一話 雲を消す者
「雲の隙間からこんにちは!」
笑顔の少女が少年の視界に入り、元気な挨拶をした。
ここは月鳥町にある高校。
都会とも田舎とも言い難い微妙な街にある商業科の高校。
真夏の日差しが地面を焼き、蝉の声が響き、入道雲が悠然と空に佇む。
一番南の棟の四階。
美術室から空を、入道雲を眺めていた少年……中世古悠太は視界を塞いだ少女にデコピンを当てる。
「いったーい!」
おでこを抑え、その場にしゃがみ込む少女。
名前は圦本日向。栗色の髪が腰のあたりまで流れ、前髪を一つに纏めている。いわゆるポンパドールだ。
二人は美術部部員である。しかし、部員総数は二名のみであり、廃部寸前であるが、顧問がいることもあり廃部にならずに済んでいる。
「ちょんまげだから防げないんだよ」
悠太は死んだ魚の目をそのままに、視線だけ日向に向けそう言う。
厳しい校則に抗うことなく短く切られた黒髪、制服を正しく身に纏う悠太は模範生に見えるだろう。
「ちょんまげじゃないよ! もっと可愛いもん!」
涙目になりながらしゃがみ続ける日向の訴えは、無視という一番ダメージの大きい方法で退けられた。
「ゆーた! 無視しないで!」
「はいはい、無視しないから。静かにね」
雑にあしらい、入道雲を見つめる悠太は静かに目を閉じていく。
「ゆーた……また描くの?」
大きく深呼吸。
「勿論だ」
「むぅー……」
頬を膨らませ、不機嫌になる日向。
「明日には帰ってきてね」
「いつも通り、来週だ」
「長いよぅ……」
「仕方ないだろ……それと」
「ん?」
「水色のパンツ見えてる」
悠太の意識は、折れた羽根をデザインしたLSが起動したと同時に肉体から乖離した。
「ひゃっ!」
耳まで赤く染めた日向は、入道雲を睨みつけた。
「ゆーたはあげないからね」
べー。と舌を出し悪態をつく。
ジャンプをしながら立ち上がった日向は、悠太をそっと抱きしめ一言呟く。
「雲なんて消えちゃえばいいのに……」
白く美しい羽根をデザインしたLSが起動する。
美術室は静寂に包まれ、グラウンドの野球部の声を遮った。
「ゆーた……行ってらっしゃい」
囁かれた言葉が静謐な空間に響き、残響が消えた瞬間に入道雲は姿を消した。
悠太の体の内側では超能力が肉体と精神の崩壊が起ころうとしていたが、LSがそれを引き受けていた。
「……ただいま」
死んだ魚の目は、より一層虚ろになり少しだけ開かれた。
「おかえり」
変わらぬ日常が見える。
日向は帰ってきた悠太を強く抱きしめる。
悠太の目からは涙が零れる。
「もう、一人じゃないよ」
その言葉を聞いて、悠太は嗚咽を漏らす。
「日向……ありがと」
有潜在者の少年は己の使命を受け入れ、その使命を果たす。
少女は少年の使命を知り、その慈愛で癒す。
少し変わった有潜在者達のお話。
うら若き二人は超能力の定めた運命に弄ばれ、その青春を溶かしていく。
こんにちは、下野枯葉です。
最近、別のシリーズが完結し、この作品を再び書き始めました。
また頑張っていこうと思います。よろしくお願いします。
今回のお話は超能力が当たり前のものになった世界です。
そんな超能力的な、なろう的な世界で青春を溶かす少年少女……うん、良いですね。
これからも毎週投稿を予定していますので、よろしくお願いいたします。
では、では……。
今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。