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大罪庭園-taizai teien-  作者: A-est
第一章「強欲のフェアツェルト」
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第四話「悪魔の交渉」

レケ編1-4「セエレ」

「何故、魔術士と魔術師があると思う?」


この状況下で余りにも突然にマーリンは関係の無さそうな質問をした。読めない表情といい行動といいある意味この質問はマーリンらしいのかもしれないが、少なくともマーリンは意味のない質問などしない。それには何かしらの意図があり、セエレに対して教鞭を執っているような気持ちなのだろう。それは同時にセエレを自分より下に見ているのと同意義で、強者たる驕りとも言えるだろう。


セエレは心底焦っている。

手札の一枚であった翼の生えた馬がマーリンの使用した謎の魔術によって消され、この状況をゆうに超えてきそうなその悠然とした立ち振舞に焦りは更に強くなる。もしかしすると、掌で転がされていたのでは?と疑問も沸々と湧いてくるが、もしそれを自覚してしまえば、怒りに我が呑み込まれるだろうから、ぐっと抑える。目の前の出来事の正体を突き止めることに全ての焦点を置く。


「っそんなことより!何故?何故!?何故!!この霧はなんなのよ!」


その動揺は裏などなく正に追い込まれたというのを如実に現してる。


「魔術士は1の魔法で1を知るが、魔術師は1の魔法で2を知るんだ。師になるためには、オリジナル魔法を作ること。そして、こんな緊迫した状況でも対処出来る頭脳が必要ってわけだ。」


マーリンはセエレの質問の意味を理解した上で続きを話した。マーリンは決して優しい魔術師などではなく、意地の悪いタイプの魔術師だ。嫌がらせが好きだったりするマーリンは、そのまま答えは渡さずに自分で考えろと黙示してる。そんなマーリンの言葉と今の状況の接点を必死に考えるが、辿り着いたのは答えとは限りなく離れたものだった。


「まさか、この短時間で魔術を構成したとでも!?」


魔術は言わば数式を具現化したもの。故に理論上可能ならばどんな魔術であろうと実現可能である。ただ、作るのは途方もない時間を費やすと言われるほどの緻密な計算が必要だ。ほんの1万分の1のズレが予想外の結果を引き起こすことも発動不可となる場合もあり得る。

例えば、マーリンは氷系の魔法は得意だが火系の魔法は苦手とする。氷系ならば、上級までは無詠唱で可能だが火系なら初級の魔法ですら詠唱が必要となる。ここまで偏るのもまた珍しいが、自らの力量を完璧に把握しておかねば、複雑な魔術を作ることは不可能だ。系統毎に魔術の基本術式がかなり変化されるのだ。

数式を構築、使用、理論と現実の差を見極め、また再構築。その途方もない作業があって初めて複雑な魔術を作ることが出来る。


つまりは、こんな短時間で作るとすれば多少ガバガバでも使えるような威力や効果の弱いものしか作れない。短時間で作れることすらワイズマン大賞を授与しても可笑しくないレベルの話だ。よって、それは有り得ない話である。マーリンが本当に即興で作れないかはまた別の話だが、この魔術は既存のものであることは確かだ。


「残念。意外と頭は悪いようだね。君は未だにその馬に囚われていて、その実君自身が捕らわれてることに未だに気付いてないなんてね。」


セエレはやっと気付いたかのように笑った。

そう、彼女にとって馬など手札の1枚に過ぎない。彼女の真骨頂は座標の操作。彼が無理だというなら私とレケをこの霧の範囲から逃げればいい。マーリンの捕えた宣言はハッタリだと思い込む。


座標の操作をした………確かにした筈なのに使えない。


(まさか、捕えたとは本当のことなのか、いや、落ち着くんだ。この霧のせいで正確な座標がわからなくてずれてるんだ。レケの近くに行けば出来る筈だ。レケがまだ移動してないことが救いとなった。


「この霧のせいで座標が正確に特定出来ないとでも思ってるのかな?またもや残念だ。君は未だに気付かないのか、召喚者との魔力の糸が繋がれてないことに。」


セエレは大きく目を見開き、信じられないと言った顔をしてる。どうやら、本当に召喚者と切断されたらしい。


悪魔とは召喚されることにより強くなる生命体である。召喚時に様々な手段を持ちいり、願いと等価交換で魔力を貰う。その際、力の強い者ほど叶う願いの範囲は広いが、乗っ取られる可能性もある。仮にも召喚者が何らかの方法により意識が途絶えてしまったら、魔力を取り出すことが出来なくなるのだ。


しかし、乗っ取られてる状態で意識を失わせるのは至難の業だ。

そこで、この霧の効果を考えてみよう。

考えられるのは2つ。

一つ目は、召喚者に何かをする為の霧。

例えば、この霧が全て妖精のようなもので実力行使で気絶をさせようとしても脳がそうさせないように動き続ける為、不可能。

ならば、二つ目に魔力を阻害する霧。

しかし、先程確かに魔力を使用した。

ということは、召喚者とのコネクトが切れた為に、一時的に召喚時スキルが使えなくなったと考えるのが正しいだろう。


ならば、召喚者に何をした。


「さて、種明かしをしてあげよう。《掠れ行く現》は広範囲強制睡眠魔法だ。そこまで強く掛けてはないから、魔力の無い君の召喚者は意識を無くしたわけだ。」


召喚された悪魔は召喚者の意識がある状態でなければ能力の発動が出来ない。何故なら一般人の殆どは魔力が基本的になく、起きている際に体内で作られた微力の魔素によって維持してるからだ。だから、マーリンは魔力探知を行い、召喚者の場所とその周辺を探っていたのだ。その結果、召喚者の監視をしてる者は一匹で召喚者からは魔力が微々たるものしか感じられなかったことからこの魔術の発動により監視者が召喚者を傷つけないようにする為に誘き寄せ、召喚者を眠らせた。発動からその監視者が気付いてから消えるまでの間に数秒の誤差があり、召喚者を傷付ける可能性は十分にあったのだ。それ故の判断だ。


マーリンは角度的にレケの方に向いた。

そして、片手で何か合図を送る。

セエレにも見えていたが、その意図が掴めず警戒するしかない。

一方、レケには言いたいことが伝わった。

つまりは、この状況を利用しろとのことだ。


「セエレ、改めて交渉しましょう。」


「交渉?いったい何を…」


釈然としない。先程の合図の答えがこれとは何を考えてる。

この状況だとセエレが人数的には不利。ならば、わざわざ騙してまで私に対しての時間稼ぎをする必要はない。つまり、この言葉は真実である。


「貴女の能力が封じられ逃げの一手も捨てられた。そして、この巨大な霧。何を意味するかわかる?」


セエレは考えた。考えた上で瞬時に思い付いたのは侮辱の言葉。今、逃げの一手が封じられたと言った。つまり、二人で掛かって来たならば勝てると傲慢にも口に出したのだ。

これを蔑んでいると言わずして何と言う?


しかし、巨大な霧は私を封じる為のものであって、それ以上でもそれ以下でも無いはずだ。

どういう意図で省略した後にもう一度出したのだろうか?

この疑問はこの二人を倒してから存分に考えるとしよう。


(先ずはマーリンを倒しましょう。地の王は連れて帰った後に私好みに調教してあげますわ。)


セエレは腰の鞘から剣を抜いた。

左手を鞘に宛て、右手を正面に向けて構える。

軽くステップを右の足で踏み、3回目地面に付いた瞬間加速した。


セエレは移動に関する悪魔だ。

召喚時に使用出来る座標操作が無くとも、速さだけなら悪魔の中でトップクラスだろう。

マーリンの目の前から剣を振り下ろした。しかも、少し跳んだ為、下の地雷を踏むより早く殺せる。


マーリンはその剣筋を読んでいたのか、紙一重に避けた。

詠唱無しで《氷の支柱》を前後左右四方向同時。

セエレは屈んで足と手が地面につくと同時に後方へ柔らかい体で靭やかに避けた。


手を地面にあてて急ブレーキを掛ける。ダッシュをしようとすると、セエレを囲うように《氷の支柱》を地面から突き出す。

それを俊足の剣捌きで何事もなかったかのように壊す。所詮は氷。剣で切れないような強度には出来ない。


細切れになるその氷を見詰めて、マーリンはニヤリと笑った。

これもマーリンの策略の内。


「《氷鎖の奴隷-アイスチェイン・スレイヴ-》発動。」


セエレの周りにあった氷がセエレの体を中心に固まった。セエレは抜け出そうと渾身の力を振り絞り剣で割るものの、欠片となった氷が鎖となり剣と腕を氷の中に引き摺り込む。

何度やっても同じ結果だった。


「《氷鎖の奴隷》は近くにある氷を使って発動する。だから、君が破壊すれば破壊するほど氷は水となり、その力も弱くなるけど、氷など幾らでも作れる。」


そう言って、セエレの前を除いて5本の《氷の支柱》を出した。


「さて、これだけ大きな霧を出したんだから、そろそろギルドの連中も来るわね。セエレ、あなたに残された道は2つよ。私達の仲間となるか、このままギルドが来て封印か殺されるか。」


レケはセエレの頬に触れ、勝利を確信した笑みを見せた。レケに触れられるのは喜ばしいことだがこのままでは本当にその2つから選ばなければならない。その焦りから近くにレケが居るのも気にせず、氷の密着した中で最後の足掻きをした。

次々と壊されるその氷を黙ってみているようなマーリンではなく、魔法を発動した。


《氷の鎖》を8方向から同時に絡みつき、それで飽きたらず、初心者向け攻撃魔法の《氷の釘-アイス・ネイル-》をその鎖の穴目掛けて次々と正確にセエレの体へ打ち込んでいく。


「い"ああぁぁぁぁぁぁ……ぁぁぁ……!!!」


セエレは悶絶した。その《氷の釘》によって刺さった傷の内部にまで《氷鎖の奴隷》は効果範囲となった。体の内から壊すというのはこういうことなのだろう。

やり過ぎない程度にマーリンも魔法を止めた。

あくまで、交渉の為の手段であって、殺す気は毛頭ない。


「それで、私達の仲間となる?ならない?そろそろ答えて欲しいのだけれど。」


ここまでの拷問のような責めをその身にしたら受けてもその目はより力を増すのみ。

鋭い眼光と共に悪魔特有の人間嫌いらしい言葉振り絞ろうとした。


「なら……なぁな、な"ら……」


「あ、マーリン。釘打って。」


その言葉を待ってたと言わんばかりに言い切る前にセエレの体に打ち込んだ。


「いあぁぁぁぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ……!!!!」


氷によって感覚が麻痺してきた中での突然の痛みにセエレの顔は歪み今にも泣きそうだ。先程まで泣いてたのはなんだったのかというぐらい泣かず絶えず鳴いている。


また痛みが引いた頃になると、釘をセエレに刺した。

レケは楽しそうに笑った。


「この程度で死んだりしないよね?セエレ♪」


「大丈夫だと思うよ。寧ろ温めてあげなよ。レケからのプレゼントなら喜ぶさ」


「そっか、それなら少し温めてあげるね。《炎の毛皮-フレイム・ファー-》発動。」


セエレの全身から炎が燃え盛った。

レケは魔術士としてはまだそこまでの実力はない為、オリジナル魔法が作れても対象に触れなければならなかったり、凡庸性が低かったりするのだが、今回は《氷鎖の奴隷》のおかげで頬に触れることが出来た。


「少し抑えめにしといたから、氷が鎮火してくれるわ。少しは温まった?」


セエレの頭の中は痛覚でもういっぱいいっぱいだ。

死なない程度の痛みがずっと続く。

もう喋るのも辛いほどに体中が様々な痛みで駆け巡っている。氷で凍傷を起こした体に火傷を負わせ、更に凍傷。もう嫌だ。逃げ出したい。逃げられるのなら逃げ出したい。

腕なんていらないから、早く一刻も一秒でも早く逃げたい。意識ももう朦朧としてる。


マーリンは、無言となり限界に迫って来たセエレに向かって、魔法を掛けた。

《癒やしの光-ヒーリング・ライト-》

その名の通り、回復魔法だ。

火傷も凍傷もある程度治癒され意識をハッキリとさせた。


セエレにとってはそれは絶望の魔法としか言えない。悪魔だ。この二人は悪魔より悪魔らしい。私に道は2つだと提示して於いて実際は1つしか用意されてなかった。ギルドが来てくれた方がまだ……良かった。


それも仕方のないことなのだ。

上級悪魔はそう簡単に殺すわけにもいかないし、だからといって平和的な話し合いじゃ時間的に惜しいし、こういう手段に出るしかない。自分でも非道だとは思うが、その後の平和の為なのだ。政治家においても裏があるのと同じこと。平和の裏にはそれを維持する為の暗殺集団やギルドが必要なのだ。


ブスッ!


「がぁぁぁぁぁあぁああああぁぁ!!!!」


釘がまた刺さる。

肉に向かって刺さる音が聞こえる。

ブスッ!

また刺さった。自身の叫喚がハーモニーとなる。

ブスッ!

もう感覚を感じてられない。

そんな余裕すらなくなる。

ブスッ!

ほら、やっと眠りに付ける。

意識がやっと閉じてくれる。


「《癒やしの光》発動。」


詠唱を全て言い切ることにより無詠唱より効果が高くなる。

これでセエレもより話しやすくなったのだが、逃げられる可能性も高くなる。

当の本人は涙を目から溢れさせ、言葉にならない喘ぎ声を出している。


「セエレ。」


セエレは自身の大好きな地の王に声を掛けられ反射的に顔を向けた。もう100年近く昔に反逆されたことによる敵意心なんて全く無い。あるのは好意心と恐怖心だけだ。


「私達の仲間となれば、この痛みから開放されるんだよ。ほら、仲間になると誓って」


その偽りの優しさの言葉を認識出来ず、歯向かおうとする力はなく、寧ろ慈愛に満ちた女神を見るかのようにレケの顔を見て笑顔で泣いた。やっと、開放される。この地獄から解放されるんだと。


「セ…エレは誓ぃま…す。仲間と、な、ることを……」


その瞬間、マーリンは魔法を解いた。

倒れるセエレをレケは抱き止め、ゆっくりと地面に座らせる。

そして、レケに首輪を渡した。

レケはその首輪を受け取り、セエレの首に着けた。

着ける間もセエレは抵抗しようとはせず、只管泣いた。

恐怖の涙でもなく傷による涙でもない歓喜の涙だ。


「これでセエレも私達の仲間よ。よく頑張ったね。」


そう言って、セエレに抱きつき頭を撫でた。

撫でるタイミングを見計らってマーリンは何回かに分けて治癒魔法を発動する。そうすることによって、セエレはもうレケの温かさから逃げることは出来ず、より深く忠誠を誓うようになる。


中央広場を纏っていた霧も何時の間にか解かれ、セエレの魔法も解けたことにより、人が集まり始める。


一度服を燃やしたのもあり、全裸だ。

このままにしておくわけにも行かなかったので、マーリンに頼んでみることにした。


「あー、マーリン。その全身を隠す為のロープを彼女に貸してあげてくれない?」


マーリンは超絶嫌がった。だからといって、レケを脱がせるわけにもいかず、渋々とフードを脱いだ。

そこに現れたのは金髪のポニーテールで髪先だけ黒く、琥珀色の目をした絶世の美女だった。

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