レイアウトプランニング
糖矢は、立ち上がりノートを開く。
「レイアウトには種類があって、始点から終点までのポイントトゥポイント」と図を描いた。
恵津子お嬢様は興味深く見ている。ボディガードはソファーから立ち上がり、360度部屋を見ていた。「次に、円形のエンドレス。エンドレスに支線をつけたQの字などがあります」と説明した。
「QがあるならPもありそうね」
「さすが恵津子お嬢様!Pはリバースという特殊な形態です」とヨイショしておいた。
「小生も若いころコンパでは飲みすぎてよくリバースしました」
ボディガードは無視。
「他には変形として、犬が咥えている骨の形のドッグホーン、立体交差をつけた8の字。走行距離を増やした8の字の変形などがあります」
「ねえ8の字があるなら∞もありそうね」
「さすが恵津子お嬢様!∞は8を横にした形です」当たり前のことを言いつつ、ヨイショも疲れる。
ボデイガードはと見ると、体をひねりすぎて絞った雑巾みたいになっていた。「あんたが回転椅子に座れよ!」と糖矢は心の中で突っ込んだ。
「私に良いプランがあるんだけど、説明していいかしら」
「恵津子お嬢様、どうぞおっしゃってください」
「まず渦巻き状に線路を敷くわね。四回巻いたところで最後にリバースをつけるのはどうかしら」
「蚊取り線香かよ……。失礼しました。それに最後のリバースは急カーブ過ぎて走れません」
「あら残念ね。どうしましょう」
「今回はスペースに限りがあるので、Qの字のプランを採用します」
「あら、私のお屋敷なら、十メートル四方でできるわよ」
恵津子お嬢様の申し出に、糖矢はよだれが出たが、その場合、自宅で楽しめなくなってしまう。彼女の申し出を丁寧に断り、まず小さいスペースから完成させることを目指すように説得した。
「最初から大掛かりにせずに、小さなスペースでレイアウト制作の基本を掴むってことなんですわね」
「そうです。千里の道も一歩よりといいますから」恵津子お嬢様に納得していただけたようだ。
「この後、シーナリィおよびストラクチャーの設定に入ります。シーナリィは全体の情景、ストラクチャーは建物になります」
「駅があるのなら観光名所が欲しいわね。隕石の跡地なんてどうかしら」
「Nゲージは百五十分の一ですから、九十センチ×六十センチの範囲を超えてしまいます」
「あら残念ね」
「ここはシンプルに、トンネル、鉄橋、駅と農村で行きたいと思います」
「では山用に信楽焼の土を用意するわ」スマホを取り出し注文しようとする恵津子お嬢様。
「恵津子お嬢様。陶芸をするのではありません。粘土や石膏で十分です」
「ギブスですか。いやー若いころはよく世話になってね」ボディガードが嬉しそうにしゃしゃり出てきた。
「ギブスの話はしてません」
「だとしたら石膏でデスマスクを作るのですか。いやー懐かしい小生も若いころ……」ボディガードは話に加わりたいようだ。見張りはどうした?
「デスマスクなんて使いません」
初心者に、鉄道模型の説明をするのは骨が折れると糖矢は心の底から痛感したのであった。
「発泡スチロールを土台に石膏で山を作りトンネルを通します」
「トンネル工事が必要ね。ドリルで穴をあけるんでしょう」
「いえ、恵津子お嬢様、最初から穴の開いた山を作るのです」
「あら、そうなの。面白いわね、鉄道模型って」
面白いのはお嬢様の発想だと思いつつ、恐れ多くて突っ込めなかった。
「次にレイアウトの中央に池を作ります」
「それでは、池に入れるランチュウを注文しようかしら」
「レイアウトの人形よりでかくなってしまいますので、それはご勘弁を」
「あら残念ね。それでは天然物のメダカを入れましょう」
「メダカでも人形より大きくなってしまいますし、レイアウトは立てかけて収納するので水がこぼれてしまいます。ですから、アクリル板とポスターカラーで池のように見せかけます」
「池と言えば、最近よく溺れて三途の川が見えました」とボディガードがまた話を振った。
あんたはそれでよくボディガードなんて志したな! と心で突っ込みを入れる。
「農村は適当に段ボール紙で畑を作り、市販の農家を並べます」
「ねえブルーチーズの青カビで畑の緑を再現するのって、いいアイディアじゃなくて」
「それだと匂いの問題がありますし、現実的ではないのですが」
そもそも、そのアイディアもどうかと思うし、ブルーチーズの香りはおかんが納得すまい。
「ブルーチーズと言えば小生の若いころのあだ名でした」
あんたは何者だ!糖矢は心の中で突っ込んだ。