十六話 神と喜劇家は酷く……悲しく……独り
月鳥中央病院の一室。
学校祭から二日経った月曜日。
相も変わらず、この日の空は快晴だった。
「それでそれで?」
雪姫は食いつくように紅輝に問う。
「乗り気じゃなかったんだけどね……協力することにしたんだ」
それは学校祭での活躍への序章。
「ちゃんとお手伝いできた?」
「上手くいったよ。そこそこ大きい竜に変えられたしね」
チェッカーベリーを手の上で転がしながら思い返す。
「私がいればもっともーっと大きくできるよ」
「うん……そうだね」
「ねぇ紅輝君……」
「ん?」
「来年の夏こそ、約束……ね」
申し訳なさそうに俯きながら、目を合わせる。
その口ぶりから今年はその約束を果たせないでいたことは明確だ。
「おう。その前に元気にならないとだね」
「もちろん!」
ふと紅輝が時計を見ると午後五時半を回っていた。
「それじゃあ今日は帰るね……また明日」
「またね」
ベッドの上で手を振る雪姫を見て、いつも通りの安心感と、この状況を『いつも通り』と思ってしまった違和感に苦しんだ。
その日紅輝はすぐに家に帰らず、病院の裏手にある丘に登った。
雲一つない空から夕日が煌々と照り付ける。
「これじゃあ成功しても見えない」
ポケットから取り出したチェッカーベリーの実。
そろそろ収穫の時期になる。
前期の実たちは形も良く、超能力によって三月に収穫したものは今まで残っている。
LSに優しく触れ、機能を確認する。
この丘で何度LSを起動しただろう。
この丘で何度泣いただろう。
この丘で何度……花を咲かせようと思っただろう。
「咲けっ!」
強い願いを空に描く。
花火だ。
超能力を発動し、チェッカーベリーの形を変える。
導火線、星、割薬……構造は調べた。
製造方法も実際に見学をしたこともある。
距離が離れるにつれチェッカーベリーの形が歪み始める。
「まだ……まだだ」
徐々に速度が落ち、輝きを失う。
不規則に光の尾を引き、速度を落とす。
一瞬の停止の後、直線を描きながら落ちた。
「無理……だよ」
その場に頽れ、自分の無力さを恨む。
「雪姫」
紅輝は隣に雪姫の姿を探した。
いないとわかっていても探した。
唇を噛みながら強く握り締めた拳で地面を叩いた。
ふたりで花火を打ち上げよう。
綺麗な花を空に咲かせ、みんなに自慢してやろう。
小さい頃に交わした約束は九年経った今も果たされていない。
同時刻、生徒会室。
「頑張れよ、多氣」
生徒会顧問の鮫島先生は修慈の肩を叩きながら何度も頷いた。
鮫島は陸上部の顧問も務める国語科の教師だ。
スキンヘッドに丸眼鏡、痩せ型。冬の寒さが近づいてきた現在でも長袖のワイシャツの袖を捲り、筋肉質の腕を露わにしている。
「はい、ありがとうございます」
修慈は鮫島に笑顔で応え、頭を下げた。
手には数枚の原稿用紙。
学校祭も終わり、三年の生徒会役員は引退。
つまりは生徒会選挙が行われるのだ。
修慈は生徒会長に立候補し演説を行う。
その為の原稿を鮫島が添削していたという訳だ。
添削と言えば聞こえは良いが、ただ目を通しただけ。
修慈が数分の演説用原稿で情報の不足や、相応しくない言葉を使うはずがない。
「まぁ、多氣なら対抗馬が出たとしても負けないだろうがな」
今回の選挙で生徒会長に立候補したのは今のところ修慈一人なので、信任投票が行われる。
「対抗馬ですか。生徒会長に相応しくないですが、私以上のカリスマを持つ人間がいます」
自分が敵わない、そう思える人間が脳裏に映る。
「ほう? 面白いヤツもいるんだな? 多氣を超える……一体誰だ?」
鮫島は修慈の言葉に興味が沸き、顎に手を当て、優秀な生徒の顔を思い浮かべながらそう聞いた。
「一年の中世古です」
修慈の目は、思い浮かべた生気のない悠太の目とは対照的に輝きを宿していた。
「……中世古? アイツが?」
鮫島も同じくやる気の無い生徒という印象を持つ悠太の姿を思い浮かべていた。
何故? どうして?
どんな視点から悠太のことを見ればそんな考えになるのだろうか?
その疑問に修慈は答えず、感情を投げ続ける。
「えぇ……俺はアイツを超えなければならない――」
修慈の覚悟はここで決まった。
それと同時に『雲晴らし』が起こり、夕日が生徒会室に差し込み、修慈を照らした。
「――あ、すみません。対抗馬の有無に関わらず全力で臨みます」
鮫島が完全に硬直していることを認めた修慈は、正常を取り戻し意気込みを語った。
「お、おう」
「では、失礼します」
会釈を一つ。
高鳴る鼓動を抑えながら退室する。
「気をつけて、な」
修慈の姿を追い切れなかった鮫島は、呆然と決まった台詞を声にした。
「中世古……」
同時刻、美術室。
「うん、調子が……いい」
悶絶寸前といった表情で床に座り、壁にもたれかかる悠太。
肩で息をして、時折唾を飲み込む。
「ゆーた、本当に?」
悠太の目の前で膝をつき、顔を覗き込む日向。
「最低に、最高」
そんな笑い。
瞳は痙攣し、体は疲弊しているが、精神的にはとても楽になった。
「心臓に悪いからもうあんなことは嫌だよ」
「それは受け入れられない、何十回でもこの命を捧げる。『守護者と民』の為だ」
春休み、そして二日前。
これまで日向が二度行った月鳥神の殺害。
それには大きな理由がある。
月鳥神は『雲』を受け入れ、内包し続ける。
許容量を超える前に守護者によって一度死ぬことによって『雲』を完全に消し去るのだ。
「私は――」
日向は前のめりに考えを声にしようとした。
「――駄目だ。これを背負うのは俺と決めたはずだ」
刹那、悠太の目が切り替わる。
先の言葉は否定しなければならない、春休みの覚悟は嘘ではないのだから。
「…………それでも嫌」
「日向」
ボロボロと涙を流しながら日向は胸の内を語り始める。
「嫌なものは嫌だよ。私は悠太を殺す為にこの能力を受け入れたわけじゃない……ゆーたを助ける為に受け入れたの! 雲なんて消えちゃえば……ううん、ゆーたを守れない……こんな能力なんて…………」
これまでの苦悩。世界を作り、ただ見ているだけしかできないという感覚。
自分の無力さを毎週のように痛感し、涙を流し続ける。
もっともっと強い力があって、もっともっと頼れる存在になれれば……。
小さな体では抱えきれず、胸の内に秘めた外に出してはならない気持ちが声になる。
「いらない」
『月鳥の街を照らす月光。民に魅せたその姿。醜悪の塊……雲を消し去る者』
日向の意思をその場にいた全員が受け取った刹那、神は顕現する。
『仕えた神に安息を。月鳥の街に安寧を。……雲を消し去る為にこの身を捧げよう』
従者は主の意向を支える。
兜の隙間から見えた瞳が日向を捉える。
「日向……お別れだ」
悠太は笑みを浮かべながらLSを起動し、神をその身に宿した。
「……え?」
「ごめんな」
「ゆ――」
日向の世界は閉じ、守護者の力を失った。
こんにちは、
下野枯葉です。
久しぶりにCloudを書きました。
前回、暇です。とか書いていた気がしますが、過去の自分をぶん殴りたい。
今は凄く時間がありません。
でも、休みの日は書いて書いて書きまくって睡眠時間と遊ぶ時間を削っています。
たのしぃ。
さて、今回から始まった『喜劇家の奇蹟編』です。
題からわかるかもしれませんが、紅輝にメインスポットをあてていきます。
だからと言って悠太と日向、修慈や美嘉から灯りをそらすわけではありません。
両立し、全体の流れを拾いつつ『奇蹟』を描いていきたいと思っています。
喜劇家の起こす奇蹟。
……それは別れも憎しみも、後悔も何もかもを笑わせる。
誰もが惹かれ、感嘆を漏らし、喝采を送る。
歪んだ力でさえ希望とする。
この物語はそんな喜劇家の目覚めの物語。
そんな喜劇家の愛を示した物語。
では、今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。