表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大罪庭園-taizai teien-  作者: A-est
第二章「嫉妬のダシング・ウィンド」
42/47

第二十八話「恋を力に変えて」

今日は助けがありつつも黒魔狼を粗方片付けたことにより、帰り道は比較的いつもより安全で、狼の肉も沢山貯蓄することが出来た。とはいえ、氷魔法で常に冷凍して置かなければならないので、手間を考えると一週間分くらいだ。


初日に比べれば、随分と料理にかける時間は短縮されている。それは男であるウィンドが作るからという理由もあるかもしれないが、それよりも体の疲れにより結果的に質素となっているというのが正しい。文句をアセトが言わないのは、自分も同じことをしてしまいそうだと思ったからだ。特に食後にはもう眠気が襲ってきて、寝てしまうことが毎日ある。そんな自分が責められるはずがない。それと、疲れのせいなのか質素なものでも美味しく感じてしまう。それも無言でいる理由となっている。


いつの間にかウィンドの作る料理を食べるのが1つの楽しみとなっていたのも最大の理由の1つだ。


今夜の肉も簡素なものではあるが、不思議と涎が止まらない。口内に溜まった涎を密かに飲みつつ、肉へと手を付ける。昨日戦った黒魔狼の中でも恐らくは何かしらの役職を持ってるのだろうか?噛んだ瞬間に肉が自ら沈む。にも関わらずきっちりとした弾力もあり、噛みごたえがある。とはいえ、筋のようなものはなく噛みやすい。矛盾してるように聞こえるが、弾力があるというのは瑞々しさがそうさせているのだ。故に噛めば噛むほど旨味が口の中に広がる。


狼の肉は癖がありパンチ力が強いのだが、横に添えられた薬草によりその口の中をリセットする。その薬草も薬と言った感じはせず、単なる野菜として食べられる。この島には基本食べられない草が無いことからも人工的に作られたのではないかと、思い始めた。もしかしたら、竜もギルド側が寄越したのではないのだろうか?


食事中にそんなことを考えるなど無粋だと思い、考えるのを一旦止めて味わうことに集中する。1日の中で貴重な一食であり、修行した帰りの自分へのご褒美でもあるのだから、修行とプライベートはきっちり線わけをしておかなければならない。


初日こそほぼ無口ではあったが、なんだかんだウィンドの話が面白いということに気づいた。一度気付いてしまえば邪険にしづらくなるものだ。レケはあまり良いようには見てなかったが、思ったよりそんなこともない。紳士的に接してくれるし、彼も誰にでも手を出すと言うわけではないらしい。


食後にはいつもの紅茶を差し出してくれる。いつも、食べ終わりそうなタイミングで先に食べ終えているウィンドが、紅茶を淹れる準備を始めるのだ。実に執事のような完璧な仕事をする。淹れ方1つに気品が感じられるし、その淹れた紅茶自体もプロもあっと驚きそうな美味しさと温度だ。私は熱いものよりも少しだけ温い方が好きなのだが、ほんの数回淹れただけで、好みへと辿り着けるその着眼点も彼の強みであり、憧れる部分である。


まだ1週間も経っていないはずなのに、どんどん彼の良いところばかり見つけてしまう。確かに悪いところも多少はあれど、良いところと比較するとそこまで気にするほどではない。


唯一、夜にその紅茶を飲むと眠たくなってしまうのはなんとかならないだろうか。そのまま次の日まで疲れが殆どなくなるくらい快眠出来るのはいいことなのだが、自分でベッドに帰って眠りたいものだ。そんな願いが叶ったのか、今日は不思議とそこまで眠くはない。確かに眠いのだが、帰れる程度にはまだ起きていられる。椅子から立って、ベッドの方へ向かおうとすると、後ろからウィンドに抱きつかれた。あまりに突然のことだったので、体が固まってしまった。そのままウィンドの正面になるように体を回され、顔が近付いてくる。眠たさのあまり、直ぐには思考が働かず、そのまま唇と唇が触れるのを許してしまう。更には口内に舌が侵入した辺りで眠気が覚めてきた。けれど、不思議と嫌ではなかった。確かに衝撃は走ったが嫌悪感は湧かない。いつもなら間違いなく湧いてただろうにどうして、このキスを拒めないんだろう。その上、それが心地良く感じる。ストレスが無くなっていくような、求めていたものが合致したような、そんな感覚があった。そのキスは長く息も絶え絶えになるが、その息苦しさも気持ちよさへのスパイスとしかならず、身を任せてしまう。


やっとのことで離してくれたその唇からは恥ずかしくもどちらかわからない涎の糸が引いている。涙がうるうるしたその瞳でぼんやりとウィンドを見詰める。息を整えようと何度も呼吸し、収まってきたかと思いきや、ウィンドから突然の告白をされる。


「好きだ。イシス。愛してる。」


そんな陳腐な言葉を言われてもいつもなら何も感じなかっただろう。しかし、眠いというのもありぼんやりとした頭と突然のキスにより、顔は真っ赤になり純粋にその言葉を受け入れてしまう。もしかしたら好きだったかもしれないとさえ、今更ながら頭の中で彷徨う。ただ今の思考能力ではもうパンク寸前で、腕を振り払いベッドへと帰っていった。ベッドに横になってもすぐには眠れず心臓がバクバクとなっており、ウィンドの言葉を反芻しながら、眠りについた。


眠ったのを見たウィンドが今日も紋章の続きを書き足し、洗脳を更に掛けていく。当然、その中にはウィンドに対して好意を持つというのもあり、その胸の高鳴りも芽生え始めた恋心も偽物だ。しかし、ウィンドはきっと後押しをしただけで本物だと言い張るだろう。先程のアセトの反応を見て、今日はいつもより多めにしてる。これにより、明日にはその恋心も完全に芽吹いて、彼女にまできっと進展するだろう。これも全てはレケの為なのだ。だが、今のままでは計画に支障をきたす。より強くならなければならない。Aランクもあくまで通り道に過ぎない。一刻も早くSランクに手を伸ばさなければならないのだ。ウィンドは最後に明日使う技について十分に思慮を深めてから、眠りについた。これもいつもの恒例となっている。どのような敵と戦うかはまだわからないが、どんな相手であろうと最善の手を打つことができる技を幾つか試作してるのだ。


ソファーで眠るのも慣れてきた。暗殺者として、眠れない夜だってあったことがある。そんな瞬間よりは眠れる今の方がマシではあったが、初めてのときはなかなか眠れなかったものだ。アセトさえ堕としきれば、あのベッドで眠ることも許されるだろうし、それまでは楽しみに待つとしよう。計画破綻だけは恐れるべきことだし、これだけ苦労したのだから実家の高級ベッドでなくてもある程度は快適に眠れるようになる筈だ。人間とは順応性が高い生物と言われてるのだから、少しは自分の体に期待してる。


目が覚めるとそこにはアセトが居た。アセトの方が先に起床するのはいつものことだが、今日は珍しくソファーの端に座り、ウィンドの頭を撫でていた。あまりの心地よさにもう一度眠ってしまいそうだったが、そんな自分を引き止め、アセトに挨拶する。


「アセトおはよう。」


すると、アセトは少し驚いたような顔をして急いで立ち、テーブルの方へと向かう。少し間が空いてから漸く返事が来た。


「………おはよう。」


どうやら、奥手ならしく彼女にはまだ素直になれないようだ。でも、これなら多少強引に行っても嫌がられることは無いだろう。寧ろ、それを言い訳に喜ぶのではないだろうか。彼氏彼女という意味では経験があまりない。デートらしきことはしたことがあっても、本気で付き合った女性は皆無だからだ。あくまで夜のお供として、それだけに限る。だから、その選択が正しいのかはわからない。


だが、うじうじとしているつもりはない。なよなよと男らしくないことをしていてはそれこそ飽きられてしまうだろう。だから、経験のなさなど気にせず、思ったことを直球で投げるだけだ。受け止めてくれないときはその時考えよう。


背を向けているアセトの肩を持ち、こちらと正面を向き合うように回転させる。突然の出来事にアセトが驚きのあまり固まる。そこを突いて、唇を重ね合うキスをする。柔らかなその唇同士が密着すると共にアセトの頬は熱くなる。やっと、今の状況に気付いたのか、慌ててウィンドを突き飛ばす。


「な……なにするのよ!」


「おはようのキスだよ。嫌じゃなかったろ?」


「なっ…ななななそんなわけないじゃない!」


赤面と化し、背をまたもや向ける。その肩に触れようとすると今度は触られないように避ける。少し距離を取るが、昨日より前とは明らかに反応が何もかも違う。その違いを見るのが面白くてつい悪戯してしまうが、やりすぎて嫌われるわけにもいかないので程よいところで止めておこう。


「もう何もしないから、ほら椅子に座りな。」


少し警戒気味になっているが、アセトの方へと朝の紅茶を作る為に向かうとテーブルの向こうを回ってすれ違わないようにしながら、椅子へと座る。こっちを警戒して見ているのが背中越しではあるが、わかる。警戒というのもあるが、もう半分はただ見たいだけであろう。恋をした女性はその相手を見るだけで満足すると聞いたことがある。何が良いのかそのときは不思議に思っていたが、自身もレケという存在に出会えたことによりその意味を知った。確かにいつまでも見ていられる。だから、アセトの気持ちはよくわかるし、レケが居たならきっと一日中見ていられるだろう。だからこそ、その視線を放置しておきたいが、気配が察知できる身としては非常に気になって仕方ない。紅茶を淹れるのにも集中力がかなり削がれてしまっている。


そんな葛藤など知らないであろうアセトは紅茶を待ちつつ警戒を怠らないという名目のもとウィンドの大きな背中を何となく見つめる。何故かは未だに自問自答をしても答えが出ぬままだが、美術品かのように何かをそこに感じる。感覚的なものなのでそれの正体が掴めず、少し気になっているのだが、考えたところで結果は同じ。そんな言い訳をあらゆる面で考えながらもやはりその目を逸らすことは出来ず、紅茶が出来るまで見つめ続けた。


紅茶が出来て、ウィンドは朝食に取り掛かっている途中でも、飲みながらそれを味わおうとはせず、ウィンドの体を目で味わっている。意識の殆どがウィンドへと向けられていて、最早夢現状態である。アセトとしても好きになった紅茶を飲みつつ好きな人を見つめていられるというのは至福の時であろう。いつも以上に時間の流れが早く感じられ、気付いたときにはもう朝食がテーブルに並べられ、ウィンドに心配をかけられていた。長時間、無我夢中でウィンドを見つめ、そこから先は妄想の世界に入り浸っていたせいで、固まっていたことを心配されたんだろう。悪いことをしたなと思いつつも口から出るのは反対の言葉。


「なっなんでもないわよ!」


もしかしたら、昨日のキスはあくまで切っ掛けでしかなく、もっと前からそういう気持ちがあったかもしれないと言われると頷いてしまう自分が居る。それは本当に自分の正直な気持ちなのかと言われるとわからない。なんせ、恋など抱いたことはなければ、そんな存在を見たこともほぼないのだ。レケ達と会ってからは時折そういう場面を見ることもありはしたが、興味はなく視界から遠ざけようとさえしてたくらいで、全く覚えは無い。だから、この気持ちも理解不能なものでそれに従えばいいのかわからない。それに従うことに対して恐怖もある。何事も最初は一歩を踏み出すのが怖いのは知ってる。その先もわからない。何も見えない暗闇の中でどこに行けばいいのか目印もなくそんな洞穴に一歩を踏み出すのは誰しも億劫で難しい。その一歩は私とて同じこと。だから、今はウィンドの期待に添えるようなことは何もできないし、応えることも出来ない。ウィンドは少し強引なのだ。もう少し乙女心を分かって欲しいものだ。


食事中もそんなことばかり考えていて、ウィンドとの会話が大して弾まない。弾まない事自体はいつも通りではあるが、ここまで言葉が続かず会話として成立しないコミュ障同士のようなのは初めてのことである。前はどう話していたのだろう。不思議で不思議で堪らない。昨日の自分に教えを請いたいくらいのレベルでコミュ力が低下してる。


とはいえ、作戦会議では流石に仕事モードへの切り替えに成功した。ここに遊びに来ている訳ではない。修行の為なのだから、その時間だけは一分足りとも無駄にはできない。それに自分の中でのウィンドに対する優先順位も多少は上がってしまった。少なくとも傷付くところは見たくない程度にだが、そうなるとこちらからのサポートをより強めなければならないし、ウィンドとの連携もより強めなければならない。寧ろ、こういう気持ちを持てたことはこの修行にも役立てるのだから、悪い気はしない。


「今日はより奥に進もうかなって思ってる。植物系が居た方も気になるが、気を付けてさえ居れば基本敵じゃないしな。ギリギリを攻めた方に行きたいんだが、どうだ?」


「私は何処でも良いわ。より強い相手と戦えるなら、その通りにするわ。ここに来て、ウィンドの反対意見は言ってないつもりよ。」


「それはそれで困るんだがな。俺達はパートナー同士だ。お互いの弱点を無くすように己を高めなければならない。だから、言いたいことがあったら遠慮なく言ってくれ。」


「今のところは無いわ。貴方も頑張ってるのはわかってる。だからこそ、高望みしても成果を出すどころか失敗されても困るのよ。」


アセトもここ数日のウィンドの動きを見て多少は言いたいこともある。いざとなると単独行動が目立つ。本当にサポートし合う気があるのか疑問になる場面が多々あったが、今の実力では自分の手でいっぱいいっぱいなのだろう。ウィンドのお陰でこちらも助かっているのは確かだが、果たしてそれは補助と言えるかはさておきだ。そもそも、自分としてもサポートとはいったい何なのかあまり実感が湧かない。


それも協調性が薄い二人が集まったからかもしれない。お互いに剣を持ちつつお互いをサポートするなど、難しかったのかもしれない。それとも多勢相手が不味かったのだろうか……。


「そうか。なら、こっちで決めさせて…。」


「待って。」


「どうした?」


「最近はいつも多数の敵とばかり戦っていたのだから、今度は一体と戦ってみない?」


「確かにそうだな。それで行くか。」


お互いの目線が合う。それは合意の証。疎通の確認が取れると共に席から同時に立つ。今日は不思議といつもとは違う感覚が偶然のタイミングの一致のみでした気になる。まずは気持ちからなんて言葉もあることだし、少しは進歩出来る日と信じて立ち向かうとしよう。そう前向きに考えて、部屋の扉に鍵をかけた。

少し時間かかりましたが、これからは週2予定です。ちなみに、何となくお気づきかもしれませんが、二章は暫くの間ウィンドとアセトのみです。マーリン達やレケは暫しのお別れですね。まぁ、当然この二人だけしか出ない話ではないので、お楽しみに~♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ