蜘蛛女討伐
「すぅすぅ……ん~、ふぁ~」
悪くない目覚め、日和は良く、ぽかぽかと暖かい。
冒険者として生きていくため王都に来てから、もうすぐ一年が過ぎるだろうか。少しは強くもなっているだろうか。とはいえ、最初は右も左もわからず少ない報酬の依頼を細々とするしかなかった。最近はやっと魔物を討伐する依頼を受け持てる程度になった。もっとも、畑を荒らす小動物のような魔物ばかりではあるが。
そんな依頼で毎日を過ごしているものだから当然の悩みがある。それは――
「お金がない……」
――そう、日々を過ごすのに精一杯のお金を稼ぐのが関の山なのである。娯楽に使うお金はもちろん、お洒落にもほとんど余裕はない。同じ服を着回してばかりだ。しかも、休むことも許されない。お金がなくては泊まることすら出来ないのだから。
服を着替えて、長い後ろ髪を結ぶ。準備が出来たら部屋を出て階段を降りる。
「おはようございます。おばさん」
「おはよう。サヤカちゃん朝ご飯が出来ているけど食べてく?」
「あ、はい。いただきます」
「はいよ。じゃあちょっと待っててね」
席に着いて少し待つと、朝食をおばさんが持ってきてくれた。
「はい、どうぞ」
パン二枚に薄切りのベーコンが一枚、そして目玉焼きだ。平凡でありながら、美味しいに決まっているといった朝食だ。
「いつもありがとうございます。まともに宿泊費も払えないのに、屋根裏部屋に住ませていただけるうえに、こんなに美味しいご飯まで」
「いいんだよ。サヤカちゃんにはお店の手伝いをしてもらってるからね。お互い様だよ。ここに泊まっていく男たちは、サヤカちゃん目当ての奴らもいるくらいだからね。それにあの話、まだまだ期待してるんだからね」
「あの話って、私が冒険者を引退してこのお店で働くお話ですか?」
「そうそうサヤカちゃんにはうちの看板娘として、是非とも売り上げに貢献してほしいなぁ。冒険者よりも良い生活も出来るくらい、給料ははずむよ」
「あはは、まぁ今のところはやめるつもりはありませんので、期待しないでいてください」
「あらら、まただめかい。でもうちはいつでも大歓迎だからね」
「そのときが来たらお願いしますね。それじゃあごちそうさまでした。行ってきます」
「はぁい、気をつけて行ってきなよ」
さて、今日もその日暮らしのための依頼を受けるのだろうなと思いながら依頼を探しに酒場まで足を運ぶ。
――――――――。
「やぁ、サヤカちゃん。今日もお仕事かい?」
「おはようございますマスターさん。もちろんです。一日も休んでる暇なんて無いですから」
「それは、誰でも出来そうな簡単な依頼ばかり受けているからだろう。そろそろ、大物を狙いにいってもいいんじゃないかい?」
「う~ん、でもまだ自信が無くて」
「最初は皆そうさ。それでもやらなければ出来るようにはならないよ。成長をしたければ、自分の出来る一つ上に挑戦しなきゃ」
「うん、分かってはいるんですけどね」
「そうそう、いつかはやんなきゃならないんだから、先延ばしにしてもいいことないよ。それに、本当に実力が無いなら私だってここまで言ったりはしないさ。うちで依頼を受けて未来ある新人が命を落としただなんて、評判が悪くなってしまうからね」
「そう……ですよね。じゃあ少し見てみようかな……ってあれ? この依頼って――」
掲示板に並んでいるお悩み解決の依頼。その張り紙たちを端から眺めていくと気になるものが見つかった。
その依頼書には、ノンビリ村で攫われた子供たちを助けてほしいということ、報酬は都会でなければ小さな家が建てられるほどの高額であること。そして、攫ったのは「蜘蛛女」というものであるということだった。
「あぁ、それは今朝貼り出されたばっかの依頼だよ。興味を持ったのなら受けるかい? 当然、今まで受けてきた依頼みたいに簡単にはいかないだろうけど、報酬も破格だし、悪い依頼じゃないと思うよ」
確かに魅力的な金額ではあるがそれよりも――
「私、ノンビリ村の出身なんです」
「…………そうだったのかい、それじゃ気になるのも無理はない」
「はい、決して裕福な村ではないですけど、皆優しくて、あったかくて、良い村なんです。だから、私が行きます。私が皆を助けます。それに蜘蛛女の話は、私が村にいた頃に聞いたことがあります。調査の時間を省くことを考えて、私以上にこの依頼にふさわしい人はいないはずです」
依頼書を掲示板から剥がして、マスターさんに向ける。
「よし、分かったよ。それじゃあ依頼の手続きをしようか。出かける準備が出来たらまたおいで、それと馬車の手配はこっちでしておくから」
「ありがとうございます。それじゃあすぐ準備してきますね」
――――――――。
馬車に揺られながら半日ほど、ノンビリ村に到着した。
「ありがとうございました」
馬車から降りて、ここまで運んでくれた人にお礼を言い、お金を渡す。
「まいど、頑張ってね」
いつもは子供たちが外で走り回って遊んでるはずなのに、誰も外にいないとても寂しい光景だ。畑仕事や洗濯物をしまう大人たちの姿もない。これも蜘蛛女の影響だろう。
さてと、まずは村長さんに挨拶と依頼の話をしに行こうかな。
村長さんの家の前に行き扉を軽く3回叩く。
「すみません、村長さんいらっしゃいますか?」
………………反応がない。留守だろうか?
取っ手に手をかけてひねると、鍵が開いていることがわかる。
…………まさか。と思い勢い良く扉を開ける。
「すみません! 村長さん!」
もしかして蜘蛛女に連れ去られてしまったのか。
「誰だ!」
奥の方からしゃがれた男性の声が聞こえてきた。その手には鍬が握られている。
「村長さん! よかった、無事だったんですね」
「………………サヤカ。サヤカか? 久しぶりだな」
鍬をしまって来た村長さんは私を家の中に招いた。
「おじゃまします」
奥の方に隠れていたのか村長さんの奥さんもやってきた。
「いらっしゃい。サヤカちゃん久しぶりねぇ。ささ座って座って、今お茶を用意するからね」
村長さんの奥さんがそう言って台所に入っていった。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「一年ぶりくらいかしらねぇ。大きくなったわねぇ」
「あはは、一年じゃそんなに変わりませんよ」
「そうかしら? なんだかたくましくなったと思うわ」
「本当ですか。ありがとうございます」
「それで、どうして急に戻ってきたの?」
「あぁ、そうだサヤカ。今、村は大変なことになっておる」
「そのようですね、なんでも蜘蛛女に村の子供たちが攫われてしまったと」
「知っておったか。その通り子供たちは蜘蛛女のところに連れて行かれてしまったんじゃ」
村長さんから聞いた話は、子供たちが連れ去られてからというもの、子供たちは怖くて外を出歩くことも出来なくなってしまったこと。大人たちは、子供から目を離すまいと、家を空けるわけにはいかないと思うようになってしまったこと。子供たちが連れ去られてしまった者たちは、悲しみに明け暮れてしまったということだ。
「しかし、何故知っておる? ここに来る前に他の者と話をしたのか?」
私は首を横に振った。村に戻って来て話したのは村長さんたちが初めてだ。依頼書を村長さんたちの前に出す。
「私がこの依頼を受けました。私が蜘蛛女から子供たちを連れ戻します」
「なるほど、そういうことだったか」
「本当にありがとうねぇ、サヤカちゃん」
「いえ、村の皆は家族のようなものです。困ったときは力になりたいと思うのは当然です。…………まぁ、格好つけて言ってもこちらにも生活があるので、報酬はいただきますが」
「当然だ。こちらにだってメンツという者がある。助けてくれた者が誰であろうと、報酬は当然、依頼書の通り出す」
「すみません。家族のようだと言いながら」
「いいのよ、それに子供たちが帰ってきて、サヤカちゃんの生活が少しでも楽になるなら皆幸せじゃない。誰も怒ったりなんかしないわ」
「奥さんも、ありがとうございます。それで、今の状況を教えていただきたいのですが」
「あぁ、蜘蛛女の話は知っているだろう? この村の外れの森の奥に、寂れた館がある。そこに住み着いている魔物だ。上半身は人間の女性で下半身は巨大な蜘蛛のような姿をしている」
「えぇ、実際には見たことがないですが、村にいた頃はしきりに悪さをすると蜘蛛女に食べられちゃうぞと脅かされたものでした」
「そうだ、そうやって子供たちに言い聞かせてきたことが今現実に起ころうとしておるのだ。連れ去られた子供たちは全部で三人。最初はアリサだったな。村の近くの花畑に向かったのが最後で戻ってこなくなった」
アリサちゃん―――たしか今はまだ十歳にも満たなかったはず。とっても真面目で、優しくて村にいた頃は花冠を作って一緒にかぶってみたりもした。
「次に攫われたのが、サエだった。たまたま外に出たときに運悪く見つかってしまったんだろう。普段はあまり外に出るような子ではなかったからご両親もあまりうるさく言わなかったことが災いしてしまった」
サエちゃん―――おとなしくて、いつも絵本を読んでばかりいた。大きくなったら先生になって子供たちにいろいろなことを教えたいって言ってた。
「最後に攫われたのが、リキだ」
リキくん―――やんちゃで、お調子者なリキくん。いつか国一番の冒険者になって英雄の出身地として村を有名にしてやるとか大口を言ってたなぁ。強がってたけどなんだかんだ、私が村を出るとき一番泣いてさみしがってたのを今でも覚えてる。
皆、村の自慢の子供たちだ。そんな子供たちを連れ去って一体何をしているのかと、蜘蛛女への怒りがふつふつと湧き出てくる。
「必ず助け出します。この村から笑顔が消えてしまわないように」
私はすっかりぬるくなってしまったお茶を飲み干すとすぐに席を立ち家を出ようとした。
「待って、サヤカちゃん。街から来たばかりで疲れているでしょ? 今日は休んで、明日にしていかない?」
「でも、一刻も早く助けなくちゃ―――」
子供たちの身にいつ何が起こるか分からない以上、少しでも早く蜘蛛女のところに行かなければいけない。
「もちろん、それはそうだけど。もしも疲れが祟って、サヤカちゃんの身に何かあれば、子供たちが帰ってこないうえにサヤカちゃんまで…………。サヤカちゃんはさっき村の皆は家族のようなものだって言ったけど、サヤカちゃんだって当然、家族なんだからね」
「…………わかりました。ではお言葉に甘えて」
「それじゃあ、お部屋の用意とそれからお夕飯の準備もしなきゃね」
大仕事の前の休息、今まで受けてきた依頼では感じられない緊張感がそこにはあった。
私は武器の手入れをしながら明日に備えた。
――――――――。
次の日
「それじゃあ、行ってきます。日が暮れるまでには戻ってきますから」
蜘蛛女の館まではそれほど遠い訳ではない。日の出る時間にこの村を出れば、太陽が一番高くなる頃には着くはずだ。
「頼んだぞ、サヤカ」
「絶対、帰ってきてね」
村長さんたち夫婦に見送られながら蜘蛛女のいる森へと向かう。
森の中は薄暗かった。夜中に歩いていたら、間違いなく迷っていただろう。それに森の魔物もいる。出来る限り魔物たちに見つからないように警戒しながら歩く。蜘蛛女の館にたどり着く前に魔物に怪我を負わされてしまっては元も子もない。昨日、村長さんの奥さんに提案されたことに心中で感謝をする。
蜘蛛女の住み着いている館は、昔の貴族が別荘として建てたものだ。もうすっかりと使われなくなり、森を整備するものもいなくなったから住み着いたのだろう。
かつては貴族が歩いたはずの、雑草の入り乱れたかろうじて道であることが分かるところを歩き続ける。
子供の頃は遠くから見ているだけで怖かった森だが今は違う。私は強くなった。そうだ、私には力がある。大切なものを守る力が、そして何より、絶対に救い出すという意思がある。負ける訳がない。
私は自分に言い聞かせながら森の奥へと進んでいった。
――――――――。
おそらく今は昼前くらいだろう。森の奥深くは木が多く葉っぱで日の光が隠れるため暗い。そんな暗がりの中にあるのだから寂れた館はより一層不気味だ。
「ここが蜘蛛女のいる館ね」
武器を手に取り、館の扉を勢いよく開ける。
「出てきなさい蜘蛛女! 子供たちを返してもらうわ!」
すると館の奥からゆっくりと不気味な姿が現れてくる。間違いない、蜘蛛女だ。
最初に目に付いたのは紅玉のように真っ赤に光る目だ。次に毒々しい紫色をした肌と髪、あらゆるものを切り裂くためにあるかのような鋭い爪、そして八本の蜘蛛の足。
「あら、いらっしゃい。わざわざ子供たちのお迎え? ご苦労様」
どこか優雅な口調で蜘蛛女が話す。私は武器を軽く構えていつでも戦える準備をした。
「蜘蛛女め! 子供たちを連れ去ってどうするつもりだ!」
「どうって…………うふふ、ただちょっと遊んでただけよ。どう? あなたも一緒に遊ぶ?」
そう言って手招きをしている蜘蛛女からは余裕な姿が見られる。
「ふざけないで! 子供たちを返しなさい!」
私は全速力で蜘蛛女に向かって走り出し、構えていた武器を力一杯振り抜いた。
――――――ガコンッ!
「きゃあ!」
私の振り抜いた武器は蜘蛛女の側頭部に命中し、蜘蛛女は女性らしい悲鳴とともに倒れ、立ち上がる気配を無くした。
「………………………………え?」
…………倒れた? …………倒せたの? 今の一撃で? え? …………本当に? 生活がカツカツなせいで、鉄の剣すら買えない私の武器って木剣なんだけど。木で殴っただけで勝ったの?
「私に死んだふりは通用しないわよ。正々堂々勝負しなさい」
「きゅう~」
…………完全にノビている。今までの緊張が全て無くなるほどの拍子抜け。しかし本題は攫われた子供たちの安否だ。私は館の奥に進み大きな部屋の扉を開けた。
「皆、大丈夫!?」
そこには、確かに蜘蛛女に連れ去れた子供たちがいた。部屋の中を駆け回る子、行儀良く絵本を読んでる子、毛糸を使って編み物にいそしんでいる子が。
とっても落ち着いている。まるで友達の家にいるかのようだ。
「あぁ! サヤカ姉ちゃんだ!」
元気よく走り回っていたリキくんがこちらに気づく。
「久しぶり! いつ帰ってきたの?」
「え、ええ、つい昨日ね」
「お帰りなさい。サヤカお姉さん」
続いて編み物の手を止めてアリサちゃんがこちらに話しかけてくる。
「ええ、ただいま」
「どうしてここに来たの? お姉ちゃんもクモちゃんと遊びに来たの?」
絵本を閉じて、サエちゃんが訪ねてくる。
「ク、クモちゃん? どうしてって村の皆が心配してるんだよ? 皆が蜘蛛女に攫われて、帰ってこないから」
「え!? ここに来てからそんなに日は経ってないと思うけど…………」
「アリサちゃん。あなたが一番長くここにいるでしょ」
「ここって朝なのか夜なのかよく分からなくて」
「それにしたって――」
「それに! クモの姉ちゃんがたっくさん遊んでくれて楽しいんだ」
目を輝かせながらリキくんが言う。
「え、えぇっと…………?」
こんがらがってきた。蜘蛛女は子供たちを攫った悪いやつで、だから私が助けに来たわけで……?
「だから言ったでしょ? 遊んでるだけだって」
「うわぁ!」
さっきまでノビていた蜘蛛女が起き上がってすぐ後ろに来ていたみたいだ。
「あ、遊ぶって――」
「見ての通りよ。編み物を教えてあげたり、絵本を読んだり、鬼ごっこにかくれんぼだってしてたわ」
「……普通に遊んでただけなの?」
「さっきからそう言ってるじゃない」
呆れた調子で蜘蛛女が言う。
「ご、ご飯はどうしてたの?」
「森にいろんな野草が生えているわ、長年住んでるんだから、どれが食べていい物かなんて普通に分かるわ」
「蜘蛛の姉ちゃんの料理ってめちゃくちゃうまいんだぜ! 俺、野菜もたくさん食べられるようになったし」
「そ、そう、それは良かったね」
しかし、本当に遊んでいただけだとするといくらか疑問が残る。
「確かにあなたに悪意はないように思えるわ、でもいくつか聞いてもいい?」
「えぇ、どうぞ」
「そもそもあなたの目的は何だったの?」
「さっきから言っているように私は子供たちと遊びたかっただけよ」
「だったらどうして、ここに連れ去ったりしたの? 子供たちと遊びたいだけなら村に来て一緒に遊べばいいじゃない」
「…………そんなこと、出来るわけ無いでしょ」
蜘蛛女は少し寂しげに見えた。
「私のこの姿を見れば分かるでしょう? 人じゃないのよ私は。街を歩くだけで石を投げつけられる。誰も近づいてこようともしない」
昔、何かあったのかもしれない。苦々しい表情のまま続ける。
「そんな私が村に行ったところで子供たちと遊ぶことなんて出来はしないわ。そんな存在なのよ私は。子供と遊びたかった理由だって、子供たちなら色眼鏡なしで私と遊んでくれると思ったからよ。もちろん、子供が大好きでもあるけどね」
村で遊んでいる子供たちを見ているうちに、我満が出来なくなってしまったようだ。誰とも話すことの出来ない生活を何年も続けてきたせいだろう。
「確かに初めは怖がっていたけど、それでも接しているうちに仲良くなれるそんな気がしたの。現にこうして皆とも仲良くなれたでしょ」
なんだか、こちらが悪いことをしている気分になってくる。謝ってしまいそうな気持ちを押さえて最後の質問をする。
「で、でも、いくらあなたが子供たちと遊びたかったとしても、半年よ半年! こんなに長い間子供たちを攫って、ご両親の気持ちも考えなかったの!?」
「……………………それは、その」
なんだか歯切れの悪い返事が返ってきた。
「…………私もそのぉ…………早く帰らせなきゃとは思っていたのよ? 本当よ? …………だけど…………あの、そのぉ…………」
ここにきてやけに言葉につまり出した。何か言いにくいことでもあるのだろうか。
「何? はっきり言いなさい」
「あのぉ…………子供たちと遊ぶのがあまりに楽しくって…………だからぁ」
「だから?」
「あと一日、もう一日だけって思って遊んでたら、あっという間に半年経っちゃって…………その…………えへへ…………」
「…………」
「…………」
………………………………。
沈黙。気まずい空気が流れる。
「は? それだけ?」
「…………はい、ごめんなさい」
「………………はぁ、あなたに悪意はなかったってことでいいのね?」
「えぇ! もちろん」
……………………なんだかどっと疲れた。とりあえず子供たちを連れて帰ろう。
「じゃあ、私は子供たちを連れて帰るから、さぁ皆行くよ」
「はーい、クモの姉ちゃんも一緒に行こうよ」
リキくんが蜘蛛女に呼びかける。
「いや、私は…………」
「いいじゃん、俺もっと姉ちゃんと遊びたいよ」
「ありがとう、でもね―――」
「私もクモちゃんにもっといろんな本読んで欲しいなぁ」
サエちゃんも誘う。
「私も蜘蛛女さんにもっといろいろ教えてほしいです。編み物だけじゃなくて料理とかいろいろを」
アリサちゃんも蜘蛛女にすっかり懐いているようだ。
「……一緒に来る?」
子供たちがこれほど誘っているのだ私も無碍にはできない。
「いいの?」
「ていうか考えてみたらあなたは今回の騒動の発端なんだから、一緒に村に来てあなたの口から村の皆に謝りなさい」
「…………それもそうね。分かったわ」
「それから、受け入れるかどうかは村の皆次第だから」
「えぇ。わかってるわ」
「みんながいいよって言ってくれたらクモの姉ちゃんも一緒に村で暮らせばいいんだよ! そうすれば、いつでも遊べるよね」
「うふふ、そうね、でも住むためのお家が無いわ」
「そこに関しては、心配しなくてもいいわ」
「え?」
「それよりもあなたは村の皆に許してもらえるように誠心誠意謝りなさい」
「えぇ…………わかってるわ」
――――――――。
「すぅ、すぅ…………くう、むにゃむにゃ……………………うーん」
ゆっくりとベッドから体を起こす。今日も日和がよく小鳥の鳴き声で目が覚める。
今日もその日暮らしの冒険が始まるのだろうと考えながら、服を着替え、長い髪を結んで、屋根裏部屋から出る。
「おはよう、サヤカちゃん」
「おはようございます。おばさん」
王都での生活はこの始まりが板に付いてきたなと思う。
「朝ご飯の準備は出来てるよ。食べてくでしょ?」
「はい、ありがとうございます」
席に着き、少し待つと朝ご飯が運ばれてくる。シャキシャキのレタスとみずみずしいトマトが挟んであるサンドイッチとハムとチーズのサンドイッチだ。まずいわけがない。朝でありながら食欲を誘う食べ物だ。
「それにしてもサヤカちゃんさぁ」
「はい?」
「ついこの前、ずいぶんといい給料のもらえる依頼を成功させたって聞いたけど、まだ屋根裏部屋なのかい? 私としては、サヤカちゃんがお店を手伝ってくれて助かってるけどね。もう少ししっかりと休めるところにしてもいいんじゃないのかい?」
「あ、いやぁ…………実はその…………報酬はもうほとんど使っちゃいまして…………」
「えぇっ! あれだけあったのにほんの二、三日で全部使っちゃったのかい?サヤカちゃんってもしかして、お金使い荒いの?」
「あはは…………もしかしたらそうかもしれません。…………ごちそうさまでした」
「はいよ。こっちはいつでもあの話待ってるからね」
「もう何回も聞きましたよ」
「何回だって言うよ。サヤカちゃんをうちの看板娘にすれば売り上げはもっと期待できるんだから。冒険者に疲れたらいつでも言っておくれよ」
「まだまだ、先のことですよ。それじゃあいってきます」
さて、今日の冒険は何が待っているだろう。この期待に胸を膨らませる気持ちは冒険者の特権だろう。その日その日を暮らしていくので精一杯だけれど、私はとても満足している。
――――――――。
その日暮らしの冒険者サヤカ。その出身地であるノンビリ村には、子供たちの楽しげな声が響く、蜘蛛の巣の張った家があるらしい。
(蜘蛛女討伐 終わり)