帝国の現状について
1.
レムリア帝国。魔力という、地球とは異なる理が支配する惑星レムレース全土を版図に治める大帝国の名前である。
国家元首である皇帝の下には皇帝が直接任命する貴族が議員を務める貴族院、
選挙で選出された議員で構成される衆議院といった議会が存在しており、
レムリア帝国陸海空軍の指揮権は衆議院の選挙で選出される最高権力者である首相が有している。
帝国に所属する貴族には皇帝から領土が下賜され、統治の責任を全面的に領主が負っている。
領主はそこに居住する領民に対する徴税権を有しており、領民を良導し、
そこから得られる富を再分配してその領地を豊かなものにする義務を負っている。
皇族を含む貴族の子弟は爵位に関わらず、およそ10年の軍務に就くことが義務として求められており、
それをこなさない限り爵位は継げない仕組みになっている。
貴族にはノブレス・オブリージュの遂行が求められており、領民の範となるような振る舞いが求められているモノの1つだ。
紀年法は地球とほぼ同じで、現在は帝国暦2017年である。
約400年前に最大の敵国であったレムリア民主共和国を併呑して惑星統一を成し遂げて以降、
戦火を交える相手がいなくなってしまった帝国にとって、仮想敵国というのはこの惑星上に存在していない。
それよりも帝国が頭を悩ませるようになったのが、平和を享受出来るようになってしまった故の人口減少と、
種族としての弱体化である。
人化の法という魔法でヒトの形をしているものの、その大半は地球でのモンスターと言われる種族であり、
迂闊に他の種族と子をなしてしまうと種族の純血が保てなくなってしまうのだ。
インブリードを繰り返したが故に種族としての寿命は短くなる一方であり、なにをしても手詰まり不可避といった状況であった。
故に人口減少に歯止めがかからず、帝国は地球で言うところの1999年―帝国暦1999年―に、
その時々の都合で開けたり閉じたりしていた地球へ通じる転送の門を常に開いて地球人類から広く移民を募ろうと考え、
乾坤一擲の賭けに打って出る事に決めたのである。
1999年の開門時に生じたささやかな戦いにおいて、地球人類はレムリア軍人に対抗する手段がこちら側には全く無いと思い知らされており、
また、人口の爆発的増加で住む場所がなくなり始めた地球人類にとってもレムリア帝国の提案は渡りに船であった。
住む場所ならありあまっている帝国と、少なくなってきている地球人類。
ここに両者の利害は一致し、地球人類は異世界への移民を開始する事を決定。
世界各国は国民に広く異世界への移住を呼びかけ始めることになるのであった。
―帝国暦2017年。移民の効果は絶大そのもので、帝国の人口は再び増加に転じ始めていた。
レムリア人は美男美女が多くおり、嫁の貰い手や婿の行き手には事欠かなかった。
地球人類は最初異世界を支配する理の源たる魔力の存在に戸惑いを感じていたが、やがてそれにも順応し始めた。
ある者は高い魔力を生かしてマジックユーザーとしてダンジョンを探検し、またある者は錬金術師として地域医療に貢献した。
死者を蘇らせる蘇生魔法はこの世界から失われて久しいものの、肉体と魂を分離して魂を容器に保存し、
肉体に自由に出し入れする技術を帝国は既に確立させており、
再生したい部位と同質量の有機物があれば、錬金術師はそこから肉体を錬成して治療する事が可能だった。
極端な話、有機物代わりとして自分の肉体そのものを材料に人体を錬成することも可能である。
錬成に失敗すれば肉体は喪われてしまうが、腕のいい錬金術師なら人体を健康な状態に戻して錬成するのは造作もない。
治療費は決して安いものではなかったが、それでも失われた手足や脳の機能が戻ってくるとあって、
錬金術師の店に地球からの客足が絶えることはなかったのである。
石油、石炭、天然ガスといった化石燃料に全くと言っていいほど恵まれていない帝国では、エネルギーの殆どは電気のカタチで賄われる。
一度起動したら半永久的に稼働し続け、電力を発生させる永久機関が発明されて以降、帝国内はエネルギー不足で問題が起きたことはない。
そもそも、一般のレムリア人は大気中に満ちる魔力を練って電気エネルギーにかえる事が出来た。
これは訓練をすれば地球人類でも可能なことであり、エネルギー問題と言ったものは地球と違って存在していないに等しい。
余った魔力は地球人類が大昔に発明した魔導電池―マジックバッテリーという―に蓄積しておけばいつでも取り出すことが出来る仕組みになっている。
自前で電力を供給出来るようになっているおかげで、各家庭の電気料金といったものはほぼゼロである。
地球で言うところの税金というのは勿論あって、所得税、消費税、法人税といった各種の税金はあるものの地球と較べて格安であり、
地球からの企業誘致というのは盛んに行われているものの、自動車産業にIT企業といった地球の花形産業のレムリア進出はうまいこといってはいない。
レムリアの大気中を満たす濃厚な魔力に触れた途端、自動車という自動車は自らの意志を持つ魔法生物と化してしまい、
運転手の制御を一切受け付けなくなってしまったのである。
これはパソコンやスマートフォンといったものも例外ではなかった。
おかげで帝国の移動手段は自動車ではなく未だに馬か乗り合い馬車が主流であるし、通信手段は手紙を荷馬車に積んで運ぶか、
遠隔地に送る場合は伝書鳩が大半である。
何より一番てっとり早いのは、自分自身が直接現地に転送の門をくぐって行くことである。
帝都をぐるりと覆う城壁の外周部、正確には東西南北を貫く門から帝国各地に通じる街道があるのだが、
そこには帝国各地に通じる転送の門が開かれており、そこを通ればあら不思議、あっという間に現地に到着である。
帝国に電話要らずとはよく言ったもので、レムリア人の大半は無線電信の必要性をあまり感じてはいない。
遠隔地と通信したいなら通信魔法を使えば映像付きで相手と通信できたし、音声通話だけだったら水晶玉がある。
故に電話・ファックスといった通信機器類は普及してはいない。
冷蔵庫に洗濯機といった電化製品はあるにはあるものの、真空管を利用した単純な機械式か、
デジタル機器といってもカラーテレビにトランジスタラジオといったレベルのものが限界である。
ということなので、現代人にとっては化石のような代物しかレムリアでは使えない為、地球の企業は旧型も旧型のものを販売している。
2.
帝国が地球の各国家と違うところはまだあって、加齢によって認知症にかかる老人や脳梗塞、
脳内出血などで亡くなるか、障害が残ってしまう高齢者が絶無といっていいほど少ないところだ。
帝都や各領地では五体満足の元気な老人が町を闊歩しており、老人ホームといった老人介護施設はありはするものの、絶対数は少ない。
前述したように、既に帝国は肉体と魂を分離して魂を容器に保存しておく技術を確立させており、
魂を抜き取って容器に退避させたのち、錬金術師が健康体の状態に人体を錬成すれば末期ガンや脳腫瘍、
認知症といった各種の病気の治療が可能だからである。
しかし老衰だけはさしもの錬金術師にも手に負えない(あくまでも病変や欠損を取り除き、健康体に治すだけであって若返らせる事は出来ない)。
よって帝国において人が亡くなるケースというのは、天寿を全うした大往生か、事故に巻き込まれるか、犯罪に巻き込まれるか、自殺が大勢を占める。
因みにこれは移民してきた地球人類のみの統計である。
大半のレムリア人は地球人類と違って非常に高い再生能力と身体能力を持っている為、
人間なら死は免れない高さから投身自殺をはかったとしても、ケガすら負わない。
よしんば頸動脈や手首を切ることが可能であったとしても、地球人類と違って死が訪れる前に肉体が再生して元に戻ってしまうため、
死ねないケースがほとんどだからだ。よって大半のレムリア人は子孫に囲まれて、その天寿を全うした大往生を遂げるのである。
レムリア人の寿命はおよそ200年~250年程度である。これは皇族と言えど例外ではない。命あるものは必ず死ぬのである。
殆どのレムリア人(地球人類との混血を含む)は総じて長寿であり、不老ではないものの、老化する速度は純粋な地球人類と較べて遅い。
当然、肉体の強度と身体能力は地球人類とは次元が違うほど高い大半のレムリア人にとって、
音速をゆうに超えるライフル弾ですらスローすぎてアクビが出るほどの速度に過ぎない。
戦車砲の直撃でさえ数秒間足止めが出来るか否かといったレベルであり、拳銃弾程度では小石をぶつけられた程度の感覚でしかない。
地球産の兵器ではレムリア人には傷一つ付けられない。よく頑張って服の袖や襟にちょっとした破れや汚れを刻む程度の威力しかないのである。
当然のことながら、レムリア軍人は地球産のありとあらゆる兵器に何の脅威も感じてはいない。
たかが数秒間足止めされたところで行軍スケジュールに支障を来す訳でもなく、
クラスター爆弾やMLRSなどは派手な爆炎と土煙で視界が遮られ、煙たくてうざったい程度の効果しかもたなかった。
無効果なのは、ABC兵器といった人類の発明した禁断の兵器たちも同様であった。
体内に強弱はあれど毒素をもつレムリア人たちにとって、毒ガスなどは散布されたとしても対策を行う必要すらなかった。
核兵器は着弾前に魔法の熱線で弾頭もろとも蒸発させられて目標に届くことはなかったし、
生物兵器は使用されても、何ら有効な効果とおもわしき効果を目標に対してもたらさなかったのである。
地球人類が異世界人の軍隊に対抗する手段が全く無いと諦めの境地に達してしまうまでには、戦いが始まってからそう時間はかからなかった。
全くの非武装のレムリア軍人相手に陸戦兵器最強の存在である戦車が、
あたかも紙や木で出来ているかのようにあっさりとその車体を縦横に引き裂かれるという恐るべき光景を目の当たりにしては、
人類側の戦意が萎えるのも仕方なかろうというものである。
こうして開門初日から始まったささやかな戦いは双方ともに1人の戦死者も出さず、帝国の圧倒的勝利に終わった。
3.
何より帝国の圧倒的余裕を見せ付けられたのは、帝国の代表として地球にやってきた皇太子の見せ付けたチカラであった。
皇太子は金糸等できらびやかに刺繍された豪奢な礼服に身を包み、地上に降り立った。
驚くべきはその能力である。皇太子はあろうことが、護衛や通訳すら伴っておらず、単独で行動していたのである。
皇太子を殺害すべく人類側は色々な手段に打って出たものの、それらの全ては空振りに終わった。
何しろ、軍隊同様何をしてもダメージらしいダメージを与えられないのだ。
帝国と人類との圧倒的チカラの差を見せ付けられたのは、アメリカの核実験場でのデモンストレーションであった。
「では、ほんの少しだけ力を使ってみせましょう」
と皇太子が言うと、ほんの少しだけ本気の魔力を込められた魔法が発動し、
彼を中心にしてツァーリ・ボンバを超えるエネルギー量の爆発が起きたのである。
巨大な爆発は夜中にも関わらず昼間のように周囲を明るく照らし、その衝撃波は地球をなんと15周もした。
コレで全くの本気ではないというのであるから、
本気を出せば帝国は地球を丸ごと制圧するのは容易いものなのだ
―ただ地球人類に最大限配慮してそうしていないだけなのだ―と一瞬で人類側に認識されるに至った。
トドメとなったのは皇太子のこの発言だった。
「こちら側としては今さっき行ったような事で問題を解決するのはいささか品位に欠ける行いと捉えられていますので、
なるべくなら、このような品位に欠ける方向での施策はしたくないというのがこちら側のスタンスです。
ただし忘れていただきたくないのが、帝国は地球を征服できないからこのようにするのではなく、
いつでも力づくで各国を制圧できるのだ…と認識して頂けると大変喜ばしいことです。
地球にある国々の皆様は可及的速やかに交渉のテーブルについて頂けると幸いです。
ああ、忘れていました。我が父である皇帝は無用な流血を好みません。無論、私も同様です。
帝政を敷いてはいますが、ご安心下さい。ちゃんと地球でのトレンドに則って議会もありますし、
少々古いですが電気も電化製品もあります。
こちらとしては早急にこちら側の世界に移住したいという人間を募りたいのです。
こちら側には人がいなくて万年人材不足でして、移住して下さるなら住居に当面の間の生活費といった
金銭的な補助を多少なりとお出しする用意があります。
エネルギー問題は解決済みですし、手狭になった地球からレムリアに移住して下さるなら、国籍、人種は問いません。
帝国は移民に対して最大限の便宜を図ることを確約します」
こうして世界各国に対して帝国は移民受付事務所を設置することを認めさせたのであった。
4.
最初に帝国への移民に応じたのは、人口爆発でどうしようもなくなっている中国人だった。
次に続いたのが意外にも移民の国として知られているアメリカ人であった。
自国第一政策を掲げる極右政権が発足してからというもの、アメリカの誇る自由は権力によって蚕食されており、
自由を求めて異世界に渡る人間が続出したのである。
地球にはびこる人口爆発でエネルギー問題を始めとした難題に苦しんでいた日本人も例に漏れず、移民となって転送の門をくぐる者が多数を占めた。
帝国政府はかねてより地球からの移民を歓迎しており、移民には申請に応じて住居に生活費―地球で言うベーシック・インカムである―が与えられた。
地球の市場に限界を感じていた企業たちも続々とレムリアに人員を派遣し、支社を設立して事業展開を図り始めた。
しかしここで問題が発生する。
レムリアはどこを掘っても石油に石炭、天然ガスといった地球ではありふれたエネルギー源が出てこなかったのだ。
これではガソリンや軽油といった原油を加工してできるエネルギー源にプラスチックといった樹脂類の大半は製造不能である。
おかげで箸や茶碗に皿といった日用品はプラスチックではなく、昔ながらの陶器と材木からの削り出しである。
帝国内は金銀銅に加えてミスリルといった鉱物資源には非常に恵まれているものの、
化石燃料類には全くと言っていいほど恵まれていない。
ミスリルは錆びず、鋼鉄よりも強く、アルミより軽かったが、
電気炉で溶解できても魔力を用いなければ望むカタチに成形出来ず、
金属製造業者が何とか加工できないかと試行錯誤を重ねても、単なる延べ板としてしか販売できなかったのである。
ミスリルを望むカタチに加工するには、地球にある金属製造業者からしたらアナクロを通り越して非常に原始的な方法―つまり人力―に頼る他に手がなかった。
かくして帝国内には鍛冶屋があふれ、地球からゾーリンゲンや菊一文字といったブランド店が進出する機会を得たカタチになったのである。
世界中のナイフメーカーも同様であり、帝国内にはダンジョンに挑む者たちや冒険の旅に出かける旅行者に向けた武器防具店が軒を連ねる事となった。
帝国の警察力は地球の警察に勝るとも劣らない水準ではあったが、それでも犯罪を犯す者はいる、
多くの犯罪者は警察によって取り締まられ、裁判を受けた上で刑務所に収監される仕組みになっている。
因みに犯罪に対する刑罰の最高刑は死刑である。
帝国は領内各地に通じる、網の目の如く張り巡らせられた街道の隅々まで街路灯で照らす事は敢えてしておらず、
電気の明かりが夜間灯っているのは帝都・レムレースを始めとした帝国の各都市圏のみである。
夜になると辺りが真っ暗になる代わりに、月と満天の星空が移民を出迎える。
これを『地球から失われた風情』ととるか『行政の怠慢』ととるかは移民者個々人の自由であったが、
地球から移民としてレムリアを訪れる人々からは、夜空を彩る満天の星々は地球にはない光景として概ね好評を博しており、現状のまま放置された。
5.
帝国に残る多くの制度はその殆どが旺盛に他国を侵略・征服して版図に加えていた頃のものであり、
小中高大といった公的教育機関の運営がレムリア帝国軍の手によって行われているのも、その名残りの1つだ。
子供たちは小学校に入学すると同時に魔力適性テストを受験し、個々人の特性に見合った学科に配属される。
その過程で目上の者に対する言葉遣いの仕方や、集団行動といった協調性がないと出来ないモノを徹底的に叩き込まれるのである。
学業成績が他と較べて良い者は飛び級する事も認められており、アナスタシア・スターリナのように10代もいかないうちに大学を卒業し、
軍に入隊するというのもかなり珍しいケースではあるが、稀にそういった異常と言って差し支えない才覚を持つ者はいるようで、
たいして問題視される事は無かった。
地位の継承に軍役の義務を課されている貴族や皇族と違って、
一般のレムリア人にとって軍に入隊する―公務員になる―のは義務ではなくて権利のうちの1つだ。
パソコンなどという高等な機械が存在しえない帝国において、
書類の類の作成に使われるのはアナログそのものなタイプライターか手書きが主流である。
電卓はその構造の単純さ故に導入成功となったが、ワープロは魔法生物化してしまって使えなかった。
地球では携帯電話やスマートフォンにすら搭載されている電卓ではあったが、あると無いとでは大違い。
かくして帝国財務省は計算の手間が省けるようになって大助かりとなったのであるが、
地球産のモノはあくまでも帝国の一部に多大な恩恵をもたらす程度に留まっているのが現況である。
ゲーム機を含む、高度な計算機能をもったコンピューター類はレムリアの地を踏んだ途端、
こぞって自意識のある魔法生物と化してしまい、
帝国は地球からのコンピュータ類の輸入を諦めざるを得なかった。
帝国が地球からの輸入に成功したのは、冷蔵庫と洗濯機に加えて
無線機とラジオと電卓位なものである。
中でもラジオはトランジスタ・ラジオ程度しか知らなかった帝国国民にとって
カルチャーショックと言って差し支えないレベルの衝撃を与えており、
帝国暦2017年になっても売り切れるほどの人気商品である。
ラジオは何とかなったものの、逆にダメだったのがテレビである。
テレビは高度な計算機能をもったある種のコンピュータであり、
例に漏れず魔法生物と化してしまってリモコン共々、主人の指示に全く従わないようになってしまったのである。
地球のテレビ局がレムリアの地を取材に訪れようにも出来ていないのはこの現象によるところが大きい。
せっかくの高価な機材に尻をかじられてはたまったものじゃないのだろう。
そういった軛に縛られていないフリージャーナリストたちは帝国に取材に訪れており、
見聞した情報を地球へと持ち帰ってはテレビ局に売ったりして生活しているが、
うっかり立ち入り禁止区域や機密区画に入ってしまって軍警察に拘束される者も多くいる。
軍隊というのは異世界でも杓子定規を絵に描いたような組織であり、地下室に地下室と、
機密を機密と書いてしまう残念なセンスの持ち主であるからこうなるのである。
木を隠すなら森の中という地球の諺に則ればこういった不幸な事象は避けられたのだ。
以降、レムリア陸海空軍は機密を巧みに隠すという術を身に付けてこういった事態に対処する事となるのであった。
6.
魔力。
異世界レムリアの大気中に満ちる未知のエネルギー源である。
大気中に満ちる魔力は特殊な呼吸法を行うことで生物の体内に取り込まれ、取り込んだ当人の意思と意図に沿ったカタチで放出される事になる。
放出される魔力の属性は無色・無属性の魔力と地水火風雷の5属性を加えた6属性と、プラスとマイナスの性質に分けられる。
広大な帝国全土のどこから魔力が放散されているかは長く謎のままであったが、人間の移民を受け入れて以降、
幾度となく結成された探検隊の尽力もあって、魔力の源は魔力の泉と言われる大陸中心部にある
小島にある帝国各地に繋がっている巨大な洞穴の最深部から湯水の如く噴き出している事が判明している。
その量は計測器の針を振り切り、無限大と受け取って差し支えない程であり、枯れる事のない泉のように喩えられ、魔力の泉と呼称されている。
それが判明して以降、帝国は魔力の泉のある島への侵入及び上陸を厳禁とし、それを冒す者には何者であれ逮捕拘束して容赦なく厳罰を課した。
何せ万が一にも魔力が失われる事態になれば即レムリア帝国存亡の危機である。厳罰もやむなしであった。
帝国は惑星統一を成し遂げて以降、その膨大な版図の統治に全力を傾注しており、魔力の泉に関連した傾向もその一環と言って差し支えなく、
各種の犯罪行為に対する罰則が厳罰化の一途を辿っているのも無理からぬ事でもあった。
これは人間が移民としてレムリアの大地を踏むようになってからの変化の一環でもある。
殆どのレムリア人は貴族との身分の差以上に歴然たる実力の差を諦観に近い感情をもって受け入れており、
犯罪と縁遠い生活を送っている。
犯罪の増加傾向が顕著に統計に顕れ始めるのは、人間が移民として帝国に入ってきてからである。
一般的なレムリア人と貴族皇族との実力差は質、量共に貴族皇族の方が圧倒的に格上であり、
殆どの純粋なレムリア人は諦観に近い感情でそれを受け入れている。
寧ろ軍役の義務などといったノブレス・オブリージュのない一般のレムリア人の方が生活は気楽であり、
実力差を覆そう、貴族皇族に一矢報いてやろう、鼻をあかせてやろうなどと考えるレムリア人はごくごく少数派である。
その傾向が変わったのは何を隠そう、ごく最近のこと、人間との混血が始まってからである。
何かとつけて上昇志向の強い人間の血が混じってからと言うもの、
レムリア帝国には如何にして貴族皇族の鼻をあかせてやろうかとの謀が渦を巻く事になる。
貴族からすれば迷惑千万かと思いきや、この傾向は圧倒的に過ぎる実力差を如何にして覆してくれるのか貴族皇族の一種の楽しみになっており、
寧ろ積極的に街やダンジョンに出て、胸をときめかせてその時を待つ貴族が続出した。
皇族は義務の件もあって流石にそうはいかなかったものの、たまに皇族の鼻をあかせてやろうと企む者もいた。
殆どの謀は事前に予知されており、その通りの結果を残すのみであったが、
ごくごく稀に予知を覆す結果を残す者も中にはおり、偉業を達成した者には莫大な報奨とそれにふさわしい地位が下賜された。
7.
帝国が地球人類の移民を受け入れ始めてから、地球人類が住む場所もそれぞれの信じる宗教、崇める神によって異なるという様相を呈してきた。
キリスト教徒たちは緑が豊かで気候の安定している帝国北部に、
イスラム教徒たちは砂漠が広がり、所々にオアシスのある『住み慣れた』感のある帝国南部に住み始めたのである。
日本人たちはその殆どが帝都を始めとした帝国各地にある都市圏に在住している。
一方で中国人たちは帝都や各都市圏に留まらず、それぞれがそれぞれの望む場所に在住しており、新天地で商売を始める者が大半であった。
帝国の人口は地球から移民を募り始めて以降、緩やかな減少から大幅な増加に転じており、
それに伴って税収も増える一方である。
地球からの企業誘致もハイテク産業を除いてという前提条件があるものの順調に推移しており、
帝国各地にユニクロを始めとした衣料品店などが進出して活況を呈している。
特に帝都では地球全土から有名企業、各種有名ブランドが出店していて貴族などに好評を博しており、
その勢いたるや凄まじいものがある。
石油が全く出ないレムリア帝国にとってガソリン・軽油といった石油精製品というモノを地球から輸入できるだけの財力を
もった者は極々少数であり、自動車というのは専ら一部の金持ちか王侯貴族の乗り物といった位置である。
―と言うことで、レムリアにおける荷物の主な輸送手段と言えば電車・貨物列車や荷馬車に徒歩が未だに主流を占めている。
レムリアにもちゃんと郵便局があり、宅配便というものもあるが、地球と較べて輸送にかかるコストは割高である。
では軍隊ではどうしているのかというと、
空軍では飛行機に内蔵した大容量の魔力電池から取り出した電力でモーターを駆動させ、プロペラを回して推進している。
なのでジェット機というのはレムリア帝国に存在していない。あるのはプロペラ機だけである。
空軍の主力戦闘機はフォッケウルフ・Ta152とその改良型。
地上目標の攻撃用にはJu87G・カノーネンフォーゲルと指揮官機としてA-1・スカイレイダーが就いており、
それらが飛行している光景目当てでレムリアの地を踏む観光客も少なくない。
陸軍も同様であり、モーター駆動式に加えて主砲が出力調整可能な魔力光線砲に改良が施されているものの、
キングタイガーやパンターGが未だに主力戦車な辺り旧式も旧式の感があるが、
多層魔導障壁を展開する機能がある為地球産の戦車より防御力が高く、これ以上改良する必要がなかったのである。
加えて魔力光線砲以外にレールガンの原理で砲弾を地球産の戦車より速い速度で射出出来るよう改良されていて、
地球産の戦車とほぼ同等かそれより優れているようになっていた。
歩兵も同様で、主兵装はStG44であるものの魔導障壁によってあらゆる攻撃から身を守れるようになっていて、
更には低高度ながら単独で飛行も可能と地球人類の軍隊より強かった。
海軍の艦艇も第二次世界大戦当時に現役だった旧式の空母や戦艦、駆逐艦で構成されているものの、
その性能は現代の艦艇に勝るとも劣らないレベルである。
レムリア陸海空軍の戦力が全て第二次世界大戦中の旧式もいいところのもので構成されているのは、
魔導技術が進歩しているので既存兵器の改良を行う余地が殆どないからである。
魔導障壁は地球人類の兵器では打ち破ることが出来ないほど強固であり、
またどの兵種・兵科も装備している魔力光線砲は地球のありとあらゆる兵器を瞬時に溶解、
蒸発させることが出来るほど強力だった。
古今類を見ない最大級の威容を擁する陸海空軍であったが、しかしその実力を発揮することは無かった。
帝国にとって地球人類は未来の帝国国民候補であり、それを減らすような事は決してあってはならない選択であり、
それこそ品位に欠ける行為だったからである。
2018年になっても、帝国と地球の交流は続いていた。
中でも帝国が熱心だったのは地球産の小火器に関する技術の取得である。
帝国の兵器製造能力というのは地球における第2次世界大戦の時点でその進歩を止めており、
帝国陸軍、海軍、空軍、海兵隊といった4軍において兵器の更新というのは重要な課題であった。
地球産の兵器というのはレムリア本国への開門時のささやかな戦いにおいて帝国の兵器に劣るというのが判明しているものの、
非常に雑多な民族の集まりであるが故に成されてこなかった小火器の統一、
統合というのは帝国にとって長い間頭を悩ませていた大きな問題であり、
裏を返せば地球側にとってもまたとないビジネスチャンスでもあった。
対戦車ミサイル、弾道ミサイル、イージス艦、航空母艦といった緻密なコンピューター制御が必須である最新鋭兵器の導入は不可能ではあっても、
コンピューター制御の入る余地のないアサルトライフルや機関銃という武器に関しては地球側に相当なアドバンテージがあったのである。
まず帝国調査団が大きな関心を寄せたのがAKシリーズ、中でもAKMであった。
鉄薬莢というのは鉄が殆ど産出されない帝国において導入への高いハードルであったものの、
これはロシア側から帝国でも量産、配備が可能な真鍮薬莢式への置換という提案を受けており、
比較的スムーズに帝国4軍への新規導入が確定したケースであった。
逆に選定が非常に難航したのが小火器類の中でも拳銃であった。
帝国の4軍制というのは帝国への最初期の移民であるアメリカ人、ひいてはアメリカ方式で行うことで方向が定まった制度の1つであり、
そのあり方というのは合衆国の影響が今なお色濃い部分でもある。
よって拳銃は45口径のものにすべきとの声が調査団派遣以前から上がっており、帝国国防省も無視できないほど大きかったのである。
その声にいち早く応えたのがアメリカのコルト社であった。
コルトは既にアメリカ海兵隊に納入実績のあるM45A1をベースに、
調査団が要求した左右両方へのマガジンキャッチボタンを実装し、更にはセフティレバー兼デコッキング機能を盛り込んだM1911を調査団に提案し、
コンペティションに提出したのであった。
となれば世界各国の小火器製造メーカーが反応しない訳がなく、
勝利を納めれば100万単位での超大口採用が決まるとだけあって、このコンペティションには世界各国から多種多様な拳銃が参加する事になった。
帝国調査団が各社に要求した次世代標準拳銃のスペックは以下である。
1.45口径弾を使用すること。
2.左右両方にマガジンキャッチボタンを有していること。
3.コック&ロックが可能なセイフティレバーを左右両方に有すること。
4.デコッキング機能を有すること。
5.不意に落下しても暴発しない安全機構を持つこと。
6.シングルスタックマガジンであること。
7.帝国でも生産が可能な構造を有していること。
8.帝国でも整備、補修が可能な材質を使用していること。
といった条件が付けられているものの、帝国政府としては地球からの直輸入という調達手段も十全に考慮しており、
ポリマーフレーム式拳銃の採用もやぶさかではない、というのが帝国調査団のスタンスであった。
仮想敵国が無く、金余りが状態化している帝国4軍において拳銃の統一というのは大きなイノベーションを巻き起こす事になるものの1つであり、
優秀な自動拳銃の確保というのは大きな意味合いがあった。
銃に魔力を通せば発射された弾丸は全てそのサイズに見合わぬ威力と打撃力を有する魔弾と化し、
徹甲弾は地球上にある戦車の装甲を軽々と貫き通すまでの貫通力を有するに至るのである。
調査団は直ちにコンペティションを敢行し、様々なテストを地球上で行った。
コンペティションによって候補は絞られ、最終的な候補として残ったのはコルト社製XM45A2とH&K社製Hk45であった。
中でも大きな期待が寄せられたのがコルト社聖XM45A2(仮称)である。
プラスチックを一切使用していない上にコルト社は帝国におけるライセンス生産をも視野に入れて提案してきたので、
これは帝国にとって非常に魅力的な提案と言えた。
しかしHk45の方も軽量で取り回しやすく、
無改造でサプレッサーが装着可能というのは帝国4軍にそれぞれ存在する特殊部隊隊員たちにとって非常にありがたい存在と言えた。
特殊部隊で運用されているMk22の老朽化が激しく共食い整備も発生しており、
特殊部隊からはHk45を推す声が無視できないほど大きかったのもあって帝国4軍は通常の部隊とその隊員にはM45カスタムを、
特殊部隊にはHk45をサプレッサー含めて輸入することで決着とした。
次に帝国調査団の頭を悩ませたのが次世代機関銃の選定であった。
どの製品を輸入するか、ライセンス生産するかより、問題となったのはベルトリンクである。
地球では鉄製のベルトリンクが一般的であるが、帝国において鉄は地球におけるダイヤモンド並に貴重であり、
使い捨てパーツに供するにはあまりにも勿体なかったのである。
ということもあって、帝国調査団は銃本体だけ輸入して弾丸は魔力で代替することに決めざるを得なかった。
コンペティションの結果、次世代標準機関銃として選定されたのはベルギー、FN社のMAGであった。
魔法技術が発達している帝国において拳銃や小銃というのは弾丸を装填せずとも魔力で形成した弾丸を発射する依り代(媒体)としての意味合いが大きく、
弾丸が必要なのは純粋な地球人類だけであり、混血児含むレムリア人にとって必ずしも弾丸が必要ではなかったのである。
実際、帝国産の小火器のほぼ全てが光線銃(弾丸を放つというイメージを掴みやすくする為に銃や砲の形をした媒質がどうしても必要になる)の機能を備えており、
実弾を放つ機会は少ないのが現状である。
どうして銃や砲の形をした依り代が必要になるかというと、これまた単純な話で、
依り代なく魔力の弾丸を放つことは出来るものの、その威力と射程が兵士個々の持ちうる想像力によって大きく違ってくるからである。
魔力弾は地球産のあらゆる兵器の防御装甲を軽々と貫通するが、依り代なしでは威力と射程が大きく落ちてしまい、
酷い場合は10メートル先に吊るしたターゲットペーパーすら貫通できないという実験結果もあるほど性能が落ちてしまう。
よって、弾丸や砲弾を放つというイメージの依り代たる銃砲火器類の装備というのは、
魔力弾の威力と射程をある程度均一化する為に必須と言えた。
何かとカネがかかる軍隊の装備の更新ではあったが、
桜が咲く頃にはだいたいの更新すべき装備は候補が選定されており、
あとは生産でき次第、本国へ送るだけとなっていた。
陸海空軍に加えて海兵隊まで加わった前例のない量の受注であり、
量が量である。今後数年間は発注した分が充足されるまではある程度の量が生産でき次第輸入という形で
兵器産業と契約が交わされており、前線から後方の部隊まで最新鋭の装備が行き渡るにはかなり時間がかかる見込みである。
レムリアにおいて銃火器で武装する事が許されているのは軍人と警察官と郵便局員と銀行員だけであり、その他の国民は銃火器の装備は厳正な審査をパスしなければ銃火器の携帯は許可されない。
自然、一般的なレムリア国民はクロスボウや剣、槍といった原始的な武器を装備するのが一般的になる。




