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いざ、ダンジョンへ!

1.


 2016年、年末。帝都にある日本人街は地球と同じような慌ただしさに包まれていた。

日本人街に暮らす日本人たちは大半が2016年中にコチラ側に引っ越してきた人々が多く、

国籍は変わっても日本での風習を捨て切れていない人間が大半であった。

 帝国はこのことに何の関心も示しておらず、帝都から派遣されてきたレムリア人の区長は「そうか」とだけ言っただけで黙認したのである。

 日野崎鍛冶店も、年末年始は休みにして1年の疲れを取り去り、来るべき新年に備えて動いていた。

「フゥー、コイツで今年の依頼分の剣は揃ったな。あとは自分用に造ったコイツを使って、実戦でどこまで使えるかテストしないと」

 日本刀風に『反り』と『ヒルト』のある白金色の刀身を持つサムライソードを前に、無事養成校を卒業して鍛冶屋を始めた俺は1人ごちた。

あとは新型のタリスマンを造っているエリカの到着を待ち、帝都の地下に広がるダンジョンでモンスターの群れにどれだけ通じるか、自らの手で試すだけである。

 俺自身が持つ魔力への適性上、聖なる力を持つ武器防具は造れないのが残念だったが、自らの手で産み出した魔剣は冒険者たちに概ね好評を博しており、

エリカの創り出す異常なまでの価格性能比をもつタリスマンと相まって、店には作刀依頼が絶えなかったのは、異世界での仕事の初年度にしては好スタートといえた。

逆に作成依頼が全くと言って無いのが防具の方だ。最初は物珍しさから作成依頼がチョロチョロあったのだが、今では完全にゼロになってしまった。

闇の属性の魔力を宿した防具は聖なる力を宿した防具に較べて強度や耐久力で勝るが、弱い魔物よけなどの冒険に有利な属性付与エンチャントが難しいからだとエリカが言っていた。

 神聖系のチカラは闇属性の武器や防具に馴染みにくいのだ。とも言っていた。

 魔力の属性はその鍛冶屋の育った環境に大きく左右されるから、少年兵として生きていた影響が大きいのだろう。

 武器作成時に余った魔力をマジックバッテリーに移しながら暖を取っていると、タリスマンを持ったエリカが近付いてきた。

「お疲れ様〜、けんちゃん。頼まれていたタリスマンができたよ〜。…ってもう仕事お終い?ちょっと早すぎない?まだ昼前だよ?」

 仕方ないだろう、お前と違ってこっちはまだまだ零細なんだ。練りに練った良質な魔力を込めて剣を造るのは日に10本が限界だ。

これでも遅く仕上げたつもりなのだが、どうやらそれがご不満らしい。

「年末だから忙しくなると思ったんだけどなぁ。と言うより、けんちゃんの仕事が速いのかな?」

「宿題は早目に済ませる主義なんでな。異世界で初の年越しに、仕事を残しておくのも勿体無いだろ?」

「あー、質問に質問で返した〜!テスト0点だよ、0点!」

「そいつは済まなかったな。次からは気をつけるよ」

 トラフグのように頬を膨らませる幼馴染に、思わず笑みが漏れてしまう。家族を含めて、怒られるのは本当に久しぶりだ。

「明日はダンジョンで切れ味実験だね。でもさぁ、魔剣の威力をコレ以上あげてどうするの?タダでさえけんちゃんの魔剣は威力が高いのに」

「破壊力はありすぎても損じゃないだろ。一撃で集団を一掃できたら戦闘がラクになるじゃないか」 

 注意一秒ケガ一生がダンジョンの恐ろしい所であり、スライムといえど集団になると馬鹿に出来ない戦力になる。

一撃で集団を攻撃できる武器が有れば、その分戦闘にかける時間は短くなり、ケガもしなくて済むのではないだろうか、

と考えて、最近の俺は武器に込める魔力の質と量を上げ、武器の破壊力を上げることに邁進していた。

 「これ以上威力が上がったら、ダンジョンの壁が壊れちゃわないか、僕は心配だよ。今のままで十二分に使える武器じゃないかな〜?」

 使えるか、使えないかはお客が決めることだ。武器屋の興味は造った武器がどれだけの威力を発揮してくれるかの一点に集約されていると言ってもいいだろう。

「タリスマンを嵌め込めば更に威力が上がるだろうから、今回造ったのはスロット(タリスマン嵌め込み口)1個だけだし、何とかなるだろう」

「帰還の指輪はどうするの?いつもどおり付けたまま?」

「俺たちは冒険者じゃない。半日で帰ってこれる所までしか行かないし、アリでいいだろ」

「目標は?いつもどおりロックゴーレム?」

「なるべく硬いのがいいからロックゴーレムがお手頃なんで、地下3階位で済ませよう。疲れをあとに引くのは仕事に悪影響があるしな」

「明日からお休みなんだから、たまにはもっと深くても良いんじゃない?ガーディアンのミスリルゴーレムとか、狙ってみたいな〜」

出ましたよ!ミスリルゴーレム!ミスリルで造られた生きた人形!体が数トンもあるミスリルで出来ていて鈍重だが、

その拳足から繰り出される一撃はまさに必殺。ミスリルメイルをひしゃげさせる程である。

もっとも、関節まで岩石やミスリルで出来ているわけではなく、脚の関節か『ココが弱点ですよ』と知らせているも同然な宝玉を壊せば簡単に倒せてしまうので

ダンジョンに巣食うゴーレムシリーズは冒険者の力試しには最適の目標と言えた。

「よし。たまにはいいか!ミスリルゴーレムかぁ、腕が鳴るな」

 エリカが我が意を得たりと首肯する。

「やったー!コレで沢山新しいタリスマンを試せるよ〜!」

 せっかくの天賦の才能を与えられた錬金術、実戦で試さないと勿体無いのだろう。強敵との戦いに目をキラキラさせるエリカであった。


2.


 土曜日。俺とエリカは昨日造った武器と大量のタリスマンを持って、ダンジョン入り口にミスリルメイルのフルセットという出で立ちで順番待ちをしていた。

それほど腕力に自身のない2人だから、鎧に嵌め込むタリスマンは筋力増強を3つと鎧の強度向上を3つの2種類のみというシンプルな装備である。 

 装備に嵌め込むタリスマンは、同じ属性や同じ種類のモノを嵌め込めば相乗効果で単独装備よりも効果が向上するので、こういったシンプルな構成は珍しくもなんともない。

今回試すのは魔剣と攻撃向けのタリスマンの効果がどれほどのものかということなので、戦闘を極力少なくする為に、盾には弱い魔物が近づかなくなるタリスマンを嵌め込んである。

 装備を確認している間に、待ち時間が来たらしく、受付のハイエルフのお姉さん―リンディ・バーハンバグという名前がある―が話しかけてくる。

「ハーイ、次の人〜。お、また来たね〜。武器屋の跡取り息子に天才錬金術師様だっけ?今回も武器の実験かい?精が出るねぇ」

「ええ。まぁ。来年デビューさせる魔剣の実験に来ました。ミスリルゴーレムを狩ってきます」

「こちらも同じ〜。新しいタリスマンの実験に来ました」

 ジャラッと大量にタリスマンを入れた袋を見せながら、エリカが返事を返した。

「じゃあココに入場料を入れてくださいねー。ハイ、それから帰還の指輪2つね〜」

 差し出された箱に入場料5ドルを入れ、帰還の指輪を受け取り、指にはめる。これで地下への転送魔法陣に乗れば、地下に広がるダンジョンへ自動的に運ばれるようになっている。

初めてダンジョンを訪れた際、ダンジョン見学が催されていたのでその点は承知済みだ。ダンジョン探索と言えば階段が定番であったが、

魔王がその生涯をかけて造ったとされるダンジョンだけあって、上下階の移動も転送の魔法陣になっており、利便性は意外と高いのがこのダンジョンの特徴だ。

噂では地下100階はあるらしく、最深部に辿り着いた冒険者は1人も居ない。

「では、気を付けて。いってらっしゃ〜い♪」

 いつも陽気なリンディさんの声に押されて、俺たち2人は転送の魔法陣に乗った。


3.

 地下1階に入って、最初に異変に気付いたのは俺だった。

「モンスターたちが狩りつくされてる…一体どんなパーティーが通ればこうなるんだ?」

「ホントだ…スライムすら居ないなんて、不気味だね…」 

 辺りを用心深く観察しながら、エリカが返す。

「待っていても仕方ない。下の階に向かおう。時間は限られているし」

 エリカが首肯する。

「そうだね。まずは地下5階まで行かないと。ミスリルゴーレムを倒すのが今回の目標だしね」

「掃除をしてくれたのには感謝だが、ミスリルゴーレムを狩られてないかが心配だ」

「どうやら先客様はガチで攻略しに来てるパーティーみたいだね。ダンジョン内の環境が心配だよ」

 弱い魔物が近付いてこない効果をもつタリスマンのせいではなく、明らかに人為的なこの状況に、戸惑いながらも地下2階を目指す俺とエリカだった。


4.

 地下2階になって、始めてモンスターの群れに遭遇する。目の前に現れたのはスライムの群れだった。

「さぁて、俺の出番だな!」

 俺は造ったばかりの魔剣の柄にエリカから渡された風属性―鎌鼬現象が発生する―のタリスマンを嵌め込み、鞘から抜き放って構える。

「くらいやがれ!疾風怒涛!」

 気合と魔力を剣に送り込み、横に薙ぎ払う。直後、轟音が響き、剣から放たれた鎌鼬が遠距離からスライムたちを一刀のもとに斬り刻んだ。

スライムたちはズタズタに斬り刻まれ、形を失い消滅していく。

「おお、スライムを群れごと一掃か!コイツは売れそうだ」

「スライム程度じゃ効果がどれだけあるか未知数と変わんないんじゃない?せめてガーゴイル程度の硬いモンスターでないと、効果を証明出来てないと思うな〜」

 確かに、軟体のスライムならコイツで十二分に効果大と言えるが、石で出来たガーゴイルをズタズタに斬り刻めないと、モンスターの群れに効果ありとは証明出来ないだろう。

俺は用心深く周囲を観察しながら魔剣を鞘に収め、歩き出す。

「そんじゃまぁ、ガーゴイルでまた試してみるか。確かガーゴイルは地下2階に出現したよな?」

「そうだよ〜。ガーゴイルも群れで出現するから、狙うならソッチだね」

 地下2階に出現するモンスターの中で、一番頑丈なのがガーゴイルだ。モンスターの1つで、石で出来た悪魔像の姿をしている。

噛み付きと体当たりでしか攻撃してこないものの、これまた群れで出現するから相手をするのはけっこう疲れる相手だ。

こいつらを一撃で一掃できたなら、この魔剣を来年店に並べるつもりなので、ガーゴイルに通用するかは今回の実験の第1目標と言える。

30分ほどダンジョンをぶらついていると転送の魔法陣が開き、その中からガーゴイルの群れが出現した。

俺が剣を横に薙ぎ払うと、先程の戦闘と同じように鎌鼬現象がガーゴイルの群れに襲いかかる。

鎌鼬現象にもみくちゃにされたガーゴイルたちはスライム同様にズタズタに斬り刻まれ、細かな石くれと化した。

「おお!魔力注入なしでもこの威力か!コイツは当たりかも知れないな!」

「でも攻撃の範囲が広すぎてパーティーメンバーにもダメージが行きそうだね。モンスターとの戦いはたいてい乱戦になるんだから、もっと威力を抑えた方が良いと思うな〜」

 エリカの指摘通り、鎌鼬で斬り刻まれたのはモンスターだけではなかった。床や天井、壁といった広範囲が斬り刻まれていたのだ。

確かに威力は抜群だが、お行儀よくモンスターが並んで歩いてくるわけではないので、この威力は過剰と言えた。

集団戦に全く向いていないと言っていいだろう。

「威力は一流だが、範囲が広すぎたか。要改善だな」

「だから言ったじゃん。威力がありすぎて取り回しが悪くなったら本末転倒だって。

けんちゃんの造った魔剣はタリスマンがなくても振るだけで鎌鼬現象が起きるんだから、これ以上の威力はむしろ邪魔になるよ。

僕の造ったタリスマンとの相乗効果で範囲が更に広がってるんだから、手の付けようがないね」

 次に実験するタリスマンを投げて寄越しながら、エリカが言う。

「…お次のタリスマンの効果はなんだ?」

「爆裂効果のタリスマンだよ〜。斬った対象の内部で爆発を起こして内部から敵を破壊するの。

鎌鼬みたいに遠くから攻撃は出来ないけれど、パーティーメンバーにダメージが行く心配はしなくていいのがウリだね」

 対象を内部から攻撃するのか。確かにそれなら威力は期待できそうだし、パーティーに被害が及ぶ可能性は低いな。

何せ稀代の天才錬金術師の言うことだけあって、信頼性と説得力は抜群だ。

 タリスマンを剣の柄に嵌め込みながら、モンスターがいないか、他のパーティーがいないか周囲を注意深く観察する。

と、視界の端で何かが動き、何かがこちらに向かって放たれるのが見えた。

 避けるのは間に合わないので、盾でソレを受けることにする。甲高い金属音が響き、放たれたモノを弾き返す。盾に弾かれ、宙を舞ったのは一本の矢だった。

どうやら先客が居たらしい。

「魔剣とタリスマンをよこせ!俺は下に行くんだ!」

 口ぶりからして、どうやら強盗のようだ。

他のパーティーを襲って金品を奪う強盗は、このダンジョンにもきちんと存在していた。

彼等は他者から奪った物資でダンジョンに長期間潜ってお宝を捜すのを生業としており、

帝国の監視の行き届かない地下2階以降ではモンスターより他の冒険者の方に気を付けねばならない程である。

「バカだねー。アーチャー風情が、しかもたった1人で錬金術師と対等に戦えると思ってるの?」

 弓使いに侮蔑的な視線を送りながら、エリカが俺の前に出る。

心の底からの侮蔑と敵意がその瞳に宿っていた。

「なんだとー!?このクソガキ!ぶっ殺してやる!」

 安い挑発に顔を真っ赤にした強盗が弓を引き絞る。対してエリカは何の構えもとっていない。

「死にやがれっ!このクソガキ!」

 怒声と共に矢がエリカの眉間めがけて放たれ、狙いあやまたず眉間に突き刺さる―と思ったのは強盗だけだった。

放たれた矢はエリカの眉間の前で、音もなく静止していた。

「錬金術師を嘗めてかかるとどうなるか、冥土の土産によーく教えてあげる。せいぜい後悔しながら死んでいくといいよ」

 空中に停まったままの矢をパンでも掴むかのように無造作に手に取り、エリカが死刑宣告を読み上げる。

「うるせぇ!クソガキ!今度こそ射抜いてやる!」

 再び矢が放たれ、今度こそエリカの急所を射抜くかと思われたが結果はさっきと同じだった。

エリカは2本に増えたソレを掌の上で転がしながら、残った片手で1つスナップをする。パチンという音と共に溶かした黄金のような光を放つ魔力が矢に流れ込み、

輝きを放った。

「コレ、返してあげるね!」

 エリカの声と同時に矢が強盗めがけて投げ放たれる。矢はまるで意志あるかのような動きと猛スピードで強盗の太ももに突き刺さり、ダンジョンの壁にめり込んで哀れな獲物を縫い止めた。

これで戦いは終わり、とばかりにエリカは強盗に背を向ける。

「クソガキめ!この程度で俺を止められると…ゲェッ!?」

 強盗の強がりは途中で驚愕の叫びに変わった。射抜かれた両太腿から、黄金色の輝きが強盗の体を蝕み始めたのだ。

 有機物から無機物―黄金―へ、強盗はゆっくりゆっくり時間をかけて変わっていく。

「ヒィィィィ!た、助けて…!」

 強盗は恐怖の叫びをあげるが、俺を含めて誰も強盗を救う気はなかった。

「来世では錬金術師を嘗めてかからないようにね〜。じゃ、さよなら!」

 無様な悲鳴はもう聞き飽きたとばかりにエリカがパチンとスナップを鳴らすと、強盗は完全に黄金の塊となってしまった。

これが錬金術師という職業の恐ろしい所である。錬金術師といえば錬金術であり、錬金術を戦闘に応用すれば、人体を触れずして黄金に変えてしまえるのだ。

味方にすれば頼もしいが、敵に回すと途端に恐ろしくなるのが錬金術師なのである。

常住坐臥、高次元の魔力を体内で循環させ、不可視の防壁を築いている彼等の防御を破るには膨大な魔力を込めた武器と錬金術師を凌駕する実力が必要であり、

並の魔法戦士やパラディンでは束になっても太刀打ちできなかった。

帝国において数が少ない錬金術師の地位は貴族に次ぐか、腕次第では貴族を上回る地位を得た者さえ居たのだから、その強さにも納得がいこうというものである。

「うるさいのもいなくなったし、下の階に向かおう。けんちゃん」

 俺はコイツが味方で本当に良かったと心の底から感謝しつつ、地下へと通じる魔法陣に向かった。


5.


 錬金術師。彼等は自らの身体を使って練り上げた魔力を用いて、様々な術を行使する。

今でこそタリスマン造り等といった事を生業としているが、

錬金術の本質はそこにはない。

錬金術とは、脆弱で愚鈍な人間の精神を黄金の如く光り輝くモノへと作り変えるという、

地球で言うところの哲学にも似た広大にして奥深い学問の名前なのである。

その過程で発明されたのが有機物を無機物へ作り変える、またはその逆を行う錬成であり、各種の錬金術であった。

 ヒーラーでは治療できない四肢の欠損も、錬金術師は斬り裂かれた腕や足を素材に元通りの人体を錬成し直す事で治療する事が出来た。

材料は補いたい部位と同じ質量をもっていさえすれば無機物からでも有機物へ錬成が可能だった為、

帝国にいる錬金術師の店には治療を求めて地球から身体障害者が殺到した。

 治療費はけして安いものではなかったが、失った手足の機能が何事も無かったかのように元に戻るので、寧ろ逆に有難がられる程であった。

帝国には既に肉体と魂を分離して入れ物に保管しておく技術が確立されており、

脳髄の損傷や遺伝子の異常さえ錬金術師は治せてしまうので、帝国に身体障害者がいないのは半ば必然だった。

 精神の疾患についてはさしもの錬金術師も治せなかったが、彼等は質のいい魔力を練ることが出来たので、帝国への移民として普通に歓迎された。

 もっとも、錬金術師になるには知識量もさることながら、魔力の性質を自由自在に変化させられないといけないので、実際に錬金術師になれる者は限られていた。

 自然、殆どの錬金術師は帝国お抱えの公務員が大半であり、エリカのような完全フリーの錬金術師というのはレア中のレアケースだ。



6.


 錬金術師を除いて志願者以外公務員になる資格を与えていない帝国が国民に求めることと言えば、良質な魔力の供給である。

 練られた魔力はマジックバッテリーに蓄えられ、各種の動力源として帝国各地で活用されるのである。

 金銀プラチナといった地球における貴金属や、ダイヤ・ルビーといった宝石類は地球と違って捨てられるほど豊富に産出する為、帝国においてこれらは価値あるものとは見做されない。

 ルビー・ダイヤといった鉱物が価値ある資産と看做されるようになるのはタリスマンの形に加工され、魔力を帯びるようになってからである。

 魔力の込められた武器同様、質の良いタリスマンは高値で売れる。

 地球とは逆に、価値が高いのが鉄や銅だ。

特に鉄は銅より遥かに希少であり、殆ど産出されない。その貴重さ故に王の金属として皇室に献上されるか、金持ちや貴族に高値で買われて装身具となるケースが多い。

 実際、帝都にある博物館には、時の皇帝や貴族が身に付けていた鉄・鋼製の装身具や日本刀が誇らしげに展示されている。

 ミスリルについては帝国各地で地球における鉄のように最も多く産出され、枯渇するといった様子はない。

 帝国の人口は順調に増えており、国民の数も鰻登りだ。

「強盗かぁ…強盗なんてダンジョンにいるんだね〜。弱っちかったけどさ。ちょっとビックリしたよね、けんちゃん?」

 ダンジョンの地下3階をモンスターを求めて歩きながら、エリカが先程戦った強盗のことを言う。

 魔剣に込めた力の実験を兼ねてダンジョンに入るようになって半月ほど経つが、強盗に出会ったのは始めてだった。

「ああ、そうだな。強盗なんて始めて見たよ。魔剣を血で汚すような事にならなくて良かった」

 心底、そう思う。大事な大事な商品だから、万一にも刃こぼれするような事はしたくなかった。

けして腕力と魔剣の力に自信がなかった訳ではない。ただ、爆裂効果のある宝珠タリスマンを嵌め込んだ魔剣で人間を斬りたくなかっただけだ。

 単に斬り倒すならともかく、爆発四散なんてさせたらダンジョン管理者から苦情が来るに違いない。だからエリカに戦闘を任せたのである。

 なにせ錬金術師を殺すことはドラゴンを倒すより難しいのだ。戦闘において無敵の存在と言っても言い過ぎではない。

 さっきはたまたまエリカの機嫌が良かったからまだマシな殺し方だったが、機嫌が悪かったらどんな凄惨な殺し方を選択するか分からない。

見るもおぞましい殺し方が出来てしまうのが、錬金術師の真の恐ろしさだ。

 ぼんやり考えながら通路を歩いているうちに、人の声が反響して聞こえてきた。

 耳に神経を集中させて声の種類を聞き分ける。

 …これは悲鳴だ。

「悲鳴だ!何だかわからないけれど、ピンチっぽい!行こう!けんちゃん!」

 エリカが先行して広場に躍り出る。遅れて俺が広場に出ると、ひろがっていたのは精凄惨な光景だった。

 ロックゴーレムにやられたらしく、腕は千切れ、足は粉々に砕かれた冒険者たちが5人ほど、そこここに転がっている。

 2本の足で立っているのは身の丈もあろうかというヒビ割れた大盾を構えたパラディンだけである。

「僕は治療をするから、けんちゃんはロックゴーレムを倒して!」

 俺は返事を返す間も惜しいとばかりに駆け出し、パラディンとゴーレムの間に割り込んだ。

「あんた、大丈夫か!?事情は分からないが加勢するぞ!」

「あっ!?…ああ!よろしく頼む!」

 戸惑いながらもパラディンが答える。

「あんたは槍で胸の中央を狙え!俺は背後に回って脚関節を斬ってくる!」

「ハッ、ハイ!やってみます!」

 俺が返事を返す前に、ゴーレムが拳を振り上げる。

 鈍重だが確実な一撃が来る前に、俺はロックゴーレムの背後に回り込んだ。

「セイッ!」

 裂帛の気合と共に魔剣に魔力を送り込みながら、俺はロックゴーレムの左膝関節の部分に斬りつける。

 ずぶり、と音を立てて魔剣が関節にめり込む。それと同時にドオンという爆発音が響き、ロックゴーレムの左脚を粉々に吹き飛ばした。

 渾身の右ストレートを放とうとしていたロックゴーレムは、バランスを失って前のめりに倒れていく。

 ズウゥン、と轟音を立てて地面に崩れ落ちる岩の巨人。あとはコアを探し出して壊すだけだ。

コアは案外すぐに見付かった。やはり胸の中央、人間でいう心臓の辺りにソレは存在していた。 

 俺は魔剣の切っ先をコアに当てて、魔力を送り込む。パァン!とガラスの割れるような音を立ててコアは砕け散った。

「フゥー、これで一安心だな。ところであんた、大丈夫かい?」

 魔剣を鞘に収め、立っているのもやっとといった風情のパラディンに話しかける。

 パラディンがぎこちない感じで首を回す。

「ハッ、ハイ。何とか大丈夫です。ありがとうございました!」

 返事を返すや否や、パラディンは盾と槍を手放し、地面にくずおれた。ガランガランと金属音がダンジョンに響き渡る。

「ハァ…ハァ……」

 荒い息を漏らすパラディン。返事を返す余裕すら無いらしい彼を尻目に、俺は壊滅的な被害を受けたパーディーの方に目をやった。

  …大別して見た感じでは装備は整えられているものの、ロクなエンチャントを施されていない。

素っ裸同然の身でよくもここまで来れたものだ。

「エリカ!ゴーレムは倒したぞ!そっちの具合はどうだ?」

「こっちは…全員ギリギリセーフって感じ。千切られた腕と砕かれた脚の修復は終わったよ〜。ただ、出血性ショックが酷い。こりゃ病院送りだね」 

 キィィィン…という甲高い音と青白い光に包まれて、力任せに引き千切られた腕が元あった場所に戻ってゆく。

「手伝えそうなことは有るか?」

「けんちゃんは周囲を警戒してて」

 モンスターの増援が来たら、今度こそこのパーディーは全滅だ。何しろリーダー格のパラディンが戦意を喪失している。

「治療が終わったら、急いで帰還の巻物スクロールを使ってってパラディンさんに伝えて。こりゃ暫くの間は病院のベッドから出られそうに無いね」

 錬金術師の治療では傷口を塞いで全て元通りに治療出来ても、失われた血液だけはどうにもならないのだ。こればかりは時間に頼る他にない。

「オーケー。パラディンさん。あんたがこのパーティーのリーダーかい?」

「あっ、はい。一応リーダーです」

 俺に話しかけられたパラディンがぎこちなく答える。

「アンタ、日本でVRMMOやってたろ?」

 俺のその言葉にパラディンがビクリ、と肩を震わせた。……やっぱりVRMMOをやっていたクチか。

「アンタももう体験したから分かっただろうが、こいつはゲームじゃない、現実だ。VRMMOみたく経験値が溜まってレベルアップなんて事はしないんだ。

外っ面だけ整えても、中身が伴わないならソレは飾りモノに過ぎん。そして飾りモノが通用するほど現実は甘くない。わかるかい?」

「けんちゃん、言い過ぎだよ〜。この人達は大真面目にダンジョンに挑んでるんだ。それだけは分かってあげないと」

 いや、分かってないね。ココはキツく言っておかないと、後で大変な目に遭うのが分かり切ってる。

「僕たち神聖騎士団は現実じゃ通用しない、と言いたいんですか!?僕らは―」

 俺の厳しい指摘にパラディンが身を震わせ、反論する。それを遮って俺は言った。

「神聖騎士団?聞いたことがあるな。確かVRMMORPGでトップランクのギルドだ。最近噂を聞かないなと思っていたら、ネトゲの延長気分でダンジョンに挑んでたとはな」

 ああ!あの…と言った感じでエリカが相槌を打つ。

「1日20時間ログインしない人間はギルドに入れないって書いたガチ廃人ギルドだね。でもまぁ、これで現実の厳しさを思い知ったんじゃない?」

 この言葉が頭に来たらしく、パラディンはやおら立ち上がり、涙目になって拳を振り回した。

「あんたらに僕たちの何が分かる!あんたらに――」

 非情な現実に打ちのめされたパラディンの額にエリカが人差し指を突き付け、氷よりも冷たくなった表情で言う。

「リーダーがそんな甘い心構えじゃ…死ぬよ…?」

「――ッ!?」

 びくりと肩を震わせ、周囲を見回すパラディン。他のメンバーはかろうじて息をしているものしかおらず、

パーティー内で2本の足で地面に立っているのはこのパラディンだけだった。

「ろくにエンチャントも出来てない人間がダンジョンに挑むべきじゃないのはこれで分かったでしょ?

帰還の巻物スクロール2つのうち、1つあげるからサッサと地上に戻って出直しなって」

 目の前に差し出された帰還の魔法が記された巻物スクロールを手にして、パラディンは嗚咽を漏らすだけであった。


7.


 神聖騎士団の面々が帰還の魔法陣に乗り、転送されるのを見送ってエリカが言う。

「ネトゲ廃人もあそこまで行くと逆に立派に見えるね…内実は悲惨だけど」

 全くもって同感だ。ネトゲ廃人の行動力、恐るべしである。

「まぁコレに懲りたらピクニック気分でダンジョンに挑んだりしなくなるでしょ。

あの実力だとだいぶ時間かかりそうだね」

 全くだ。ロクにエンチャントも出来てない素の装備でダンジョンに挑もうなんて、やたら前のめりな集団自殺の一種だろう。

神聖騎士団の面々にこれから先降りかかる現実のツケの事を考えると、少し彼等に同情したくもなる。

「子供たちは悪くない。悪いのは現実の厳しさを教えない大人なんだ。逃げれば逃げるほど、現実のツケは膨らんでいく事を誰かが教えないと」

「地に足の着いた考えが出来るようになったら、彼等も少しは成長するんじゃないかな?」

「そうであると願いたいよ。同じVRMMOやってた身としては」

「いい暇つぶしになったよね〜、VRMMO。僕らは街を散策したり、まったりボイスチャットしてただけだったけど」

 確かに、いい暇つぶしになったな。廃人プレイはしなかったから熱中までとはいかなかったけれど、確かに楽しかった記憶がある。

「だけどやっぱり現実の方が面白いな。働き甲斐もあるし、実験もワクワクするし」

「同感〜。タリスマン造りも楽しいし、現実の方がいいね」

「感傷に浸っている時間はない。今は前に進もう。ミスリルゴーレムと早いこと戦ってみたいし」

「試したいタリスマンも沢山あるし、先に進みますか!」

 踵を返し、俺たちは地下4階へと通じる魔法陣に乗った。


「セイッ!!」

 気合を込めて、魔剣を振り下ろす。刃がゴブリンの肉に食い込んで斬り裂くと同時、大きな破裂音が響き、ゴブリンの肉体を内部から破壊する。

盛大に血がしぶき、一刀のもとにゴブリンは倒れた。ゴブリンの死体は瞬時に液体と化し、沸騰するかのように泡立ちながら消え去っていく。

 柄に嵌め込んだ爆裂のタリスマンは、1対多数の乱戦で大いに威力を発揮していた。

「エリカ、次ッ!」

 使い終わったタリスマンを柄から外してエリカに向かって投げ渡し、次のタリスマンをリクエストする。

「ホイ来た!」

 待ってましたとばかりに投げ返されてきたタリスマンを柄に嵌め込み、襲いかかってくるゴブリンに横薙ぎの一閃を放つ。

刃が肉に食い込むと、その手応えを感じる前に刃が滑り抜けるように動き、胴体を真一文字に両断していた。

「コイツは!切れ味強化のタリスマンか!?」

「そうだよ〜。よく斬れるでしょ?」

 俺たちが短い会話をしている間にも、ゴブリンの群れの攻勢は続いている。刃がきらめく度に赤い血がしぶき、ゴブリンたちが次々と倒れていく。

もう20体はゴブリンを倒した筈だが、試作品の魔剣に刃こぼれはひとつもない。剣の完成度は上々と言えた。

タリスマンを外して次のをリクエストし、受け取る。そして斬る。斬る。斬る。ただ無心に、ひたすらに、斬る事に没頭する。

ある者は氷像のように凍りついて砕け散り、ある者は焼け焦がされ、ある者は鎌鼬現象にその身を斬り刻まれ、地面に倒れて蒸発してゆく。

「こぉいつでぇ、ラストォーッ!」

 叫びと共に俺は魔剣を振り下ろす。最後のゴブリンは真っ二つに斬り裂かれた後、乾いた砂になって霧散した。何の効果のタリスマンを造ればこうなるのやら

訳が分からないが凄まじい能力のタリスマンを造ったものだと俺はひとしきり感心する。やっぱり天才というのは分からないものだ。

「フゥー、やれやれ。何体斬ったか数えるのを忘れるほど斬ったな!」

 最下級のゴブリンとは言え、数が数である。ゴブリンの群れとの戦いを終えた俺は額に汗をかくほどの暑さを感じていた。

「今ので50体だね〜。けんちゃん、お疲れ様〜!」

 右手には空になったタリスマン袋と、左手には『使用済み!』と大きく書かれて膨らんだタリスマン袋を携えて、エリカが近付いてくる。

 ゴブリン程度では錬金術師の展開している障壁を突破できるはずもなく、その身には傷どころか汚れ1つさえ付いてはいない。

 俺は手に持っている魔剣を見る。刃こぼれやヒビ割れている所は1つもなかった。この強度、この切れ味なら店に並べてもいいだろう。

来年も幸先の良いスタートを切れそうだと思って俺がほくそ笑んでいると、エリカが尋ねてくる。

「どう?超振動のタリスマンは?斬ったものを原子レベルで分解しちゃうんだ〜!」

 超振動剣なんてSF映画の世界でしか知らなかったが、この威力は凄まじい。事実最後のゴブリンは木で出来た盾を構えて防御の姿勢でいたが、

剣はそれを薄紙のように軽々と両断していた。魔剣単体ではこうはならない。超振動剣恐るべしである。

「しかしまぁ、凄まじい威力のタリスマンだな。一体どこからそういったアイデアが出て来るのか、聞きたい位だ」

「超振動なんてSFやロボットアニメでよく出てくるじゃん。珍しくもなんともないよ〜」

 地球にいた頃は忙しかったのに加えて、興味が無かったのでロボットアニメを見たことが無かったからこの効果は初体験だ。

「俺としては爆裂のタリスマンが一番良かったな。派手に血が飛び散るのが嫌だけど、威力は申し分ないし、燃費もいいし」

「じゃあミスリルゴーレムに挑む時は、爆裂のタリスマンでいこっか。威力はロックゴーレムの時に証明済みみたいなもんだし。鎌鼬じゃミスリルゴーレムには効果無さそうだもんね」

 投げて寄越された爆裂のタリスマンを柄に嵌め込み、魔剣を鞘に納める。俺はリュックに入れた疲労回復効果のあるポーションを取り出すと一気飲みして、

空になった瓶をリュックに入れ直した。ダンジョン内部でのゴミのポイ捨ては禁止されており、ゴミはそれぞれが持ち帰るよう義務付けられていた。

そこここに転がっているゴブリンが使っていた鉄製の武器もキチンと回収しておく。一見してゴミのようだが、鉄はこの世界において大変貴重であり、柄の部分はゴミにしかならないものの、

刃の付いている部分はけっこうな値段で売れるのだ。ゴブリン…と言っているが、本物のゴブリンではなく太古の昔のゴブリン族の姿を模した魔法生命に過ぎないので、死体は残らない。

本物のゴブリン族はと言えば、人化の法を使って人間の姿にその身を変え、帝国各地で平和に暮らしていたりする。地球の感覚で言えば下級モンスターの代名詞みたいなゴブリン族だが、

本物のゴブリン族は結構強かったりする。中でも斧を使った一撃必殺を旨とする戦闘法はドワーフ族に並び称される程であり、並の人間では太刀打ちできない位の強さを誇っている。

と言うよりも、本物のゴブリン相手に人間が勝った試しが無いのが現実であった。

むしろ本物のゴブリン族は大多数のレムリア帝国国民同様、自身の周囲に多重の魔導障壁を展開しており、並の武器では傷一つ負わせられはしない。

戦闘に非積極的な種族の気性も相まって、ゴブリン族がその手に斧を持って戦うのは非常に珍しい光景とされる。

「本物のゴブリン相手だと、こううまくは行かないだろうな」

「そうだね〜。本物のゴブリンって相当強いみたいだし」

 人間じゃ逆立ちしても勝てないだろうね、とダンジョン内を歩きながらエリカが付け加えた。俺は小さく首肯して、曲がり角を曲がる。

 曲がった先には地下に繋がる転送の魔法陣が青白い光を放ちながら俺たちを待っていた。


8.


 地下5階にもなると、他のパーティーと遭遇する機会も増える。

 大抵のパーティーはにこやかな笑みを浮かべて会釈をするだけで、こちらに関心を示すことなく俺たちの脇をすり抜けていく。

 俺が鍛冶屋でエリカが錬金術師だと知った連中はパーティーを組まないかと提案してくるが、俺たちは迷宮の攻略に関心が無かったので

謹んで辞退させて頂いた。後ろ髪を引かれるかのような表情で去っていく連中を見送り、俺たちは迷宮の中心を目指す。

 このダンジョンは5階で1階層、合計20階層で地下100階と区切られており、

熟練の冒険者たちは地下5階の中心部にある転送の魔法陣の横に立ち並ぶ石碑にパーティーメンバー全員の魔力を登録してゆく。

こうする事で次にダンジョンに挑む際は地下1〜4階を通らずに、入り口から直接地下5階へ転送されスムーズに探索をスタートさせる事ができるのだ。

この階を守るガーディアンであるミスリルゴーレムを狙って訪れる者も多く、順番待ちをすることもしばしば発生する。

冒険者たちに年末休暇という概念は無いらしく、俺とエリカが石碑への魔力登録を終え、地下6階に通じる魔法陣がある広場の前にある広場に到着した頃には

ミスリルゴーレムが陣取っている場所に転がっていたのはゴーレムの残骸だった。コア探しの手間が惜しかったのだろう、コアは破壊されていない。

仕方なく、俺とエリカはミスリルゴーレムが再生するまでその場で待つことにした。コアを破壊しない限りゴーレムは自動で再生するから、

ゴーレムと戦いたい場合、他の冒険者に迷惑がかからないように広場で待つのがマナーだ。

 俺もエリカも無言で待つこと30分。コアが宙に浮き上がり、鈍い光を放ち始めた。すると地面に転がっている残骸がゆっくりとした速度でコアを中心に集まり始める。

再生が開始されて更に30分。ゴーレムはすっかり元通りに再生し、俺たちに襲いかかった。

 体長3メートル、重量は2〜3トンはあろうかというミスリルで造られた巨人の拳足は、速度こそ遅いものの並の防御なら軽々と打ち砕き、一撃必殺の威力を誇る。

 巨人が拳を振り上げ、打ち下ろしのストレートパンチがエリカめがけて放たれる。

 対してエリカは構えてすらいない自然体で襲いくる剛拳に向かい合う。

 ドォォン!という轟音がダンジョンに響き渡り、錬金術師を枯れ葉のように吹き飛ばす…はずの拳はエリカの顔に触れる寸前で静止していた。

「ミスリルゴーレムって言ってもロックゴーレムの上位互換かぁ。赤点だよ〜。それっ!」

 エリカの華奢な腕にはたいした力が込められていないように見えたが、強力な磁石で拳を弾き飛ばされたみたいに巨人が数歩あとじさる。

 流石は錬金術師、チート職と揶揄されるだけはある。普通の職業ではこう簡単にはいくまい。

「ハイ、次はけんちゃんの番だよ〜。頑張ってね〜」

 余裕綽々と言った感じで話しかけてくるエリカに言われるまでもなく、俺は鞘から魔剣を引き抜いていた。柄に爆裂のタリスマンを嵌め込んであるのを確認し、俺は巨人と相対する。

 ゆっくりと拳が振り上げられ、俺めがけてストレートパンチが襲いかかってくる。俺は魔剣をミスリルで出来た拳に叩きつけた。

刃が軽々とミスリルを斬り裂き、肘から先の辺りまでめり込んだ。ワンテンポ遅れて爆発音が響き、巨人の肘から下を粉々に吹き飛ばす。やはり爆裂のタリスマンと魔剣の愛称は抜群だ。

「おお、ここまでの威力があるのか!コイツは売れそうだな」

 早くも勝利を確信し、俺は魔剣をしげしげと見つめる。

「そうだね〜、来年から売り出す事にするよ〜。けんちゃん、トドメを!」

 巨人が残った左拳を振り上げる。俺は魔剣を巨人の左拳に深々と突き刺した。派手な爆発音が響き、ゴーレムの肩から下を消し飛ばす。

 コレで勝負は決まったも同然だ。残すは足での攻撃だが、予備動作が長く、後ろに回り込むには十分な隙と言えた。

「フンッ!」

 ゴーレムの足関節に剣がめり込み、炸裂音と共に粉々に吹き飛ばす。片膝立ち状態になったゴーレムの胸部中心に、俺は魔剣を突き刺した。

爆発が起き、ゴーレムの胸に大きな穴が空く。俺はぽっかりと穴が空いた内部に黒光りするコアを発見し、突き刺したままの魔剣を横に動かしてコアに当て、魔力を送り込む。

ガラスの割れるような音が響き、コアが砕け散る。力の源を失ったゴーレムは形を保てず、ガラガラと音を立てて単なるミスリルの塊に戻っていく。

 俺は鞘に収める前に、魔剣をじっと見つめる。…やはり刃こぼれもヒビ割れている所もなかった。実験成功…だ。

「けんちゃん、お疲れ様〜!パーフェクトな仕事だったね!」

 喜色満面でエリカがこちらに向かってくる。俺は魔剣を鞘に収め、会心の笑みを浮かべた。

 コレで来年も幸先の良いスタートを切ることが出来そうだ。


9.


 対ミスリルゴーレム戦も何のダメージもなく済んだので、俺たちは迷宮をあとにして地上に戻ることにする。

 一瞬の目眩を感じるような感覚。視界がはっきりとした輪郭を結ぶまで数秒待って、俺たち2人は転送の魔法陣から出て来た。

「おかえりなさーい。どうだった?ダンジョンは?ミスリルゴーレムを無事に倒せたみたいで良かったね」

 営業スマイルを浮かべたリンディさんが言って近寄ってくる。

「ええ、まぁ錬金術師と一緒ですから、ケガもしなくて済みましたよ。魔剣とタリスマンの力も試せましたし、来年も幸先の良いスタートが切れそうです」

「こちらも同じく〜。来年もバンバン、タリスマンを造って売る事にします」

 リンディさんに返事を返し、俺たちはそれぞれのリュックを机の上に置く。

「お〜、今日もゴブリンの群れに挑んだのね〜。鉄は貴重だから、高値で買い取りますよ〜。そこのお嬢さんもリュックの中身に鉄があったら言ってね〜?」

「あ、僕の方はタリスマンしか無いんでいいです」

 エリカがリュックの中に入っているタリスマンを取り出すと、リンディさんはそうですか〜と返事を返して俺の方に向き直った。

「鉄製の剣が10本にナイフが20本。加えて鉄の斧が20本ですね。柄はこちらで処分しますので、そのままでいいですよー」

 そうですか、と俺が返事を返すと、リンディさんは秤にそれらを乗せて重さを計り始めた。

「ハイ、ちょうど50キログラムですね〜。今の相場は1キロあたり40ドルだから、しめて2000ドルになりま〜す」

「ありがとうございます。本来なら家に持って帰って日本刀にでも仕立てるつもりだったんですが、量が量でしたので助かりますよ」

 小ぶりとは言え、ゴブリン50体分の武器だ。自宅まで徒歩で持って帰るとしたら、相当骨が折れるだろう事は想像に難くない。 

鉄なら自宅の鍛冶場に地球から持ち込んだインゴットがうなるほどあるし、売却して小遣いにしておくのが常だった。

「また来てね〜」と明るい声をかけるリンディさんに見送られながら、ダンジョン入り口をあとにする。

外はもう日が落ち、街灯の放つ青白い光が辺りを照らしていた。

「けんちゃん、今日は有意義な1日だったね〜。魔剣の力も試せたし、タリスマンとの相性も良かったしで言うことなしだよね〜」

 タリスマンをお手玉のようにグルグル回しながら、エリカが話しかけてくる。俺はそうだなと返事を返し、自宅に向かって歩き始めた。

魔剣の出来も良かったし、来年もいい年になりそうだ。

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