1 出会い
僕はさほど顔もスタイルも良くはないが、男の本能は
普通の人よりも強いと思っている。
ただ、34歳位までは、ただの性欲が強いだけの妄想独身
男でしかなかった。
付き合っている女性は何人かはいたが、どれも遊び好き
で、僕の方が2番手、イヤ、3番手、4番手位の相手だった
から、真剣に考えたりする必要もなく、楽ではあったも
のの、何となく感じる物足りなさを、人数で補っていた
ところがあった。
そんな僕も、今では
ひとり社長の会社だが、そんなに朝から晩まで働かな
くても、というよりも働いている意識はないのだが、
お金の苦労や心配は、ここ2年ほどはまったくなくなっ
ていた。
しかし、お金が何の心配もなく、自由に使えるようになれ
たのは、お金を稼ぐことを考えたり、頑張ったりしたから
ではなかった。
順番で言うと、僕にとってベッドマナーの最高の女性
と出会いがあることのほうが先で、その後から、お金
も同じように、思いもしない展開で、流れ込んで来る
ようになってきた。
そんな僕は、ある女性に出会ってから、僕の人生は大き
く変わった。
その女性との出会いは、それときの僕には、視界にすら
入らない「高嶺の花」で、彼女の方から声を掛けられな
かったら、広告のポスターでも見るかのような現実の僕
の世界とはまったく関係がないと思って、すれ違いって
しまっただろう。
実際には、彼女が声を掛けて来たと言うよりも、すれ違い
ざま、横断歩道で、彼女が落として散乱させた書類を僕も
拾うのを手伝って、信号が赤に変わったのにも気づかずに
夢中になって拾い集めたあとで、彼女が声を掛けて来てく
れた。
僕は、書類を落としたのが誰かも知らずに、とにかく風
で道路中に散らばった書類を、かき集めただけだった。
拾い集めた書類を渡す時、あまりの彼女の優雅さに一瞬
驚いたが、お礼を言ってもらっただけで、今日は1日いい
ことがありそうだと思って、晴れ晴れとした心持ちで立ち
去ろうしたら、「お時間少しいただけませんか? コーヒ
ー1杯だけでもお礼をさせてください」と言われた。
やっと取り付けたアポの約束の時間まで30分もないことを
気にしながら、15分位なら何とかできると思って、彼女
の知っている店に入った。
店の席に着いて、飲み物の注文をした後、いきなり彼女の
方から、「今から私のオフィスに来てもらえませんか」と
言われ、これはどういう展開なのだろうかと考えが整理が
できないでいると、携帯が鳴り、この後の約束をしていた
相手の方から「申し訳ないが、大きなトラブルが発生した
ので今日の約束はキャンセルにして欲しい。明後日にまた
こちらから連絡をさせて欲しい」という連絡だった。
何かの流れが来ているような感じがした。
だが、名刺も交換していないし、何も僕のことを知らない
彼女が、どうしてなのかという疑問は消えないままで、彼
女の車に同乗した。
彼女のオフィスは、こじんまりしていた。
他には誰もいなかった。
ここで雇われているのか、誰かを雇っているのか、いないの
かは分からなかった。
「本当に今日はありがとうございました。
書類を拾っていただいたお礼というのではなく、あんなに
無心で人のためにされていた、あなたの姿に、私はとても感動
しました。そのことにお礼が言いたかったんです。
あなたのことは、お名前もまだ知りませんが、もし、よろし
かったら、あなたといっしょに夢を追わせてもらえませんか?」
彼女のその言葉を、僕は仕事だけのことかと思っていたが、それ
は、プライベートでの人生もということだと分かったのは、鈍い
僕には1週間程経ってからだった。