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真夏ダイアリー  作者: 大橋むつお
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4『母子のへだたり』

歯を磨いていたら、お母さんの笑い声がした。


真夏ダイアリー


4『母子のへだたり』    




 アハハハハ


 朝、歯を磨いていたら、リビングで、お母さんの笑い声がした。


「……なにが可笑しいの?」


「ほら、真夏にきてるお手紙」


 テーブルに着くと、お母さんは、三通のわたし宛のメール便を、ズイっと押し出した。三通ともDMのようなので、シカトしようとしたが、その一通に目が留まった。宛名が「冬の真夏」になっていた。


「これで笑ったわけ?」


「笑えるじゃん。単なる入力ミスなんだろうけど……早く食べないと冷めちゃうよ」


 トーストを咀嚼しながら、ごく日常的な口調でお母さん。


「母親が、これ見て笑う……?」


「どうしたの?」


「わたし、この名前で、ずいぶん苦労したんだよ」


「ほんと……?」


 わたしの真剣な言い方に、お母さんのトーストを持つ手が止まった。


 小爆発した自分の心を持て余した。で、一瞬で計算した。


 今日は土曜。明日も含めて期末試験の中休み。で、珍しく、お母さんも仕事が休み。この際、とことんぶつけてみようという思いが噴き出した。


「お母さんは、いいわよ、離婚して旧姓の冬野に戻って。冬野留美子……ごく当たり前の名前じゃん。でも、わたしは、鈴木真夏から、冬野真夏だよ。アンバランスだと思わない? 冬だか夏だか分かんない。まるでお笑いさんの芸名じゃん。わたし、入学式の日から、からかわれたわよ!」


「……真夏」


「でも、それはいいよ。ちょっと我慢したら、みんなも慣れてくれたから。でも、お母さんが、そのことで笑うなんて、わたし……わたし許せないよ! わたし、お父さんとお母さんが離婚するときも、なにも言わなかった。よそに女作ったお父さんが許せない気持ちも分かる。作りたくなったお父さんの気持ちも分かる。だから、わたしってば、何にも言わないでお母さんに付いてきた。お父さんには、あの人が付いている。でも、お母さんは独りぼっちになってしまう。だから、だから、冬野真夏って名前も受け入れてきたんだ。それを、それを……」


 小爆発は大爆発になってしまい。胸の奥から、とんでもない毒が湧いてきた。


 わたしは、スゥエットのまま玄関を飛び出し、筋向かいの公園に向かい。奥の植え込みで、食べたばかりの朝食をもどした。半分も食べていなかった朝食は、最初の一吐きで出てしまったけど、吐き気は収まらず、胃液を、そして最後は空えづきになり、胃が口から飛び出すんじゃないかと思った。


「真夏!」


 お母さんが、駆けてきてスゥエット一枚の背中にコートを掛けてくれた。


「ごめんね、ごめんね。お母さん、ちっとも真夏のこと気づいてやれなくて……ほんとに、ほんとにごめんね」


 で、わたしたちは、レストランの奥の席に収まっている。


「ああ、食った、食った!」


 わたしの目の前には、大盛りパスタとシチューとサラダのお皿が空になっていた。


 公園から戻って、シャワーを浴びた。毒は吐き出した。バスルームを出るときに鏡で、自分の笑顔をチェック。そして、お母さんに罪滅ぼしということで、買い物に連れていってもらった。


 あれこれ買わせてやろうと思ったけど、冷静になって、お母さんの所得を考え、ブティックなんかは眺めるだけにして、量販店で中古の『グランツーリスモ・5』と、これも中古のハンドルコントローラーを買ってもらった。


 ガキンチョのころに、お父さんがプレステ2の『グランツーリスモ・4』にはまっていて、本格的なコックピット型のコントローラで遊んでいた。わたしは、その横で、専用の椅子を持ってきて、いっしょに並んで車の走行感を楽しんでいた。

 鈴鹿サーキットやコートダジュールなんか、コースが頭に入っている。ちょっとお母さんにはイヤミかと思ったけど。お母さんは気楽に『みんゴル』の中古と体感コントローラーを買っていた。離婚は離婚、趣味は趣味と割り切っているようだ。


「春夏秋冬って書いて、苗字としては、どう読む?」


 デザートのスィーツを食べながら、クイズのようにして、さりげに友だちの話題に持っていった。


「ひととせ……だよね。めったにない苗字だけど」


 さすがベテランの編集。あっさり答えた。


「そのめったにいないのが、友だちにいるんだよね」


 わたしは、スマホを出して省吾の写メを見せた。


「あら、イケテルじゃん。もしかして彼氏!?」


「ちがうよ、タダトモ。ほら、この子と三人でワンセット」


 玉男も含めて三人のドアップ写メを見せ、入学式このかたの話をする。お母さんは笑いっぱなし。どこが可笑しいかは、前章を読み返してね。


「ボーリングでも行こうか!」


 話がまとまりかけてきたところに、お母さんのスマホが鳴った。


「はい、あ、編集長……大佛さん……ええ、二時間後ぐらいでよければ……」


 お母さんは、スマホ片手に、もう片方の手で謝った。すると、わたしのスマホにも着メロが。わたしのはメール。


――今から、出てこれない? 一人分チケ余っちゃったから、映画観ないか?


 メールは、省吾からだった。文芸部で映画を特別料金で観ることになっていたらしいけど、一人都合が悪くなって、一枚余ったので、お誘いのメールだった。映画館も、すぐそこだったので。


――いくいく(^0^)と返事した。


「ごめん、真夏。あたし仕事入っちゃった」


「いいよ、わたしも今、約束入ったから。その二人組から」


 二人組が余計だった、お母さんは省吾と玉男に興味持っちゃった。


「お母さんとして、ご挨拶しとく」


 という名目で、付いてきちゃった。


「よろしく」「どうも」


 てな感じで、ご対面もそこそこにお母さんは行ってしまったけど、双方かなり興味は持ったみたいだった。


「真夏のお母さんて、美人だなあ……」


「真夏とは似てないのね」


「それって、わたしがブスだってこと?」


「ち、違うわよ。真夏はお父さん似なのかなって。よく言うじゃん。女の子は、お父さんによく似るってさ」


 玉男のフォローは、この数日後に起こる事件を、結果としては予言していた。


 観た映画は、いわゆる名画座のそれで、前世紀の映画界の巨匠黒澤明の名作『デルスウザーラ』だった……。



玉男のフォローは、この数日後に起こる事件を、結果としては予言していた。

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