤカさんの怪我は決して魔物にやられたとかではないはずです。きっと、追いかけてる途中で転んだのでしょう」


 ……ほとんど正解だ。たしかに、私の怪我は魔物との追いかけっこの結果と言えるだろう。


「正解は逃げてる途中で転んだんです」


「……………………冒険者、向いてますか?」


「引き際をわきまえるのは、一流の冒険者に必須ですよ」


 ミカさんはそういうことにしておきましょうと苦笑いの表情を浮かべた。


「それじゃあそろそろ行きますね。ありがとうございました」


「こちらこそ怪我をしてなくても悩みごとがあったらこちらへいらしてください」


「はい」


「それでは、最後に……」


 神の御加護がありますように。


(聖女ミカ 終わり)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ