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Cloud=NOISE  作者: 下野 枯葉
台風隠し編
3/17

二話 月鳥神の使命

 夏休みも後半。残り一週間という、世の学生が課題に追われる日々が始まろうとしていた。

 悠太は額から流れ落ちる汗を拭いながら美術室へ入る。

「よぉ、中世古」

 黒い長髪を一つに纏め、白衣を着た女性が不敵に微笑んだ。

 そして悠太に負けない程の死んだ魚の目を眼鏡越しに覗かせた。

「先生、今日は何を描くんですか?」

「気が早いなぁ? とりあえず続きをしながら聞けよー」

 慣れた足取りでキャンバスの前に座る。

「やっぱり油絵って嫌いなんですよね……時間かかるし」

「文句を言うな。これで正解なんだから。それに、美術部としては……な?」

(部員は俺と日向だけ、美術部のようなことはこれしかしてないのだから文句は言えないな)

「はぁ」

 渋々納得した声とも溜め息とも聞こえる声を漏らす。

 ペインティングナイフを手に取り、色を重ねていく。

 しかし重ねられる色は水色のみだった。

「いい絵だな」

「よくないですよ。『私』の空は」

 描く手を止めることなくそう答えた悠太は、何かを嘲笑うように口角を上げた。

「いいじゃないか、快晴だろう?」

「俺は有潜在者です。静寂は似合わない」

「似合わない……ねぇ?」

「ゆーた! 来たよー?」

 長い髪を揺らしながら駆けて入ってきたのは日向だった。

「遅かったね、日向」

「えへへ……バスの時間を間違えちゃって」

 集合時間を少し過ぎ、汗で前髪を額に張り付けながら日向は頬を掻いた。

「よかったな圦本、もう少し遅かったら中世古一人だったぞ?」

「えっ! よかったー」

 目を丸くした後に間に合ったことに安堵し胸を撫で下ろした。

「日向、真に受けるなよ。二人でなければ行かない契約だ」

「そうそう冗談よ。そんじゃあ今日も月鳥の空を晴らして来なさい」

「言われなくても」

 悠太のLSが超能力を引き出す。

 意識と肉体は乖離する。

 肉体は椅子に腰かけたまま、意識だけが窓の外へと飛び立つ。

「ゆーた……行ってらっしゃい」

 日向のLSは反射的に超能力を引き出させる。

 美術室は静寂に包まれる。

「過保護だな?」

 どこから取り出したのか、アイスを食べながら二人を見つめる先生は、どこか羨ましそうな視線をしていた。

「ゆーたを守れるのは私だけだから」

 日向の優しい視線は一転、鋭い視線は先生に突き刺さった。

「守護者として……か?」

「両方です」

 確固たる意志のもと開かれた双眸には強い意志が宿る。

 

「ちゃんと守れよ、月鳥の伝統と中世古の未来をな?」

 先生は静かに呟いた。

「無論。ゆーたの未来は私が作る。そして伝統は……作り直してでも守る」



 ……月鳥の伝統。

 月鳥町は毎週月曜日、夕刻に雲が消える『雲晴らし』という現象が起こる。

 それは過去に月鳥と呼ばれる神がこの町の天候を司っており、その能力が残滓として現代に影響を与えている。……とされている。

 月鳥神は月の化身として夕刻になると雲を消し飛ばし、月の光を町に降らしていた。

 しかし、実際は残滓が影響を与えているのではなく、中世古悠太の肉体に月鳥神が特殊潜在に共鳴し、乗り移り、雲を消し飛ばす使命を与えたのだ。

 また、日向は月鳥神の守護者を身に宿す有潜在者である。

 この二人が揃うことにより月鳥神が……悠太が使命を果たすことができるのだ。



「月鳥、いつも通りでいいのか?」

 美術室から飛び出した意識は異空間へと導かれ、見慣れた光景を認める。

 一面が純白の空間。そこには卓袱台と座布団、テレビが置かれている。

「んにゃー? いいよぉー!」

 卓袱台を前に座布団の上で胡坐をかくのは月鳥神。

 銀色の髪をハーフアップにし、巫女のような服を纏いながら煎餅を齧る。

「なぁ? 月鳥は手伝う気はないのか?」

 月鳥神は、この空間を自分の部屋みたいなもの……と言うが、どこで寝るのだろう? と、どうでもいいことを考えながら一応助けを求めてみる。

「手伝ってもいいけど……それじゃ、悠太君が成長しないからねぇ?」

「俺の成長……か。別にそんなことどうでもいいんだけどな」

 月鳥神に対面し、死んだ魚の目で見つめる。

 そんな目を見た月鳥神は煎餅を手渡そうとしてくるが、食欲もないので断る。

「レベルアップしてスキルを習得したくないの?」

「スキルは今ので十分だ」

 RPGのようにボタン一つで発動する最強スキルなら欲しいが、技術としてのスキルなら今持っているスキルだけで問題がない為、月鳥神の提案は却下される。

「そう? まぁいいよ、行ってらっしゃい。十日くらいで終わるでしょ?」

「七日で十分」

「慣れてきた頃が一番怖いからね?」

「杞憂だ」

 瞼を一度閉じ、開き直した悠太は空に浮かんでいた。

 相対するはかすみ雲。

 一面を埋め尽くす醜悪を認めた。

 またか……という呆れを含む嘆息が漏れ、覚悟を再度固める。

「消えろ!」

 かすみ雲は自然と悠太の内側に入り込む。

 月鳥神が悠太の背後で嘲笑した。

「さて、今日の雲はどんなものかね?」

 憎悪、恨み、辛み、憎しみ、妬み、嫉み、怨嗟……。

 あらゆる負の感情が悠太を包む。

「……消えろ」

 この町の負の感情が雲という不安定な形となり、空を覆う。

 月鳥神は化身として月の姿を見せているのではなく、負の感情を町から消し去っていたのだ。

 即ち、この町の負の感情を背負っている。

 ただの高校生が町一つの負の感情を背負っていることとなる。

「消えてくれ……」

 頭の中に直接感情が伝わる。


 アイツが俺の彼女を奪った、殺してやる。

 私の考えた事なのにアイツが我が物顔で語った、許さない。

 どんなに努力してもアイツには勝てない、俺は何もできないのか。

 俺をこき使いやがって、絶対に復讐をしてやる。


「じゃあ俺を殺せ、許すな、誰よりも劣ってやる――」

 負の感情は、そのマイナスイメージを悠太へ叩き付ける。

 魑魅魍魎。

 おおよそ人間が生涯のうちに受けるであろう負の感情を、わずか七日で受けた少年は虚ろな目を開き……雲を掴んだ。

「――だがその感情、消し去ってやる」

 雲を引きずり込み、その手で裂き続ける。

 その間に月は七回正中した。

 月鳥神の能力を持つ少年は、神々しく能力を振るうのではなく、悪魔の如く暴れ回った。

「痛いな……もう、心を消してやりたい」

 雲一つない快晴の空で一人呆然と立っている悠太は屍のようだった。

「心を消したら廃人になるぞ? それに日向ちゃんに怒られてしまうのは本意ではないよね」

「お前も、あの守護者に怒られるんだろう?」

「まぁねぇ」

 廃人になれば使命を果たせなくなるのは明確であり、常に安全に使命を果たせる環境を作っている守護者の思いを裏切ることも明確だ。

「それならまだ消さないさ……日向が助け続けてくれる間はね」

「直接伝えればいいのに」

「伝えられるならこんなに悩まないさ……よし、そろそろ帰るよ」

 悠太の意識は空から自由落下を開始する。

「お疲れ様」


 月鳥神の言葉を意識の片隅で聞き、肉体と意識は繋がった。


「……ただいま」

 今日の苦しみは先週のそれとほぼ同じだった。

 しかし、回数を重ねるうちに耐性がなくなっているのか、身体への負荷が大きくなっている感覚を実感する。

「……おかえり」

 優しく抱きしめられる。

「日向……ありがっ……くっ……」

 耐えきれず嗚咽を漏らす。

「……ゆーた」

「ひ……ひなたぁ…………」

 驟雨の如く流れる涙を日向は丁寧に拭った。

「まったくだねぇ? そろそろ壊れてもいい頃だと思うんだけどね」

 はずれ、と書かれたアイスの棒を咥え、先生は快晴の空を呆然と眺める。

「俺は……絶対に壊れない。この運命を背負い続ける」

 心拍数は跳ね上がり、呼吸も荒くなりながらも己の覚悟を宣言する。

「それに、私も守護者としてゆーたを守り続けますから」

 日向も悠太と同様に覚悟を示し、先生に対し敵対に似た感情をぶつける。

「フフッ……飽きないね。さて、来週から新学期だ……頑張り続けてくれたまえよ?」

 長かったはずの夏休みは、いつの間にか過ぎ去っていた。

 九月が始まる。

 終始、笑みを浮かべていた先生はこれからのことを予想し、誰にも気づかれないように肩を震わせていた。


 その頃、月鳥町のどこかではいざこざが和解へと導かれていったのだった。


こんにちは、下野枯葉です。


第二話。

月鳥神の使命……いかがでしたでしょうか?


個人的に月鳥神のキャラが中々難しいとか思っています。

でも書いてて楽しいですね。

本当は完全に纏めてから書くべきなんでしょうけど、ちょっとした理由で八割纏まっている段階で書いています。

このキャラ……面白れぇ!


あ、そういえば……毎週投稿をしているので、日曜日の夜に更新しています。

興味を持っていただけたのなら、是非毎週来てください(懇願)




では、今回はこの辺で。




最後に、

金髪幼女は最強です。

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