表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

激突!魔法少女対錬金術師!

1.


 帝国暦2017年、1月1日。帝都レムレースの日本人街は地球―日本―に戻る人の群れでごった返していた。

初詣は日本でという人間が多いらしく、人々は次々と門をくぐる。

先だって俺たちと組んでくれたパーティーメンバーの面々は帝都で魔法雑貨店を営む尾崎さんを除いて地球に帰省しており、

俺はひっそりと静まり返った街を目的もなくブラブラと歩いていた。

 地球に行っても良かったのだが、地球にいる友人たちは大学のサークル活動で軒並み街を離れていたので、本当にする事が無かったのである。

街を散策していると、前方から見知った顔の人物が2人、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。

「尾崎さんにエリカ。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 俺が新年の挨拶を送ると、こちらこそよろしく、と返事が返ってくる。

「お2人はどこに行かれるんですか?ダンジョンだったらご一緒しますよ」

 俺が2人に言うと尾崎さんが答える。

「郊外のダンジョンにヴァンパイアが出るようになった。狩りに行く」

 ヴァンパイア。地球で言う吸血鬼だ。彼等は霧やコウモリに姿を変え、人の生き血を吸う。

ここまでは地球とレムリアでも同じだ。違うのは、十字架やニンニクが弱点ではないのと太陽光に当たってもチリにならない所だ。当然、鏡にも映る。

ヴァンパイアの大多数は人化の法で人の姿に変化し、帝国各地で人間と共に暮らしている。

ダンジョンに出現するヴァンパイアは彼等の昔の姿と能力を模して造られた魔法生物だ。本物と違って霧にもコウモリにもなれない。劣化コピーと言っても過言ではない。

と言うより、そうでなければ攻撃が一切合切通じない無敵のモンスターになってしまう。ダンジョンに出てくるモンスターとしては当然の措置と言えた。

帝国はダンジョン入場料という税収を安定して得る為に、あの手この手を使って冒険者たちを帝国各地にあるダンジョンに誘っている。

「けんちゃんも暇なら行こうよ~、お店は休みだし、帝都のダンジョンも閉まっているし、どうせヒマでしょ?」

 帝都のダンジョンは年に1度のメンテナンス日を迎えており、関係者以外立入禁止となっており、

傷んだ舗装の補修や魔法生物の調整、最下層をにある永久機関のメンテナンスといった事が内部で行われている。

 何しろダンジョン内の全ての機能が停止しており、転送の魔法陣も稼働していない。ダンジョン内に残っているパーティーはいないはずだ。

 俺は尾崎さんにハイと返事を返し、自宅への道を急ぎ足で歩き始めた。


 小一時間もした頃、俺は装備を整えて2人の前に立っていた。

 尾崎さんが無言で小さく頷くと、俺の前にミスリル製の脚甲を差し出してくる。

「レビテーションブーツ。郊外のダンジョンには落とし穴や一本橋がある。コレに履き替えて」

 はぁ、そうですかと俺は尾崎さんに返事を返してレビテーションブーツ(宙に浮く靴)に履き替える。

「これで安心してダンジョンに挑める」

 俺が動作テストに脚甲に魔力を送り込むと、ヴン、と音を立てて俺の体は地面から少し浮き上がった。

レビテーションブーツというからもっとフワフワした感触かと思っていたが、地面から薄いガラスでできた床が出来たかのように安定しており、

足元の感触は地面に足をついているかのようにしっかりした物だった。これなら安心して剣が振れるだろう。

 2人の足元を見ると、既にレビテーションブーツを使っているらしく両名とも地面から少しだけ浮いていた。

浮いているままの方が都合がいいらしく、2人に習って俺も浮いたままにしておく。

「じゃあ、行きましょうか。郊外のダンジョンで良かったんですよね?」

 俺が2人に確認すると、尾崎さんが小さく首肯して先導するかのように歩き始めた。俺たちも後を追うようにして歩き出す。


 30分ほど歩くと、帝都郊外にあるダンジョンが見えてきた。

 規模が小さいダンジョンらしく、俺たち3人以外に訪れる人間はいないようだ。

 エルフの受付嬢のいる受け付けで入場料を払い、帰還の指輪を受け取る。

 入り口の奥に鎮座している重い扉を開けると、その先には広大なダンジョンが広がっていた。

自然にできた洞窟を利用しているらしく、ところどころレンガの舗装が剥がれたままになっており帝都にあるダンジョンとは違った歴史を感じさせる。

 このダンジョンは地下1階しか無いらしく、転送の魔法陣はない。ヴァンパイアが出るのは一番奥の部屋だそうだ。

 ダンジョン内を奥に奥に進んでいくと、こちらに向かって走ってくるモンスターの群れが見える。ゴブリンだ。

 俺は爆裂のタリスマンを取り外し、鎌鼬のタリスマンを魔剣の柄に嵌め込んだ。

 剣に魔力を送り込み、横真一文字に薙ぎ払う。鎌鼬現象が発生し、ゴブリンの群れに襲いかかる。

ゴブリンたちは真空の刃に体中を斬り刻まれ、俺たちの手前で力尽きた。死体は液状化し、沸騰しながら蒸発していく。

 「お見事」と短く尾崎さんが言う。どういたしましてと俺は返事を返して剣を鞘に収めた。

 更に奥に進むと、帝都にあるダンジョンと同じようなレンガで舗装された通路が現れる。どうやら罠があるのはココからみたいのようで、尾崎さんが気を付けてと短くつぶやく。

帰還の指輪があるから死なずに済むが、痛みだけはあるので罠にかかるのは避けたい所だ。

 足元に用心しながら、ダンジョン内を更に奥に進む。とある広場に出ると、床が奥の方から下に抜け落ちていく。これが罠か。

 俺は落ち着いて脚に魔力を送り込み、レビテーションを発動させた。ヴン、と音を立ててレビテーションが発動し、俺たちは床面から数センチ浮き上がる。

下を見ると、上へと向けられた槍が剣山のように部屋中に突き立てられていて、大昔にココで命を落としたであろう冒険者たちの骸骨が転がっていた。

おお、怖い怖い。俺はブルッと体を震わせると、更に奥に向かって進んだ。

 ダンジョンの最奥部。歴史を感じさせる大きな扉が行く手を塞いでいた。どうやらこの先にヴァンパイアがあるらしい。

重たい扉を開けると、ソコには赤絨毯が広がる大きな広間があった。広間中央には黒いローブをまとった中肉中背の男が立っている。

どうやらコイツが件のヴァンパイアらしい。

 俺は油断なく観察しながら魔剣を鞘から引き抜いて構える。隣りにいる尾崎さんは蓄積してる魔力を全面開放し、光属性の魔法を使う動作に入った。

向けられた敵意を感じ取ったのか、微動だにしなかったヴァンパイアがこちらに向かって向き直る。

 キシャアア!と叫び声を上げて、ヴァンパイアがエリカに飛びかかった。こちらに誘導するつもりだったが、それが出来ないくらいその動きは素早かった。

 並の人間なら一撃で引き裂かれるであろう豪腕が、エリカに襲いかかる、エリカが息をフッと吹きかけると、ヴァンパイアは見えない拳に殴られたかのように吹っ飛んだ。

「うーん、10点って感じかな~。赤点!」

 言い終わるとエリカは脚から地面に魔力を流し込む。足元から吹き上がった真空の刃が、ヴァンパイアを斬り刻む。…だが浅い。

傷口はあっという間に再生し、あとには斬り刻まれたローブだけが攻撃の痕跡を物語っていた。

 鎌鼬は効果なしか。俺は魔剣の柄から鎌鼬のタリスマンを引き抜くと、爆裂のタリスマンをセットし、魔力を流し込んだ後、鞘に収めた。

ココは新兵器を使うべきだろう。ただでさえ高い再生力を誇るヴァンパイアは、並の攻撃では倒せない。一撃で勝負を決するような力が必要だ。

 ガァア、とヨダレを垂らしてヴァンパイアが今度は尾崎さんに踊りかかった。尾崎さんはカウンターで光属性の魔法を放つ。

眩い閃光が尾崎さんの足元から湧き上がり、レーザーのように直進してヴァンパイアのどてっ腹に大きな穴を空けた。

「浅い」と尾崎さんが言う。

 アレで浅いのかよ。それじゃますますもって一撃で雌雄を決する必要がありそうだ。

 俺は慎重に魔剣を鞘から引き抜くと、深呼吸して構えた。コイツの威力なら、一撃で何とかなるだろう。

 傷口が塞がる前にカタをつけるべく、一歩前に歩み出る。ヴァンパイアが叫び声を上げて俺に襲いかかったが…傷の修復が優先なのだろうか、動きが牛のように遅い。

 俺は裂帛の気合を込めて魔剣を脳天唐竹割りに叩き付ける。刃はたいした手応えもなく、するりとヴァンパイアの体を斬り抜けた。

 ビシリ、と音を立てて肩鎧にヒビが入り、俺は頬を爪で結構深めに引き裂かれていた。めっちゃ痛い。

 一方、脳天唐竹割りされたヴァンパイアは引き裂きそこねたさけるチーズのようになっていた。血のような赤いラインが体の左右を繋いでいる。

また再生するのか、と俺がぎょっとしながら向き直った瞬間、ヴァンパイアの体内で大爆発が起こり、その身を木っ端微塵に消し飛ばした。

爆風で俺と尾崎さんは揃って吹っ飛ばされ、壁にしたたかに打ち付けられる。自分のしたことながら、めっちゃ痛い。

「いっててて、我ながら派手にやりすぎたか?」頬からしとどに血を流しつつ、俺はよっこいしょと起き上がる。

 一方エリカは腕組みをしたまま微動だにしていない。流石はチート職、余裕綽々だ。

「ヴァンパイアはどうなった?」

 俺の問いに、エリカは無言で指をさす。ヴァンパイアがいた場所は小さなクレーターと化し、爆発四散したヴァンパイアの死体は煙になって消えていく。

 痛い目にあったが、一応勝利だ。よろめきながら尾崎さんが立ち上がり、こちらに向かって歩み寄ってきた。

「動かないで。出血がひどい。いま治療をするから」

 俺のもとに着くなり尾崎さんは有無を言わせず治療魔法を発動させる。

 オレンジ色の光がその掌から放たれ。俺の頬の傷はジワジワとテープを逆再生するかのように塞がっていく。

「ありがとうございます。いってて」

「こっちこそ助かった。ありがとうを言うのはこちらの方」

 わたしだけでは苦戦は免れなかった、と尾崎さんは言う。そうだろうか。あの魔力量からして尾崎さんの力ならもっと簡単に倒せそうな気がしたが、

褒め言葉として受け取っておく。

 しかし最大まで増幅した爆裂の効果がココまでのものとは知らなかった。以降、気を付けて使うようにしよう。

 部屋の主たるヴァンパイアが消えて、残ったのは小さなクレーターと部屋の奥に据えられた宝箱だけだ。

 尾崎さんは宝箱に無造作に近づくと、宝箱を開ける。

 中に入っているのは1つのダガーナイフと、大量の旧貨幣だった。

「私が欲しかったのはこれ。あとはあなた達2人のものにしていい」

 いいんですか、と俺が尋ねると、尾崎さんは一言、「いい」と言った。

 ありがたく中身を折半させてもらう事にする。これだけの旧貨幣―帝国成立前、戦国時代に各国で使われていた貨幣だ―だ。古銭屋に売れば高く売れるだろう。

 俺とエリカが宝箱の中身をセッセとリュックに入れている間中、尾崎さんは手に入れたダガーを見つめていた。

 何かのエンチャントでも施されているのだろうか?尾崎さんが魔力をダガーに込めると紫色の光がダガーから放たれ、次の瞬間にはダガーは細身の剣に姿を変えていた。

紫色の閃光が放たれる度、ダガーはその姿を変貌させる。バスタードソード、日本刀、フランベルジュ。目まぐるしく姿を変え、ダガーだったものは最終的に杖へと変貌していた。

 これだけ自由に形状を変えられる武器は、帝都のダンジョンでもそうそう見られない。

帝国成立以前の技術で造られたであろう可変式ダガー(名称不明)を杖の形状にして、尾崎さんはにこやかな笑みを浮かべた。


「いやー、思わぬ収穫でしたね。しかし尾崎さん、そのダガーの名前は何ていうんです?」

 ダンジョンから帝都への帰り道を歩きながら、俺は尾崎さんに尋ねた。

「名前はない。強いて言うなら可変式ダガー。でもコレの凄さはそれ以外にもある。例えば―」

 尾崎さんは言葉を途中で区切り、魔力を杖へと送り込む。杖の先端が光り輝いた。

 次の瞬間、尾崎さんの体の前に光り輝く魔力の盾が出現していた。 

 盾から放たれた青色の光が俺とエリカを包み込む。パラディンが使うバリアーだ。

 なるほど、典型的な後衛職であるマジックユーザーでもパラディン並の防御が出来るようになるのか。

 こりゃ確かにレアだ。更に秘密があるんでしょう、と俺が更に踏み込んだ質問をすると、尾崎さんはイタズラっぽく笑いながら人差し指を唇の前に立てて

「ひみつ」

 と答えた。やはり何らかの秘密がまだあるんだろう。でもいつかは見せてもらえるはずだ。

 これ以上の追及は無理だ。俺は諦めて帝都の門をくぐった。


2.


 尾崎さんと別れた俺とエリカは雑談しながら自宅への帰り道を歩いていた。

話題に登るのは家族のことやパーティーのこととかといった他愛のない話である。

 それぞれの自宅が見える頃には話題も尽き、お互い無言のまま自宅へと歩を進める。

 嫌でも司会に入ってくるそれぞれの自宅の扉。エリカの家の扉の前に立ち塞がるかのように立っている2人の人影を認めて俺たちはそちらの方に歩み寄った。

 豪奢な金髪を腰まで垂らし、絹で出来た高級品のドレスをまとったいかにもと言った淑女に、カールした金髪をショートカットにまとめた碧眼―歳は12、3歳だろうか―の少女が立っている。

エリカの店のお客様だろうか?すいません、店は5日までお休みにさせていただいておりまして、とエリカが2人に言うと、2人は首を横に振った。

「じっ、自分はアナスタシア・スターリナと申します!若輩ながら軍で中尉を務めさせて戴いております!」

 金髪碧眼の少女がしゃちほこばって自己紹介する。この歳で軍人とは、よほどの才媛なのだろう。

「私はタチアナ・スターリナと申します。お2人の噂はかねがね聞こえております。娘のことはアーニャとお呼び下さい」

豪奢な金髪をゆらし、タチアナさんが挨拶をする。俺たちも挨拶を返した。

「稀代の天才などと世間では言われておりますが、私はまだまだ未熟者です。私に何かご用でしょうか?」

 とエリカが母娘に言うと、アーニャちゃんが答えた。

「たたた大変失礼とは思いますが、ぜひ一手、戦闘のご教授をと思いまして!新年早々差し出がましいかと思いますが参上した次第であります!」

 なるほど。どうやら彼女は軍に勤めるマジックユーザーらしい。しかしエリカに挑戦しようと考えるとは、ますますもって将来有望株といっていいだろう。

軍もこんな才媛がいる限り安泰だな。

「戦闘訓練ですか…そのお歳でご熱心ですね。私も暇を持て余していましたので、別に構いませんよ」

 エリカが少女に敬意を払いながら答えると、アーニャちゃんの顔がぱぁっと明るく輝いた。

「では、是非今からでもご教授をお願いできませんでしょうか!?」

 エリカが2人とも荷物を降ろしたあとなら構いませんよと返事を返すと、少女は大きく頷いて母親に歓喜の目線を送った。どうやら本当に戦うのが好きらしい。

 俺たちは失礼、と2人に言い置いて自宅の扉をくぐる。

 俺は自宅に戻ると、急いで自室に入り、荷物を降ろして鎧を脱ぐと、魔剣を鞘ごと外して床の上に置いた。

 地球にいた頃から愛用しているライダースジャケットを着て、首に真っ赤なマフラーを巻くと俺は自室から出て、玄関に向かった。

玄関で履き古したスニーカーを履くと、玄扉を開けて外に出る。するとちょうど同じタイミングで出て来たらしい、エリカと目が合った。

 リュック以外は普段着そのままと言った風体のエリカを見ると、俺は小さく嘆息する。我らが錬金術師様はどこまでも自信家のようだ。

「ご、ご準備はよろしいでしょうか!」

 とアーニャちゃんが俺たちに問いかける。

 ええ、とエリカが短く答えると、少女は転送の魔法が書かれたスクロールを広げる。

 青白い燐光を漏らす魔法陣が地面に展開され、4人を覆う。

 少女が小さく転送、と言うと俺たちは軍の修練場に転送された。


 帝都の西門近くにある軍の宿舎と修練場はおれたち4人以外にだれもいないようで、シンと静まり返っていた。

 たたた、とアーニャちゃんが修練場の中央に向けて走り出す。

「こ、ここならお互い全力が出せると思いますので、全力で戦って頂ければ幸いです!」

 まだまだ子供っぽさが色濃く残る少女が、心底楽しそうに言う。

 対してエリカは笑顔を返すと、無言で俺の前に立ち塞がるかのように歩み出た。

 錬金術師とマジックユーザーの戦いは、その余波だけでも凄まじい威力を吐き出す。

俺とタチアナさんに誘われるかのように修練場を覆うフェンスの外に出て、観客席に座った。


「じ、準備は出来ましたでしょうか!?」

 少女の声に、エリカはいつでもどうぞ、とばかりに返事を返す。

「で、では、行きます!」

 少女が言うと、その身に蓄えられた魔力が全開放される。

溢れ出た膨大な魔力の影響でシールドが軋み、修練場全体が微かに震えていた。

この魔力量は尋常ではない。さしものエリカもいつものように余裕綽々とはいかないだろう。

などと俺は思っていたが、当のエリカはにこやかな笑みを浮かべたまま、何のリアクションもしていない。

 さぁどうぞ、とばかりにエリカが右手を差し出す。次の瞬間、アーニャちゃんが放った魔力の光線がエリカを貫く。

 並のモンスターなら一瞬で炭化して消えてしまうだろう光線がシールドにぶち当たり、フェンスをビリビリと揺らした。

 辺りを白煙が覆い隠す。

「エリカッ!!」

 無事か?と俺が問いかけると、普段と何も変わらない調子で返事が返ってくる。

「平気平気~。でもちょっとビックリしたかも~」

 右手をプラプラと振りながら、無傷のエリカが姿を現す。強烈な魔力光線を食らっているにも関わらず、その身には火傷跡すら刻まれてはいなかった。

 続けて強烈な雷撃がエリカを襲う…が、稲妻はエリカの前に忽然と開いた無数の穴に吸い込まれて消えていく。

 ならばと放たれた爆裂魔法がエリカの目前で炸裂し、その身を後方へ吹き飛ばす。

…だがエリカはフェンスに叩き付けられる前に体制を立て直し、地面に2本の脚で降り立った。相変わらず、その身には傷一つない。

「ヘェ、歳の割にやるね~。吹き飛ばされたのは随分久しぶりだよ」

 エリカが他人を褒めるとは思っていなかった俺は、大いに驚いた。アーニャちゃんとやらの才能は本物だ。

「じゃあホントの本気で相手してあげるね~。そら、いくよ~?」

 エリカはアーニャちゃんに言うと、蓄えられた魔力を全開放する。

 ズズン、と地面がひときわ大きく揺れ、シールドを更に大きく軋ませた。震えるような微振動は今も続いている。

 ひときわ大きなオーラを纏ったエリカが、アーニャちゃんに向けてフッと息を吹きかける。

 刹那、巨大な真空の刃がアーニャちゃんの体を覆い、小さな身体中を斬り刻む。

「グッ…クウッ!!!」

 パッと華が咲くように血が飛び散り、アーニャちゃんが地面に片膝をつく。

前途有望な少女に対して加減したのだろうか、アーニャちゃんの顔には傷一つ付けられていない。

「まだまだこれからだよ~?そら!」

 先程のアーニャちゃんの放った爆裂魔法とは比べ物にならないほど強烈な爆裂魔法がアーニャちゃんに直撃し、小さな身体を木の葉の如く軽々と吹っ飛ばした。

ガシャアン!と大きな音を立ててアーニャちゃんがフェンスに叩き付けられる。

 よろめきながら立ち上がったアーニャちゃんを続けざまにエリカの放った魔法が襲う。

苦鳴の声を上げるヒマもなくアーニャちゃんは炎に焼かれ、稲妻に貫かれて地面に転がった。

「ま…まだまだ…!」

 よろめきながらも立ち上がり、戦意を萎えさせないアーニャちゃんに、まだまだ試し足りないらしいエリカは満面の笑みを浮かべる。

 反撃の魔力光線がエリカめがけて放たれる。エリカも同じ魔力光線を放った。

 両者の放った光線が修練場の中央で激突し、拮抗してスパークを散らす。拮抗は一瞬で破られ、エリカの放った魔力光線がアーニャちゃんを飲み込んだ。

 強烈な魔力光線がアーニャちゃんの身体を焼く。

「ハァ…ハァ…」

 アーニャちゃんは展開している魔導障壁を全て貫通されたらしく、その服のあちこちに焼け焦げた跡が広がっていた。

「ホラホラ、次いくよ~?」

 這々の体といったアーニャちゃんに対して、エリカは余裕綽々といった感じだ。

 圧倒的な実力差に、アーニャちゃんは小さく呻いた。

 まだ戦意はなくしていないらしく、その足元に魔法陣が立体的に展開される。

 次の瞬間破裂音と共に地面から無数の稲妻が現れ、生き物のように蠢いてエリカめがけて降り注いだ。   

 最強最大級の稲妻に打たれても、エリカは動じない。土煙が収まると、そこには髪の一本も焦げていない、いつも通りのエリカの姿があった。

「なかなかやるね~。じゃあ、コレはどう?」

 エリカが腕を振り払うと、その身体を取り巻くようにして無数の透明な球体が生まれ、アーニャちゃんに襲いかかった。

 透明な球体は目標に到達すると、まるでそれ自体が爆薬の塊であるかのようにけたたましい音を立てて炸裂し、アーニャちゃんの身体の表面で小爆発を起こした。

 身体のあちこちで起きる小爆発の嵐にアーニャちゃんはマリオネットのように翻弄される。

「ウッグ…!クウッ…!」 

 肉体を苛む苦痛に呻きながら、アーニャちゃんは片膝立ちの状態から立ち上がるものの、2本の足で立っているのがやっとらしく、身体がフラフラと左右に揺れている。

 通常の魔法ではエリカにはまるで効果が無いと悟ったらしく、アーニャちゃんは息を整えると、直立不動の姿勢から、前かがみの姿勢に構え直した。

対して、エリカは満面の笑みを顔に浮かべたまま、何の構えもとらずそのまま突っ立っているだけである。

「ホラ、コレを使いなよ~」

エリカは腰のベルトに巻きつけられていたサブベルトを取り外すとアーニャちゃんの足元に放り投げた。

 …ベルトに差し込んであったのは、バリアを突き破る、錬金術師殺しの力を秘めた分厚い鎧通しが5つほど。

 今までの戦いでソレを使っても自分の身には傷一つ付ける事が出来ないだろうと踏んだのか、

はたまた戦闘経験からくる余裕か?

 戸惑うアーニャちゃんに対して、エリカは穏やかな笑みを浮かべたまま、何の構えもとっていない。

少女は最初のうちは戸惑っていたが、呼吸が整うと冷静な思考を取り戻せたらしく、

エリカから渡された鎧通しを使うことに決めたようだ。

基本的に錬金術師は近距離より遠距離で能力を発揮する職業であり、ここまで実力差がある場合、

勝機は接近戦に持ち込まないと得られないだろう。

 少女は5つの鎧通しに自らの魔力を送り込んで自らの制御下に置き、頭上で高速回転させ始めた。

バリアを突き破る鎧通しで牽制し、接近戦に持ち込んで何とか状況を打開しようと考えたらしく、

少女は震える手で懐からダガーを取り出し、改めて構え直した。

「い、行けぇッ!」

 少女が空いた手をエリカに向かって振り下ろすと、頭上で高速回転していた鎧通したちが

流星のごとくエリカに向かって疾駆する。

込められた魔力とバリア貫通能力の相乗効果で、鎧通しは目視するのも困難な速度でエリカに襲いかかった。

さしものエリカも、流石にコレは見切れまい。

「ウーン、なかなかやるねー。流石にコレは見切りにくいね~」

 それでもエリカの余裕は崩れない。

当たるか当たらないかのギリギリのタイミングでエリカが身を翻すと、鎧通したちはドスドスドス!と音を立てて地面に突き立っていく。

 鎧通しの遠隔操作でダメージを与えるのは無理だったが、

それでもアーニャちゃんは間合いを詰めるのに成功していた。

 最後の鎧通しが地面に突き立ったと同時に少女はダガーをもってエリカにとびかかる。

「ええいッ!」

 裂帛の気合いを込められたダガーがエリカに向かって振り下ろされる。

ダガーは5層展開されたエリカの魔導障壁を紙のように突き破り、その豊満な胸に深々と突き刺さった。

盛大に血飛沫が上がり、エリカはゆっくりと地面に倒れていく。

数回痙攣すると、その動きは止まった。

「…ハァ…ハァ…か、勝った…?」

 ダガーをエリカの胸から引き抜くと、数歩あとじさって少女が呟く。

「エリカッ!?」

 俺の叫びも虚しく、エリカの遺体はサラサラと砂になって風に吹き散らされていく。

…稀代の天才錬金術師、油断して死す…か?

 すると、どこからかエリカの声が聞こえてくる。

「ヘェ~、その歳で僕の分身を倒す実力があるとは。これは驚かざるを得ないね~」

 どこから現れたのか、いつの間にかもう1人のエリカがパチパチと拍手をしながら少女を見下げるようにして宙空から地面に降り立った。

「並の錬金術師なら手詰まりだろうけれど、僕には通じないよ~。惜しかったね~」

 ちょっとはスリルが味わえたので、お礼をしないとね♪、とエリカが言うと

地面に埋もれているがままになっていた5つの鎧通しが意思あるかのように地面から浮き上がり、

エリカの頭上で回転し始めた。

「ホラ、コレが本来の使い方だよ~。よーく覚えておいてね~」

 エリカが言うと同時に鎧通したちは複雑な軌道を描いて少女に襲いかかった。

弾かれてもしつこく襲いかかってくる鎧通したち相手に、

たちまちのうちにアーニャちゃんは防戦一方になってしまう。

 「グッ…クゥッ!!」

身体中のあちこちを斬り刻まれて、少女は苦鳴のうめき声をあげた。

ダガーに弾かれた最後の鎧通しがアーニャちゃんの影を縫い止めるようにして地面に突き立つと、

少女の体は巨人の手で掴まれたかのようにピクリとも動かなくなった。

「コレが応用その1、影縫いって技だよ~。どう?動けないでしょ?」

 エリカが少女の身体に脚をかけて軽く奥に押しやると、

アーニャちゃんは巨人に殴られたかのような勢いで

吹き飛ばされ、修練場のフェンスにしたたかに叩き付けられた。

ガシャアン!とフェンスが悲鳴をあげて軋み、少女は受け身も取れないまま地面に落下する。

 正直ここまで実力差があると、ハッキリ言って戦いではなくて一方的なイジメにしか見えない。

 アーニャちゃんはよろめきながら立ち上がるとダガーを鞘に納め、

腰のホルダーに差した杖を取り出して構えた。

 「へぇ、まだ戦う気力があるとはね。まだ楽しめそうかな?」

 満面の笑みを浮かべるエリカに対して、少女は何の返事も返さず、ひたすらに魔力を練って杖に送り込み続けている。

 やがて少女の足元から魔法陣が立ち上がり、周囲の空間に立体的に展開されていく。

「こ…これが私の最大魔法!行けぇっ!紅炎ルビーフレア!」

 声と同時にアーニャちゃんは地面にダガーを突き刺す。血のように赤い光を火の粉のように漏らす魔法陣が展開された。

紅い紅い炎の塊がエリカに向かって飛び、着弾。次の瞬間、目も眩むような閃光と共に大爆発が起こり、修練場のシールド2層を崩壊させた。 

「エリカッ!?」

 俺が無事かどうか確認すると、エリカは片膝立ち状態からムクリと身体を起こして答える。

「平気平気~。どうってことないよ~。ルビーフレアかぁ…なら、それなりのお返ししちゃうよ~?」

 エリカが言うと同時に魔法陣がその身を覆うようにして立体的に展開される。コレは…ヤバい!

 俺はタチアナさんに覆いかぶさるかのようにして地面へと伏せた。

 「これが僕の最大魔法、京炎エクサフレア!」

 声と同時に放たれた白くキラキラと煌くエネルギーの塊がアーニャちゃんに向かって猛スピードで飛び、炸裂する!

 ピカッと閃光が迸って無音の大爆発が起こり、修練場のシールドを軽々と突き破って俺とタチアナさんに爆圧が襲いかかってきた。

押し潰されるような圧力に、俺は苦鳴の声を漏らす。

年端もいかない少女相手に、いくらなんでもやりすぎだ。

「オイ、エリカ!いくらなんでもやりすぎだ!相手を殺す気か!?」

 俺は思わず怒鳴っていた。対してエリカはさして気にもしないようにクルりと身体をスピンさせる。

「大丈夫、大丈夫!ちゃんと手加減したからさ~。ホラ!」

 辺りを覆っていた爆煙が晴れると、そこには巨大なクレーターが形成されており、その中心に服をズタボロにされて気絶したアーニャちゃんの姿があった。

 俺はタチアナさんの腕を引っ張って立たせると、タチアナさんは娘に向かって急いで走り寄る。

「アーニャ!?アーニャ!?」

 しっかりして、と言いながらタチアナさんはアーニャちゃんの身体を揺さぶる。少女はゆっくりと目を開けた。

「うう…おかあさん…?」

 あたし、負けたの…?とアーニャちゃんはタチアナさんに尋ねる。

「ええ、あなたの…あなたの完敗よ…」

 タチアナさんに抱き抱えられて、アーニャちゃんはクレーターから出て来た。

 タチアナさんの態度からして、無謀な勝負をしたのは何かワケがありそうだ。

「立ち話もなんですし、兵士の宿舎で話しましょうか」

「はい、そうですね」

 にこやかな笑みを浮かべたまま、エリカが頷く。俺もそれに従った。


 タチアナさんはアーニャちゃんを宿舎の医務室に寝かせて治療魔法をかけたあと、談話室兼会議室に俺たちを誘った。

「実は、さっき勝負して頂いたのは、ワケがあるのです」

 ぽつり、ぽつりとタチアナさんは俺たちに話し始めた。

 娘ことアーニャちゃんは生まれた時から魔力適性が高く、小学1年生にして軍人になれるほど才能があったそうだ。

タチアナさんは早すぎると反対したのだが、なにぶん荒い気性と負けん気の強い娘を説得しきれず、軍への入隊を許可してしまった。

 軍に入隊するや否やアーニャちゃんはメキメキと頭角を現し、軍最強のマジックユーザーと言われるほどの地位に上り詰めてしまう。

 自然、振る舞いは傲慢になってしまい…要は周りからもてはやされて天狗になってしまったのだ。

 タチアナさんは娘を軍隊にいつまでも居させるつもりはなく、態度の矯正が必要だと感じたので考えに考えて、

なが~く伸びた天狗の鼻をへし折ってしまえるような実力者―つまりエリカ級の強さを持つ存在に―に娘を完敗させて

『上には上がいる』という事を思い知らせる事で娘への戒めとしたかったのだそうだ。

「そこで白羽の矢が立ったのが僕ですか…」

 あの実力では天狗になるのも仕方ないですよ、とエリカが言うとタチアナさんはエリカの両手をしっかと掴んで言った。

「エリカさん…ありがとうございました。これで娘も態度を改めるでしょう」

「いえいえ、僕も久しぶりにスリリングな戦いを楽しめました。

アーニャちゃんには軍を引退したら僕の弟子にでもならないかと言っておいて下さい」

 きっとあの子なら立派な錬金術師になれますよとエリカが太鼓判を押すかのように言うと、タチアナさんはボロボロと大粒の涙を流し始めた。

「はい…はい…!必ず、必ず伝えます…!」 

 タチアナさんは答えると、その場でうつむいて嗚咽を漏らし始めた。

 こうして天才魔法少女対天才錬金術師という怪物同士の対決は、錬金術師の圧倒的な差を見せつけての勝利で終わったのだった。


3.


「さっきの勝負の時、全力出してなかったろ?」

 西門から帝都に入って自宅へと変える道すがら、俺はエリカに尋ねた。

「当然じゃん。子供相手に本気を出すなんて大人気ない事はしないよ~」

 やっぱりか。

「30%は出したけどね~。アーニャちゃんの強さ、しぶとさにはちょっとてこずらされたよ」

 最大魔法まで使う気はなかったんだけど、つい力を入れすぎちゃったよ、とエリカは言った。

 あの威力でたった30%しか出していなかったとは。錬金術師ってのはつくづくバケモノじみた強さだ。

もしコイツが敵だったとしたら、今頃俺はチリも残さず消えているだろう。

「あー、アーニャちゃんがお弟子に来てくれたならななぁ~。絶対将来有望な錬金術師になれると思うのに」

 伸びしろがまだまだありそうだし、本当に弟子になってくれないかなぁ、とエリカが漏らす。

「弟子に来てくれたら、ダンジョン探索なんかよりよっぽど楽しいことになりそう。アーニャちゃんはホント逸材だよ」

 軍務なぞにはもったいない、とエリカが付け加える。

 天才同士、何か通じるものがあるんだろう。エリカは瞳を希望でキラキラと輝かせている。

 今年は希望の持てる年にしたいな、と俺はエリカに言って自宅への道を急いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ