第二十七話「謎の笑う少女」
「やったー!ご馳走だ!ご馳走♪」
無駄に高いコミュ力のせいなのか、気が付けば部屋に招き入れてしまうという失態をしてしまった。あのウィンドももういいやといった感じで入れてしまったものの、自分にはやらなければならないこともあるし、早々に帰ってもらうつもりだ。少なくとも食後の紅茶前後までには出てってもらおう。
「いやぁ、私は修行の為にここに残ったっていうのに、エレイン様は私放置して他のゾーン行っちゃうしさぁ。困った困った!あはははは!!」
受付嬢の中でもトップクラスに位置するくらい五月蝿いもとい元気な娘であったが、プライベートでの彼女は更に上を行くらしい。もうついて行けないくらいには常にテンションが天井を破り続けている。天井という言葉が彼女の中にあることを信じつつ。軽く聞き流していくが、それによりもう1つ気付いた。この娘、空気読めないタイプだ!
これはどんな手段を使おうとも落ち着くことはないだろう。例えば、口塞ぐとか本人がピンチになるなどでも無ければの話だ。今は我慢をするとしよう。本当は使いたくなかった手段であるが、仕方ない。
今日の夕飯は残っていた狼肉とさっき襲っていた植物を使ってみた。なお、植物の方は毒物検査だけはして体に害はないことだけはわかるが、食べるものかのかは不明だ。暗殺業をしていると、様々な植物も扱うし、アセトもウィンドには劣るが知識だけならあるので、検討を終わらせた上で食べることにしたのだが、その植物が何なのかわからず、ムシャムシャ食べたのがディアナである。どうしても、後々に置いておこうとして中々手が出せないが、ディアナが要らないなら貰うとまで言い出し、自分を襲っていた植物を平らげてしまった。予想以上の貪食に驚きつつも、体調が大丈夫なのか少し心配だ。
食後の紅茶には特殊な茶葉を確かに使っているが、アセトが毎回眠ってしまうのはそれが原因なわけではない。別で睡眠作用のある薬草を入れてるだけの話だ。効果はそこそこ出てきたことだし、そろそろ次のステップを踏むべきだろう。今回はアセトだけでなく、ディアナにも差し出す。ディアナも纏めて眠らせ、最近上達している洗脳により少しでも声を出さないように躾ける予定だ。
案の定、アセトが眠ったあとディアナもそのまま眠りに落ちてしまった。アセトとディアナをベッドの方へ持っていき、アセトにいつもの処置を施し、ディアナには『何となく喋りたくなくなる』を刷り込む。練習してほんの数日の内に練度は相当上がった。今では深層心理までは覗けないが、その手前なら掌握できるようになった。
ディアナも同じく深層心理は強固な鍵が掛かっているものの、その手前を掌握した。これで、明日起きたときにはもう彼女は物静かな少女となってるわけだ。
これで漸くゆっくり眠られる。
朝を迎え、アセトも起きていないような時間に誰かが胸の上に乗って来た。終いには起きるまで腰を振っている。誰だ?と思い、目を開けると、そこにはディアナが居た。
「おっはよーござきまーす!!ウィンド君朝ですよー!」
あぁ、もう朝かとまで思考したところで、洗脳にかかっていない衝撃的事実に気付いた。どうやら、人を変えたとき多少なりとも感覚が変わるらしく、その点が甘かったと言えよう。今夜もまた掛け直して、さっさと黙らせて置かなければならない。
「ほっらー!アセトも朝だよー!起きてー!起きてー!」
最近はアセトは朝の紅茶も飲むようになった。もう紅茶が手放せないらしい。茶葉の効果は如何なく発揮されてるとわかるだけで進歩だ。1つ心配な点と言えば、洗脳くらいだ。まだまだ改良が必要みたいなようで、そこだけ少し真面目に勉強して置かなければならない。
ディアナが入ったことにより多少なりとも戦力が増強されたとはいえ、回復専門の彼女は戦闘系には何の役にも立たない。確かに、これまでよりも死にづらくなったとはいえ、二人が前衛に出ていれば後衛のディアナを護る者が居なくなるし、結果的に二人で行くよりも明らかに非効率的だ。つまるところ、彼女が参加したことによるメリットは少なく、いなかった方がマシとさえ言えるのだ。
そんな思考中にアセトがトイレに行くタイミングで、ディアナが聞いてきた。
「今日は何処に行くんですかー?」
「いや、ディアナにはもう帰ってもらう。お前が居るとどう考えても邪魔。攻撃魔法使えないだろ?」
席を立ち、こっちに近づきながら話す。
「そうですねー。確かに回復専門ですしぃー?武器も攻撃系統の魔法も使えませんね。でも、」
耳の側に口を寄せて囁いてきた。
「アセトちゃんに洗脳やお尻の紋章、薬草のこと言っても良いんですかぁ?」
ウィンドが驚嘆する。一緒に寝かしたのは不味かったようだ。
掛かっていないその洗脳も耐性があるか精神が強固なのかはわからないが、こちらの失敗ではなかったらしい。その忙しいほどに騒がしいいつもではあり得ないほどに冷たく微笑っていた。
アセトの最近の習慣から考えてもあと数分はトイレから戻ってこない。ならば、先手必勝で仕留めて、Aランクに気付かれる前に死体を隠すことが先決だ。
椅子からスッと立ち上がると同時に無音で一気に手に隠してあったナイフを心臓に刺す。そして、風魔法で声を遮断し、血を止め、傷口カラそのまま体の内側を壊す。最も確実で何の証拠も残さぬダシング家の暗殺方法だ。
ディアナは無音で倒れる。即座に死体を焼却せねばと思ったら、死んだ筈のディアナが起き上がる。
「ちょっとー、服に穴が開いたじゃないですかぁ!止めてくださいよぉ。でも……これでわかったでしょう?私は不死身なので暗殺の無駄です。でもまぁ、次殺したらアセトちゃんに行っちゃうぞ♪くひっ。」
もしもここにマーリンやギルマス達が居たならば、対処の仕様も考えついたかもしれない。不死身などと言っても結局は弱点がある。天然ではなく人の手が加わったものが主流だからだ。本物の不死身も昔居たらしいが、最近は聞かないことから何かしらあったのかデマかのどちらかだ。封印されてるかもしれないし、時空の歪からどこかで彷徨ってるかもしれないし、とにかく今の所、自分で不死身と名乗った者の中に本物は居らず、贋作のみだ。
だが、ウィンドは不死身と会うのも戦うのも目撃すら初めてのことである。だから、出来る事ならもう一度確かめるために殺したいのだが、失敗したときのリスクが大きい。だから、出来ない。
「ウィンド君の葛藤はよくわかるよー。でも!安心して!君のやろうとしてることを邪魔するつもりはないから!用が済んだら、帰るからそれまでは一緒によろしくね!回復しかできないけどさ!アハハ!」
もしかして、本当は攻撃魔法使えるんじゃないのか?武器も使えるんじゃないのか?不死身なら、それぐらい出来てもおかしくないとウィンドの見解でそう感じたが、回復魔法しか出来ないのではなく、それしかやるつもりが元から無いと見て、その思考は止めた。
アセトがそろそろ戻ってくる可能性を考慮して、風魔法を解除し、正面に座っているディアナと共にアセトを待つ。その間、ウィンドが唯一考えることを許されたディアナの目的について考えるが、衝撃的な事実が重なり過ぎて頭が痛い。
きっと、今もこんな俺の姿を見て心の中で笑ってるんだろうが、正直に言えば、目的が全く読めない。それもそのはずだ。今の時点で彼女について知ってることと言えば、北のギルドの受付嬢をやってることとエレインの弟子をやってるくらいで、それ以外の情報が何もない。もしかしたら、エレインなら何か知ってるかもしれないが、仮に知っていたなら教えようとはしないだろう。
そもそも、彼女の今の顔が本物かさえ怪しい。化けの皮を被った悪魔ではないのか?実は本物のディアナは死んでいるとか。だとしても、俺に近づいてきた目的がわからない。例え、俺じゃなくアセトに対してとしても、洗脳などを見逃す理由が不明だ。もしかしたら、それも出まかせというのもありえるが、そこまで考えてしまえば何もかもが怪しく見えてしまうので、ここまでにしておこう。
「あら、ディアナと話さず何ぼーっとしてるのよ。」
「あぁ、少し考え事だ。なんでもない。それよりも今日の作戦会議始めるぞ。」
いつもの俺と何かが違うと感じたのかアセトが少し不可解な顔をする。明らかに疑っているが、言葉にする気はないようだ。気のせいという可能性を考慮してのことだろう。
「今日は狼の方に行くか。」
「正直、足手まといが増えたのに庇い切れないわ。」
チラッとディアナの方を冷たい視線で見る。ニコニコと笑うディアナはとりあえず放っておいて、それについての説明する。
「ディアナは植物相手には相性が悪いかもしれないが、狼相手ならもしかしたらと思ってな。それに最悪の場合、Aランクが助けてくれるだろ。」
「そんなぁー!私を見捨てないで下さいよぉ!」
「俺達二人は修行の為に来てるんだ。半端な相手と戦うくらいなら少しでも強い相手と戦うのが普通だろう?ついてきたければついてくるが良いさ。ついてこれるのならな?」
俺等のチームに弱いやつはいらないとはっきり断言する。それはアセトも同意見だ。ディアナも流石にここで脅しにかかることもなく、そのやり方を受け入れた。受け入れたということは少なくとも狼程度なら勝てるとふんでのことなのだろうか。回復専門と言ってる時点で他の魔法や武具を使った時点で信頼はなくなるから、その後にバラされても大したことはない。だが、自分の洗脳を解けるのだから、ディアナの解くことが可能なのかもしれない。もしレジストした場合なら解かれる心配は無いのだが、解ける可能性も考慮しなければならない以上、油断は出来ない。
その後も事あるごとにペラペラ口を動かし続け、喋ることが飽きないディアナを放置して、黒魔狼の領域へと足を踏み入れる。流石に1日程度じゃ忘れないらしく、前回同様の大量の黒魔狼が現れる。断言出来るが、守りながら戦うなど自分達の実力では不可能だ。どうせ、最悪の場合でもディアナは不死身なんだし、死なないのなら遠慮なく放置出来る。
1日違う敵と戦ったせいか、新鮮味がまた湧いてると同時にプレッシャーも改めてこの身に掛かる。お互いに様子見で動かない中で、ウィンドが衝撃波による攻撃を多くの黒魔狼が居るところに向かって打ったのが開戦の合図となった。
前言撤回などせずにアセトもディアナを完全放置するので、ディアナが何気に不貞腐れてるが、ついてきた理由が明らかとなる。
「《連奏・多重障壁》。《聖なる光-ホーリー・ライト-》。」
障壁が芸術のようにディアナの周りに並べられる。それにより、黒魔狼の攻撃は遮られる。その次に攻撃ではなく回復魔法なのだが、魔を祓う役割を持った基礎魔法だ。だが、それは明らかに鍛錬を積んだことがよくわかる量の光で、一瞬だが全ての黒魔狼を包んだ。その闇の詰まった体から殆どを掻き消されたせいで、明らかな弱体化を受けている。
これなら全滅が可能だ。
と少し張り切りすぎたようで倒し終わる頃には夕方となっていた。ディアナが何のつもりかわからないが、仲間だからということで回復魔法を掛けてくれた。恩を売っておこうという算段かはわからない。だが、それと同時に今日の最後となるであろう衝撃があった。
「ウィンド君、アセトさん、そろそろ私はパーティから抜けるねー!楽しかったよー♪んじゃ!さいならー!!」
ダッシュでどんどん走って消えて行った。
今朝の脅迫がなんだったのか結局わからなかった。少なくとも帰ったということは目的を達成したというのは間違いない。ならば、彼女は何をしに来たのだろう……。今夜は自分含めて体の異常を徹底的に調べなければ寝ることは出来ないな。
大罪庭園は本当に不死身多いですねぇ。まぁ、正確には庭園シリーズは不死身に近い存在が沢山居ますからね。
タイトルは一応、ディアナを表してます。ほんの数話しか出てこなかった彼女は、何の為に接触してきたんでしょうね?
では、次もお楽しみに~!




