3 告白 フォース・マスター
焼き鳥屋では、連勝中で首位を独走している地元の
プロ野球チームが今日も優勢らしく、店のお客の
不思議な一体感のあるボルテージの高まりが、この
暑さに加えて、生ビールのお代わりに勢いをつけて
いた。
彼女は、なぜか無口で、僕も何を話していいものや
ら考えあぐね、会話のないままに、2人とも生のお代
わりを頼んだ。
2杯目も一気に飲み干してしまった彼女が、いきなり
僕の両手を握って言った。
「私と付き合ってくれない? パートナーとして付き
合って欲しいと思っているの 」
僕は生ビールを飲む前から、今日の彼女のベージュの
ワンピース姿にクラクラしていたのに、酔いが
覚めてしまう程、頭をブチ抜かれたような感じだった。
緊張した空気は、彼女が日本酒を注文するのと同時に
弾け飛んだ。
とにかく楽しそうに、彼女はしゃべっていた。
僕の方から何も言わなくても、答えなくてもいい位に、
ほとんど彼女がひとりで、しゃべっていた。
彼女の嬉しそうにしゃべる横顔が、何とも僕
には心地良かった。話も確かに耳に入って来てはいたが
それ以上に、彼女の横顔をずっと見ているのが幸せに感
じた。
彼女は、仕事でもプライベートのことでもなく、彼女自
身が興味があることを、本当に面白く流暢(りゅうちょ
う)にしゃべり続けた。
途中で、どうして何も聞いて来ないのか、年齢も、独身か
どうかも何も聞いて来ないのはどうしてなのかと、彼女は
僕に聞いて来た。
「それは、嬉しそうに、しゃべり続けている君を
見ているのが、僕にとって、とても幸せな時間になってい
たから、この時間がずっと続いてもいいと思ってもいたし、
他のことは別に気にならなかったからじゃないかな」
そう僕は答えた。
彼女は、それから、これまでのように嬉しそうな
表情ではないものの、寝る前に絵本を読んでもらう子供の
ように安心したような表情でポツリポツリと、それまで話
さなかった話を始めた。
彼女が手がけている仕事は、企業からの委託されるマナ
ーや人間関係の研修事業だった。3年前から始めて、九州
はもちろん、関東や近畿の企業からも依頼を受けていて、
最初は彼女1人で、全国に出向いていたが、今は彼女自身
は、依頼元に派遣する講師の養成の方が主になってきて
いた。
仕事としては、それを僕にも手伝って支えて欲しいのだろ
うと思った。僕も講師の経験もあるし、心理学的なスキル
の研修や、物の見方や考え方のコーチングは得意な方であ
った。
明日の午前中には、今の会社に辞表を出そう。
その夜は、日付が変わってからは、今度は僕の方が話をして
彼女が聞いてくれる方になった。
でも、そう長くは経たず、いつの間にか彼女は眠ってしまっ
ていた。
明日の始発の電車を待つには、まだまだ時間が長いと思い、
今夜のことを整理するにも、涼しい夜風に当たりながら
自宅まで1時間半以上を歩いて帰った。
普段は星もあまり見えない夜空だったが、今夜はとても星
が綺麗に思えた。
これから、彼女と人生を過ごす時間をたくさん持てると考
えると、気絶してしまいそうな程、何かが込み上げてくる
感じがした。
彼女は僕よりも……
時間を見ようと思いながら、僕はいつの間にか眠ってしま
った。とても幸せな気持ちのまま、僕ではない僕と入れ替
わったような新しい感覚でいっぱいになって。