表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真夏ダイアリー  作者: 大橋むつお
5/72

5『筑波第二コーナーのクラッシュ』

「しまった!」


 思ったときは遅かった。


真夏ダイアリー・5

『筑波第二コーナーのクラッシュ』    



「しまった!」


 思ったときは遅かった。


 車は第二コーナーを曲がり損ねて、大きくコースの外側に出てしまった。慌ててハンドルを左いっぱいにきってセーフティーゾーンの砂地から抜け出ようとした。


 筑波の第二コーナーは、第一コーナーを曲がって直ぐに緩いシケイン(ギザギザ道)だ。慣れていればフルスロットルで路肩を踏みながら抜けきれる。


 問題は、その直後の第二コーナー、直ぐにスピードを六十キロぐらいに抑えなければ外に飛び出してしまう。わたしは昔の勘で二周目のホームストレッチで、先頭のミニク-パを抜いて、余裕で三周目をトップで走っていた。

 調子に乗っていたわけじゃないけど、タイヤはノーマルのままなので、グリップが弱い。そんなこと分かっていたから、二周目までは五十キロぐらいまで落として無難にクリアしていた……でも、やっぱ油断。コースアウト。

 なんとかコースに戻ると、後続のミニクーパーがやってきて、わたしの日産マーチのドテッパラにぶち当たり、クラッシュ……!


「クソ!」


 わたしはハンドルを叩いて悔しがった。


「よかったじゃん、怪我しなくって」


「するわけないじゃん。ゲームなんだから」


「あんまりのめり込むんじゃないわよ。まだまだテストはあるんだから。一昨日の化学みたいに失敗しないでね」


「なんで、化学の失敗知ってんの!?」


「ハハ、昨日自分で言ってたじゃない。じゃ、お仕事行ってきまーす」


 そう言うとお母さんは、コートをひっかけて出かけていった。


 わたしは、ゲームのセーブだけやって(なんたって、一時間で国内B級ライセンス取っちゃった)自分の部屋に戻った。


「勉強だって、ちゃんとやるんだからね」


 窓辺のエリカに宣言。


 むろん、このエリカは返事はしない。ジャノメエリカってお花だもんね。


 でも、このエリカは、一昨日の夜に夢の中に現れた。少し寂しげだけど、暖かい眼差しの女の子だった。夢の中でも、自分の名前しか言わない。


「花って、一方的に愛情をくれるの」


 花屋のオバサンの言葉が蘇る。大爆発したわたしの心も癒してくれたような気がする。癒しすぎて、くたびれているんじゃないかと思ったけど、元気に薄桃色の蕾はほころび始めている。


「さあ、とっかかるか!」


 明日は現代社会がある。「国際関係の中の日本」なんてムツカシイ単元だけど、エスノセントリズムという言葉には興味があった。日本語では「自民族優越主義」という。人に例えれば「自己中」 周りにいっぱいそういう奴はいる。我が親も含めて……おっと、昨日ねじ伏せ、蓋をしたマグマが噴火してきそう。


 やっと集中し、頭に八分がた入ってきたところで、スマホの着メロ。


 省吾からだ。


「なによ省吾?」


「ひょっとして、お勉強とかしてた?」


「うん、十六番ホールのティーショットってとこ」


「アハ、真夏、『みんゴル』とかやってただろう!?」


「やってない(やってたのは『グランツーリスモ』『みんゴル』はお母さん。十六番ホールのダブルボギーで投げだしていた)で、そのお勉強中になによ?」


「昨日観た『デルスウザーラ』よかったら、感想文とか書いてよ。枚数制限無し、締め切りは冬休み一杯ぐらいでいいから」

「なんで、わたし? 文芸部でもないのにさ」


「お母さん、編集の仕事やってんだろ。だから娘の真夏にもそのDNAがあるんじゃないかと思って。ま、よろしく!」


「あ、省吾……ち、切っちまいやんの」


――やるわけないじゃん!


 即メールを返したけど、頭のスイッチが入ってしまった。


『デルスウザーラ』


 良い映画だった……ロシアの探検家アルセーニエフは、当時ロシアにとって地図上の空白地帯だったシホテ・アリン地方の地図製作の命を政府から受け、探検隊を率いることとなった。先住民ゴリド族の猟師デルス・ウザーラが、ガイドとして彼らに同行することになる。シベリアの広大な風景を背景に、二人の交流を描く。


 帰ってから、検索した映画のアラスジ。わたしは、デルスがご先祖のような気がした。天然痘で村も家族も失い、森の掟というか、自然の摂理というか、そういうものに従って生きている。単純だけど、嘘が無く、ピュアで、野太い姿に圧倒された。


 目が悪くなって、デルスはハバロフスクのアルセーニエフの家に引き取られるけど、都会の生活に馴染めない。水売りのオッサンが悪党に見える「水売って、金取る、悪いこと!」 薪をとろうと公園の木を切り警察に捕まる。「木はみんなのモノ、なんで悪い!?」 そして四角い箱のような家には住むことができず、アルセーエフの許を去る。アルセーエフは目の悪くなったデルスを、そのまま出すことが忍びなく。最新式の銃を渡す。


 しかし、これが仇となって、デルスは銃目当ての強盗に殺されてしまう。


 映画の中盤、デルスとアレセーニエフが再会する。


「デルスー!」


「カピターン(隊長さん)!」


 二人の言葉が耳について離れなかった……。


 気が付いたら、スマホに、デルスへの想いを書き連ねていた。


「ただいまあ……まあ、真夏、熱心に勉強を……あ?」


 お母さんの言葉で気が付いた。わたしの試験勉強は、三週目の第二コーナーでクラッシュしてしまっていた……。


 お母さんのあきれ顔。ブスっとするわたし(ブスって意味じゃないからね)。


 ジャノメエリカが、困ったように笑った気がした……。



即メールを返したけど、頭のスイッチが入ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ