10 思うことから感じることへ フォース・マスター
もう来月には、僕はここで仕事はしていないんだな。
そんな感傷的な気持ちを、コーヒーの自動販売機にぶつけて
いた。毎日ここでドリップのコーヒーを飲んでいたが、無言
でいつも励ましてもらっていたのかもしれない。
会社を辞めることが決まってから、同じ社内のヤツラ
とも、今まで以上に関わりを持つことが減って来た。これか
らのことで関われないのに、変な影響だけ残したくなかった
から、なるべく空気のように振舞って、頭を無理
やり残務整理に向けさせていた。
「前田さん。会社辞めちゃうんですか?」
他部署の女性が僕に声を掛けてきた。
「まあ、僕も環境を変えて、心機一転して
みたいと思ってね」
あまり正直には何でも言わない方がいいが、ウソを言ってるの
でもないからと思いながら僕は言った。
「残念です。私がヤル気をなくしてる時でも、前田さんが社内
を走り回っている姿を見たら、頑張らなきゃって、いつも元気
をもらっていたんです。 次は決まったんですか」
「まだ決まってはないけど、友達の仕事を手伝う予定なんだ」
僕は自分でそう言って、そういうことなんだと自分で納得して
しまった。
そこへ通り掛かった同じ部署の後輩が
「前田さんの友達って、すごく美人で、凄腕って
評判ですよ。受付にこの間、来ていたって」
「ウワサは尾ひれが、どんどんついていくから、そのうち前田
は逆たまのコシって言われているかもしれないな」
僕は自分で言って、もしかしたら、それもありうるのかなんて
一瞬思ってしまった。
「前田さんなら、どこでもやっていくでしょうから、そのうち
その美人さんのお友達を紹介してくださいよ」
後輩は悪いヤツではないのだが、調子を合わせると、こっちの
調子の方がくるってしまう。
僕は手で、それはないからと身振りで答えた。
お互いに、「ガス抜き」できたような感じだった。
ふと、彼女のことが頭に浮かんだ。
会いたいとかではなく、彼女が僕のことを考えていたのじゃない
かと、そんな気がした。
これまでに付き合った女性では、そんな気がしたことはなかった。
多分、好かれているという一時的なものではない、尊敬
をされていると言った方が近い、一時的ではない彼女の「視線」を
感じたのかもしれない。
僕は彼女から、尊敬の眼差しをもらえている。
そう思ったのではなく、そう感じた。
それ以外にも、思うのではなく、感じることが多くなった。
思うことには、伸びシロはないが
感じることには、伸びシロがある。
だから、今はとにかく、感じることを、何でもやっていく。
彼女からのラインが来た。
焼き鳥のスタンプだった。
大事なのは、彼女に出会ったから、そうなったのではない。
僕が、感じることに自分をフォーカスする術を手にしたから
感じることが、自分の中で一番必要なエネルギーだと確信できたから
彼女に出会った。
自然を感じれる心が、季節を気づかせてくれるように
小さくても湧き上がってくる自分のエネルギーを感じれることが、
自分への深い眼差しに、気づかせてくれるのだろう。
ラインにメッセージは何もなく、よく見ると店の地図があった。
卒業してすぐの頃、仕事あがりに同僚と、すぐ横にある焼き鳥屋に毎日行
ってたことをなつかしく思い出した。あの頃は、焼き鳥屋が何でも言える
僕の世界だった。




