今気づいた狂気
部屋の襖が開かれる。明と翼が部屋に入り、布団の上に座った。明はゆっくりと口を開いた。
「ねぇ、翼。本当に大丈夫なの?」
「どこも怪我してませんよ?」
「そっちも心配だけど、そっちじゃないの。」
明は翼を見つめていた。翼は明の前でいつもの様にニコニコしていた。
明は決意していた。翼を止めることを。たとえそれが、命を落としてまで自分の命を救ってもらった父親の意思に逆らうことだとしても、今自分が大切にすべきなのは翼なのだ。今の明は自分が守るように言いつけられていた国よりも、笑って共に過ごしていた翼の方が大事な存在となってしまった。ならば、今自分がすべきは、翼に人を殺させることではない。
「ねぇ翼、もうやめよう。あなたが傷つ・・・・。」
「あっそうだ、姉上様!」
翼は明の言葉を遮り、何かを思い出したように言った。
「お土産を持ってきましたよ。」
翼は自分の懐を漁っていた。お土産と聞いた明は何かの花を摘んできてくれたのだろうか、なんて考えていたが、そんな緩いものではなかった。翼が懐から出してきたのは、明がとても見れるようなものではなかった。
「つ、翼?・・・・こ、これは・・・・??」
明は驚きと恐怖でいっぱいになった。なぜなら、翼の手のひらに載っていたのは花でも何でもない、丸い物だった。しかも、それは生臭い異臭を放っていて、部屋全体の空気を汚した。
「これ、西山裕四郎の目玉です!今日、この手で殺してきました。」
明はその名を知っていた。西山裕四郎は、たくさんの将軍の命を奪ってきた、最も天下に近い男だった。その男の命を奪ったのが、自分の大切な妹、翼だったのだ。
翼はより一層、笑みが増した。
「姉上様!!すごいでしょう!?」
「え、ええぇ、すごいわ、翼。ごめんね、まだ、やることあったんだった、先に、寝てて頂戴?」
明は駆け足で部屋から出ていった。
「姉上様!?」
翼は明の異変に気付き、追いかけていった。
翼が暗い倉庫の中をこっそり覗けば、明はそこにいた。明は下を俯いて涙を流していた。
「どうしてっ・・・・どうして翼が・・・・こんな・・・・・。」
翼が明が泣いている理由がわからなかった。彼女の心境を知るべく、声をかけずに様子を見ることにした。
「翼っ・・・・これじゃ、あなたは、本当の化け物じゃない・・・・。」
翼は耳を疑った。自分の姉と言える彼女は自分を化け物と呼んだ。
「あんな翼嫌よ・・・・・あの時の翼を返してちょうだい・・・・・。」
明が泣き続ける中、翼は明に気付かれないように襖を閉めた。
翼は少し廊下を歩き、庭が見渡せる所で座る。空を見上げれば、いつしか明と見た星たちが輝いていた。
翼はここで明と話したことを思い出す。
明は父親の野望のために沢山の戦士たちを戦場に立たせていった。
これは自ら死へと向かわせる行為を無理矢理させているということだ。明にとってはつらいことなのだろう。
それは、今の自分にも例外にはならない。明は人ですらない自分を本当の家族のように可愛がってくれた。いつの間にか自分にとって明がかけがえのない存在になっていたのと同じように、明にとっても翼はかけがえのない存在になっていたのだ。
そんな自分が死んだら、明はどう思うのだろう。きっと、心から悲しんでくれるのだろう。そんな思いはさせたくない。
そして明は、自分が人殺しになるのが嫌だったのだろう。そして、そんな自分はもう、戦場に立った時からはすでに人殺し。実際、今日も沢山の戦士たちの命を奪っていた。
そうだ、翼は明が一番望まないものになっていたのだ。
翼はやっと自分の狂気に気づいたのだ。