第二十六話「前衛の居ないパーティ」
アセトやウィンドが街を離れて、置いてかれたマーリン達は街の守護を名目に居残りをしていた。今、この街に居るギルドメンバーの9割はAランク以上で構成されてる。一部の行かなかった面子もいるが、理由は様々。寧ろ、悪魔よりそいつらの動向が気になるところだ。
セリエレの淹れたお茶を飲みながら、昨夜セリエレと話していたことを思い出す。どうせなら、自分達も修行をしないかということであった。それにより、マーリンは悩んでいた。本当の姿を隠し、聖杯の欠片を探す彼女はとうの昔に賢者となり魔術の師になった。確かに得意な属性魔法は2種のみとはいえ、その2つは極めたのだ。しかも、それしか出来ない有象無象とは違い、得意でない属性の魔法も難なく使える。唯一、武器精製の神系統だけは得意属性しかできないくらいしか弱点はない。
ならば、自分に課すべきはその神武器精製の全習得が丁度良いかもしれないが、恐らくその文献はこの街にはもう無い。人から教えて貰う方が簡単になりはするが、あくまで式を覚えた上でのことだ。式など当然知るはずもないし、それは難しい。
だからこそ悩んでいるのだ。唯一、それを教えてくれる可能性のあるグランニャーノを訪ねるべきか、否か。セリエレも当然、同じように悩んでいるはずだ。少なくとも彼と出会ったばかりの頃のセエレと同一人物となると、私よりも年上である可能性すら有り得る。そんな彼がいざ強くなろうとしても、数百年の中のたった一ヶ月で強くなるのはあまりに無謀。自分より強い者から効率的に教えて貰う他にない。
だが、それと同時に方向性にも悩んでいた。魔法を強化したいのか剣術を強化したいのかわからなかった。マーリンと契約したことにより座標操作はより強化された。これ以上何を望めと言うのだ。
ふと、1つ気になったことを思い出した。
「そう言えば…、昔のマーリンさんって男だったような気が…するのですが、今は何故女性の姿してるんですか?」
お茶を啜る。そして、一息。
「おや、そうだったかな。あいにく昔過ぎてもう忘れてしまったよ。」
まるで誤魔化すかのように茶化す。マーリンにしては珍しい反応だ。もしや、今のマーリンは彼と出会った頃とは違うのではないのだろうかと疑念を抱いた瞬間でもあった。
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「これは?」
アセトの前に出されたのは沢山の牙だ。その形から思い当たるのは最近よく戦っている魔狼。そんな牙を集めていたことに驚いたが、何よりも前に出された意図がわからない。不思議そうに見つめるその顔を面白げに見つめてお願いをする。
「ここにある魔狼と黒魔狼の牙を使って、ブロードソードと合成してみてはどうだろうか?と思ってね。」
その言葉を聞き、答えに合点した。確かに今のままでは只の鉄の塊に軽い強化を施しただけの初心者向けの剣なだけだ。聞くところによると、竜がいるらしくそれが最終目標なのだから少なくとも竜の鱗に負けぬような硬度にしなければならない。そこで役に立つのが、スタラント家の伝わる秘法『武具合成』だ。2つのものを1つに合成する魔法で、わざわざ剣を鉄に戻して、打ち直さなくても良いという手間を省き、何処でも剣を生成することを可能とした代々伝わるものだ。
魔法陣の書かれた紙を鞄から取り出す。その上に剣と牙を半分だけおいて、詠唱を始める。
「分け隔たれし子よ。原初より出で立ち子よ。双方の同じ子よ。今1つとなりて極めよ。今、糸は解かれた。鎖は朽ちた。片割れと完全となるとき。寄り添い魂が1つになるとき。震え奮え揮えよ。仮名で奏で変えよ。真は『狼剣・風-ウルフソード・ウィンド-』。新たな名をここに刻む。」
剣と牙が一人出に動き出し、螺旋を描きながら物理法則を無視して絡まり合う。詠唱が終わると共に液体のようにとぷんっとテーブルに落ち、そこにはアセトのイメージした一本の剣が出来上がっていた。ガードが狼の毛のような形をしており、グリップには灰色の包帯が巻かれている。属性も引き継がれ、掛け直す必要が無くなり、完全に風を纏う剣となった。どの店でも見たことのない完全オリジナルの剣と言う訳だ。これこそが、プロの作る専門家の作る名剣なのだと感動すら覚える勢いだ。
自分の分もパパっと作ってしまい。『狼双剣・闇』も完成だ。
これで今日はいつもより戦いやすくなったはずだ。
「今日は昨日のリベンジに行きましょう?」
いつもなら何処で修行するかをウィンドが決めていたのだが、何を思ってか今日に限ってアセトから提案してきた。いつもウィンドが決めてるとはいえ、実際のところ前と同じ狩場に行くだけなのだから決めてると言っていいのかは定かではないが、口出しをされなかったのが事実なのだから、少し驚いた。とはいえ、ウィンドも元からそのつもりでもあったので、その心境の変化だけ聞いてみた。
「アセトにしては珍しい。何か気掛かりでも?」
そんなウィンドを無視して出ていこうとするので、同じく出ようとするとアセトが答えた。
「悔しいからにきまってるじゃない。」
その言葉にウィンドはニヤリと笑った。その目に宿るのは闘志。その笑みこそ答えで、「俺もそうだ。」と言ってるみたいだ。偶然にも負けず嫌いの二人が揃ったと言う訳だ。
いつもと同じ場所に辿り着いた二人。未だにこの辺を彷徨く者は居らず、皆楽してるみたいだ。それか、もっと奥に居るかのどちらかではあるのだが、今日は黒魔狼がぞろぞろ現れた。最早10匹どころの話ではない。もし昨日、こんな場面に出くわしたなら間違いなく瀕死状態だっただろう。今日もどこからか視線を感じるのでA級が見守ってる。暗殺業のウィンドとしてはその隠れてる場所をもう見つけてはいるが、気付かないでいてあげるのが優しさである。それと同時に安堵する。もし無理をしても助けてくれるのなら、とことん無理をさせてもらおう!一方、気付いていない筈のアセトは何の遠慮もなく突っ込む。ウィンドもそれに乗るように違う方向の黒魔狼へと走る。
帰ってから何もしないわけがない。ウィンドは過去に見た剣士の技を思い出し、アセトは過去に見た剣士入門書などを思い出し、剣技について頭の中で試行錯誤を繰り返していた。
そして、出した答えがこれだ。
黒魔狼へ突っ込むと左から別の黒魔狼が割って入ってくる。しかし、アセト用に軽量化されたその剣は二本となり、左の剣を軽く水平斬りするだけで、その鉄毛ごと、闇の魔力によって傷を負わせる。そのまま跳躍し、先ず一匹目に剣を振り下ろす。それを右へとステップ踏んだところに、ウィンドより教えてもらった回転斬りで左の剣をそのまま当てる。これにより、一匹目は倒される。だが、戦いの火蓋は切られているのだ。軽傷の黒魔狼含めて襲い掛かってくる。それを回転し舞うように次々と斬り刻んでいく、ただ回るだけでなく次の狼へと的確に当てるその様子は踊りと言っても過言ではないほどに美しい。
一方ウィンドの方はより斬撃波の距離が長くなったことにより、早々に斬撃波により一匹目を倒す。それにより、激怒した黒魔狼が一斉に襲い掛かってくるが、近付けさせる前に倒す。それでも、近付けた狼は直接当てて弾き飛ばす。それにより空いた距離を利用して斬撃波を当てに行く。完璧な作戦であるが故に負ける要素など全く見つからない。
だが、あまりにも数が多すぎた。一時間経つ頃には家へと逃げる二人の姿がそこに居た。風魔法によって、追いつけぬ黒魔狼達は仕方なく退散してくれたが、部屋の中で作戦会議が開かれた。
「俺達は間違いなく黒魔狼を倒せるくらいには強くなった。しかし!あの数は無いだろ。流石に目を付けられすぎたとわかったところで、場所を代えたいと思うのだが如何だろうか?」
「異議なし。」
「よし!休憩がてら違う道から次の修行場を見つけるか!」
黒魔狼を倒すのは暫く延期だ。今の二人では数で押し切られたらどうしようもない。次の狩場を探し、そこで新しい敵と戦って色んな行動パターンを学ぶのも大切だ。お互いに意見も一致したことだし、早速何時もとは逆の方向へ行くことにした。
そっちの方は明らかに怪しげな植物が沢山居て、近付かないと攻撃してきなさそうだし、お手頃なやつから相手をしようか悩んでいたところ、叫び声が聞こえてきた。一度聞いてしまったことだし、助けに行かないと胸がもやもやするので、声がした方に行ってみると、植物に囚われた女性がそこに居た。というか、ぶら下がってる。
「やめて下さい!ぬめぬめしたそれで触らないで下さい!ひゃん!ちょっ!何処触ってるんですか!」
食べられそうにないみたいだし、どうせAランクが見張ってるだろうから、見なかったことにして狩りに行こうと思いにやにやと見惚れてるウィンドの裾を引っ張りつつ来た道を戻ろうとしたが、気付かれ声を掛けられてしまう。
「そこのお方!助けて下さい!お願いします!この通りですからぁー!」
バレたなら仕方ない。双剣を鞘から抜き、切り刻む。正直に言えばあの黒魔狼に比べたら弱過ぎる。動きが単調だし、こちらの剣術が大したことなくても勝てた。浮かんでいたその女性は頭から地べたに落ちたものの、咄嗟の受け身で回避する。その身のこなしから、Cランクくらいだと想定される。Bにしては弱過ぎるので必然的にその一個下を予測したのだが、相手はこちらのことを知っていたらしい。
「アセトさんにウィンド君ありがとねー。」
名前を呼ばれたことにより、知り合いにこんな顔いたか脳内検索をかけるものの、思いつかない。誰だろうと思っていると相手から答えを提供してくれた。
「私は北のギルドの受付嬢やってるディアナだよー♪よっろしくー!」
あぁ、思い出した。エレインの弟子だったか。エレインと同じように回復専門の子だが、エレインは今回この修行に参加していた筈、ならば弟子である彼女もこの森が最難関と言うくらい知って居たはずだ。にも関わらずこの体たらくはなんだ。実は面倒な子だったりして。
「君達見たところ二人だけのようですね。良ければ本当に良ければですけど、私を仲間にしませんか?回復役、役に立ちますよー。戦闘には貢献できませんけど頑張りまつす!」
このテンションについていけずただぼんやりと立ち尽くしていたアセトに代わり、ウィンドが答える。
「おお!丁度、仲間が欲しいって話してたんだ!こりゃあ、運がいい!な?」
突然、雑な返答と共に話を振られたアセトは反射的に「そうですね。」と返してしまったことを後々後悔した。
ディアナさん覚えてます?最初の方に出てきた受付嬢さんですよ。サブキャラじゃなくてこのときの為にずっと放置してました(笑)




