第二十五話「愛に生きる男」
「昨日のアセトの振りを見た限り、上手くはなってきてるけど、単調過ぎだな。回し斬りとか簡単だしその練習とかどうだ?」
率直に思ったことを口にする。お互いに最初に決めていたのだ。1ヶ月の間パートナーになるなら、不便に思ったことや欠点をお互いに言い合い研鑽に励もうと。それこそが最強への今出来る限り最短であるとお互いに一致したのだ。
「わかった。試してみるわ。ウィンドは剣によるサポートは良かったわ。けれど、その剣の力が全然使えてない。その点考えどころね。」
そう、剣の練度を上げるだけなら問題ないが、技術だけではどうしようもない場面など幾らでもある。ある極地に達していれば技術だけで乗り切る達人も居るが、そこまで経験値を積めるなどとは到底思えない。ならば、小手先を只管増やすだけしかやりようはないのだ。
「確かにな。焦ったらつい剣が先に出ちまう。考えておく。」
後は無理やり軌道を変えて撃退していたせいか、妙に腕が痛い。少なからず、ウィンドも剣術を覚えなければならないようだ。今のままでは何の結果も残せぬままこの島を旅立ちそうだ。それだけはあってはならない。何としてもあの女達とやり合える程度には強くなっておかねばならない。なんとしても……。
今日も昨日と同じように狼が居た方へ向かう。すると、顔を覚えられたらしく、最初から十体がこちらを睨んでいる。低い唸り声で威嚇をし、その目には殺気と闘志が宿っている。少なからず昨日は殺したし、その中の一体を平らげてしまったのだから、恨まれても仕方ない。
だが、この世は弱肉強食。食われるか食うかの違いだ。仕方のないことなのだ。とはいえ、こんな状況でそれを言うのは死亡フラグを立てに言ったようなもの。気を引き締めなければ食われるのはこちらだ。
最初の一匹が顔面を狙って噛み付きにきた。それを正面から剣で振り下ろす。昨日とは違って、切れるようになってきた。それが本来の剣の使い方であり、昨日のように鈍器とはならず、傷口からプシャーと血飛沫が舞踊る。
それを見た狼達は怯むでなく、より大きな憎しみで団結する。先陣を切った勇敢な狼は死したが、それが彼等の活路を開く。その狼の背中から勇気を貰い。何の手加減もない計画を打ち立てる。やはり狙うべきは弱そうな女性からだ。沢山の人間を見てきた故に筋肉の量によって強弱をある程度確認できるようになっているのだ。ウィンドは暗殺業を仕事としていたが故に筋肉がそこそこついている。しかし、学者に近いアセトには筋肉らしきものは皆無。よって、弱そうと判断されたアセトに集中攻撃が開始されるのは必然で、ここからが二人にとっても本番である。
一番最初に到達しそうな狼に向かって鞘からブロードソードを居合抜く。その反動に身を任せて右に一回りからの二匹目に一閃。そこで止まらず更に加速して、3周目で三匹目の顎を斬る。
「これが回転斬りというやつね。」
ほんのついさっき話したばかりの剣術を想像力と対応力のみで完成させるアセトに驚愕した。ここまで天才だと、直ぐに追い抜かされそうだと思ったからだ。故にウィンドも試してみる。己の持つ剣に魔力を込める。一定の基準値に達した瞬間、剣の周囲に発生していた風が強まる。剣が派生し、魔剣へと昇華した瞬間でもある。魔剣などとお恐れた名ではあるが、まだまだ荒削り。真の魔剣と比べもなく弱く脆い。アーサーの持つエクスカリバーも魔剣であるが、あれは神剣に昇華しかけていた。オウディオスの持つ魔剣は魔剣の中では相当上位に並ぶものではあったが、エクスカリバーには届かない。だが、魔剣の中では最高硬度を誇るダークマターを使った唯一の成功例とも言える。それらと比べると悲しきことにただの鉄に魔力込めただけなのだが、魔剣の定義としては擬似的な魔法が使える剣であるだけの話だ。
アセトの死角から襲い掛かる狼へと剣を振り下ろす。確実に当たったと思いきや、距離が足りない。だが、振り下ろした瞬間、その狼は傷だらけで落ちていた。空を切った瞬間、その魔剣に纏う風によって斬撃波が生み出されそれが狼を切り刻んだのだ。今は魔力量の問題であまり遠くまでは飛ばないもののサポートとしては十分に役立てるようにはなった。本来はもっと違う意味でのサポートをするつもりだったのだが、それはまた今夜にでも練習をさせてもらおう。
今は目の前にいる残りの五匹だ。
残った五匹は他とは違う威圧を持っている。魔狼の中でも上位互換に立つ黒魔狼。魔狼は灰色に黒い毛先を持つ狼だが、黒魔狼は全身が黒く、鋭い赤い目を持つ。同胞が殺された恨みはストレスとして狼達の心に降り掛かる。圧を掛けた者には死を。自分達こそが人より上に居るのだと見せ付けるがために、牙を剥く。
一匹目が襲い掛かる。それを片手でブロードソードを振り下ろす形で弾き飛ばそうとするが、黒魔狼の力は強く、ブロードソードが跳ね返される。それの反動で黒魔狼も後方へと引き下がり、それと同時に二匹目と三匹目の黒魔狼が二人を襲う。お互いに助け合うことによる強さは黒魔狼の本能の中にあった。故に単体で動く黒魔狼は居ない。常に群れを成し、連携攻撃を心掛ける。それと同時に、相手の連携はさせない。
アセトは覚えたての回し斬りを行う。それにより一時的に弾かれた狼は即座にアセトに立ち向かう。だが、この回し斬りには弱点がある。反動によりすぐには止められず、2回転目までは自分の意志で自由に決められない。故に、その初動を見切り、空いた隙間に潜り込む。
ウィンドは即座にその黒魔狼を斬ろうとするが、こちらにも黒魔狼がしつこく攻撃を重ねている故に助けられない。だから、魔法を発動する。
「風の支柱!」
こちらに来ていた黒魔狼は何度も弾かれながらも今の所怪我は負ってないし、その硬い毛によって負えさせることも出来ていないが、少なくとも拮抗していた。そんな状況に罅を入れるは、黒魔狼の気を付けていた連携による魔法だ。風により出来た透明なその支柱は黒魔狼の毛の間の柔らかい部分を切り裂き、小さくも多くの傷を付ける。これにより、間違いなく動きが鈍くなった。
黒魔狼は悪魔の眷属としては比較的仲間思いの優しい種族だ。血塗れになりながらも闘志を燃やす黒魔狼に対して、頬擦りし称賛する。そして、下がらせる。振り向くと共に先程より憎しみの色が濃くなっているのがわかる。毛はざわつき上を向き、その眼差しは赤く燃え上がっている。
雰囲気の変わった黒魔狼達に又一段と気を引き締められる。
その挙動の1つ1つが見逃せず、次の一手を思案する。
どうやら、自分達の剣術は効かないらしい。というより、こちらが圧倒的に弱過ぎるだけの話だ。正直な話、見つかってないという条件なら簡単に倒せる相手だし、魔法を使えばいなすことも可能だ。だが、それは楽にはなるが、自分の為にはならない。何よりも大切なのはアセトとの連携による撃破だ。
とすれば、新たな技か魔法を生み出す他ない。
こういうのは好きじゃないけど、戦いの中で活路を見出すしかないようだ。あいにく、何も思い付かない。
「支柱使うから左右に別れたところを右は俺、左はアセト頼む。」
「5体も居るのよ?どちらかが3体以上は確定で相手しなければならないなんて、勝機はあるつもり?」
黒魔狼の前に向かうようにウィンドの隣に並ぶ。お互いに硬直状態であるからこその作戦会議だ。
「最悪の場合、多少の怪我をしてでも無理やり逃げよう。風魔法使ってさ。」
「ないのね。呆れた作戦。控えめに言って最低。」
「風の支柱!」
黒魔狼が二手に別れる。二匹はウィンド、三匹はアセトに向かっている。真っ先に狙うのは足止めという意味も含めて、二匹が同時で噛み付きに来る。お互いにあまりに近いと寧ろ邪魔なので即座に離れてくれたお陰で回し斬りが出来る。一匹目に向かって剣を振り下ろす。力が拮抗しお互いに弾かれる。しかし、その反動を逆に利用しその力の法則に向かって体を回転し、二匹目に向かって加速したより強い一撃を与える。ガギンッ!!という鉄と鉄がぶつかり合うような音と共に毛が少しばかり欠ける。
だが、それは好機だ。アセトの方がピンチであるのは火を見るよりも明らかだ。そのサポートが優先事項であり、必要なこと。
対処しきれず三匹目が襲い掛かる。だが、後ろから突然の突きにより、初めて傷を付けることができた。串刺しまでは出来なかったものの、明らかに瀕死に追い込むことはできた。もう立ち上がることも出来ず、死にゆくだけの黒魔狼がウィンドの剣からズルリと落ちる。
欠かさず自分の後ろから忍び寄り襲おうとする黒魔狼に向かって、風の斬撃波を放つ。傷が負わせられる訳ではないが、アセトに二匹は荷が重い。何としても三匹を引き付けなければならないのだが、自分も三匹は少々難しい。最悪重傷だけでは済まない。
「そいや!お前ってその剣の効果使ってないよな!?」
「忘れてた!」
「はぁ??さっさと使えよ!バカ!」
つい大雑把な会話となってしまったが、いちいち気にしてられない。だが、少なくともアセトに勝機が舞い込んできた。そのブロードソードに魔力を流す。どうせ、大した魔法が使えるわけでもないのだから、ここに全てを託す。注ぎ込む毎に少しずつ黒いオーラが剣を包む。黒魔狼も何か感じ取ったのか突撃をしてくる。当然、ウィンドの方にもだ。
(不味い!このままだとアセトに2体が!)
ウィンドの方はなんとか防いだ。アセトの方はどうなったのだろうか?振り向くとそこには倒れた二匹の黒魔狼が居た。アセトに向かって来た瞬間悟る。一匹ずつ弾き飛ばすのは無理だと、明らかに次へ向かう時間がない。だから、このダークソードを信じ、上段に一閃をする。すると、鉄のように硬い筈の毛は闇の魔力による侵食の効果で脆くなり破壊される。そのまま剣の切れ味に物を言わせ、斬る。そして、黒魔狼は息絶える。
そんな黒魔狼にとって天敵にもなる剣を扱うアセトを見て、黒魔狼や魔狼の死んだ姿を見て、怒りを胸に秘めたまま残りの二匹は立ち去る。音が遠くなって行ったのを確認して、肩の力が抜ける。
アセトに関しては膝を付いた。だが、ここは危険な森だ。ウィンドが注意する。
「まだ休むな。せめて帰ってからにしろ。ここは魔獣の巣窟だぞ。」
そんな辛辣なウィンドの声に耳を貸さずに休むアセト。
「少しぐらい休ませなさいよ!疲れたのよ!」
肉体的というよりは、精神的なものだろう。生死を掛けた戦いの中で何の計算もない無謀な作戦のもと、やはり無謀でわかった上で生き残るために全力を尽くしたのだ。もう体力が尽きたのだ。そんなアセトのことを気遣ってか、お姫様抱っこして風魔法による移動する。当然、飯として黒魔狼は頂いていく。
「ちょっ!何処触ってんのよ!離しなさい!」
「もうすぐ着くからもう少し待ってろ。」
「嫌よ!あんたに触られるのが嫌だから離しなさいって言ってんのよ!」
「おいおいおいおい、やめろよ。落ちたら死ぬぞ!!」
「ふん!良いわよ!だから、さっさと離して!!は~な~せ~!!!!」
「はい、到着。」
「ふん!」
どうやら期限を損ねてしまったみたいだが、こればかりは仕方ない。多少強引にでもこうするしかなかった。部屋に帰るなり、着替える様子もなくベッドに倒れ込むアセト。ウィンドも今日ばかりは少し疲れ気味なのでソファーに腰掛け両手を広げゆったりとした格好で寛ぐ。
どれくらいそうしただろうか?アセトはすっかり寝てしまったが、ウィンドは今日の夕食の準備に取り掛かる。昨日は単調な料理になってしまったが、今日は貯蓄されていた中の食材を使わせていただくとしよう。とはいえ、まだ疲れているこの体でそう手の込んだものを作ろうと思えば、非常に遅くなるかもしれないし、調味料を作り、食材は全てお湯で煮るだけにしよう。勿論、只のお湯を使うわけがない。多少は薬草など使って少し風味を出す。アセトが使う方の調味料は少し凝ってみるとしよう。それで許してくれると有り難い。
尚、魔獣はそれぞれに特殊な効能がある。魔狼は基本的に体力の回復や滋養強壮など元気にするタイプの効能が多い。今回の黒魔狼はその中でもとびっきり様々な効能があるから、お気に召してくれるだろう。当然お肉からもその効果は得られる。ついでに、紅茶に使ってる薬草も入れておこう。
なんたって、お湯で茹でるだけだから食材は最初生でもいい。ある程度入れて、出来上がる前にアセトを起こしに行く。
「ほら、飯出来たから起きろー!」
何回か揺すってもなかなか起きなかったが、度重なる献身によって寝惚けながらも椅子に座る。目の前の温かい匂いのする鍋を見た瞬間に目が覚めてきた。
「これは?」
「鍋から食材を取って、調味料に付けて食べる。無くなったら新しく食材を入れて火が通ればまた取る。それだけの料理だ。」
「……昨日より手抜き感が半端ないのは気のせいかしら……。」
「要らないなら俺が全部食うけど?」
「食べるわよ!」
空腹には敵わない。それはお互いによく知ってることだ。だから、話が途切れた瞬間に唐突に食べる。食べる。食べまくる。ものの数分で鍋の食材が無くなったので、即座にお互いが入れまくる。そこにはいつも会話をしながら優雅に食べるアセトの姿も優雅には遠くとも貴族としての品格を持ちマナーを守って食べるウィンドの姿もない。只、お腹の空いた子供みたいにどんどん平らげていく。
気が付けば食材は空になり、お互いに少しお腹が膨れていた。
「ほら、食後の紅茶だ。」
「これ飲むと眠くなるのよね。」
「リラックス効果があるからだろ。要らないのか?」
「要らないなんて一言も言ってないじゃない!なんとなくだけど、これ飲まなきゃ一日って感じしないのよね。」
「お気に召して何よりだ。今日の食べっぷりは凄かったが、そんなに美味しかったのか?」
いつものように食いかかって来るかと思いきや、
「……おいしかった……わ。」
その言葉に満面の笑みが自然と溢れてくる。
それを見て恥ずかしそうに怒る。
「何笑ってんのよ!キモい!変態!ふんっ!」
「いやいや、何でもないよ。ほら、紅茶でも飲んで落ち着きなよ。」
紅茶を飲めというのは効くらしい。素直に飲んだ。
これもいつも通りとなりつつあるが、紅茶を飲みきった辺りでウトウトと眠りの世界へとさよならをする。
倒れたアセトをベッドへと運ぶ。うつ伏せにして、下着含めて下を脱がす。懐から針を取り出し魔法の墨に浸し、お尻にとある絵の続きを描くようにプツリと刺していく。肌に突き刺さり痛そうにしているが、気にせずに刺した瞬間に魔力を注ぎ込み、小さな小さな点に魔術式を組み込む。既に無数の点によって絵らしきものが完成しつつあるがその点の全てに式が組み込まれていて、それは少しずつ動き出そうとしている。
そうそう、今日はこれだけじゃない。
補助という意味で練習したい魔法があった。風により直接言葉が届けられるのなら、洗脳も出来るのでは?と昔から思っていた。当然、レケに試したこともあるが、何故か効かなかった。その時は失敗だとばかり思っていたが、レケの周辺での出来事を探るうちに愛しのレケには何かがあると気付いた。マーリンやあの執事はそれを話そうとしないところを見るに相当やばいネタではないのだろうか?ともあれ、練習相手が欲しかった。だからといって、誰でも良いと言うわけでもない。愛することが出来なければ何の意味もない。だから、二人目はアセトにしようと決めたのだ。
愛する人のために俺は頑張ろう。頑張って洗脳して少しでも助けになれたらきっと喜んでくれるに違いない。でも、もし裏切ったらなどと考えると毎日夜も眠れない。そんな毎日は浮気性の自分が憎くなる原因の1つだ。浮気するからこそ相手も浮気するかもって心配で心配で仕方ない。アセト……君はずっと僕の側にいるよね?
信じてるから……。
はい、怖いですね。
自分で考えておきながらあれですけど、こんな人いたら間違いなく怖いですね。恐怖でしかないでしょう。なのに、そんな彼の思考が理解出来てしまう作者も十分異常です。いや、正確には登場人物の心情は全て理解できて当たり前説ありますかね?あるとすれば、私は正常なのです。私は正常。私は正常。私は正常。私は正常。
自己暗示してる途中とかも怖いですね。世の中恐ろしや~って何の話してるんですか?
ということで、次の話もお楽しみに~!




