第五話「風の暗殺者」
ウィンド編1-1「イシス・スタラント」
ギルドとは教会の人間が作り出した組織である。だが、教会と繋がりがあるわけではない。寧ろ、教会からすれば邪魔な存在ですらある程だ。その溝は深くとも街の長の命令により、一時的に組むことはしばしばある。それでも敵同士と言っても過言ではないので、遠くに離すという意味を込めてギルドは街の中央部を囲むように東西南北と4方向にある。街の端の方にあるために中央広場へ着くのにかなりの時間を有する。4つあるのは教会もギルドの将来の需要性を理解してのものだ。昔は教会が表立って悪魔狩りしていたのだが、今となっては教会の存在を知らないこともあり、ギルドが表舞台に居る。しかし、教会は未だにその権力の一片すらも手放してはいない為、教会側が有利で、ギルドは4つから増えることは暫く無さそうだ。
ギルドメンバーの殆どは何らかの異常事態を目撃した後にギルドへ真っ先に向かう。何故なら一人で立ち向かい、無駄死にするよりかは多人数の方が生存率は高く、様々な分野のメンバーを即席で集めることが出来るからだ。とはいえ、本当に来る者は基本的に居ない。最悪の場合、無償ともなりうるからだ。だから、ギルドで情報を待ちつつそれが依頼となるのを待つ。
マーリンが《掠れ行く現》を発動した時、目撃者は多数居た。四方向に散らばっているのが仇となり、中央へ着く時間は予想よりも遅くはなったものの物好きの殆どは周辺で様子見をしていた。
しかし、絶対の自信のある者は真っ先に向かう。その中でもレケ達の魔力に馴染みのある者なら様子など見ることもなく突撃を迷うことなくするだろう。
「よぉ、レケ。おっひさー」
マーリンの認識阻害魔法が発動するロープをセエレに着せたあと、中央広場を離れるときにそのギルドメンバーの知り合いに声を掛けられた。
彼の名はダシング家の跡取り息子ウィンドである。得意の風魔法でスパイや暗殺を得意とする家系だ。遊ばせた黒い短髪に瑠璃色の垂れ目。身長は186cmと高身長で、仕事時に着る黒い服を着用している。
23歳の彼はまだ若年でありながらも完璧合理主義者な仕事人だ。しかし、プライベートでは3股掛けてる男であるのもそこそこ付き合いの長い私とマーリンぐらいしか知らないだろう。本気の恋はしたことがないからこそ何股もかけられるらしく、つまるところゲス男というわけだ。
このタイミングで現れたということは少なくともロープを着せるところは完璧に見られ、悪魔であることも看破済みだろうか。
最も見られたくないのはセエレの首輪だ。
この首輪にはマーリンの魔力が篭っている。
最悪の可能性も想定しておいた方がいいだろう。
「何、アンタに用はないわ。」
ウィンドは満面の笑顔だ。
これは間違いない確実にバレてる。
その上で何かを差し出せと無言で交換条件を提示しているのだ。
長年の付き合いだからこそ、こういう表情の違いはよくわかるのだ。
深く溜息を付いた。
「何が欲しいの?」
抜け抜けと知らんぷりをしたまま意地悪い笑みへと変わる。
「おや?俺は何も言ってないぜ。でも、欲しいものといえば、レケの可愛い顔かな。」
これも私達の間では通じる言葉だ。
訳するならレケと一夜デートをしたい。という意味だ。
「ハア、やっぱりそんなことだろうと思ったわ。マーリン、先に帰ってて、ギルドの方には私の方から行っておくから。」
「わかった。今日の夕飯は要らないのかな?」
「えぇ、ウィンド奢ってくれるのよね?」
今度はレケが満面の笑顔でウィンドに向かって言った。ウィンドは何の躊躇無く堂々と胸を張る。
「勿論さ!君と一夜過ごせるのなら奢って当然さ。」
うざいくらいに格好つける。その後、少し目を細めて指を指す。
「ただし、それに関しては別の話かなぁ」
ウィンドは指を自身の首元をツンツンと指して、セエレの方を見た。
レケは最悪と言った顔で、マーリンは苦笑してる。やろうと思えばマーリンが記憶操作ぐらい出来そうな気もするが、几帳面なウィンドのことだ。既に何らかのメモをしてる筈だ。
仮にも風魔法使いでなければ見れない文字とか存在するならば、確実に詰む為に下手なことは出来ない。というか、一応、友達という形式にも関わらず、その相手に対して如何に口封じをしようなどと、随分歪な関係だなと一人思う。逆に仲が良いからこそのものというふうにも受け取れるが、それに対して深く考える気はない。正直、どっちでも大差なくどうでもいい。
「それで、どうすればいいの?」
只でさえ、ウィンドと一夜過ごすのも心底嫌なのに、これ以上何か要求されたら衝動的に撃ってしまいそうだ。風使いの彼であれば銃弾程度なら障壁で止めてしまうだろうし、だからといってこんな大勢の人がいる場所で魔法を使うのは遠慮したい。というのは冗談で、発砲は流石にしない。少なくとも何十回目のデートかは覚えてないくらいは一緒に夜を過ごしているから、その股の中の一人に数えられてるかもしれない程度には仲が良い。こちらから誘ったことは皆無なのに数えられてると思うと少しイラッと来る。我が物顔で来るその表情から大嫌いだし、女に慣れてます。というその雰囲気や仕草やエスコートもあまり好きではない。という理由により、銃で撃ってしまうかもなどという喩えが出てきてしまったのだ。
「俺に隠し事なんて酷いなぁ、そろそろ明かしてもいい頃じゃないのかな?」
ウィンドとは付き合いが長くとも、人と悪魔の共存については話したことがない。何故ならウィンドの職業柄話したくなかったからだ。しかし、首輪を見られたのならもう話すしかあるまい。
それどころか、悪魔であることは無言で、首輪に付いても話さないと主張してるのだ。
交渉上手な彼ならば交渉成立さえしてしまえば、この情報は他言無用だろう。
「わかったわ。そんなもので良いなら明かすわよ。ったく。」
「交渉成立だな。」
ウィンドは自身の欲しい物が手に入った為にガッツポーズしている。彼にとってはどんな重要な情報もレケと一夜過ごせるなら安いものだと考えている。とはいえ、実際に何でも話すわけではない。プライベートと仕事はきっちり分けている為、話せないものはどれだけねだっても酔わせたりしても決して話すことはない。
「それじゃあ、私達はお先に帰らせていただきますよ。」
マーリンはセエレと手を握り、帰っていった。
一方、ずっと笑顔を振り撒いてるウィンドと今日は一緒に過ごさなければいけない。
正直に言うとウィンドは苦手だ。
少し前に付き合っていたし、初体験もあげた。
その上で苦手だ。
彼のエスコートが完璧すぎて、こっちのペースが崩される。
自分自身ではなくなる感覚は何時だって何よりも恐怖だ。
「さて、ギルドまで距離は長いし、俺の風魔法で連れてってやるよ。」
ウィンドの周りに風が集まり始め、螺旋を描く台風の目に立つウィンドはレケに手を差し伸べた。
「お嬢様、手にお掴まり下さい。なんてね。」
ウインクはもう癖のようにやって来る。
確かにこっちの方が圧倒的に速いために手に掴まった。少女の頃の初恋がこんな女誑しだと知っていたなら付き合わなかっただろう。
というか、今思えばあの頃の私に手を出すなんてロリコンなのだろうか。こうなる将来図がきっちりしていたなら、頭の中を開いてどういう思考回路してるのか見てみたいものだ。
恐らくはこの風魔法による移動は、自身の彼女3人誰とも会いたくないという意味も込められているのだろう。仮にも三人全員と出会うなんてことがあったとしても、この男なら簡単に手懐けそうだ。だから、会いたくないというのは、私との時間に無駄を作りたくないのだ。これらの理由はあくまで第二、第三の理由だ。ウィンドが質が悪い理由は仕事は真面目で、気遣いにも偽りがないところにある。
この気遣いも彼の元からある性格の一部だ。
風魔法の移動は一直線に高速移動というのもあり着くのが早い。風の障壁を球体に張ってあり、床があるのでただ立ってるだけであっという間にギルドへと着いた。緩やかに地面へと降り立つ。端の方というのもあり、人気は中央ほどではなく非常に降りやすかった。
一見、少し大きめの酒場にしか見えない2階建ての木造りの建物。他の建物に比べたら少しだけ古くも見えるが、だからこそ格式高そうに見える。だが、他のギルドは至って普通でこのギルドだけがこういう外見をしている。ちなみに、内装も酒場のままだが、ギルドメンバーの中でも事務系とギルマスの部屋は改装されてる。
これが北のギルドである。
ギルドは見た目通り酒場を改装したところだ。
偏りはあるものの、東西南北で来る人種に偏りがあるせいで内装の雰囲気もそれぞれのギルドによって様々だ。
東は明るい人や豪快な人が多く、西は暗い人や暗殺関連の人が集まる。南は魔術師が多く集まり、北は剣や銃寄りの魔術士が集まる。
何故そんな偏りが出来るかというと、そのギルドごとのMasterランクに惹き寄せられて集まっていくのだ。
そして、ここ北のギルドのギルド長は世界ランキングの中で10位以内に居る最強を冠す狩人なのだ。
「あ、いらっしゃいませー」
ギルド内に入ると、腰まである長い黒髪を三つ編み2つに纏めて、メガネを掛けている。ドイツ人によくある瑠璃色の目に160cm台の身長。メイド服を着ておどおどしてる彼女こそ、ギルド長のダメンハフト・アーデルだ。彼女の腰にある白い剣こそ彼女の愛剣《Schutzrittar・Schwert》。直訳すると守護騎士の剣だ。
その剣は珍しい形状でトゥハンドレッドソードを横長に伸ばしたものだ。刀身には龍の鱗で作ったと言われる金属で用いた盾があり、剣と盾の両方の役割となっている。鞘の方に取っ手が付いてあり、それを盾として扱うことも可能だ。其の剣を宝具と呼ぶ人が居るのだが、理由は幾多の戦いを経ても無傷だからだ。剣が強いのか使い手の実力なのか定かではないにしろ、世界最強クラスの狩人で有るのは間違いない。
その姿を目撃したレケの開口一番の言葉は。
「あんた、何してんの……。」
ちなみに、ウィンドは格好つけて無言かと思いきや、ギルド長の姿に笑いを堪え手を口に押さえていた。レケには見られてない為に余計に我慢が辛いのだろう。
言ってしまえば、押してはならないボタンを衝動的に押してしまいそうになる、そんな感覚だ。
「実は、メンバーの皆さんからいつも頑張ってるから今日一日ぐらい休めと言われまして…でも、何もやらない日ってなんていうか、落ち着かなくてうろうろしていたら、今日来る予定だったバイトの子が急に悪魔狩りの依頼来たらしくて、それで……」
その言動を初対面の人が見れば、どこかの初心者が悪魔狩りに失敗して、今日の食事代を稼ぐ為にバイトしに来たドジっ子だと見えても仕方ないだろう。それぐらい平凡な雰囲気で話している。
「あ、そうだ!今日はマーリンさんはいらっしゃらないのですか?」
「あぁ、今日は用事あるからって先に帰らしたわ」
「そうですか……」
心底残念そうな顔をしているアーデルはマーリンに一目惚れしたらしくて、ここに来る度に拙い媚を売っている。周りからはその姿か微笑ましくて見ていたのだが、ハスキーボイスはただの偽装で、実際は女だったことを伝えるべきか大いに悩まされる。ここはマーリンから突き離すように気遣いをしなければならない。さり気なく話せるといいのだが、そんなに上手くは行かないだろう。
だから、遠まわしに女だと伝えよう。
「マーリンは女に興味無いって言ってたわよ」
完璧だ。これで伝わるだろう。
私からの気遣いなど一生で一回見るか見ないかの貴重なことだから、存分に味わうといい。
そして、私の凄さに感動しろ!
しかし、思っていたのとは外れ、衝撃を受けた表情までは良かったのだが、次の言葉に驚愕した。アーデルも心の中で驚愕していたんだろうけど、
「まさか、男が好きだなんて、男同士の愛に私がつきいる隙間などないということですか!」
アーデルがそういう方面を知ってることとそんな世界があることに驚いた。レケは後ろにいるウィンドによって女にされたとはいえ、基本的に仕事の毎日だ。男同士や女同士のアブノーマルな愛情表現など聞いたこともないのだ。
終いには泣き始めた。
流石の私も対処の仕方がわからず、面倒臭そうに見ていると、ウィンドが横から助け舟を出してくれた。
「アーデル、君の愛はそんなものなのですか?たかだか男が好きという壁に立ちすくむのですか?まだライバルも居ない今こそチャンスの時です!さぁ、立ち上がってマーリンへの告白を果たす時では無いのでしょうか!」
ウィンドは先輩であり上司であり尊敬すべきアーデルに対して敬語で話すものの、扱い方が慣れている。そのせいか、本当に尊敬しているのか周りから疑問符を打ち付けられることも度々あるが、今は助かった。
涙は止まり、まだ何か言ってるアーデルにウィンドはさらなる勇気を与える魔法のような言葉を次々と紡いでいく。
最早茶番劇と化したその二人の世界は華麗に無視して、受付に証拠と書類の提示をして報酬の受け取りを待っている。
受付の人に呼ばれ報酬を受け取る際に聞かれるのが、現金にするか食券にするかである。
このギルドの二階は酒場となっている。
朝と昼は日替わりメニューと一品。夜は酒やおつまみなのだが、食券に変えると普通に買うよりも安くなるのだ。
武器の調整は必要なく、宿のお金も払う必要が無ければ大抵は食券に変える。しかし、この報酬にはマーリンの分もある上に今日奢ってくれるらしいので食券には交換せずそのまま現金を受け取った。
高級なものを除いて、大体の金銭感覚としては、低級悪魔1体は2食分。中級悪魔1体は1ヶ月。上級悪魔1体は半年分。貴族悪魔は約1年分。悪魔王ならば10年分相当はあるだろう。
ちなみに、一食というのはこういう酒場で食べたときの値段であって、高級料理を毎日食べるなら低級悪魔では賄い切れない。一日三食なら十匹くらいは最低限必要だ。悪魔序列1位に関しては例外で一生使い切れないほどの額が手に入る。これは、ギルドからではなく国からの報酬である為に途方もない金額なのだ。Masterランクが数人で挑んでも勝てないような相手だ。それぐらいの価値はあって当然だ。
私が報酬を貰う頃には話も終わったらしく、2階に続く階段へと登っていくアーデルの姿が見えた。
「ごめんごめん。待った?」
「待ってないわ。相も変わらずアンタの手際の良さに驚きよ。」
「それは褒め言葉として受け取っておこう。それで、ここで食べて行く?それとも高級料理店適当なとこにでも入る?」
ウィンドは何を言ってるのだろうか、正装ならともかく戦闘してきましたと物語るこの服で行けるわけがなかろう。
「何を言ってんの。ここで十分でしょ。」
私の言葉に反論するつもりではないにしろ、聞き逃せないことをウィンドは口に出してしまった。
「実は、最近オープンした料理店のスイーツがとても美味しくてね。フランスから来たものらしいんだけど、美味しかったから是非と思ってたんだ。どうかな?」
女の子といえばスイーツ!
ウィンドは私のことをよくわかっている。
そんなことを聞いたらそっちに行きたくなるではないか、普段はお金を浪費しない為、こういう時でないと食べられないのも承知の上だろう。
「あー、気分変わったし……そっちに行ってあげなくもないわ」
「では、俺からの頼みです。一緒に行ってはくれませんか?」
「行く!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
目の前には見たことの無いスイーツがあった。
フランスから来た料理長と仲良くなり教えてもらったパルフェというらしい。
皿に凍らせた卵黄やクリーム、砂糖を混ぜたものを半球形に置き、その周りに果物を飾り、チョコソースが模様を描いてる。
流石は高級と言わざるを得ない料理店だ。
見たことの無い料理だ。
程よい硬さに凍ったその冷菓はスプーンで少し力を込めるだけで沈んだ。口に入れた瞬間の口に広がる甘味に頬が緩む。レケも女子なのだ。甘いものには目がなく好物だ。
そんなレケをウィンドがニコニコと見つめていても、視線に気付かずに食べ進めてる。先程まで食べていた肉料理や野菜料理などは黙々と食べていて会話が殆ど無かったが、そんな一面も見せるからこそウィンドもレケのことを昔から気にいってるのだ。
ちなみに、ウィンドは食後のコーヒーを飲んでいる。
ドイツでは水が出されない為、飲み物を先に注文する。今回二人はワインを頼んだのだが、ドイツワインは糖度が高く、レケにも飲みやすかった為、少し酔っているのだろう。見た目からしてもまさか未成年だとは思うまい。一方、ウィンドはそこまでワインには手を付けてない。
そうして二人は料理店を出たあと夜を円滑に楽しく過ごすこととなるのだ。
朝、レケは目を覚ました時にはウィンドと裸体で並んでいた。記憶が無ければより快適だったのかもしれないが、酒に弱くとも記憶は無くさない為、よく覚えてる。
そして、最も最悪なのは2日酔いだ。
頭は痛いし、まだふらつくしで、今日の仕事は休み決定だろう。というよりも、まだ寝ていたい気分だ。冷蔵庫から何か頂いてもう一眠りさせてもらうとしよう。
レケが起きたのに気づいたのか、ウィンドも起きていた。爽やかな声でおはようと言ってくるものだから、レケは怠そうに寝るとだけ答えておいた。ウィンドはそこまで、酒を飲まなかったのもあり、ピンピンとしている。
酒には強いものの、勃ちにくいという理由で飲まなかったのだ。
レケが寝る時にお休みのキスを頰にされたが嫌がる素振りを見せることなくそのまま眠りに付いてしまった。
ウィンドは汗を流す程度にシャワー浴びて、仕事用の服に着替えて出て行った。ここは仮宿ではなく買った家だからこそレケも寝たのだ。
昔はよくここに入り浸ったのを体が覚えていたというわけだ。
はいはーい、とうとう強キャラの登場!
しかも、地味っ子ってそこそこ萌えますよね!
その上ドジっ子属性まで付いてきた!
さて、毎話に驚きを盛り込みたいのは山々ですが、まだこのゆったり話が続きますぜ。
キャラも増えてきたし、何らかの方法でキャラ紹介しようかなぁぁぁぁ
あと、誤字や表現の間違いが意外と多くて寝て起きてみればwhat?となることがありました。
なるべく間違えぬようしなければ……
では、次回もお楽しみにー!