事変後の世界情勢について
時は1999年。異世界との門が開かれたこの年、地球人類は異世界の住人たちとの戦闘に敗れ、
半ば強制的に異世界との交流を開始せざるを得ない状況に追い込まれた。
圧倒的戦力差を見せつけられた地球人類は隠密裏に同盟を結び、
異世界人に対抗出来得る兵器―人体改造も含まれる―の開発に手を染める事を決断する。
アメリカ・中国・ロシア・フランス・イギリスの五大国に日本も加わり、各国は行動を開始した。
各国がまず始めたのは兵士の改良であった。
ヒトの遺伝子配列の解読は既に完了しており、兵士となる人間の改造は速やかに開始された。
アメリカはサイバネティクスによる強化人間の製造を、
中国はヒトの遺伝子を改良したいわゆるデザイナーベビーを、
ロシアはそれらの兵士が使用する兵器開発を、
フランスは過去の偉人・聖人の遺伝子を組み込んだ人工聖人の開発を行おうと試みたが
科学者たちの猛反対に押されて計画遂行を断念せざるを得ない状況に追い込まれてしまったので同盟から離脱。
イギリスも反骨精神溢れる科学者たちの反対に加え、内部からの機密情報リークによる現政権の一大スキャンダルの発覚により、
内閣は総辞職に追い込まれ、次いで行われた選挙で与党はほぼ全滅に近いほど議席を失い、計画は頓挫。
その代わり日本ではフランス・イギリスで頓挫・断念させられた人工聖人製造計画、
製造途中である量子コンピューターとのリンク能力による人間の能力を拡張した人間製造計画を担う事となり、計画は速やかに実行に移された。
まず日本政府が取り掛かったのは遺伝子改良による人間の改造であった。
遺伝病を新生児に遺伝させるのを回避する為、と表向きの理由を付け受精卵を着床前に母体から摘出し、
受精卵の段階から手を加えることで戦闘単位として優れた形質を先天的にもつ新生児を誕生させるという、
神をも恐れぬ大胆な計画であった。
計画の前段階として、遺伝病をもつ夫婦を発見し、受精卵を確保。
遺伝子を編集し、兵士に必要な素養と思われる形質を獲得できるかの実験が極秘裏に行われた。
結果は良好で、各種の疾病に罹りにくく、肉体も強靭な“兵士として必要な素養を先天的に有する”新生児が産まれたのであった。
しかしこの計画にはひとつ致命的な問題があった。強化人間を誕生させることに成功したものの、
単なる赤ん坊なので、成人になるまで育てる必要があるという根本的な欠点が露呈したのである。
しかも自衛隊員になるかどうかは本人の自由意思に委ねられており、必ずしも兵士として使えるとは限らなかったのだ。
次に日本国―防衛省―が試みたのはフランスから持ち込まれた偉人、聖人の遺伝子を組み込んだ人間を作り出す、
人工聖人降誕計画であった。
受精卵検査の名目で母体から受精卵を摘出し、ゲノム編集により聖人の遺伝子を組み込んだ新生児を誕生させるというもので、
この計画に則って産まれた新生児は10万人を超えた。
最後に試みられたのは、量子コンピューターとリンクして人間の情報処理能力を拡張するという、
AHの製造であった。
計画遂行にあたり、上位種こと指揮官機とその忠実なる僕として下級種といえる兵士の製造が企図され、
健康優良な新生児2000人と指揮官として1人の新生児が選ばれた。
選ばれた新生児たちには治療との名目でナノマシンが定期的に注入され、
脳に量子コンピューターとのデータ送受信用コンピューターチップがインプラントされ、
脳の改良が隠密裏に行われた。
特に指揮官たる上位種には綿密な強化が行われ、下位個体に対する指揮管制機能の充実が図られた。
量子コンピューターとのリンクはインプラントされた当人たちにすら分からない無意識下で確立されており、
リンクの切断は当人たちの意思では決して出来ないように綿密な設計がなされている。
上位個体は『姉』と呼ばれ、下位個体たちは『妹たち(シスターズ)』と呼ばれており、
特に妹たちには上位個体である姉の命令に背馳出来ないよう、命令に逆らえば脳が苦痛を感じるように、
命令に従えば喜びを感じるよう、脳の調整が行われた。
ところが計画の最終段階になって、防衛省内部よりマスコミに政府が新生児たちに改造を施している事がリークされた。
当然、批判の矛先は政権与党に集中。内閣は総辞職を余儀なくされ、選挙では史上最悪と言って良いほどの大敗を喫し、
議席の殆どを野党に明け渡す羽目になってしまった。
当然、改造の対象となった新生児たちの両親はこれに激烈な拒否反応を示し、政府を相手どり、集団訴訟を起こすに至った。
以降、新生児に対する遺伝子組み換えは遺伝病を防止する目的以外違法化される。
最終的に残ったのは中国とアメリカの2ヶ国だけであったが、計画の初期段階に於いて
匿名のハッカー集団により機密がマスコミにリークされ、
大統領が弾劾されるに至り、目立った結果を残したのは日本のみであった。